ドゥンケルハイト王国大師団 総大将の憂鬱
私、ドゥンケルハイト王国大師団・総大将 エドモンド・バルヒェットは目の前に広がる壮大な景色を呆然と眺めていた。
それは10万を超える大師団の行列である。今回はアンドレアス王国の強行突破的政策に断固反対するために挙兵すると聞いていた。
なので少なくとも数千や一万ちょっとの部隊での小競り合いでは済まないだろうと思っていた。
そう思っていたところに伝えられたのが、この10万の大部隊の総大将をやれというもの。私としては正直なところ勘弁してくれと言いたい。
なんせあの大国に喧嘩を売るのだ。師団の指揮官としてはお国の上層部の頭の中が正常かどうか疑う話だった。悪魔や天使との大戦争の決着に直接的に貢献した国が相手だ。本当に先が思いやられる。
だが起こってしまったものは仕方ない。師団の指揮官として責務を果たすだけだ。
覚悟を決めて部隊の者達と共に歩み続けること数週間、ようやく目的地である、我が国とアンドレアス王国の国境地帯が目に入った。
いよいよだ。負ければお国の上層部は愚か、私も挙兵の実行犯であることには変わらないのでただでは済むまい。
もう後戻りなど出来はしない。やらねばならない!
そう気合を入れ直して前を力強く凝視すると、何やら妙なものが見えた。
ああ、あれは……
(やられた……この短期間でああも堅牢そうな第二の防壁を築くとは……敵ながらあっぱれだな)
地図で事前にこのあたりの地形は確認していて、砦以外に防壁の類がないのは分かっていた。
ということはだ。あの防壁が新造されたものであることは間違いない。
正直今の時点でこの侵攻が失敗しそうな予感がプンプンする。何故ならあの防壁は見るからにこちらを殲滅する気満々な形状をしているのだ。
造り自体は木材や石材、そして大地魔法でそれらの骨組みを固定するという簡易的なものだ。
だが、その精度が凄い。見ただけで生半可な攻撃だけでは抜けないというのが分かる。
そして今回の場合、その防壁の形状も問題だ。こちらに口を開くようにして広がっている。
見たこともない形状だ。しかし、見ただけでものすごく攻めにくい形状だというのも同時に分かった。
恐らくあの手前から奥の方に向かって徐々に狭くなっていくのはこちらの師団員を寄せ集めて一気に高火力攻撃で撃滅する作戦なのだろう。
本来ならば一見して見破れる策というのは愚策そのものなのだが、今回の場合は見破れたところでどうしようもない。
何故なら防壁の途切れ目となる場所の先はすぐ森になっているからだ。
そしてアンドレアス王国内とその国境周辺の森は強力な魔獣や魔物が出てくる上に、木々の生え方が他の森よりも複雑で方向感覚を失いやすい。
普通は森でもある程度、木と木の間に隙間があって前方が見えるのだが、この周辺の森は見えないらしい。
つまり土地勘のないものが進入すれば、間違いなく迷うのだ。方向音痴だろうがなかろうが、そんなものは関係ないのだ。
要は、既に割と詰みな状況なのだ。なんたってまだ砦まで相当な距離がある。
うちの部隊の最高戦力を出せば防壁を崩すことはできるだろうが、切り札はできれば後半まで温存しておきたい。
というわけで今はこの状態から考えられる最善手を打っていくしかない。
(はぁ〜〜、なんでこんな貧乏くじを……)
そう思わずにはいられない。この戦に負けたとしたら、恐らく私の立場は終わるのだろうな。
せっかく貴族家である実家の後を継ぎ侯爵になって、師団でも必死に努力して大隊長にまでなったのにこんな訳の分からない、勝てる見込みもあまりない戦争のために今の立ち位置を失うかもしれないのだ。
本当にふざけるなと言いたい。仮に我が国で立場を失わなかったとしても、それが既にドゥンケルハイト王国ではなく、アンドレアス王国のいち地域となってしまっていたら、意味は無いだろう。
彼の国がお前の爵位と大隊長の階級は取り消しとすると言ってしまえば終いである。
何という分の悪い賭けなのだろうか……。
まぁ、とにかく今考えても仕方ないことをずっと考えていても詮無きことだ。
そろそろ敵とぶつかるわけだし、戦いに集中しよう。
実際に開戦して見れば、一目瞭然なほどにこちらが圧倒されている。
一体なんなのだ? あの砦から大量に湧き出てくる矢の数は……恐らく安全な砦から大量に撃ち込む作戦なのだろうが、だからと言ってこの命中精度は異常の一言だ。
しかも矢だけではなく、魔装砲に銃に、魔法にと次から次へと攻撃が来る。
部隊規模はこちらが圧倒しているのに、戦死者を量産してしまっているのは明らかにこちら側だ。
(クソ! これが……現在最強と目される国の力なのか? いやしかし! 我らも武の力で成り上がって来たのだ! そう簡単にやられてたまるか!)
私は直ぐに陣形変更を行わせた。防御力重視の部隊を前面に配置し、その内側に魔装砲部隊や新型銃器部隊、弓部隊、魔法師部隊を布陣させ、最大火力をふんだんに撃ち込めるようにし、それ以外の騎士や魔法騎士達には引き続き防壁突破の任務を続けさせた。
そして攻撃命令を出し、一斉に攻撃させた。次の瞬間には凄まじい爆音の数々が鳴り響き、破壊の嵐が敵の砦を蹂躙した。そう、砦に直撃したのだ。
なのに、
(馬鹿な!? 耐えた!? いや、実際のところは敵はかなり疲弊しているようだな。当然だ。あの攻撃を防いでいたのは結界魔法が使える者と、頑丈な盾を使う者達だけであったわけだからな。ということは……)
あの者達だけで耐え切ったというのか……? あの火力、あの物量を?
そう考えた時、私の中で何かが吹っ切れた。
(もう作戦も何もあるまい……。そもそもの話、砦攻めに関しては元からそんなに方法があるわけでも無いのだ。特にアンドレアス王国のあの砦のように頑強で隙のない設計ならば尚更にな。やはり彼ら出てもらうしか無いようだ。奥の手も使わなければ、初めから持っていないのと同じだからな)
そこまで考えた私は、
「すまぬ、ヘルムート卿。出てくれるか? もはや出し惜しみなど考えん。なんとしてでも今日中にあの砦を破壊し、普通の作戦が通用する戦いに持っていきたい」
「ええ、勿論です。寧ろいつ号令がかかるのか待っていたところです」
「ああ、では任せた」
「任されました」
アレックス・ヘルムート子爵。今回連れて来た竜魔導師のうちの1人だ。
今回編成されている竜魔導師は2人だ。そしてそのもう1人はというと、
「あれ? 私は出なくていいんですの? せっかく張り切っておりましたのに……」
「すまない。出し惜しみはしないとは言ったがそれは君たちのような切り札を使うのも辞さないというだけの話であって、全戦力を使い切るというわけでは無いのだよ」
「そうですか……作戦なのであれば従わないといけませんね」
「ご理解感謝する」
「いえいえ」
彼女はエルゼ・ヒルデスハイマー男爵。最近竜魔導師として頭角を表し、叙爵された新興貴族だ。
ヘルムート卿は数年前に叙爵された、新興ではないが若手の貴族だ。
そして爵位がそれほど高くない彼らがどうして私と対等に話しているかというと、ドゥンケルハイト王国では強さが絶対条件だからだ。
勿論文官の才や商才で貴族になるものもいるが、少数派だ。そんなわけで、この国では強ければ基本的に貴族になれる可能性があるし、仮に爵位が低くてもある程度優遇されるものなのだ。
そしてその強さというのも竜魔導師かそれに匹敵するなんらかの力を持つ者という前提だ。
竜魔導師という、才能がなければ絶対になれない職業は、それだけで我が国では憧れの対象であり、畏怖の対象であり、そして絶対的なものなのだ。
故に私も強く出ることはない。彼らが多少無礼でも気にはしない。
だが総大将は私なので作戦には残念だが従ってもらわねばならない。
そんなわけで今回出てもらうのはヘルムート卿のみだ。だがまぁ、あまり心配はしていない。
なんなら彼だけで普通に戦局を変えてしまうかもしれないとさえ思う。
今回は超位級の竜魔導師2人を付けてもらうという破格の待遇を陛下より賜った。
どれだけ本気でアンドレアス王国を落とすつもりなのかが分かるというものだ。
そんなことを考えていると、早速ヘルムート卿が動いたようだ。
「そんじゃまずは挨拶がわりですね〜」
そんな呑気な言葉の後に、凄まじい威力の一撃が放たれた。そしてあっという間に第二防壁も破壊してしまった。
事前に任務に励んでいた師団員達を退避させておいて正解だった。
やはり彼らの戦いぶりを見ていると落ち着くな。少し冷静さが戻って来てよく頭が働く気がする。
よし、私もいつも通りだ。ならば早速他の者達にも指示を出して行かねばな。
私は手早く部隊に指示を出していき、着々と準備を済ませていった。
(うむ、準備は万端だ)
さぁアンドレアス王国よ、ここからが本番だぞ。