開戦間近
ドゥンケルハイト王国の宣戦布告を受けてから1ヶ月ほど経ったある日、早馬で王城に連絡が来た。
コンコンコン!
「入って良い」
「失礼致します!」
陛下が許可を出したので、中に師団員が入ってきた。階級章を見るに師班長であろう。
随分と高階級の師団員が報告に来たものだと思いながら様子を眺める。
僕とコルネリウスさんがいるのに気付き、最敬礼を取る。陛下もいらっしゃるのでしばらく楽に出来ない。
それは陛下もわかっていたようで、
「うむ、よく来た。何か報告があるのであろう? 楽にして良い」
「お気遣い感謝致します。それでは早速ですが、ご報告いたします。ドゥンケルハイト王国大師団、北部より2部隊に分けて真っ直ぐに南下中とのことです。まもなく国境へ派遣した部隊と接触すると思われます!」
「ついに来よったか……」
陛下は緊張した様子でそう呟いた。だけど負けるとは思っていなさそうだ。
しかしそれでも相手は三代列強が一角、何が起こるかわからない。それ故に緊張した面持ちなんだろうな。
「陛下、ご心配には及ばないと思われます。今回部隊を率いるのは師団の中でも特に戦上手で知られている、アードラースヘルム子爵です。そして副官にはベーレンドルフ公爵がついています」
「確かにな。だがそれにしても歪な配置だな」
「そうですね、普通ならばベーレンドルフ公が指揮官でしょう。しかし彼は竜魔導師です。いざとなった時に総大将だなんてことになれば、戦場に出られません」
「副官でも十分重鎮の席であるからして、本来ならそれもおかしな話だがな」
「仰る通りです。ただ……」
「あまり公爵を低い位に就けるわけにもいかんのだな」
「ええ、その通りでございます」
陛下は本当に軍事にも政務にも秀でておられる明君なんだなと実感させられる。
このような方がこの国のトップで良かったと心底思うよ。
「まあ、今は我々にできることはないのだから、黙って報告を待つ他ないであろうな」
「はい」
そんなわけで、僕らは王都で緊急時に備え待機しながら、新たな報告を待つことにした。
場所は変わって王国北部の国境部隊。国境警備部隊の巨大要塞の一室の中でとある人物達が会話していた。
「それにしてもドゥンケルハイト王国の者共め、宣戦布告から一体どれだけ時間を掛けるつもりだ? せっかく我々が忙しい中くだらん小競り合いに付き合ってやっているというのに」
「こらこらグスタフ、戦争を小競り合いだなんて言っちゃダメだろうよ」
「ふん、天使や悪魔と死闘を演じた私たちからすれば、人間同士の争いなど児戯に等しいだろう」
「それは……まあ否定はしないけど真剣に挑まないといけないのには変わりないだろ? 伝え聞く話では彼らは軍事大国として栄えてるみたいだし、もしかしたらとんでもない兵器を出してくるかもしれないぜ?」
「それは分かっている。無論、手を抜くつもりなど毛頭ない。だが、あいつが師団に急かされ真剣に作った兵器を超えるものをいくら軍事大国とはいえ、一年で用意できるものなのか?」
「それは……」
グスタフと対面し話している者、ダミアンは正直な話グスタフの意見に大分傾いている。
アレンが本気で造った兵器をその辺の国がおいそれと改良・改造できるとは思えない。
まあ、今回の敵はその辺の国ではなく、三代列強が一角だが、それでも正直なところ出来るかどうかは半信半疑だというのがダミアンの心境だ。
「まあ、そのうちひょっこり姿を見せるだろうさ。その時は魔装砲や銃、俺たちの魔法をふんだんに進呈してやればいいさ」
「"進呈"とは……あまり嬉しくない贈り物だなそれは……だが、悪くない。それにそうだな、相手の国のことなんて今考えても仕方ないことだ。私たちは私たちの仕事をしよう」
「そう言うこと! それじゃあ、部隊編成について最終確認やっとくか」
「ああ」
2人が今は自軍のことを考えようと動き出したまさにその時、
ドンドンドン!
「なんだ? 騒がしい」
「なんかあったみたいだな」
「まあ、なんにせよ部屋に入れんわけにはいかないな。いいぞ! 入って来い!」
「失礼します!」
グスタフが入室を許可した。そして入ってきたのは伝令係の上等師団員。
こういうのは下の階級の者がやるものという意見もあるかもしれないが、この部屋は子爵と公爵という中堅貴族と上位貴族がいる部屋だ。
ある程度の階級の者でないと入室許可すら出ないのが一般的なのでこうやって上級の師団員が伝令をしているのだ。
だが、
「ん? その階級章、上等師団員か? えらくそれなりの階級の者が来たものだな」
「確かにそうですね。普通は高くても一等師団員くらいまででしょうから」
「は! それにつきましては、準隊長のご指示であります! アードラースヘルム卿とベーレンドルフ閣下にご報告に行くのだからいつもより上位の階級の者が行くべきだと」
「ああ、そういうことか。別に我々に気を遣ってくれなくても良かったのだがな」
恐らくいつもの天使と悪魔との戦争に関わった者は英雄! 同じ貴族でも別格だ! 的なアレだろう、そうグスタフは結論付けた。
「まあ、いいではないですか。私は嫌いではないですよ。 尊敬されるのは悪いことではないですから」
ダミアンは伝令がいる手前、いつもの喋り方ではなく貴族の喋り方でグスタフに返答した。
「まあ、確かに悪いことではないがな。そうだな、素直に心遣いを受け取っておこう。それよりも、だ」
「そうですね。君、報告を遮って悪かったね。続けてくれたまえ」
「は! 斥候部隊からの報告ですが、ここより北部正面およそ半日ほどの距離に敵部隊を発見。敵の団旗も視認したので間違い無いとのことであります!」
伝令の報告に2人はようやくか、という顔をした。
「さてと、ようやくお仕事というわけですね」
「そのようだな」
2人は執務室のソファに対面して座っていたが、揃って立ち上がる。
そしてダミアンが指示を飛ばす。
「今すぐに全隊に指示を広めろ。総員準戦闘体制! まだ敵は見えていないが、装備や人員配置などの先行準備は出来るだろう。もしかしたら前衛と後衛に分けて来て、一部の部隊だけ早く到着するかもしれない。早めに準備を整えろと触れて回れ! そして砦の前に土嚢や石材を積み上げて簡易的な防壁を作ることにする。そうすれば敵を長く足止めできる上にこちらが攻撃しやすくなる! そういうふうに伝達せよ!」
「はは!」
指示を受けた上等師団員はすぐさま部屋を出て行き、指示を広めに回った。
それを眺めていたグスタフが、
「無駄のない指示だな。流石だ。だがしかし、第二の防壁を作るのであれば、もう少し早めに指示を出したほうが良かったんじゃないのか?」
「グスタフの指摘は尤もだな。だが、早めに指示を出すと時間的余裕があるからどこかでダレが出てくる。早めに準備をすると気持ち的に余裕ができるから良いんだろうが、それだと今言ったようにダレてくる奴が出て来て、一部の箇所だけ防御力が弱いといったことになる」
「なるほどな。だからあえて危機感を煽られる、敵が目前に迫っている状況でテキパキ動かせるわけか。考えたな」
「だろ? 人間誰しも余裕があると全力が出せないと思うんだよ。俺の持論だけどな」
ダミアンはそんなふうにグスタフに説明をする。それを聞いたグスタフはかなり納得できると思った。
何故なら勉強でもなんでもそうだし、戦っている時なんかもっとそうだ。
後ろに誰か待ち構えてくれていると思うと、自然とここを突破されたら跡がないと考えて戦う兵士との間に士気の差が生まれてしまう。
そうなると敵に突破されてしまう恐れがある。だがそれでも実際の戦闘では士気が高くても突破される恐れは十分にあるので、予備の作戦や兵力温存は考えるものだ。
しかし今回の場合は別に戦闘ではない。後に戦うことにはなるだろうが、今は開戦していない。
なのでどうしても危機感を煽るのに適切な材料が見つかりにくい。そこでダミアンはあえて敵が近づいてから作戦行動を取らせようと考えたようだ。
"実に無駄がなく、合理的だ"
グスタフは素直にそう思い、指揮官としてのダミアンの才能を高く評価した。
グスタフは公爵家の人間として小さい頃から英才教育を受けているので、良い作戦、悪い作戦の違いはすぐに分かる。
そんなグスタフがいい作戦と認めたのだから、ダミアンの実力がいかに高いかの証明になるだろう。
「さあ、俺たちも準備開始だ!」
「ああ、さっさと終わらせるぞ」