人類の意地と竜人の意地
激しい剣閃と魔法がこれでもかと言うほどぶつかり合う。勿論、互いに大規模殲滅を目的とする魔法なんて使用すれば、生き埋めになることがわかっているので、使用しない。
ただそれでも、アレンとノルデ、コンラートとヨーゼフが熾烈な争いを繰り広げていることには変わりはない。その証拠に戦場となった大部屋はところどころ大きく焼け焦げていたり、凍っていたり、抉れていたりと戦いの凄まじさが伝わってくる。
ーーーーーーーーーーーーーー
「なかなかやるじゃないか。ここまで必死に戦ったのは久しぶりだな」
「そうですね。私も正直ここまで彼らがついてこれるとは思ってもみませんでした。こう言う体験が出来るのであれば、たまには若者と戦ってみるのもありかもしれませんね」
僕とノルデを交互に見ながらコンラートとヨーゼフがそんなふうに言ってくる。お褒めに預かり光栄だけど、出来ればそれは別の形で出会って、良きライバルとして言って欲しかった。まぁ、もう敵として出会ってしまったんだし、言っても仕方がないけど……
「楽しんでもらえたようで何よりだよ……。でもそろそろ僕も先に進まないといけないし、決着をつけさせてもらおうかな」
「私もそれに賛成。正直こんなに苦戦するとは、私の方こそ思ってなかったです」
「私からすれば、貴様の方こそなんなのだと言いたくなるがな。その強烈な覇気と言い、これまで放ってきた攻撃の数々と言い、只者ではないな……」
「あなた達に教えてあげる義理は無いですわ。まぁでも、只者ではないというのは正解です。それがわかってるだけで十分でしょう」
コンラートは納得していない顔だったけど、やがてどうでも良くなったのか、直ぐにまた戦闘態勢に入った。
「フンッ、私たちもそう長々と貴様らと遊んでいる暇はない。早々に決着をつけてやる」
「私の本気は強烈ですよ〜」
コンラートとヨーゼフがそのように言うと、今までと雰囲気がガラッと変わった。なるほど……やばい空気を発してるなこれは……
「望むところだ! 人類を敵に回したこと、あの世で後悔するがいい!」
「私としてもあなた達の存在は許し難い。消えてもらいます!」
互いに沈黙して数秒経った頃、天井から耐えきれず崩れてきた小石が地面に着地する。
正にその瞬間、両者は動き出した。
「ルシファー、『闇の息吹』だ! その後の攻撃は君に任せる!」
「了解! 滾って来たのぉ!」
「インドラ、『雷閃滑空』で動き回りながら援護して!」
「おっしゃ!」
「ブイ、君は常に敵の足止めに注力して!」
「分かった!」
「さぁ、ノルデも! 皆んなで勝つぞ!」
「「「「「おお!」」」」」
僕らが作戦行動に移ったところで、コンラート達も動き出したようだ。
「さぁ、是非とも神位級の竜の力を見せて下さいよ! 私が自分の戦闘技術だけでどこまでやれるのか試してみたい! 『石嵐風』!」
「私は昔、お前と同じ神位級の竜の使い手と戦ったことがあるが、その者は碌に力の使い方も知らん青二才だった。お前はどうかな? 『黒炎覇斬』!」
ルシファーの生命力を奪うという、災厄級に相当する闇のブレスと、インドラの雷の強化魔法を全身に纏い、稲妻の如き速度で移動しながら敵に攻撃する魔法、そしてブイは、先手で先ずは相手の足元を氷結させて身動きを取らせなくする。そして僕はその隙に敵の背後に回った。だが、コンラートたちは最初にルシファー達の攻撃を捌くことに専念するようだ。
既に足元をブイに固められ、身動きが取れなくなっていることを察したコンラート達は無理に回避行動や防御態勢をを取らず、攻撃による相殺を試みて来たみたいだ。
そして両攻撃が衝突し、激しい爆風と熱が大部屋を蹂躙した。みんな結界や身体強化を使っているからケガは無いけど、流石に僕らも向こうも一歩も動けない。
しかし数秒もすればそれも収まったので、全員また動き出す。
「僕だってそれなりに修羅場を潜って来てるんだ。油断してると後悔することになるよ! 『氷石乱打』!」
「ハハ! それは楽しみだ! ならば遠慮はいらんな! 『破滅の炎鎚』!」
コンラートは僕の魔法を真正面から受け止めるかのようで、数十センチ以上の大きさがある氷の礫を片っ端から炎のハンマーで撃ち返して来た。
だけど彼は忘れている。彼にとっての敵は僕1人じゃ無いことを……
「ちょっと! 私が援護してることを忘れるのは致命的だよ! 『氷の渦巻き』!」
ブイの氷が混じった渦の援護を直接喰らったコンラートは姿勢を崩してしまう。そしてそれを見逃さなかった者もまた1人……
「自然、特に緑を司る精霊である私が、敵に回ってしまったことをせいぜい後悔するといいですわ! 『生命の息吹』!」
ノルデの両掌から凄まじい魔力波動を感じたと思ったら、次の瞬間には薄く緑に輝く光線がコンラートに向かって放たれていた。
「あまり私を舐めるでないわ!! 『獄炎十柱』!」
ノルデの魔法に対抗するようにコンラートは自分の目の前に十本の炎の柱を出現させた。それと同時にノルデの魔法がコンラートの魔法にぶつかった。
どちらも拮抗し、互いに譲らぬ超威力魔法、に見えた……
「……ん? 何ッ!?」
コンラートの魔法が段々と押され始めてきた。
「どうせ貴方はここで死ぬことになるでしょうから教えてあげますわ。その魔法はあらゆる生命を司るもの。つまり命を与えたり、奪ったりも出来るの。そして今回は後者。ただ今私の魔法が触れているのは、生物ではなく魔法。となると奪うものはただ一つ……」
「魔力……か」
「ご名答。というわけでその魔法の前には、いくら貴方の魔法でも耐え凌ぐことはできなかったようですね」
「なるほど、なかなか面白い魔法を使うものだ。だが!」
そこまでいうとコンラートは僕にも目を向け、そしてその直後に膨大な魔力を操作し始めた。
これは……災厄級に匹敵するな。禁忌とまではいかなくても災厄級を連発されては、こちらも途轍もないほど消耗する。凌げるか……?
「ハハハッ! ヨーゼフをあの竜たちで抑え込み、私をお前たち2人がかりで倒しにくるというのは中々に見事な作戦だった! だが、私も負けるわけにはいかぬ! テオドール様に大いなる勝利を捧げるためにも!」
「ふざけるな! 何が大いなる勝利だ! 君たちがやっていることは、ただの頭のおかしな虐殺行為だ!」
「それこそふざけないでほしいね」
「えッ?」
何言ってるんだ? ふざけてるのはそっちだろ? そう思う僕を置き去りにして、どんどん話を進めていくコンラート。
「人間は増えすぎた。無意味な程に。そして自然破壊、生き物の不必要な乱獲、密猟、裏取り引き、人身売買、目に余るほどの底辺と上位者の格差、そして一番気に入らないのは、戦争という同族同士で殺し合うことを世界的に黙認していることだ……これほどの醜態を晒しておいて、よくもまぁ自分たちは何も悪くないです、と言いたげな被害者面ができるな。人間は他の生き物からしたら、この世からしたら、害悪な存在でしかないんだよ!!」
「そ、それは……」
僕は言い返せなかった。それは彼の言ったことが全くもってその通りだからだ。そしてこの命題は前世の頃からあったものでもある。しかも前世の方が今の世界よりも何十倍、何百倍と人口が多いのだから余計に深刻だった。
人はあらゆるものを殺して、壊して生きる。もちろん食べていくために殺す命ならば、他の生物とも同じと言えるし、仕方なきことという言い訳ができる。
しかし人間は食材に格を付けたり、上位者になればなるほど、生活するための土地を多く占有する。そのため下位の者たちが外側外側へと追いやられ……結果、不必要な領土を拡大を行うため、その他の生物たちの生息圏を次々と奪っていく。他にも商取引のために殺される命や汚される自然もある。
こういったことを一つ一つ考えていくと、確かに人という生き物はこれでもかというほど愚かだと思う。
でも、それでも、僕は思う。それらは全て考え方によっては、他の生き物たちが持ち合わせていない圧倒的知性と生存競争力を持つ人間の特権とも考えられる。
勿論、その特権は何をしても許されるというわけではないし、暴挙を肯定する免罪符になるわけでもない。
なので、この問題に関しては、そこまで明確な答えは出ないのだろうと思う。だからこそ、慎重にそして大局的に考えながら解決していく問題だと思う。
だからこそ思う。
「君の言っていることは確かに間違ってはいない。人間が愚かで、他の生き物や自然にとっては迷惑な生き物だというのは自覚すべき点だと思う」
「何だ、素直に理解できるんじゃ……」
「しかし!」
僕はコンラートの話を遮って言葉を続けた。
「それはあくまで、その国々の為政者たちが考えることであって、君たちが考えることではない。余計なお世話だし、君たちのような得体の知れない者たちに断罪される筋合いは無い。それに今君が言ったようなことは、虐殺を肯定する言い訳にはならない」
「ふん、好きなだけほざいていろ。我らが人間を葬り去り、今一度世界に平和をもたらす役目を担うことに変わりはない!」
僕の言葉に聞く耳を全く持たないコンラートはそんなふうに言葉を返してきた。その姿を見て僕は思う。彼もまた、おそらく彼が自分で口にした理不尽な社会システムに被害を受けた1人なのだろうと……
そこは同情するが、だからと言って彼らのしていることを見過ごすわけにはいかない。改めて覚悟が決まった僕は力強くコンラートの目を見返して口を開く。
「最早、互いに何を言っても平行線を辿るだけのようだね。ならばこういう時の決着の付け方はただ一つ」
「面白い。やれるものならやってみろ!」
「ああ、では遠慮なく! ノルデも頼むよ!」
「任せてくださいな!」
こうして僕ら人類の代表と彼ら魔天教との決着をつけるため、再び激しい戦闘を開始するのであった。