闘いの日々
僕たち師団員含め、アンドレアス王国はいよいよ本格的に対魔天教の戦いに向けて動き出した。
貴族は本腰を入れて私兵をかき集め、自領にて臨戦態勢を取る。王家からも近衛師団員が各地方に少数ではあるが派遣された。特にシュナイダー伯爵領を筆頭に食糧の供給源となっている地域や大貴族領に多く派遣された。
心配なのは国民の反応だけど意外と、大混乱! みたいなのは起こらなかったみたいだ。そりゃ、一部ではパニックを起こしていたようだけど、大半は領主の言うことをちゃんと聞いていつも通り生活しているらしい。
一つ違う点があるとすれば、いつ襲われるかわからない緊張感が領内に漂っていることだそうだ。
そんな感じで周りが動いている中、僕たちは何をしていたかというと、ひたすら訓練だ。戦闘シミュレーションをしてみて、グスタフたちとそれを実践してみて、魔力操作を今まで以上に鍛えて、無人の広場を探して竜たち自身の戦闘訓練も行ってと結構忙しい毎日を送っている。
これを他のメンバーにも例外なくやってもらって、師団の者たちにも訓練メニューとして取り組ませている。そうしているうちにあっという間に2ヶ月が過ぎた。あの大公領での事件以降、魔天教の活動が大分小規模になったのだ。
理由は当然だがわからない。何かとんでもないことをしでかすための準備をしているのかもしれない。何度か各地の師団員では対処できない敵が現れたが、そういう場合はグスタフたちのうち、誰かを派遣した。
その際に竜魔導師では無いので不利なはずのダミアンやカールたちも派遣しているのは、この間考えていた魔法具が完成したからだ。それは前世の掃除機をヒントに作ったんだけど、具体的にどういうものかというと、掃除機が空気を吸い込むのと同じようにこの魔法具は空気中の魔力を吸い込む。というものだ。
基本的に僕たち人間は魔法を使う時は体内に内包する魔力を使う。そしてそれが減ってくると、休憩することによって魔力が回復していく。ただその時の魔力回復はただ休憩しているだけで回復しているのでは無い。
空気中からも魔力を吸い込んで身体に再蓄積するんだ。その理論を人工的に再現出来ないかと考えた結果、生まれたのがこの魔法具だ。
魔力が体内に有り余っている状態でも、人工的に空気中の魔力を吸い込み、増幅させる。そうすることによってより莫大な魔力を扱うことができる。
ただもちろんこの魔法具にも弱点はある。それは、もともとその人間が扱える許容量の魔力を超過して供給するため、使用者本人に対する負担が、正直洒落にならないほどに大きい。なので制御で少しでも気を抜けば一瞬で意識が飛ぶ。そうなれば戦場では即あの世行きだ。
つまり諸刃の剣の要素を多分に含んでいる。故に僕が信頼できる特一組のみんなにしか渡していない。
まぁでもこれも魔力制御能力が上達すれば、扱えるものなので、他の頑張っている幹部級の者たちにはそのうち渡すとは思う。
とまぁ、そんなわけで竜魔導師でない者でもそこそこの戦いができるようになった今、元から優秀だったダミアンたちを大事に手元に置いておく必要はない。
全力で暴れてもらった方がむしろ良いんだ。そんなわけで強い敵が出てきても基本的にはグスタフたち一同には平等に出動してもらっている。
それに戦力派遣を渋っていない理由は他にもある。それは魔力増幅以外の魔法具も完成したからだ。例えば戦闘用の武器もその一つ。幹部の皆は全て一新し、今後は下級幹部にも行き渡らせていくつもりだ。そしてゆくゆくは一般師団員にも支給する。もちろん幹部に簡単に死なれては困るので、幹部たちの分はよりグレードの高いものを用意する。
そんなふうに今日も着々と準備を進めていたところに、いっときの落ち着きの時を破る一報が入る。
それはもちろん、
"魔天教に再び動き有り! その数、総勢五十名! 内2名は特に大きな動きは見せていないが、集団を率いるような行動を取っていることから幹部の者と推測!"
こういうことである。
「これはマズイね」
「ですね」
今は所用でラント領を訪れている。そのため、今は代官邸という扱いの元領主の館で仕事をしてるので、隣にはデニスが控えている。そして2人して報告書に目を通し、頭を抱えていた。順調に良い方向に動いて行ってると思ったらこうだよ。もう少し待ってくれてても良いのに……と言うよりも、だ。
「今回は数が尋常じゃないね」
「仰る通りですね。彼らはもともと500名程と言っていたとか。となるとイタズラに人員を割く余裕などないはず。しかし……」
「それでもこれだけの人数を派遣してきたとなると、いよいよ向こうも何らかの攻勢を仕掛けてくると言うことか」
「はい、そのように思います」
と言うことは、だ。今回は僕とグスタフとの2人で出向き、ツェーザル達には王都を守っていてもらおう。ちなみにツェーザルを含め、特1組のみんなが王都に集中してるのは特訓のためだ。なので、彼らの領地には特に多くの近衛が派遣されている。
そして今回、帯同してくれるのはグスタフ。彼の領地には、今回はベッカー侯爵とコルネリウスさんが防衛要員として待機してくれている。
なので、よほどの強敵が現れない限りはベーレンドルフ領も問題ないだろう。
数日後、出発の準備が整ったので、転移でグスタフを迎えに行った。そしてまたラント領に戻ってきて、2個大隊の編成で目的地へ向かう。今回は隣国との国境線沿いにある男爵領と子爵領がターゲットにされたようだ。
この間いきなり大公領を狙って自滅したもんね。だから今回はアンドレアス王国の端っこに橋頭堡を造ろうってことなのかもしれない。
「今回は敵が多い。しかし2個大隊も連れて行けば十分だろう」
グスタフはそう言うが僕は安心できない。それはもちろん、六大聖人の存在だ。彼らは強い。本当に強い。
以前戦った魔将帝や聖天将らはどちらかと言うと自分のポテンシャルで戦っている部分が強かった。だけど今回の相手はポテンシャル、戦闘技術ともに優れている相手。1人でもはっきり言って厳しいんだ。
「確かに敵の数に対しては十分な戦力だと思うよ。でもそれがそのまま有利に繋がるかは別の話だよ」
「六大聖人、か……」
僕はグスタフのその返事に静かに頷く。僕以外で特1組のメンバーなら間違いなくグスタフが1番強い。だけどそんな彼でも不安になってしまう。奴らはそう言う相手だ。
「油断すると、君でも一瞬だよ」
「ふん、余計な心配だ。私が実際に戦闘が始まってから油断するとでも?」
「ないね」
油断なんてするわけが無いと分かっていても、つい心配からそう言ってしまうんだよね。だけどそれはグスタフに察せられていたようで、
「だが、用心するに越したことはない。お前の言葉、しっかりと胸に留めておくとしよう」
そんなふうに言ってきた。なんだかんだ相手の気持ちを立ててくれるんだよね、グスタフって。
とまぁ、そんなことはいいとして、今回は一つだけ取り決めてあることがあるんだ。それは、六大聖人が出てきたらすぐに部隊を撤退させて、指揮は部下に任せた状態で僕とグスタフが奴らの相手をする。
これは絶対的重要事項として、幹部達には通達してある。変に装備も新しくなったから勝てるかもとか思って挑んでしまって、負けましたでは洒落にならない。
ただでさえ、今は戦力を温存したいからね。余計な戦死者は出したくない。
そんなふうに色々と考えていると、中継地点の街に着いたようだ。ここで一晩休んで、また明日の早朝から前進を再開する。なので、今は頭と体をしっかりと休めよう。
僕はそう思い、迅速に街での行動計画を隊員達に伝えたあと、足早に宿に向かった。