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夜襲

 今回の大戦争において初の会戦でとてつもない数の死傷者を出し、士気が凄い勢いで下がっているドゥンケルハイト王国師団と、逆に敵を(ことごと)く弾き返し、大勝と言ってもいいほどの戦果を挙げたアンドレアス王国師団。

 両者の陣営の夜は全く様相の違うものとなっていた。





 その野営地は荒れに荒れていた。師団員たちは皆下を向き、周りの人間の話も上の空で、ただひたすら現状に困惑していた。

 中には目の前や、真横で体が吹っ飛んだり、頭に矢が刺さって動かなくなったり、魔装砲の砲弾をもろに喰らい、下敷きとなって原型を止めることすら出来なかった仲間をたくさん見てきた団員などもおり、その者たちは皆一様に絶望と悲嘆に暮れていた。


 "話が違う" 、"上は今回の作戦で敵を一方的に蹂躙できるはずと言っていた"などなど……師団上層部に強烈な不信感や反発心、怒りを抱き始めていた。


 そんなわけで、ドゥンケルハイト王国師団の団員達の士気は下がりに下がっていた。

 そして何より、別の面でも今回の戦いはドゥンケルハイト王国師団員達の士気を下げるには十分だった。


「なぁ、あんた。どこの部隊だ?」

「ん? ああ、俺は第一師団のもんだ」

「だ、第一師団!? 今回の作戦の先陣か……1番被害が出てたところじゃねぇのか? よく生き延びれたな……マジですげぇな、あんた」

「いやいや、ただ運が良かっただけさ。第一つっても、その部隊の中では後衛だったからな」

「いや、それでもだよ。後衛でも死んだ奴は山ほどいたんだ。十分すげぇよ」

「ははは、ありがとよ。だけど、今はそれを素直に喜べる余裕が無いな……」


 第一師団の構成員だと話した男は褒められているはずが逆に落ち込んだように、声をかけた男には思えた。


「そりゃそうさ。なんせ竜魔導師同士の本気の戦いを目の前で見せつけられたんだからな」

「ああ。所詮、俺たちのようなちっぽけな存在じゃ、いくら数がいてもあんな敵に敵うわけねぇよ」

「ああ。それにいくら性能の良い武器がわんさかあっても、敵に効かなきゃ金の無駄だ」

「しかも、仮に効いたとしても使う前に戦いの余波で吹き飛ばされそうになってちゃ、意味ねぇしな」


 その空間からは"はぁ〜"という溜息が聞こえてきそうであった。それほどまでに師団員一人一人の気持ちは戦争に必要な闘志からはかけ離れた位置にあった。


 そしてその状況はドゥンケルハイト王国大師団の総大将も理解していた。

 

「バルヒェット将軍、部隊の士気はもはや風前の灯火ですよ? いつ完全に消え去ってもおかしく無いですわ。今後の方針を伺っても?」


 エルゼはもう大分打てる手が少なくなっていることを自覚しながらも、自分が今後戦っていく上で確認しておかなければいけないことを聞かずにはいられなかった。


「方針? 方針ねぇ……。やはりあの兵器を使うしかなさそうだな」

「しかしあれは魔力消費が尋常では無く、多くの操作手である師団員が脱落してしまうから、最後まで取っておきたいと仰っていたのでは?」

「言っただろう。もはや万策尽きかけている状態。出し惜しみなどしておれんのだ。だが貴卿が言っていることもまた事実。故に少し卑怯だが、あの兵器を使う前にやる事がある」

「この状況で正面戦闘以外でやることといえば、夜襲……ですね?」

「ご明察。これは戦争において、暗黙の了解で忌避されているやり方。相手からはさぞ恨まれるだろうが、やるしかないだろう。それでは早速準備に取り掛かろう」

「了解ですわ」




 

 もう一方の陣地では、


「ははは! 飲め飲め! 祝い酒だ!」

「おいお前、飲み過ぎだ。任務に支障が出るだろう。もうやめとけ」

「あぁ? いいじゃねぇか、別に〜。お前だって飲んでるじゃないか!」

「俺は元から二、三杯で終わらせる予定だったから大丈夫だ。実際まだまだ動ける。だがお前はもうベロベロじゃねぇか」

「うっせぇ! お前は俺の母ちゃんか!」

「ああ、もう知らねぇ」


 この様な感じでかなりゆったりとした時間を過ごしていた。


 だが、それでもまだ素直に喜べない人物たちがいた……


「どう考えてもおかしくねぇか?」


 ダミアンはあまりいい予感のしない現状に、その様な質問をグスタフに投げかけた。

 それに対してグスタフは、


「確かにな。軍事大国として名を馳せていた国がこの程度で負けるわけがない。今後何かしら動きがあると考えるのが妥当だろう」


 と、ダミアンの考えに同意を示した。


「だよな、警戒態勢を厳にせよと他の幹部たちに伝えておいてくれるか?」

「お安いご用だ。任せておけ」

「何から何まで悪いな」

「何を言っている。それが部下の仕事だ。お前はここの総大将なんだ。堂々としていればいい」

「フッ、それもそうか」

「ああ」


 ダミアンは不思議な感覚の中にいた。今目の前にいるグスタフとは、最初の出会こそ最悪そのものだったが、グスタフがアレンと出会い、交流していく上で少しずつ変わっていき、今となっては自分とも友人関係にある。

 以前、学園行事の開催中にエレオノーレがタチの悪い女学生に酷い仕打ちを受けていたらしい。だがそれを助けたのは、他でもないグスタフなのだ。

 ダミアンは考え方一つで人というのはここまで変われるものなんだなと、とても驚いたのを覚えている。


 そして今もずっと爵位が低い自分のためにグスタフは働いてくれている。

 今では初めに敵対していたことすら忘れそうなほど、親しい関係になっている。

 素直にありがたいと思うし、これほどまでに心強い味方もいないとも思う。


 だからそんな友人の期待に応えるためにも、ダミアンはこれからも自分の役目を果たし続けていくと、改めて心に強く誓ったのであった。





 ダミアンたちが警戒態勢に移ろうとしていた時から少し時間が過ぎた頃。


 ついにドゥンケルハイト王国師団側では夜襲の準備が整った。いつでも出動できる様に隠密部隊数百名が待機している。


 その者たちにエドモンドは声を掛ける。


「諸君、手早く準備を完了してくれたな。急な命令ではあったが、よくやってくれた」


 エドモンドのその言葉に集まっていた団員たちは、憧れのエドモンド大隊長からお言葉をいただけたという様な感じで嬉しそうにしていた。

 しかし同時に戦争で最も嫌われる手法を取ろうとしている現状に、もし負けでもしたらこの作戦の恨みから悍ましい仕打ちを受けるのではと不安になっている者もいる。

 そのことについてはエドモンドも理解しているので、再び部隊の者たちに言葉をおくる。


「諸君が懸念していることについては私も理解している。戦において、相手が戦闘準備についていない状態で攻撃を仕掛けるというのは、1番やってはいけないこととされている。どれだけ効果的であってもな。だがしかし! 結局のところ勝てばそれも揉み消せる! いま後衛部隊が向かってきている。そこにはより高性能な武器や兵器が揃っている。それまで持ち堪えれば勝利も夢ではない! いいな! 諸君らの武運を祈っている!」

「「はは!」」


 師団員たちは一斉に返事をした。大丈夫、自分たちならばやり通せると心に言い聞かせて。

 



 

 場所は変わって、アンドレアス王国大師団国境砦。

 深夜で見張り番以外の者は寝静まっている頃。


 そこに忍び寄る足音に誰一人として気づいていなかった。大国アンドレアス王国の師団員を出し抜くほどの隠密性、流石は軍事大国の偵察隊といったところである。

 

 そして……


 ヒューンッ!!


 大量の火矢が陣地に撃ち込まれた。一瞬で陣地のテントは燃え盛り、アンドレアス王国陣地は火の海と化した。

 そして爆発を起こす炎系中級魔法を発動する魔法具も大量に陣地に放り込まれた。

 

 

 これら一連の騒動で目を覚ましたダミアンとグスタフは急いで合流した。

 その後に続いて他の幹部たちも合流した。


「これは……夜襲ですか?」

「それ以外に何がある! おのれ、ドゥンケルハイト王国の将校め……堕ちるところまで堕ちよって!」


 小隊長や中隊長たちが言葉を交わしている様子を眺めながら、ダミアンは今後どう動こうか考えていた。

 そして、


「ただ今より、迎撃に移る! 指揮官たちは配置につけ!」

「はは!!」

「そしてベーレンドルフ閣下は他の場所でいつ敵幹部の襲撃があるか分からないので、警備の薄い場所の護衛を頼みます」

「承知した」



 そしてダミアン以外のメンバーが砦の各地に散ったまさにその時、


 ヒューンッドーンッ!!!


 とてつもない轟音と共に、砦正面に何かが飛来した。そして運が悪いことにその場所にちょうどダミアンはいた。


「クッ! しくじった!……」


 左脇腹にぽっかりと穴が空いていた。


「今のは……魔装砲の巨大版か?……よく分からないが、とにかく、はぁはぁ、音に嫌な予感を覚えて結界を張っておいて、はぁはぁ、助かった……」


 先ほどの飛来した物体の何が凄いかと言うと、それは紛れもなく全力で結界を張ったダミアンの体に破片を貫通させるほどの爆風と拡散力であろう。


 ダミアンは止まらない出血をなんとか、支給されていた高級ポーションで止めることに成功する。

 だがその傷口はより高位のポーションが無ければ回復できない。

 

 やられた、そう思わずにはいられないダミアンであった。戦争において夜襲と言うのは野蛮な行いとされ、忌避されている。基本的にどの国家においても、どんな戦争でも夜襲と言うのはほとんど行われない。

 それだけ相手国からの反発が凄まじいからだ。仮に勝利できても、占領地の民の怒りを鎮めることは容易にはできないと言われている。だからほとんどの国はやらないのだ。


 だが、結局のところ"ほとんど"やらないと言うだけで、絶対に相手国がやってこないと言うわけではないというのを指揮官は頭に入れておかねばならない。

 ダミアンは頭に入れてはいても、"相手は大国、夜襲なんかすれば国内や相手国だけでなく、周りの国からも信用をなくすということを分かっているだろう"というふうに、勝手にやらないと決めつけてしまっていた。


(今更悔やんでも仕方ないが、もっと真剣に対策を考えておくべきだったな……クソ!)


 ダミアンは自分を責めに責めた。だがそんなことをしていても今後の展開は勝手には変わってくれないということをわかっているので、すぐに気持ちを切り替える。


(とにかく、この夜襲をなんとか撃退し、翌日に奴らにこの報いを受けさせてやる)


 とダミアンは考えた。だが、忘れてはならないのがダミアンは今、重症だということ。

 案の定、怪我と止血するまでにかなり流血していたことによって体力を奪われていた結果、目の前に衛生隊員が来たのを確認した次の瞬間には完全に意識を失った。



 そしてこの後、とある人物が大激怒することは考えるまでもなかった……




本日もありがとうございました。

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