雷鳴卿と霞卿
長旅を経て、ついに男爵領と子爵領に辿り着いた僕らは早速行動を開始する。
なぜ先に救出作戦を展開しないのかって? 簡単な答えさ。しようが無いからだよ。だって既に更地なんだから。
男爵領も子爵領もともに街の規模は小さい。大公領ですら壊滅しかけて復興に時間がかかるほどなのに、六大聖人が出てきてる戦いで下級貴族の領地が生き残っているわけが無い。下位の魔天教の者の仕業ならまだ持ち堪えている可能性はあったけどね。
本当に無慈悲な奴らだ。血も涙もない。何が選ばれし者だ……何が竜人だ……ふざけるな!!
ブワッッ!!!
「アフトクラトリア公、落ち着け。気持ちはわかるがな」
グスタフにそう言われ、僕は我に帰った。思わず感情が昂り、覇気を漏らしてしまっていたようだ。団員達は震え上がっている。
何をやっているんだか、僕は。戦う前に団員達の士気を下げてどうする……
とにかくこの悪い雰囲気をどうにかしないといけないので、僕は団員達に向き直った。
「皆、すまない。別に怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、あいつらのことが許せなくてね。そしてそれはみんなも同じだと思う。だから今日も勝とう! もしこのままあいつらを逃したら、君たちの家族や友人、恋人など大切な人たちが住んでいる地域までこうなるかもしれない。そんなのは到底許せないだろう? だから僕たちで奴らを倒そう! いいね!」
僕がそう言うと、団員達はさっきまでの雰囲気を変えて力一杯雄叫びを上げた。
「全く、お前と言う男は……つくづく恐ろしいな」
口調が崩れているからか、小声で話しかけられた。
「何が?」
グスタフに言われていることの意味がわからず、僕はそう聞き返した。するとグスタフはこう答えた。
「普通ならば、あそこまで悪くなった雰囲気をそう簡単に変えられるものではない。団員の士気を根こそぎ削いだ時はどうなるかと肝を冷やしたが、まぁ、なんとかなったようだな」
「そ、そう?」
「あぁ、だが皆が皆すぐに気持ちを切り替えられるわけではないだろうし、これからは少し気を配ったほうがいいかもな。お前の覇気は異常なまでに強すぎる」
「そ、そうだね」
グスタフに色々指摘されて、ようやく自分の失態の重大さに気付いた。もう少し周りを見て行動しないと本当に僕が原因で戦争に負けました! とかになっちゃいそうだ。
英竜闘気は完璧に制御するのが難しい。相手に向けて放つ意識をしても味方にも多少は向いてしまう。だから意識をせずに無闇やたらと撒き散らせば、それはそれは悲惨なことになる。
結構ヤバいなこれは……本当に気をつけよう。
さてと、色々ゴタゴタがあったけど、取り敢えず索敵を開始する。そして敵を見つけ次第、即時殲滅。幹部でない者は敵を見つけた場合、複数で囲んで挑むこと。敵幹部級が現れても、慌てずに上官に事態を知らせる狼煙を上げる。六大聖人らしき者と遭遇した場合は即座に黒の狼煙をあげる。
これらの取り決めを守らせながら、少しずつ領内を進んでいく。流石に下級貴族領と言えど、二つも合わされば敵を見つけるのは大変だ。慎重にことを進めないと、部隊の者に余計な犠牲者が出る。
探索を進めていくこと数時間。なんだか偶発的に敵と遭遇したものの、ほとんど無傷で部隊は進撃している。だが"殆どだ" つまり犠牲は少しだけだが出ている。そりゃそうだ。敵は全員竜魔導師。いくら王都から連れてきた選りすぐりの精鋭で装備もガチガチに固めていたとしても、根本的なポテンシャルに天と地ほども差があるんだ。
むしろこれだけの犠牲で抑えているのが凄いことなのだ。改めてアンドレアス王国の師団員の実力の高さを実感した。
だが、それも束の間の安心だと思い知ることになる。
「はぁ〜、ほんとイヤになるね〜。大人しく滅んでくれればそれでいいのに……無駄な足掻きばかりして」
「ですね。挙げ句の果てには我々と同じ竜人でありながら、有象無象どもの味方をしている者までいる始末……実に嘆かわしい」
僕らの目の前にいかにもヤバそうな連中が現れた。しかもゾロゾロと部下を引き連れて……。人数はその2人を合わせてざっと30名ちょっとか……まぁ前進している間に大分減らしたからな。それでも竜魔導師30名越えは普通に洒落になってないけど……
そんなことを考えているとグスタフが徐に前へ出た。
「ほう、ようやく幹部級のお出ましか」
グスタフがそう言うと、さっき話していた2人組が興味深そうにグスタフを見ながら話しだした。
「ふむふむ。君もなかなかだね」
「そうですね、結構強そうだ」
2人の評価を聞いて僕は当然だろと思ったが、ようく考えてみると、敵はおそらく六大聖人なんだよね。なら余裕で構えることはできないね。グスタフでも全力を超えた全力を出してもらわないと勝てないかもしれない。
「グスタフ」
「あぁ、分かっている」
僕の呼びかけにグスタフはすぐに反応して部隊の者達に指示を出していく。今回は敵の部隊と幹部が同時にやってきた。そうなってくると、分散作戦は行えない。なので、団員達には後方で結界魔法部隊の者達に防御してもらいながら、待機してもらう。そして、敵も同じように幹部の2人以外は後方に待機し、出撃の機会を伺っている。
おそらく、僕らと敵幹部が戦闘で離れた場所に行ったら両部隊共に動き出すだろう。
そう言うことならば、
「グスタフ、準備いいかい?」
「無論だ」
僕たちのやりとりを聞いて、よりやる気が出てきたのか、敵が好戦的な目で身を乗り出してきた。
「君たちと共に道を歩めないのは残念だけど、それと同時に戦ってみたい気持ちはあるだよね!」
「やれやれ貴方は本当に戦闘バカですね、エルヴィン」
「うるさいな、アルベルト」
あいつらはエルヴィンとアルベルトと言うのか……。まぁ名前なんて把握しても特に意味はないんだけどね。
取り敢えず今は彼らを倒すことだけに集中しよう。
「それじゃあ、遠慮なくこっちから行かせてもらうよ! 『盛炎の進撃』」
「貴様らのような害悪はこの世に不要だ。消えるが良い! 『業火の戦斧』」
僕とグスタフは2人同時に炎魔法で攻撃した。2つとも帝王級の魔法で、僕のは唸り狂う炎を相手にぶつけるというシンプルなもの。グスタフのは炎でできた大きな斧を自由自在に遠隔操作できる魔法。
そして今までの攻撃と違うのは、僕らが魔力増強の魔法具を身につけていて、更に武器も新しい魔法具に一新してることだ。この違いはかなり大きい効果を生み出したようで……
「ぬぉッ!? なんだこのバカみたいな攻撃の重さは!? 災厄級か?」
「油断しました……避けていなければ、腕が焼け飛んでいた……」
普段の帝王級よりも圧倒的に魔法の頑丈さや効力がアップしていて、まるで高威力の魔法を放っているみたいだ。僕たち自身も驚いてるよ。威力は上がったりしていないはずなのに……。敵からすれば、魔力量が特段多いわけではないのに、何故か今までなら大抵の敵に通用していた防御魔法などがあっさり破られて驚いているのだろう。
しかもそのような魔法を使っても、相手は魔力消耗で疲れるそぶり一つ見せない。
「君たち……一体何をしたのさ!」
「あの魔力量でこの攻撃の硬さ、重さはあり得ません!」
2人は一通り文句を言ったら落ち着いたのか、気を取り直したみたいだ。
「まぁいい。戦っていけば分かることだし」
「言われてみればそうですね」
2人は深呼吸した後、突撃してきた。
「竜人を舐めるなよ! 僕は雷鳴卿・エルヴィン! 君たちを滅ぼす、我らが神の使徒だ! 『雷槍』!」
「私は霞卿・アルベルト! 生命に力を与えし、偉大な水の力を思い知れ! 『濁流の抱擁』!」
2人の攻撃もかなりえげつないものだ。巨大な雷の槍が猛スピードでこちらに飛んでくる。そして地面を這うようにして、あらゆるものを飲み込んだ水がその暴力を示しながらこちらに迫ってくる。
「皆出てきて!」
(良かろう!)
(任せて!)
(アレンのために頑張るんだから!)
(この日のために鍛えてきたんだしな)
(やるか!)
ルシファーを筆頭に竜達が顕現する。グスタフも自分の竜を呼び寄せたようだ。更に僕はインドラの得意な支援系魔法『雷獄』とラーの広範囲攻撃魔法『膨炎』の複合技を発動し、攻防一体の防御陣を形成した。
これにより、グスタフも守りながら敵の攻撃を退け、更に反撃に転じる。流石にこの組み合わせは予想していなかったようで、敵2人にしっかりと重い一撃が入る。
「ぬぉッ! なんて火力だ! 流石は噂に聞く神位竜の力だね」
「全くです。馬鹿力もいいとこです!」
2人は好き勝手言ってくれちゃってるけど、攻撃の手は緩めない。無視だ無視。
そんなふうに考えていると、グスタフが声をかけてきた。
「私の攻撃に合わせてくれ、アフトクラトリア公!」
「了解!」
僕らがそう言って打ち合わせしてるのが聞こえたのか、エルヴィンとアルベルトは防御魔法を発動する準備に入った。流石に経験が違うな。こんなに展開の早い戦いの中でも、冷静にその判断を下せるのは素直にすごいと思う。
ものすごく勉強になるのに、敵なのが惜しくて仕方ない。
「いくぞ! 『熾火の轟き』!」
「『漆黒の怒号』!」
グスタフの竜の爆炎と僕のルシファー直伝の闇魔法、2つの帝王級魔法が合わさって凄まじい被害を周囲に及ぼす。
最も、被害を受けることになるはずの居住区がすでにないんだけどね? まぁ、そんなことはどうでも良くて、とにかく久々の大魔法を敵に放ったのだ。
その結果はと言うと、
「おおおぉッ!! クソ〜ッ!」
「これは……耐え切れッ!!」
その言葉を最後に2人は爆炎吹き荒れる闇の中へと姿を消していった。
「やったな……」
グスタフが拳を差し出してきたので、僕もそれに答えて拳を合わせた。
「さてと、残りの団員達は無事かな?」
「問題ないだろう。彼らはもう大分強くなった。私たちが急いで行かなくてもなんとかなっているはずだ」
「そうだね」
僕たちはそう言葉を交わし、遅くもなく、早くもない、絶妙に休憩ができるペースで味方部隊と合流した。気がついたらとんでもなく遠いところにまで僕たちは移動していたようだからね。
それにしても今回は随分と楽だったな……グスタフと協力していたとは言え、魔法具を刷新しただけでここまで違うとは……。
僕はやっぱり魔法だけに頼るのは危ないんだなと改めて実感した。