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9.第2章<夢と現実>「入学初日の憂鬱」

(ピコピコ~)


「いらっしゃいませ~」

「いらっしゃいました」

「おい成瀬。いい加減ここ来るなって言ってるだろ」

「たまたま寄っただけです」

「作新と逆方向のコンビニにわざわざ寄る奴なんているわけないだろ」

「えへへ」


 

 ローソン中央通り店。

 今日は作新高校、登校初日の朝。

 俺はここのコンビニで今バイト中。


 黒いサラサラとした髪をなびかせ、作新高校の制服を着る女の子。

 誰もが見惚れるこの美少女。

 もう出会ってから10年目になる俺が最もよく知っている女の子、成瀬結衣(なるせゆい)



(ピコピコ~)


「いらっしゃいませ~」

「おはようさんシュドウ」

「だからお前ら、ここ来るなって何度言わせれば気が済むんだよ」

「シュドウが約束全然守らねえからだろ?」

「約束ってなんだよ?」

「高木君酷い。私それず~っと楽しみに待ってるんですけど」



 作新高校に合格したら3人で何とかだっけ……遊びたいのはやまやまなんだけど、俺の家庭事情がそれを許さない。

 朝のバイトが終わってから、そのまま制服に着替えて登校を始める。


 俺のバイトのシフトを知っている2人が、待ち構えていたかのようにバイトが終わる時間に店に顔を出してきた。

 俺なんかを……わざわざ迎えに来てくれた。



「シュドウ、今日も終わったらまたバイトか?」

「今日は無し。とりあえず急な出費はパス出来たから今月は少し減らすつもり」

「良かった~良かったね高木君」

「全然良くないよ。俺がこんな状況になったの、お前たちのせいだからな」


 

 俺は冗談めかして自虐しながら、自分の状況を2人に笑いながら話す。

 こんな状況……。

 まさか入学するのにこんな高額の費用が掛かるなんて思ってもいなかった。


 作新高校の特別進学部。

 学費や施設費は免除……それは入学してからの授業料などの話。


 この高校に入るためには、副教材費用から入学費用まで、あれもこれもと色々なお金がかかる事が合格してから判明した。

 よく調べもせず、合格する事を想定していなかった完全に俺の落ち度だ。


 学校独自の奨学金制度があったものの、初回に振込されるのが入学から2カ月経った5月中旬頃。

 3月の入学前に最低限払い込む必要があった30万円。

 2月の後半に合格が判明してから、死に物狂いでバイトをする羽目になってしまった。



「だからシュドウ。俺の家も成瀬の家も、少し協力してやるって言っただろ」

「その話もう言いっこ無し。それされるくらいなら俺絶対辞退したから」

「高木君体壊れちゃうよ」

「お前らと約束したから頑張るしか無かっんだよ」

「お前ら……じゃなくて、成瀬と……だろ?」

「黙れ太陽、日食にするぞ」



 どの道、隣町の公立高校に進学していても状況は大きく変わらなかったはず。

 常に時間とお金、何かに迫られている。

 俺の学生生活って一体……。


 作新高校の入口まで到着する。

 保護者が出席する入学式は先週すでに終わっている。

 両親が来る事が無い俺は、当日式が終わると2人を置いてさっさとバイトに向かおうとした。


 今見えている高校の入口で成瀬と太陽の両親に呼び止められ、わざわざ3人で記念撮影をさせられた。

 2人と2人の家族とは小学校からの付き合いで顔見知り。

 当然相手の親にも俺の顔は分かっている。


 そういえば成瀬の姉がこの作新高校に通っていたんだよな。

 この前の入学式では見かけなかったが、通っていればいつか顔を合わせる機会があるかも知れない。


 入学初日。

 特別進学部の俺たち3人はすでに向かうクラスが決まっている。

 

 スポーツ推薦で進学した太陽はSAクラス。

 学業優秀による推薦枠で進学した成瀬はS1クラス。 

 一般入試、5000人の中から30名の枠を勝ち取った俺はS2クラスに向かう。


 SAとS1、そしてS2ともクラスは校舎1階に並ぶ3クラスで隣同士。



「やったなシュドウ。これでいつでもツルめるな」

「俺はお前のクラスには絶対行かないからな」

「なんだよそれ」

「ふふふ」



 成瀬が笑いながら俺たち2人のすぐ近くを歩く。

 初めて入る校舎の中を3人で歩き、それぞれのクラスの近くで別れる。


 入学初日はオリエンテーション的な1日。

 クラスの挨拶が終わるとすぐに学校にある講堂へ移り、学長のありがたいお話を頂く事になった。


 その後学内にある部活の紹介が始まる。

 この作新高校の野球部は甲子園の常連校。

 今日午前中で終わるオリエンテーションが終わるとすぐに、新1年生の入部テストが行われると太陽が言っていた。


 この日に合わせて入念な練習を太陽はこなしてきたのを俺は知ってる。

 全国から推薦枠で当然力のある選手も揃っているはず。

 太陽が無事にレギュラーになれるよう、俺も成瀬も祈っている。


 数日前。

 2人からどの部活に入るのか聞かれたが、俺は即答で帰宅部を宣言した。

 バイトで学費教材費もろもろを稼ぐ。

 俺の事情は部活という選択肢を許してはくれない。


 太陽は野球部を即答したが、成瀬の考えはハッキリしなかった。

 中学3年間は美術部に所属していた成瀬。

 本人はまだ何の部に入るのか決めかねていると言っている。


 部活紹介のオリエンテーションがようやく終わる。

 この作新高校、こんなにたくさんの部活があったのか……。

 俺も事情が許せば、きっとどこかの部活に所属していたのかも知れない。


 S2クラスに再び戻る。


 そこで俺は。


 驚愕の事実を聞く。



「――では今説明しました通り、明日皆さんの学力を試す実力テストを実施します」





 ――え?



 いやいやいやいや。


 聞いてないよ、明日テストがあるとか。


 嘘だろ嘘だろ。



「――皆さんも承知で入学いただいている事と思いますが、特別進学部S2クラスで足切りラインの点数を3回続けて取った生徒は、自動的に総合普通科への降格編入となります。当然明日のテストも対象に――」



 うそうそうそ。


 冗談じゃないって。


 部活なんて、青春なんてしてる場合じゃないだろ。

 

 バイトなんてしてる場合じゃ……金が無いとここに通い続けられない。


 俺の実力だと3回連続赤点なんて余裕で取れる。


 ヤバい嘘だろ……ハッ!?そうだ、カバンに入れてる未来ノート。






 ……







 …………







 ……………マジか。




 あった。


 書いてあった。


 作新高校に合格してから、1度も開いていなかった1ページ目。



 作新高校の入試の問題は……すでに跡形も無く消えていた。


 その代わりに1ページ目から、まったく予習すらしていない、見た事の無い問題が印字されてる。


 第1問……古文!?


 中学校で習ってもいない問題。


 嘘だろ嘘だろ。


 この空欄に当てはまる文を選べとか、俺古典なんて一度も習った事が無いのに解けるわけがない。



 ……よく見ると記述式は一切ない。

 

 もしかしてこの問題……習ってない前提でわざとやらせるから実力問題?


 知識ゼロの状態から俺たちS2クラスの生徒を試すつもりか?


 

 古文以外は……英語は文法中心。


 いきなり第1問でビビらせて、各教科まんべんなく盛り込んでる。


 総合的には足切りラインにはならない程度の点数が取れる。


 そう……。


 本当の実力でこのS2クラスの席を勝ち取った実力を持つ生徒にとっては……。



「では今日の授業は終了となります――」



 未来ノートのページをサラ見してすぐにカバンにしまい込む。


 事の重大性に今気づく。


 本当に賢い人間ならとっくの昔に気づいている事。


 その事実に、今更ながら気づかされてしまった。


 そう……。


 俺は……。


 間違いなく、身の丈以上の進学校に入学してしまった事実を。

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