六大聖人
僕はのけぞった体を元に戻し、後ろに振り向いた。するとそこには数名の我が国の師団員を吹き飛ばしながら後方の民家に突っ込んでいる敵を視認した。
攻撃してくるまではあくまで魔天教の人間だろうと推測していた段階だったが、今ので確信した。
「やはり君は魔天教の人間だね」
「ほぅ、今のを避けるか……。面白い、200年ぶりくらいに楽しめそうだ。名を名乗れ、人間」
「僕はアレン。アレン・アンドレアス・ベッケラート・アフトクラトリアだよ」
「鬱陶しいくらい長い名前だな。これだから人間の、特に王族や貴族の名前は嫌いだ。しかしまぁ覚えておくとしよう」
「それはどうも。だけどさっきから気になっていたんだけど、君も人間だよね? なのに自分は人間じゃないみたいな話し方をするからよく意味がわからないんだけど」
僕がそういうと、男はこちらを蔑むような視線を向けた後、こう言った。
「お前には関係のないことだが、まぁこれだけは教えておいてやろう。我らは"竜人"。魔天教の者は皆そうだ。竜の力が扱える人間を超越した者。それだけ覚えておけばいい」
「うーん、要するに竜魔導師ってことね。別に特別なことじゃないじゃん」
「まぁ、せいぜいほざいておくがいい。私にとってお前がどう思おうがどうでもいい」
男はそう言った後、再び剣を構えた。そして一瞬だけ魔力を解放したかに見えた後、気が付けば斬撃がこちらに向かってきていた。
僕は常に警戒して眼球にも身体強化を発動していたのでかろうじて反応できた。そのおかげで反撃に移れた。だけどツェーザル含む他の者は全く反応できなかったようで、何が起こっているのかも分かっていない様子だった。
(これは……本格的にやばいかもね。ツェーザルまで反応できないのは予想外だった。今のは僕だけに的を絞っていたから良かったものの、全員に向けられていたらマジでやばかった……)
僕は国を守る立場の人間だから本当はこんなことを考えてはいけないんだけど、いつものメンバーにはもう少し僕が付きっきりで特訓したほうがいいかもしれない。
それに付随して師団の幹部連中も僕が特別措置として特訓するというふうな感じで後付け設定を加えれば、文句も出まい。結局のところ1番大事なのは自分の大切な人たちの安全だからね。
勿論、国民が大事じゃないって思っているわけじゃない。しかし、自分の大事な人たちと見知らぬ国民ならどちらが大事かなんて考えるまでもない。
僕は貴族である以前に1人の人間なのだから。
さてと、そんなことはさて置き。目の前の男をどうにかしないといけない。
彼は強い。今まで出会った中で彼に匹敵するか勝る者は悪魔と天使の親玉や、魔将帝に聖天将くらいだろう。挙げた名前の数で言えば多いが、実際の人数は本当に数えられるくらいだ。
これは覚悟を決めなければいけないな……
「さて、そろそろ始めようか。強き者よ」
「そうだね。僕もそう思っていたところだよ」
「そうか。ならば行くぞ! 我が名はアダムス。六大聖人が1人である。死にゆく者に名乗る必要はないのだろうが、まぁ、せいぜい冥土の土産にでもするがいい」
「ああ、それはご丁寧にどうも!」
僕らは同時に動いた。そして全力の身体強化を身に纏い、剣を振るった。
アダムスも剣で応じてきたため、僕と彼との間で途轍もない衝撃波が生まれる。一瞬だけ鍔迫り合いで動きが止まった隙に周囲の状況を確認する。すると、ツェーザルが指揮をとり、皆を別の場所へ向かわせる指示を出しながら撤退していた。
うん、僕の求める対応をしてくれている。本当に安心して部下を預けられる相棒だ。
「『冰風』!」
アダムスが暴風に氷の礫を纏わせるというシンプルな魔法を放ってきた。だがその見た目に反して威力はと言うと……
一言で言うならば、"暴虐"
まさにそれだった。何故ならば大公邸に向かう途中で戦闘が起こったのだから当然周囲には民家があった。
そう、"あった"のだ。この男が目の前で魔法を使うまでは……
だが今となっては跡形もなく、僕達以外の周辺は更地と成り果てた。そしてオマケとばかりに辺り一帯には一呼吸すれば肺を凍て尽くすような凄まじいまでの冷気を漂わせている……
これは……認めたくはないけど敵の戦闘力の推定を上方修正する必要があるね。間違いなく魔将帝や聖天将よりも強いだろう。しかもこんなのが、まだあと5人もいるって言うんだ。気が遠くなるね。
「どうだ? 人間を超えた存在の"挨拶"は……」
挨拶、か。これが挨拶とか本当に笑えないんだけどな。今までいろんな竜魔導師に会ってきたけど、その人たちとこの男は何かが決定的に違う。じゃあ何が違うのか? それはおそらくだけど、場数の違いだと思う。
竜魔導師としての格ももの凄いのだろうけど、それ以上に生きてきた年月の違いが直接戦闘力につながっているんじゃないかと思っている。さっきこの男は200年ぶりに何とかかんとか言ってたし。
「素晴らしい挨拶をありがとう。じゃあ次はこっちの番だね」
「来るがいい」
「『爆鱗』!」
僕は彼の周囲に時間経過や衝撃で爆発する鱗粉を発生させた。某ハンティングゲームで得た知識を元に作り出した上級魔法だ。
彼も流石にこんな攻撃は見たことないようで戸惑っているようだ。だけどそこにいていいのかな?
「何だこれは? 攻撃のつもりか? だとしたら私を舐め……ブフォッ!」
「あーあ、だから早く逃げれば良かったのに」
まさかの油断で喰らってくれました。ラッキー。だけど勿論こんな撫でるような攻撃で彼が倒れるなんて思っていない。挨拶はこの辺で終わりだ。そろそろ本気でいこう。
「成る程、遅延性の攻撃か。見た感じ衝撃にも弱そうで触れると爆発しそうだ。中々面白い魔法を作るものだ」
「そりゃどうも。さ、僕の部下や相棒も他の場所に散って仕事してくれてるし、もう周囲を気にする必要もない。全力で行かせてもらうよ」
「望むところだ!」
そこからはただ拳をぶつけ合い、剣をぶつけ合い、蹴りをぶつけ合い、魔法をぶつけ合いといった感じで乱打戦に突入した。
そして遂に、
「まさか私を相手にここまで粘れる者がいるとはな」
「僕もここまで手こずったのは久しぶりだよ。それよりも気になってたんだけど、僕らのことは気にしてたんでしょ? なら名前や僕が竜魔導師であることくらいは知ってたんじゃないの?」
「ふん、私はただこの世界が終わってくれればそれでいい。それ以外のことなど心底どうでもいい。だから貴様の顔も名前も今日初めて知った」
「成る程」
僕は平然を装っているが、内心はかなり焦っている。なんせ、天使と悪魔の王は魔天教の幹部によって殺されて実際には僕らは戦っていない。
つまり実質的に僕が今まで戦ったことがある強敵というのは、魔将帝や聖天将までだ。だけど目の前にいる彼はおそらくそいつらよりもはるかに強い。
要するに、勝てるかわからない相手なのだ。あの大戦や六国同盟戦以降、訓練は続けていたので成長することはあっても腕が鈍っているということはないはずだ。
それでも何故か彼に勝てるビジョンというものをあまり明確に想像できないでいる。
だから焦っているのだ。
「何を考えているのかは知らないが、そろそろ行くぞ! 『冥獄冰竜王』!」
「化身具現化の魔法か……ならこっちも! 『焔雷獅子獣将』!」
氷の竜王と百獣の将軍のぶつかり合いによってまた、大公領が悲鳴を上げるのであった。