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それぞれの戦場

 バサルス王国に対抗するために派遣された部隊3万4千人。その部隊の中央部に魔法具でガチゴチに防御された馬車に乗る人物が2人。


「それにしてもディルク、まさか君が僕の補佐としてやって来るとはね。いや、今は仕事で動いているからベッケラート卿、とお呼びした方がよろしいか?」

「いやいやツェー(にい)、今は2人しかこの場にいないしそのままで大丈夫だよ。それに師団の中ではツェー兄の方が3階級も上なんだから今のはむしろこっちの質問かな」

「それこそ不要だよ。君は今でこそ分隊長だけど、いずれアーベントロート卿が引退してアレンが団長になった時、おそらく隣に副団長として立っているのは君だろう」


 ツェーザルはいずれディルクに追い越されると思っている。実際のところ、潜在能力ではディルクの方が上だ。

 ツェーザル自身、技術面ではまだまだディルクに負けていないと思っている。

 だが、その技術が自分と同程度か少し劣る程度にまで彼が成長した時、果たして自分はディルクよりも強くあれるだろうか? ツェーザルはそう思わずにはいられない。


「そんな事ないよ。そりゃ、いつかはツェー兄も超えたいさ。でも俺は指揮官としても、1人の師団員としてもまだまだだ」

「ディルク……。ははは、君は本当にアレン似なんだね。驕る、油断する、相手を見下すとかそういうものに無縁だね。向上心の塊みたいだ」

「そ、そんなこと……」

「いいやあるよ。だからこそ、受けて立つ。 僕の竜は強いけど位階は低い。故に、僕は技術で勝負する。まだまだ負けないからね?」

「お、俺だって!」


 2人はこれからも切磋琢磨していく事を、そしてお互いにもっとアレンの支えになれるよう決意を固め、笑い合った。




 

 場所は変わってフックス公国との戦線方面。


「全く……こんな所まで付いてくるなんて、君も結構無茶をするね」

「何を仰いますかカールさん。私だって学園での成績は上位だったんですよ? そしてその中でも回復魔法は主席の人よりも上手だった自信があります。なのでお役に立てると思ったんです」

「うん、アンナ、分かってるよ。君は賢いから無意味なことはしないって。でもまさか戦場にまで乗り込むとは思ってなくて少し驚いただけだよ」

「ふふ、私はアレンお兄さまの妹ですから! 後方支援はお任せください」

「ははは、これは頼もしいね。他の幹部の人たちにはもう事情は伝えてあるから色々と手伝ってくれるはずだよ」

「はい! ありがとうございます!」


 カールは性別や能力の方向性は違えど、兄妹というだけでここまで性格が似るものなんだなと思った。誰かの為に自分が危険に身を晒すことも厭わないところとか兄達にそっくりだからだ。

 だからと言って危険な目にあって欲しいと言うわけではない。なので後方支援部隊のさらに後方に待機してもらうよう手配した。

 そして自分たちは後方に敵を通さないために前衛でしっかりと敵を倒し切る。

 

 幸い、この戦線は今回の戦場で比較的小規模になると予測されている。

 こちらの部隊の規模は2万1千人と他に比べ小さいが、諜報員からの話によると相手方の戦力はもっと少ないと言う。

 なので自分や周りの幹部がよほどヘマをしない限り、しっかりと敵を食い止め撃退することが出来るだろうとカールは考える。

 

(ただ、竜魔導師には気をつけないとね)


 カールは確かに魔力増強の杖や他にも幾つか魔法具を装備している上にカール自身の知識や技術により、他の魔法師の追随を許さないレベルだ。

 だからこそ油断には気をつけないといけない。

 強い力を保有しているときこそ人は慢心しやすいものだから。



 そんなふうに作戦行動中に気をつけるべき事を改めて頭の中で整理していると、戦場区域が近づいてきた。


「よし、そろそろ戦場区域に入るようだね。それじゃあ僕は他の幹部の人たちと最終の打ち合わせに入るからアンナ、後ろは頼んだよ?」

「はい! お任せください!」


 アンナは満面の笑顔を咲かせ、綺麗な水色のショートヘアを風に靡かせながら馬車を降り、護衛と共に後方支援部隊の方へ下がって行った。

 それを確認した後、カールは自身の背に掛かっている魔法具の弓矢に目を向ける。

 これはアレンの学園に集まった、魔法具開発に携わる者の中でも特に優秀な者たちがありったけの素材と魔法具学の知識を用いて作ってくれた代物だ。

 これはもしかするとアレンの父親が持つ聖杖に匹敵するかもしれない、カールはそう考える。

 こういった道具は主に大隊長以上の、師団の最上級幹部連中に無償で支給されるものだ。市場に出回らせる気のない、使用者に合わせた唯一無二の武器として。


 カールの場合は完全な魔法師型の戦闘方法なので、それに合わせて遠距離武器の弓矢が設計された。

 使用時にカールの持っている魔力増強の杖と合わせてさらに魔力を増幅させ、カールの得意な属性を強化する特性、そして矢に関しては魔力を注ぎ込み、魔法陣を発動させれば勝手に専用の矢を作成する仕組みだ。つまり魔力がつきさえしなければ、補給は一切必要ない。

 まさに規格外という言葉をそのまま形にしたような魔法具だ。

 カールはそんな業物の弓矢をそっとひと撫でした後、顔を上げると決意に満ちた表情で、


「アンドレアス王国に勝利を」


 そう小さく呟き、しっかりと馬車の椅子に座り直したのだった。

 




 


 ここはゾルダート王国国境から数キロ離れた森の中の野営地。この野営地は風魔法や水魔法が得意な者が、周辺の木を切り倒し、巨大な空間を作って、設営したものだ。

 なのでゾルダート王国側からは絶対に視認できない。


 そんな敵地目前にまで順調に行軍できた対ゾルダート王国迎撃部隊5万7千人。

 その部隊の指揮官2人が深刻な顔で何やら話し合いをしていた。


「妙だね」

「ですな。あまりにも順調に事が運びすぎです。小国郡の中でも精強な師団を持つと言われているゾルダート王国がこうもあっさりと国境近辺まで我々の侵入を許すとは……」

「考えにくいな。罠か……」

「はい。もしくは罠など無く、国境での戦闘だけで我々を撃退できると敵方が考えているかのどちらか、でしょうか」


 総大将コルネリウス・アーベントロート侯爵は敵の思惑を読めずにいた。一体何がしたいのか……

 普通に考えるなら何も起きずに敵を国境近辺まで近づけさせるなど、大失態もいいところだ。


「もし本当に何の策もなく我々を力技で撃退できると敵方が考えているのならば、随分と舐められたものだね」

「ええ、もし予想通りならば敵は現実が見えていなさすぎです。大国と小国ではあらゆる面で貧富の差が出ます」

「そうだね、人的資源然り、天然資源然り、通常兵器、魔法具、戦の場数、資金、戦の際の国民からの信頼。全ての面で小国には簡単に準備できないものだ」


 戦争とはただ師団を動かせればいいだけではない。コルネリウスの言う通り、あらゆる面で国家としての絶対的な基盤が無ければ、仮に戦う事ができても長期戦はできない。

 しかし、


「もしそれらをちゃんと分かった上で敢えてこのように立ち回っているのならば、何かあるんだろうね」

「何とも不気味ですね」

「そうだね、だから今はいい気分がしないかもしれないけど、しっかりと油断せず準備だけはしておこうか」

「御意」


 

 2人はそう締め括った後、自分の装備の点検に移った。コルネリウスは以前手にした最高位の魔法具の剣、"真剣カイザー"(因みにカイザーという名前はアレンが国王に頼まれて考えた)を綺麗に拭いて、専用の手入れ道具を使ってメンテナンスを行なっていく。

 大隊長オリヴァー・アルデンホフは国立最高峰の魔法具研究機関で特注で用意された長剣2本を丹念に手入れしていく。

 魔法具というのは普通の武器よりも繊細なため、適当な手入れではすぐダメになってしまう。

 しかし真剣に丁寧に手入れしてあげれば、何年でも保つしずっと強力な相棒のままでいてくれる。

 物によっては数十年でも、百年以上でも保つものもある。それほど手入れは大事なのだ。


 2人は20分ほどかけて己の武器を最高の状態にすると互いの天幕に戻り、明日に備えてゆっくり休息を取るのであった。






 旧帝国領に1番近く、欲深くも実効支配に乗り出している小国郡の一角、ハンデル商国。

 この国は既に旧帝国領に侵入している。故にアンドレアス王国側も旧帝国領にて迎え撃つ作戦だ。


「何としても奴らを食い止めなければならない。絶対にアフトクラトリア領やその周辺都市にまで進出させてはならない。既にアンドレアス王国貴族が領土を運営しているわけだからな」

「仰る通りですぜ、エトヴィン殿」

「でもどうなさるおつもりなのですか? 商国はともかく、他の国は……」

「無論、全員叩き返すつもりだ。特にあの国はな。他の国ならば、陛下もお目溢しなさっただろう。しかしあの国は先の大戦で1番戦力を出し渋ったのだ。自国の領土に踏み入ってきた天使や悪魔だけを倒し、それ以外の場所は知らんふりだ。そんな欲深いだけの国にたくさん帝国領を分けてやる義理もない」


 本来ならば、エトヴィンの言っていることもおかしいと言えばおかしい。何故なら旧帝国領に関しては自分達が半ば強引に主要地を奪い取った形だからだ。しかも完全に帝国領全てを掌握しているわけでもないのだ。

 "分けてやる"という思考はやはりおかしい。

 だが、


「本来ならば我々は旧帝国領を掌握したわけではないので、その領土にとやかくいう権限はない。しかしこちらは文句を言えるだけの義理を先の大戦で尽くした」

「確かにそうですね。初めは自分たちの領土ってわけじゃないのにどうしてこんなに騒ぐんだろうって思ってましたが、言われてみればあの国に大戦中助けられた覚えは一切ないですね」

「ええ、そうですね。しかしそれならば他の国々へはどういう対応を?」

「ふむ、そのことなのだがな……」


 エトヴィンによると、国王の考え方はこうだ。今回の一件、ただ領土分配について文句を言い、自分たちも勝手にもらう! とするだけならば何もしなかった。

 だが、それを通り越してアンドレアス王国に宣戦布告までしてしまったのが良くなかった。

 アンドレアス王国としても自国は守らねばならないし、当然戦争となれば既に領土分配が済んでいるアフトクラトリア公爵領やその他領地にも敵は手を出すだろう。

 それだけはは先の大戦において1番の功労者と言ってもいいアンドレアス王国として絶対に奪われるわけにはいかない。故に敵掃討の殲滅戦争へと踏み切った。


「……ということらしい」

「なるほど。確かにこちらとしても主要な都市は既に取得済み。後の領土は他の国が好きにすれば良いし、なんならそこで国境を決めてしまえば良いですもんね」

「そう言うことだ。だが奴らは既に我らが得ている帝国領だけに飽き足らず、我が国にも侵攻しようとしてきている。もはや後戻りはできん」


 エトヴィンのその言葉に、エトヴィン自身もボニファティウスもベッティーナも今一度気を引き締め直すのであった。





 パープスト皇国国境から街二つ分ほど離れた位置にある大平原、ここにアンドレアス王国とパープスト皇国両方の師団が陣を築いていた。


「ゲオルギー伯爵、歪な生い立ちとは言え、我々の信仰する英霊教の本部の国に牙を向くなどあって良いことなのでしょうか?」

「良くはあるまい。だが致し方ないことだ。何せ、主宗教の総本山である我々に牙を向くなど、断じて許されない! などと寝言を申すのだ。宣戦布告をしてきたのは向こうであるというのに……」

「た、確かに……」

「それに総本山と言っても英霊教の元祖は我が国だ。あくまで向こうの国が自国の英霊達への信仰や敬虔さが認められてこちらが本部を譲ったと言う形だ。我らの英霊方が向こうの国に移った訳ではない」

「その通りですな。あくまで我らの英霊は我らの国で丁重に埋葬されておるのですから、そこまで気を使う必要もありませんね」

「そう言うことだ。ゴルトベルグ卿、私は少し天幕で体を休める。後で交代しにくる故、今は指揮を頼んでよろしいか?」

「勿論です」


 

 

 こうしてアンドレアス王国も敵の連合を迎え撃つ準備は整った。あとは開戦を待つだけである。




 


 そういった各地で形成されつつある戦場を空中に佇みながら眺めている人物が1人。


 あり得ない話の筈が現実に起きている。


 "人が宙に浮いているのだ"


 理屈は空中固定型の結界魔法を自分の足元に発動し、その上に立つと言う物だ。

 


「ふむ、相変わらずこの魔法は便利であるな。我々人間は悪魔や天使と違って空を飛ぶ力はないからな。それにしても、人間とはつくづく醜い。少し負の感情を刺激しただけでこうも大掛かりな争いを始めるか……。まあ、不快ではあるがこのま静観するとしよう。奴らが勝手に数を減らしてくれると言うのならそれに越したことはないしな」


 男はそれだけ呟くと、夜の闇の中へと消えていった。

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