魔天教の真の姿 ツェーザルの奮闘
遅くなりました。申し訳ありません!
僕は走った。走って走って走り続けた。アレンがとんでもない敵と対峙した瞬間、僕ら部隊の人間は完全な足手纏いと自覚したからだ。
僕は部隊の者達に周辺の避難(望みは薄いが……)を指示し、その後は撤退しつつ先程の相手以外の敵を随時殲滅して行くようにと命令した。
(これで良かったんだよね?……やるべき事はこなしてるよ。後は君に任せる。だから……死なないでくれよ、友よ)
僕は必死に願った。戦友よ帰ってきてくれと。僕たちは師団員だ。常に死と隣り合わせだ。もちろん生きて任務を終え、日常生活に戻れる団員もいるにはいる。しかし大部分の団員が若いうちに命を落とす。特に戦争が起きている期間中は……。しかしいくら成人していると言っても、10代と言う若さでこの世を去るなんてあまりにも惨すぎる。
帰ってきてくれ……
そう願うと同時に現在の自分の無力さを憎んだ。親友の大変な時に何もしてやれない己の無力さが憎くて仕方がない。
(だけど、腐ってたって仕方ないよな……今は団員の命を預かっているんだ。しっかりやらなきゃ)
僕はそう気持ちを新たにすると、アレンたちが戦っている地点から大分離れた位置に一時的に情報を集めるために設立した指揮所で偵察部隊の報告を待つことに徹する。そしていつ襲撃されてもいいように、神経を張り巡らせる。
その後は特に問題もなく、任務は続いた。偵察をして敵影が視認できたと報告があればそこに移動し、敵を各個撃破していく。幸い今の所は強い敵からの攻撃もなく、順調にことが運んでいる。
しかしそんなゆとりも長くは続かない。
僕は強烈な魔力の塊がこちらに向けて突進してくるのを感知し、すぐに魔力を展開して身体強化と水属性強化魔法を纏い、剣に手をかけた。そのすぐ後だった。
ズドーンッ!!
僕が振り抜こうとした剣に突進してきた何者かは当然のように剣を合わせて鍔迫り合いに持ち込んできた。
ギリギリと音を立てながら押し合っている隙に僕は相手に視線を向けた。すると見覚えのある黒ずくめの装束に身を包んだ人物を視認した。
「ようやく大物のご登場か……」
僕がそう呟くと、声変わりしたばかりの青年のような声音の男が返答をしてきた。
「僕が大物? 面白いこと言うね君。けど今ので確信したことがあるよ。それは、君はこの先の戦いについていけないだろうと言うことさ。僕如きに緊張してるようじゃ話にならないよ」
「それはどう言う意味だ」
僕は一度距離を取るために相手を弾き、後ろに飛んだ。
「そのままの意味さ。僕は魔天教の中では特段強いと言うわけではないからね」
僕はその言葉を聞いて自分の体温が急激に下がっていくのを実感した。正直に言うと僕は今、この男と剣を交えただけで互角くらいだと直感した。
つまりそれで話にならないといわれると言う事は、それ以上の幹部のような存在に出くわした時、何もできないと言うことだ。
だけど、そんなことを言われて引き下がれるわけがない。僕らが怖気付いてしまえば、国民たちはもう頼る存在が無くなってしまう。それだけは絶対にダメだ。
(ふざけるなよ……話にならないだと? だったら見せてあげるよ! 僕の全力を!)
僕は普段使いの剣から、もう一本腰に刺してある剣に取り替える。これは僕専用に用意してもらった魔法剣だ。
鞘から抜き取ると、白銀の刀身が自分を見ろと言わんばかりに自己主張しながら輝いている。
流石にこの剣の危険性は相手も察知したようで、
「ほう? なかなかの業物だね。すごい雰囲気を醸し出してる」
「武器頼りなど卑怯だとは言わないのかい?」
僕がそう言うと男は首を傾げた。
「戦場では武器も含めて全てがその者の戦闘能力。文句を言う権利なんて僕にはないよ」
「それはまた律儀なことだ」
僕らはそこまで話し終えて一呼吸おいた後、互いに竜を顕現させた。やっぱり彼も竜魔導師だったか……。
予想はしていたけど、ここまでポコポコ竜魔導師に出て来られると、流石にへこむ。竜魔導師とは珍しい存在なんじゃないのか?
「それにしても、よくそんなに竜魔導師を集められたね。魔天教は……」
僕は返答を待たずに独り言のつもりで男に突っ込んだ。竜に水を極限まで細く圧縮して放出する攻撃を命じ、自分は強化系魔法を全力で展開し、『水斬』と言う水の斬撃を放つ上級魔法を放つ。
「そりゃあそうさ。なんせ魔天教に所属しているものは全員が竜魔導師なんだからね。総勢五百名の竜人集団さ」
僕はその言葉を聞いて驚きで心臓が止まりそうだった。五百名もの竜魔導師の集団を創り上げるだけでも脅威だが、何よりもその人物たちが全員人類に対して攻撃意識を持っていると言うのが、無視できない点だ。
(これが魔天教……想像していた以上にヤバい連中だね)
おそらくこうやってペラペラと情報を喋っているのも、バレても僕らを倒せる確信があるからだろう。
僕は恐ろしさに飲み込まれそうになったけど、それでも攻撃は続行した。たとえ、目の前にいる男を倒したところで魔天教にとって大きな痛手にはならなかったとしても、僕のやるべきことは変わらないし敵の戦力が1人減るのは確かなんだ。
「悪いけど、人類存続のために君には消えてもらう!」
「笑えるね、なぜ人類なんていう救いようのないゴミのために君が命をかけるのさ? 君だって竜魔導師なんだろ? せっかくの才能を無駄にするなんて理解しかねるよ。でもまあ、僕には関係のないことだ。君たちを勧誘しろとのお達しだけど、その気が無いのは明白。ならば邪魔されないよう死んでもらうまで!」
僕と男の剣がぶつかり合い、激しい衝撃波が辺りを襲う。そしてすぐに距離を取り、次の攻撃に移る。
「君たちがなぜ人類を嫌うのかは知らない! だが僕には人類を守りたい理由がある! それだけのこと。それ以上でも以下でもない! 『断閃水』!」
「本当に残念だよ、その貴重な力をむざむざと手放す決意をするなんて……『炎竜の咆哮』!」
僕の水の斬撃と彼の炎のブレスのような魔法がぶつかり合い、凄まじい水蒸気が発せられる。それにしても珍しい魔法の発想だな。口から炎を吐き出すような体勢で撃つ魔法か……正に竜だね。
そんな余計なことを考えながらも次の手を模索しながら僕は周囲に気を配る。いつ水蒸気の中から攻撃をされるかわからない。向こうも同じ条件下だろうけど、僕よりも修羅場を潜った数は多いだろう。雰囲気から相当強いのは察することができたからね。だから一瞬でも油断はできない。
そうやって気合い十分に待ち構えていたからか、敵の接近に気付く事ができた。
「へぇ、この状況下でこれに対応するなんて君、相当場数を踏んでるね。いいねぇ、じゃあ遠慮なく全力を出せそうだ」
「お褒めに預かり、光栄だよ! は!」
僕の剣の一閃を彼は易々と回避して、今度は体術も使いながら応戦してきた。僕はそれほど体術が得意なわけではないけど、アレンに色々と鍛えられているからか、結構対応できている。
「ふーん、見るからにお貴族様で育ちが良さそうな君でも、こういう一見邪道に見えそうな戦い方も修めてるんだね。意外だよ」
「お貴族様であるにもかかわらず、とんでもない戦い方ばかりする友人の訓練にいつも付き合っているんでね! 『霞掌底』
「『熱烈拳』!」
僕の水属性を纏った掌底と敵の炎属性を纏った拳がぶつかり合う。それ以降も僕と男は戦い続けた。もはやアードラー大公との合流すら絶望的状況。
まずは目の前の敵に勝つことだけを今は考えないといけない。勝てるかどうかはわからない。だけど勝算を確実に見出せなくても全力を出すことはできる。
僕は死ぬかもしれない極限状態の中でも冷静に判断して今後の動きを決定した。まずは僕らの戦いの余波に巻き込まれないように少し後方に撤退していた部隊に一時的に指揮権を移す旨を伝えた。一緒に行動していた1人の中隊長に指揮権を譲るので、一刻も早く大公閣下の部隊と合流するように命じる。戦いながらなので大声での指示となり、敵に作戦が筒抜けだが今は仕方ない。情報共有が今は何よりも大事だから。
とにかく、今は自分の戦いに集中したい。その思いから部隊の指揮は他の者に任せることにしたのだ。
(さぁ、ここからが本番だ。気合い入れていかないとな)