竜魔導師の戦い そして……
グスタフは毅然とした態度で戦禍の中を歩み続ける。矢が飛んできても、魔装砲の砲弾が飛んできても、魔法が飛んできても全て身体強化と結界魔法と炎の強化魔法の重ね掛けで防いで見せる。
そして放たれる竜魔導師特有の"英竜闘気"。魔法が放たれる時の魔力圧と相まって凄まじい重圧が戦場一帯を覆う。
その姿はまさに圧倒的強者。威風堂々たるその佇まいと一歩一歩確実にドゥンケルハイト王国の部隊側へと進んでいくその様子に敵のみならず味方までもが息を呑んでしまうほどだ。
皆が心の中でこう思ったことだろう、
"あれこそ正に、竜魔導師。1人で戦局を容易に覆せる怪物の姿"
だと。
そして当然ここからの反応は分かりやすく二通りに別れる。そしてその二つの反応の内、どちらがより負の感情を伴っているかは言うまでもない。
「クソッ! なんだこの威圧感は……! 人間が出すものじゃないぞ! 巨大な肉食獣に牙を剥き出しにして睨み付けられている気分だ」
「いや、そんなもんじゃねえだろ……。最早人間の常識の範疇にとどまるような生き物で例えるなんてできねえよ。こんな威圧感……」
ドゥンケルハイト王国側の反応は、正に全員が意気消沈しているといった感じだ。
しかしそんな中にあって1人だけ悠然とグスタフの方に歩み寄っていく男がいた。
それも同等の威圧感を撒き散らしながら……いや、下手をすればそれ以上の……
部隊の中をかき分けるようにして歩いて来ているため、ドゥンケルハイト王国側の師団員達は直接その威圧を喰らっている。
状況的に2人の竜魔導師に挟まれる形になっている。中にはこの圧倒的威圧に耐えられず気を失う者や、股間を濡らして混乱状態に陥っている者までいる。
だが双方のみっともない姿を馬鹿にする者はこの中にはいないだろう。むしろそうなって当然だと言う反応になっている。
気の弱い者ならばすぐに脱落してしまう。それほどまでに今のこの戦場は恐ろしい空間なのだから。
一方、アンドレアス王国側では……
「いや〜、ありゃ凄まじいな。今はベーレンドルフ閣下が離れたからそうでもないが、近いところにいた時は正直チビりそうだったぜ」
「ああ、分かる。あれは気を抜いたらマジでそうなるわ。あれが、噂に聞く"英竜闘気"ってやつだな……」
「しかも防御系魔法も全開だったから魔力圧もオマケで付いてくんだもんな……全身鳥肌立ったぜ……」
「でも、そんな凄い人が俺たちの味方なんだ……本当に心強いよ。しかも俺たちにはまだアードラースヘルム卿もついてるんだ。負けるはずがねえよ!」
「確かにな。そう考えると過剰戦力すぎる気もするくらいだよな」
こちらはかなり余裕があり、隊列もしっかり整っている。初めは敵側の竜魔導師の凄さに気圧されたが、アンドレアス王国は天使や悪魔という人外の化け物を一番多く相手にして来たのだ。故に師団員たちはすぐに平静を取り戻した。
普段からアレンやグスタフ、その他幹部連中の"人間であって人間ではない"姿を目にしているためか、こういった状況に慣れてしまっていると言うのが大きな理由だ。
さらに砦での防衛戦というのも彼らに精神的余裕を与えてくれる要因の一つだろう。
総大将であるダミアンはそんな師団員たちの様子を見て、これなら大丈夫そうだと安堵する。
だがそんな余裕も次の瞬間には消え去ることとなる。
「急報! 急報! アードラースヘルム卿、ご報告に参りました!」
「あ、ああ。何があった? そんなに慌てて」
「じ、実は王都や近隣領地から早馬が来たのですが……、ドゥンケルハイト王国の周辺国家群、併せて5カ国が我が国に宣戦布告した模様! 詳細は不明ですが、分かっているのは奴らが密かに大連盟を結んでいたということです」
「なっ!? クソ……初めから仕組まれてたのか。俺たちの戦力がある程度ドゥンケルハイト王国側へと向くのを確認してから多方面からの挟み込みで攻め落とす算段だな。これは、してやられたな……」
その後も続々と急報を伝えに来た伝令が現れ、次々と情報が更新されていく。
そして分かったのが、以下の情報だ。
・敵は六国同盟という軍事同盟を結んだこと。
・既にドゥンケルハイト王国とアンドレアス王国の国境以外の土地では、旧帝国領の一部に手を出されている土地もあり、敵は実効支配を企んでいる模様。しかし今回アンドレアス王国貴族が分配された土地はまだ敵の手が届いていない様子。
・敵国に紛れ込ませていた間者や国境周辺部隊が集めた情報によると、今回宣戦布告して来た国々の戦力はドゥンケルハイト王国が前衛12万6千、後衛5万4千。その他5カ国は全ての国合わせて7万7千。合計、25万7千。
・既に交戦している土地では敵部隊に竜魔導師を何名か確認済み。それ以外の土地でも竜魔導師が出てくる可能性あり。
これだけの情報が集められたというのはアンドレアス王国にとって良いことではあるが、同時にこれだけ簡単に情報を集められるぐらい敵の規模が大きすぎて、対処が難しいということでもある。どれだけ内密に師団を編成し、作戦を実行しようとしても、いざ大部隊で動けば目立つのですぐバレる。
初動は内密に動いた側が有利になるかもしれないが、時間が経つにつれ情報を集められやすくなる。
今回はそういう類のもの。これらの情報はアンドレアス王国側が真剣に動かなければかなりまずいことを示唆している。数百、数千程度でこっそり動いて敵を強襲! くらいなら相手を出し抜ける可能性がある。その場合は情報を集めるのがかなり難しい。
だが、今回はそんなものじゃないということだ。情報を集めようと思えばすぐに敵を見つけたりできてしまうくらい、相手の規模が大きいのだ。対処を間違えればアンドレアス王国という大国でも大打撃を喰らうかもしれないくらいの規模ということだ。
これはまずいことになった。ダミアンは素直にそう思う。ただでさえこれから直に到着するであろうドゥンケルハイト王国の後衛とも戦わないといけないのだ。
周辺地域に応援を送っている余裕などないのだ。竜魔導師も今回はグスタフと炎と大地の下位竜と契約している者が1人しかいない。
ちなみに後者の竜魔導師はダミアンの護衛なので抜けることができない。
というわけで各地の師団にはその土地の戦力だけで頑張ってもらわねばならない。
(俺たちは砦での防衛戦だったから戦力消耗が少ないが、他の土地では国境に壁が広がっているだけでなんの防衛設備もない場所もある。そこに応援を派遣してやりたいが、無理だな……)
ダミアンはそう決定を下すと、すぐに伝令に指示を出した。報告に対して了解と感謝の意を示す文と応援を送ることができないという謝罪の文を届けるようにと。
応援が送れなかったとしても、これで一応の礼儀は尽くしたことになるからだ。
そしてダミアンはしばらくの間今後どう対処していくかを考えるのに時間を使った。
そして、
(グスタフ、なるべく早めに決着をつけてくれよ……)
そう考えずにはいられなかった。