エレオノーレとビアンカに、
カールとアンナが来た日から数日が立った。
僕らは今、自分たちの領地から遠く離れた場所に来ている。理由は簡単、せっかく平和なのだから三人で旅行にでも行こうとなったからだ。
表向きの理由は他領視察だ。もちろんたった今悪魔や天使が動き出すかもしれないので油断はできない。
でも常に気を張り詰めていても体力はもたないからね。
そういう理由で領地から外出している僕たち。今は馬車の中で三人でまったりと過ごしている。
「三人で旅行なんて初めてですわね。とても楽しみですわ!」
とエレオノーレがご満悦の様子。
「そうですね、この場にいる私たちは生まれたときから立場ある身、簡単に外出なんてできなかったですからね」
そうそこだ。今回旅行を決めた理由は僕らは生まれたときから全員、王族と貴族と言う身分。簡単に、お出かけしましょう? はーい! なんてことはできない身分だったからだ。
「だからこそ、楽しもうね。今は世界情勢が落ち着かない。だから僕たちがこんなことをやっていると、お国の人たちはあまりいい顔をしないかもしれない。でも、僕たちも人間。やりたいことをやりたいときにできる権利はあるはずだからね」
そういって、僕たちは初めての土地への訪問に心をウキウキさせながら向かうのだった。
向かったのは僕の領地の近くではかなり大きい方のアルテンブルク子爵の領地だ。
訪問の旨は事前に伝えてあるので変なトラブルとかは回避できると思う。
そもそも家紋をつけた馬車で、礼服で旅をしている僕らとトラブルを起こす民なんて多分いないとは思うけどね。
そんなことを考えながら馬車の上下運動で体を揺られること半日と数時間。
ようやくアルテンブルク子爵領についた。
ついて直ぐに門番が館に報告しに行ったのだろう。街の門の駐屯所の中でも豪華な部屋に案内された。
普通に旅行したい気持ちはあれど、僕たちは公爵家の人間だ。しかもその中でも僕はアンドレアスの姓を名乗ることを許されている。
義理ではあっても直接的な王家の家族と認められているのだ。粗雑に扱ったら例え僕が許しても、ほかの大公や公爵、王族の人たちが許さないだろうから、この子爵の顔を立てる意味でも相手の要望に合わせて動くべきだ。
そうして子爵の要望に合わせて待合室で待っていたのだが、たった今、アルテンブルク子爵が到着したようだ。
「これはこれはラント閣下。首を長くして貴方様のお越しを待ち侘びておりました。職務の都合上ご挨拶が遅くなってしまい誠に申し訳ございません」
「構いませんよ、アルテンブルク卿。こちらが急に無理を言って訪問を決めてしまったのです。ここは貴殿の都合が絶対的に優先されるべきです。お気になさらず」
アンドレアス王国では爵位の順位は絶対だ。国の体制自体が専制君主制なんだから当然だ。
その中でも場合によっては相手よりも自分の都合を優先できる場合がある。
それは大貴族の方が急に領地訪問を決めてきたり、自分が何かしら事業を行っているときにその大貴族が後から仕事の話を持ってきたりした場合だ。
この場合は自分の職務を全うしても不敬罪とはならないって法律があるんだ。
そうしてその後軽く子爵と談笑した後、彼は職務に戻り、僕たちは観光に出かけた。
もちろん子爵の私兵から出されている護衛付きで。
僕やエレオノーレにはまったくもって必要ないけど、形は大事だし、ビアンカはあまり攻撃能力を持たない。そして全員王族。私兵はいて然るべき。
ここは素直に子爵の気遣いに感謝するべきだろう。
そうして僕らは領地内の中でも、比較的郊外のあたりを散策していた。
子爵領の都市部が発展しているのは当たり前なのであまり面白味がない。
自領がバカみたいな速さで発展しているので先進都市は見飽きている。
子爵くらいの中堅貴族ともなれば、それなりの財を持っているのでまともに執政していれば都市が困窮することなんてまずあり得ない。
なので僕たちはそのまま都市を通り過ぎ、郊外の人だかりが少なめの場所で腰を落ち着けることにした。
「いや〜、少し疲れたね。やっぱり馬車は苦手だよ……」
「確かにアレン様は基本走って移動されますもんね」
「都市と都市の間を走って移動して、そっちの方が楽と言っている方がおかしいですよ?」
「まあ、考えればそう、なのかな?」
「考えてなくても分かります」
なんかビアンカに辛辣にコメントされてしまった……
「まあいいや。とにかく少し休憩にしよう」
「はい!」
「そうですね」
そうして僕たちは気がつくとちょっとした丘の上にある木の下で護衛に見守られながら軽く昼寝をしていた。
そしてしばらくそんな感じでゆっくり過ごして、そろそろ次の場所を散策しようかと目を覚ますと強烈な悪寒がした。
流石にエレオノーレもビアンカも目を覚ました。
(なんだ? 何者だ? 天使でも悪魔でもないけど、それにしてはあまりに強大な覇気だ)
そんなことを考えていると、その存在は姿を現した。
バシバシと魔力波動を放ちながら姿を現したのは、
「そんなに警戒しないでください。私は貴方達の敵ではありませんよ」
「敵ではない? では貴方は一体何者?」
「私は大昔にこの土地に住み着いた者です。その時は"精霊"なんてふうに呼ばれていたと思います」
「精霊……」
「おや、もしかして精霊をご存知で?」
「え、いやなんでもないです」
「ふ〜ん」
精霊と名乗った彼女は興味深げに僕を見つめてきた。精霊を知ってるような口ぶりに聞こえたんだろうけど、それは単純に俺が前世の記憶と照らし合わせて考えていただけであって、別にこの世界の精霊を知っているわけではない。
見た目は確かに似ているけど、もしかしたら前世での精霊の概念とはかなりかけ離れている可能性もあるかもしれない。
そんなことを考えていると、また精霊が話し出した。
「さて、私がここに来た目的ですが単純にあなたたちに興味が湧いたのですよ」
「興味?」
エレオノーレが首をかしげている。可愛い……じゃなかった!
とにかく話を聞かないと。
「はい。私は現代ではあなたたち人間の言い方で言う、幻獣と呼ばれる存在です」
言われてみてスッと腑に落ちた感じがした。この神位竜に出くわしたような威圧感、確かに幻獣なら説明がつく。
「なるほど、貴方が何者かは理解しました」
「あら? 精霊と言った時はいまいち反応が芳しくなかったですけど、幻獣には何か心当たりでも?」
「ええ、まあ幻獣ヴェルセルクと盟約を結んでいますので」
「嘘ッ!?」
「本当です」
「はぁ~、なんかあなたたちに興味が湧くなあと思っていたけど、まさかヴェルセルク種までとはねえ。以前私が出会ったのは数千年も前ですけど、確かに彼らまで惹き付けられた存在なら私が興味を持っても仕方ないですわね」
そう言いながら彼女は僕に視線を向けてきた。
「貴方、私とも盟約を結ばなくて?」
「いいんですか? こちらとしては幻獣様の庇護を受けられるのはありがたいのですが……」
「いいのですよそれくらい。私は風の精霊ノルデよ」
「僕はアレン・アンドレアス・ベッケラート・ラントです」
「わたくしはエレオノーレ・ベッケラート・ラントです」
「私はビアンカ・ベッケラート・ラントです」
「エレオノーレとビアンカはともかく、アレン、貴方の名前長すぎですわ」
「ははは、自分でも思いますよ」
そんな感じでまさかの2体目の幻獣に出会ってしまった。こんなに身近にいたんだ~。人生何が起こるか分からないもんだね。
「それよりもさっきから気になってたんですけど、アレン、貴方竜魔導師ですよね? それも神位級の竜の」
「え、分かるんですか?」
「分かりますよ。そしてエレオノーレとビアンカは普通の人間」
「そうですね」
「さっきの自己紹介で分かりましたけど、あなたたち夫婦ですわよね?」
「ええ、そうですわ」
今度はエレオノーレが答えた。
「なら今のままでは悲しい結末になりますわよ?」
「どういう意味?」
僕は思わず低い声になってしまった。いきなり何を言い出すんだと思ったから。でもそれは僕の早とちりだったみたい。
「別に意地悪とかではありませんわ。単純にあなたたちの間に圧倒的な寿命の差があるからです」
「寿命の差……」
「そう、竜魔導師は皆寿命が人間よりもはるかに長い。そりゃそうよ、圧倒的な長寿種の竜とともに生きるんですもの。そりゃ寿命も延びますわよ。というかアレンに関してはほとんど寿命なんてないようなものですわ。ほとんど不老です」
「つまり……」
ビアンカが恐る恐るという感じでノルデに聞く。
「仮にエレオノーレとビアンカが天寿を全うして最期を迎えたとしても、アレンは一緒には天に行けないってことです」
「そんな……」
「ど、どうすれば……」
僕は今複雑な気持ちだった。強くなれたのは良いことだけど、エレオノーレとビアンカと一緒にあの世に行けないなんて、竜魔導師は寿命が延びることは把握していたけど、今まで考えないようにしていた。
「じゃあ、僕はどうやってもエレオノーレとビアンカとともにあの世に行けないと? そしてほかにも大切な人々はたくさんいるけど、今後その人たちが僕よりも先に次々とこの世を去って行くのを見届けないといけないと?」
「それが竜魔導師の運命ですもの。力を得ることの代償は大きいですわ。永劫の時を生きる覚悟が必要」
「そう、ですか……」
「なんて意地悪言って見ましたけど、実は方法はありますわ」
「え!? それはいったい……」
「私が加護をエレオノーレとビアンカに授ければいいんですのよ。もともと私は精霊。生命を他の種族よりも強く司る存在なのですわ。周りの生物の寿命を延ばすなんてこともそんなに難しくないですわ」
なんということだ。そんなことができるなんて……ヴェルセルクは完全な戦闘種族って感じだったけど、ノルデは逆に生命に息吹きを与える役割を持ってるんだな。
「それでその、二人の寿命はどのくらい延びるの?」
「そうですねえ、軽く千年は延ばすことはできますわ」
「千ッ!?」
「すごいですわ~」
「本当に」
二人は張本人なのにのんきなもんだね!?
「ちなみに後からでも伸ばしてあげることはできますわ」
「そ、それは嬉しいけど、それなら対価は? それほどのことをしてくれるなら対価が必要だよね?」
「え? そんなの決まってるじゃない!」
ゴクリッ
「いったい何を差し出せば……」
「取り敢えず、天使と悪魔の騒動を何とかして。今この場所を私はとても気に入ってるの。でも天使や悪魔が来たらこの美しい場所も破壊されてしまうでしょ?」
「確かに」
「それから今後定期的に私のところに来てお話をすること」
「え?」
それだけ? いや天使と悪魔の騒動は簡単には成し遂げられないけど、倒せないことはないと思う。
だけど……
「何を驚いているんですの? そんなに驚くことではありませんわ。もともと私の仕事はさっきも言いましたけど、生命をつかさどること。なので、言ってしまえば当たり前のことをしているまでですわ」
「そ、そうか。な、ならこの戦いが終わったら彼女たちにその加護を与えてあげてくれる?」
「もちろんですわ。それと貴方だけ加護を与えないというのも酷でしょう。貴方は寿命は要らないからこれでどう? これくらいなら今やっても大丈夫でしょう?」
そう彼女に言われた途端、僕の体に力がみなぎってきた。これは……
「魔力……」
「そうですわ。貴方の魔力の限界値を上げてあげましたの。これでより戦いやすくなるはずですわ」
「何から何まで本当にありがとう……」
「わたくしからもお礼申し上げます」
「私からも、ありがとう」
僕ら三人はこの運命的な出会いと、彼女の助力に感謝した。
「いいですよ! それよりも、戦いの終結と定期的にお話に来る件、忘れないでくださいよ!」
「はい、勿論です!」
僕は元気よく返事をした。
これでまた憂いごとが一つ無くなった。本当にノルデには感謝してもしきれない。この出会いはずっと大事にしていこう。そしてノルデには一生恩返ししていこう。
僕はそう心に決めたのであった。
何とか書きたかった展開をようやく書けました。この部分はかなり重要だったので