同情するけど、納得はできない
もうここからは最初から全力で飛ばしていく。今目の前でコンラートが災厄級の魔法を発動しようとしている。
手を抜いたり出し惜しみをしていたら、確実に消し炭にされてしまう。
「ノルデも初手から全開で頼むよ」
「勿論ですわ。あの男、かなりヤバそうな魔法をうとうとしているようですもの」
そう、本当にやばいのだ。禁忌級に届くような魔力量では無いけど、確実に一般的な災厄級魔法の威力を超える一撃を放とうとしている。
流石に今回はこの地下広間が保ちそうに無いので、帝王級の結界を張っておく。そしてノルデも僕の結界に合わせて、先ほどの魔力を吸う効果を上乗せして、もう一枚張ってくれた。
ひとまずはこれで安心だ。だがそんな回りくどいことしなくても、コンラートを妨害すれば良い。そう思われるかもしれないけど、それに関してはヨーゼフが僕らを牽制していたからだ。
ルシファーとインドラに付き纏われて苦労しているようではあるけど、攻撃はなんとか防いでいるし、こちらに気を配る余裕もあるようだ。特にインドラからの攻撃の際は結構余裕があるみたい。
ルシファーの時は割と真剣に防いでいるけど、それでも僕らから完全に気を逸らすほどでも無いようだ。
そんなわけで迂闊に動くのはまずいので、取り敢えずはコンラートの様子を見る事にしたのだ。
「はっ、ご丁寧に最後まで待っててくれたってわけかい」
「理由は聞かなくてもわかるだろ」
「まぁな。それじゃあ遠慮なく、死ね! 『漆黒爆裂崩破』!」
「!?……防ぎ切れるか……ブイ!」
「任せて! 『永久氷獄・極』!」
僕はブイに防御魔法の指示を出した。そして僕も結界魔法を帝王級でノルデも守るように張り巡らせる。すると、
「私だけ何もしないのは癪ですね。アレン、私は攻撃魔法の準備をいたしますわ。ですから絶対に敵のこの大規模魔法を防ぎ切ってくださいね」
小声でノルデがそう伝えて来た。
「無茶を言うね」
「あなたに無茶などあるものですか」
「それこそ無茶苦茶だよ。ははは……でもまぁ、任せといてよ」
「他でもないあなたの言葉です。ここらほどの安心感は経験した事がありませんね」
「ははは、それは言い過ぎだよ」
僕がそう答えると、ノルデは微笑み顔を前へ向けた。その直後に何か小声で言った気がしたけどあまり聞こえなかった。
……言い過ぎなんかじゃありませんよ……
とにかく今は敵のこの災厄級魔法を処理する事が先決だ。おそらく、火炎爆裂熱波に闇魔法を混ぜ合わせたものだろう。だけどそんなことよりも、さっきからずっと気になってるのが、
魔力がどんどんなくなっていってるような気がする。結界やブイの魔法から魔力が抜けていってるような感覚がするんだ。まるで吸い取られているかのように……
そこで僕はハッとして前を見た。
「まさかッ!?」
「ふんっ、やっと気づいたか。そのまさかだ。そこの女の魔法から閃きをもらってな。元々闇は吸い取る性質があるものだからな、やってみると案外これがいけたのさ」
僕は絶句した。この男は今、とんでもないことを当たり前のようにやってのけたのだ。火炎爆裂熱波は大昔の魔法師が編み出した災厄級魔法理論の一つだ。その理論と威力は正に完成形に近いものだったのだ。
だけど……だけど目の前の男はそんなすごい魔法にたった今細工をし、新しい理論の元、新型魔法を生み出した。
これが双聖剣の力……正直見くびっていたよ……
だけど僕も負けるわけにはいかない。悪いが彼ら魔天教が背負うものと、僕ら国家を守る師団員の背負うものではその重みが違う。
彼らのように世に失望して、ただ持てる力を復讐に使い、暴虐の限りを尽くすだけの者たちと、個人的に大切な人々は勿論、国家全ての人々の命を預かって日々戦う僕らでは戦いに欠ける思いが根本から違うからね。
「確かに君やそこのヨーゼフという男は強いよ。ただ悪いけど、君たちとは背負う物の重みが違う。絶対に勝たせてもらうよ」
僕はそう言うともう一枚、今度は闇の魔力を纏った結界を発動した。これは相手の魔力というよりも、敵の攻撃そのものを吸収する結界だ。
そして数秒拮抗した後に、
ドカーンッ大爆発を起こして魔法の効果が互いに終了した。インドラとルシファーも爆発直前に結界とそれぞれの属性の防御魔法を発動してなんとか防いだようだ。
ヨーゼフも流石にこの状況下でルシファーたちに攻撃する余裕はなく、防御に徹したようだ。
だけどそんな中1人だけ攻撃態勢に入っている者が……
「この時を待ってましたわ! 『自然の抱擁』!」
ノルデだ。そして彼女が今回選択した魔法は、自分の正面に綺麗な森林のような色の球体を出現させ、その球体から木の枝ほどの太さの植物を無数に放出するものだった。
どう言った効果なのか観察していると、それらの植物がコンラートに絡まっていった。そして戦闘職だから聞き慣れているはずだけど、好きじゃないあの音が聞こえて来た。
ボキバキボキバキ!
「グハッ! き、貴様!」
そう、コンラートの全身の骨をじわじわとへし折っていっているのだ。コンラートも身体強化を発動して必死に耐えているが、既に何本か折られていて、その激痛に耐える必要もある。彼の気力が限界を迎えるのも時間の問題であった。
「気を失ったようですわね。アレン、とどめをお願いします」
「了解」
頷き、返事をしてトドメの魔法を発動しようとしたその時、
「私がそのようなことをさせると思いましたか! 『風輪斬』!」
僕が雷魔法で葬ってやろうとしたその時、ルシファーとインドラの包囲から抜け出して来たヨーゼフが風魔法を放って妨害して来た。
「すまん、アレン抜けられた!」
「任せろ!」
ルシファーがヨーゼフに抜けられたことの謝罪をしてる隙に、インドラはヨーゼフを追いかけて来ていた。ヨーゼフはインドラに気づいてはいるけど、コンラートの方が重要度が高いようだ。
「本当にあなた方人間には心底腹が立ちますね! 特にアフトクラトリア公、あなたのような上位者には特にね!」
「嫉妬心からの復讐? そういうのは聞く耳持たないよ? 嫉妬如きで人の命を奪うと言っているのならば、君たちは正真正銘の愚か者だよ?」
僕とヨーゼフの会話に他のみんなは耳を傾けているみたい。
「ふんッ、嫉妬なんぞでここまでするわけがないでしょう。ここまでする理由はもう少し別のところにありますよ」
「それは?」
「それはあなたも薄々気づいていたはずです。あなたは別にそうでもないようですが、世の中には下々から搾取しても、何をしても許されると思っている、およそ同じ人とは思えないゴミがいるのですよ。我々は皆そう言うゴミどもに地獄を味合わせられた者の集まりです」
「なるほど」
つまり嫌と言うほど明確に上と下が分かれるこの世界の理不尽な社会システムに傷つけられた人たちの内の1人ってわけか……コンラートもまぁ、同じようなもんなんだろう。
「そう言うわけで、今後私たちと同じような境遇でこの世に生まれ落ち、世の中の理不尽に締め付けられる者たちが出ないためにも、人間には少しばかり消えてもらう。特に国の上層部の者などにはね。そうすることによって必然的に他の自然や動物たちも脅威が減るわけですからね。良いことずくめです」
「なるほど、つまりは復讐ね」
「何? ですから先ほど……」
「君は尤もらしい大義名分を掲げて得意げに話していたけど、要は自分の復讐を達成するための大義が欲しかっただけでしょ」
「自分の復讐のための大義……ふ、ふはは、ふははは! 確かにそうですね。そうなのかもしれない。まぁどのみちあなた方には関係ないことでしょう。どうせ私たちを倒すつもりなのですから。理由を知ったところで何の意味もない」
「……」
僕は何も言えなかった。正直彼らが可哀想だと思った。自分の生まれる境遇は選べない。親も選べない。僕を含め、王侯貴族として生まれた人たちは、その後何かしらの功績を残せば問題ないだろうけど、そうではなくただ威張っているだけならば、何も偉くないもんな。
だってヨーゼフたちがその家に生まれていれば、同じく威張れたわけだし。所詮王侯貴族の特権なんてその程度だ。ただ生まれがよかっただけであり、そして偉いのはあくまでも先祖であり、何もしていないのならばその特権階級者たちは誇るものが生まれの良さしかない愚か者だ。
そんな奴らに虐げられていたのだとしたら、想像を絶する地獄と屈辱だっただろう。自分は竜魔導師であり、純粋な人としての価値ならば自分の方が上なのに、生まれが貧しいと言うだけで搾取される。
本当に屈辱以外の何物でもでもなかっただろう。我らがアンドレアス王国にもそう言う絶対王政的な時代がなかったわけではない。今も形式上は絶対王政のままだけど、昔よりは確実に上の者たちは下々の声に耳を傾けるものが多い。
残念なことに彼らは今のアンドレアス王国ではない時代の生まれの人間なのだろう。だけど、
「君たちの言い分は分かった。確かに人間は愚かな生き物だし、救いようがないところもあるとは思う。だけど、それは頭の中で思うまでが許される範囲だ。考えるだけならば、同情して寄り添って、解決に向かって一緒に歩いてくれる者も居ただろう。でも、粛清という手段を選んで、君達に対して直接の罪がない者たちを大量に虐殺した時点で僕らが君たちに歩み寄れる道は無くなった。君たちの過去に同情はするけど、その結果とった行動に納得はしない。故に、やはり君たちを倒させてもらう!」
「ふんッ、はなから同情など求めていませんよ! 御託はいいからさっさとかかって来なさい!」
「勿論そのつもりだよ! だけど君、重要なことを忘れてないかい?」
「何?」
「僕らがたった2人でしか突入して来ていないとでも?」
「?……まさか!?」
ヨーゼフが気づいた時にはもう遅かった。
「そのまさかだ。本気で勝ちたかったのなら、私たちが来るまでにアフトクラトリア公を始末しておくべきだったな」
そう言葉を述べた後、炎の槍を十数本連発する魔法を放ち、ヨーゼフを吹き飛ばした者が1人。
グスタフである。そしてコルネリウスさんにカール。その他数百名。
「ブハッ! ペッ、ペッ! クソ! もう六大聖人を倒して来たのか……」
吹っ飛ばされて瓦礫に埋れていたヨーゼフが這い出て来てそう述べる。
「我々が連れて来た兵も合わせれば、軽く千名を超える人数だ。終わりだ。総員、魔法銃構え!」
カシャ、カシャ、カシャ、
「く、クソ! コンラート殿さえ落ちていなければ……」
「いない助っ人のことを考えても無駄だよヨーゼフ」
僕がそう告げると、彼は覚悟を決めたような目になった。
そして、全力で魔力を解放し始めた。それに敏感に反応したのは、後続を指揮していたコルネリウスさん一行とルシファーとインドラであった。
「総員、全力で魔力を込めろ! てぇッ!!」
ズダダダダダ!!!
「俺たちもさっきの失態取り返すよ! 『蒼雷光』!」
「言われずとも分かっておる! 『黒帝の大槍』!」
凄まじい攻撃の弾幕がヨーゼフとコンラートに集中し、大爆発と轟音を響かせた。