決着 その1
ヨーゼフとコンラートに途方もない数と威力の攻撃が集中的に叩き込まれた。
しかし上がる黒煙の中からは、そこに立つ人の影……
つまり、ヨーゼフはまだやられていないということになる。
僕があの攻撃を耐えるのか? と思っていたちょうどそのタイミングで、中から声が聞こえてきた。
「ぐ、グオッーー! やられませんよ、私は!」
正直信じられない。これほどの密度の攻撃を防いでいるなんて……勿論、体力にも魔力にも限界はあるだろうから、あまり長くは保たないだろうけどね。しかしそれでも凄い。
これは早く終わらせないと、コンラートが目覚めてしまうと厄介だ。
そう思って僕がトドメの一撃を放とうとしたその時、
「う、うぅ〜……あ? なんだ? 私は気絶していたのか?」
フラグ回収とはこういうことを言うんだろうか? いや気にしないでおこう。少なくとも、僕のせいではない、ハズ……だよね?
まぁ、そんなことより最悪だ。これは本当に早期に決着をつけないと。
「遅かったか……」
「コンラート殿! 待ち侘びましたよ、貴方の復活を! 幾ら何でも寝すぎです!」
「クソ、一生の恥だ。すまん。ヨーゼフ殿、半分は任せられよ!」
「了解!」
こうなったならば、僕とノルデもこの総攻撃に参加し一気にトドメを刺す!
「そんなことはさせないよ! 君は復活したとしても、結局体力、魔力は不完全なままだ。悪いけど、ここで一気に決めさせてもらう!」
「面白い、できるものならばやってみろ!」
「あぁ、そのつもりさ! 覚悟しなよ! 『漆黒の炎雷』!」
僕はルシファーとの特訓で編み出した、現状この地下で使うことができる最強奥義を放った。相手に局所的に超重力力場を発生させ、そこに炎魔法と雷魔法が襲来するという凶悪極まりない魔法だ。
当然敵を中心に重力力場が発生しているので、敵に対してより強く引きつけられるように速さを増しながら魔法は飛んでいく。さらにその力場自体も敵の体が耐えられる負荷の限界を超過して発生させているため、今コンラートは自重に圧殺されそうな重みを受けながら、炎魔法と雷魔法を喰らうことになる。
考えるだけで地獄だ。とまぁ、そんな感じでとにかく強力な一撃をお見舞いした。
するとコンラートもやられてばかりではたまるかと、反撃をしようとした。
しかし、
「もう遅いよ」
「ぬッ!? クソ! 体がッ! ほとんど動かん!」
重力魔法をしっかりとかけることが出来た時点で勝負はついていた。
「そのままあの世に行って、この世での自分の業の深さをとくと思い知るがいい」
そうして、魔法を撃ちながら様子を眺めていると、次第にヨーゼフが張っていた結界にヒビが入り始めた。しかし僕が使った魔法の炎と雷の攻撃は未だ結界を抉り続けている。
この意味はもはや決定的なものだった。
「ち、ちょっと! コンラート殿!? 何やってるんです? 早くあの邪魔者を始末してください!」
「す、すまぬ。体が、動かぬ……」
「え!?」
そして、
パリーーンッ!!
「しまッ!」
ズドーンッ!! ダダダダダ!! ドゴーンッ!!
物凄い物量の攻撃が彼ら2人を襲った。勿論僕の攻撃もコンラートを含め、ヨーゼフもまとめて撃ち貫いた。
「ガフッ! ゴフッ! お、おのれ……!」
「クソッ! こんなところで……!」
そんな言葉を残し、2人は魔法攻撃の嵐の中へと姿を消した。
「ふぅ……やっと倒せましたわ」
「そうだね。ノルデ、ありがとね」
「良いのですよ。しかしまだ最後に一つだけお仕事が残っているのでしょう?」
「うん、そうだね。最後の仕上げと行こうかな。まぁ、仕上げと言っても、簡単な仕事ではないけどね」
「それはいつものことだろう、アレン。ところで、そちらの女性は例の?」
僕とノルデが話していると、グスタフが会話に混ざってきた。そう言えば、グスタフたちがノルデと会うのは初めてか。ちょうど良い、今ここで紹介しよう。
「うん、その通り。彼女が今回、僕たちの作戦に協力してくれている幻獣だよ。精霊とも呼ばれているみたいだよ」
「精霊……ふむ、どう言った存在なのかは不明だが、そちらの呼び方の方が良いな」
「本当? 嬉しいですわ。私も正直精霊という呼び名の方が気に入ってますの」
「そうか、では貴方のことは精霊、というふうに呼ばせていただこう」
グスタフはそう言ったが、ノルデはイマイチ納得が行かなそうに考えるそぶりを見せる。そして数秒後、
「いえ、精霊という呼び方も良いのですけど、出来ればアレンが付けてくださった、ノルデという名前で呼んでいただきたいですわ」
「アレンが? 名前を?」
「うん、やっぱりずっと種族名で呼ぶのもなんだかなと思ってね」
「なるほど……承知した。今後はノルデと呼ばせてもらおう」
「ええ、そうしてくださると嬉しいですわ」
こうして束の間のほのぼのタイムを楽しんだ僕らは、早速先へ進むことにした。
おそらくこの先に待っているであろう、テオドールとか呼ばれていたボスの部屋に向かうために。
十数分後、
僕らは、今までとは比べ物にならないほどの広さの広間に到着した。おそらく前世でいう陸上競技場や野球場が丸々入るんじゃないかってほどの……
「ふむ、ようやくお出ましか……。随分手こずったようだな」
僕達にそう声をかけてきたのは、何を隠そう正に敵の大将であるテオドールだ。僕は彼のかけてきた言葉に対して、落ち着いて返事をする。
「貴方が、テオドール?」
「いかにも。お主がこれから100年修行しても、おそらく勝てないであろう唯一の敵である、テオドール・ラディーレンだ」
「100年経っても勝てないって随分大きく出たね」
「事実であるからな」
「……」
僕は何も返答できなかった。強がってはみたものの、この男が僕より強いのは明白だったからだ。双聖剣に関してもそう。あれだって僕1人だとめちゃくちゃキツかった。だけどそこにノルデが現れてくれたから形勢は逆転した。
でも今回はそういう有利な条件が揃っても勝利は不可能な気がすると言わざるを得ない。何故なら彼は見ただけで佇まいに隙がないのがわかるし、僕よりも圧倒的に数多く修羅場を経験してるのが見て取れる。
正直勝てる気がしない、それが今の率直な感想だ。
今までにもこんな感覚に陥った事はあったけど、今回のはそんなレベルじゃない。どんなに幸運な要素が絡み合っても勝利への道筋が見えない。それほどまでに差があるように感じる。
体術の面では身のこなしから勝てないと感じるし、魔法の面でもおそらく敵は覇気を発してないけど、すごい重圧を感じる。その上で彼は僕よりも圧倒的に長生きなのは確実。
正直勝てる見込みがない。
でもやるしかないんだよな。僕らが怖気付いて撤退したらアンドレアス王国民を始め、沢山の人が地獄を見ることとなる。それだけは避けなければ……そんな悲痛な思いを胸に抱きながら考え事をしていると、彼から声をかけてきた。
「はははッ。君はおそらく勝ち目がないのを肌で感じているのだな」
「何を……」
「別に隠さずとも良い。それは何も悪い事ではない。相手との実力差を正確に把握できるというのは、とても大事な事だ」
「……つまり何が言いたい?」
テオドールは僕の返しにふむ、と一呼吸置いた後、こう答えた。
「私と一つ勝負をしようではないか」
「勝負?」
「ああそうだ。私も一応は武人の類だ。故に実力差がありすぎる相手を無闇にいたぶる趣味はない」
「?」
意味が分からなかった。今まで散々非戦闘員の人間たちを蹂躙しておきながら、今更弱いものいじめは趣味じゃないだと?
「どの口が……」
「確かに言っても信じないだろう。だが本当だ。それにおそらく今君が考えていることと、私が考えていることは違う」
「何?」
「私が言っているのは、私と同じように武の道を歩みその上で、私より実力の劣る相手をいたぶる趣味はないということだ」
「……それで? 結局なんの勝負がしたいんだい?」
僕がそう聞くと、彼は微笑んだ後
「単純な話。私が自分が放てる最高の魔法を君たちに向けて地上で撃つ。それを防ぎ切ったら君たちの勝ち。私は大人しくこの地を去ると約束しよう」
「ふざけるな! 仮にその話に乗ったとして、お前は何も責任を取らずに逃げるというのか!?」
あまりにも身勝手な発言にグスタフが激昂した。そりゃそうだ。ここまでのことをやっておいて、
"失敗したから帰ります。帰る代わりに手を出すな"
って勝手にも程がある。ちゃんと然るべき断罪を受けるべきだ。そう思っていたのも束の間、僕達は残酷な現実を突きつけられる。
「君たちは何か忘れているようだから、改めて教えておいてあげるとしよう。私は魔天教の教祖だ。この意味をしっかりと考えよ。この私がたったの一回ポッキリの攻撃でそれを防げば消えてやると言っているのだ」
そうだった。よくよく考えると、この男も僕と同じ神位級の実力の持ち主だったのだ。何故か怒りに飲まれすぎて、勝手に"勝っていることが前提"になっていた。
勝てるかどうかも分からないのに……
「さぁ、どうする? やるのか、やらないのか? 私はどちらでも構わない。だが否を選んだ際には覚悟をしておくと良い。私は君たちに勝てる確信があるが、君たちは無い。なのに君たちが負ければ国民がより血を流すかもしれない方を選ぶというのならば、負けた時はこの世に地獄が具現化されるという事を頭の片隅に入れておくべきだ。私が慈悲深いのはあくまで同じ武人に対してのみ、それ以外の塵芥など知った事では無い。これらを踏まえてよく考えると良い」
これは、僕達にとって今までで一番大きな決断となることは間違いない。まともな思考で行くのならば、テオドールの言うとおりにすべきだ。その方が国民を救える確率は高くなる。しかしそれをすると、人類の天敵が姿をくらますことになる。良い面もあるが、諸刃の剣でもある。
そして仮に否を選んだ場合、即刻戦闘状態に入ると言うことだろう。だがそれだと僕らが勝てる保証がない。これは僕らが命を惜しんでいるとか言う話ではなく、勝てなかった場合、この世をテオドールに好き勝手に破壊されてしまうと言うことだ。それだけは一番避けたいシチュエーションだ。
そうして数分考えた後、結論を出した僕は口を開いた。
「よし、それじゃあ……」