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82.「作新祭 (前編)」

 自宅アパート。

 朝日が部屋に差し込み、スマホのアラームが鳴る前に目を覚ます。


 土曜日。

 運命の『作新祭』当日。

 さすがの俺も緊張して寝付きが悪かった。


 100万円分のパンダストラップが1000個……。



『わたしが責任を持って』

『駄目よ一ノ瀬さん』

『会長、全部わたしの責任なんです』

『あなたに任せたのは私の責任でもあるわ、一人で抱え込まないで』



 副生徒会長に1年生を指名した叶美香。

 自らを責める一ノ瀬美雪を必死にかばおうとした。



『生徒会が総力を上げてサバきましょう』

『無理です会長』

『一ノ瀬、会長がそうおっしゃられた。僕たちも全力を尽くす』

『郁人……』

『わたしも頑張る。諦めずに一緒に頑張ろう?』

『沙羅さん』



 誤発注の自責の念から、終始涙が止まらなかった一ノ瀬美雪。

 それをフォローし、今日の『作新祭』、外部者の立ち入りが許される本番1発勝負で100万円を販売し切る無謀な挑戦。



 値下げ販売はできない。

 そもそも原価が1000円の玩具。


 1つ1000円のストラップを1000個売らないといけない、わずか1日で。


 実行不可能な任務。

 それを生徒会メンバー全員で達成させる……か。


 足取り重く家を出る。


 作新高校までの道のり。


 交差点。

 信号待ちをしていると、横断歩道の向こうに結城数馬が待っていた。



「やあ高木守道君」

「数馬、おはようさん」



 生徒会であって、生徒会でない俺たち2人。

 生徒会長付生徒会監査人。



「はは、いきなり監査指摘する事案が出ちゃったね」

「ああ……」



 誤発注。

 それも100万円単位。

 現行の生徒会メンバーを断罪するには、これ以上ない指摘事項。



「どうする守道君?」

「俺は……」

「おはよう~」

「シュドウ、おはようさん」

「太陽、成瀬、おはようさん」



 『作新祭』当日。

 今日は学校の正門が開かれ、近隣から多数の一般来賓者が作新高校に入ってくる。


 生徒は朝7時過ぎから登校。

 当日の準備を朝から始める。



「パン研のブース、俺たちのブースの目の前になったんだよな」

「ああ。野球部の出す食事ブースが一番客が来るからな」

「旧図書館って校舎の一番奥だもんね。そこよりお客さんは入るかも」

「だがまあ、1000円のオモチャが1000個か~キツイよなやっぱ」



 太陽と成瀬が合流し、数馬と4人で登校する。



「じゃあパン研と野球部の食事ブースがお向かいさんか。そういえば成瀬は売り子だったな」

「そうだよ」

「成瀬の魅力で売れないかな?フランクフルト1本50円だろ?抱き合わせ販売でストラップと合わせて1050円~とか」

「そんなの誰も買いません」

「だよな~」



 今日までの平日。

 生徒会が直接パンダストラップを販売するわけにもいかず。


 販売窓口はパンダ研究部に決定。

 ブースも正門から入って一番来賓者が行き来する野球部のお食事ブース目の前に移動する事が決まった程度。


 会議むなしく、平行線のまま今日に至る。



「うっーす」

「おう岬、おはようさん」

「おいみんな聞いてくれよ。岬のやつ、今日は生徒会の一ノ瀬と桐生が売り子でパン研ブース来るからドロンするって聞かないんだぜ」

「黙れ小僧」

「お前はパン研救う気あるのか?」

「生徒会の肩持つ気なんてさらさらないし」

「ブレないなお前は」



 生徒会アレルギーの岬れな。

 茶髪を指摘された怨恨から、一ノ瀬美雪とは特に仲が最悪。


 一ノ瀬のイの字を出しただけでこの始末。

 女子の争いはどちらかが引き下がるまで終わらない。

 巻き込まれないように注意したい。


 パン研は最小人数の6名。

 うち神宮司楓、神宮司葵、成瀬真弓は帳簿上の幽霊部員。


 本来の部室。

 1年生が入る校舎1階の一番奥、旧図書館では。

 南夕子の3年間のパンダ研究の成果が展示されている。



「うちは部長と一緒に来賓者の対応」

「なるほど、僕らはどうするんだい守道君?」

「俺が決めるのかよ」

「はは、僕は君の意見に従うよ」

「キモい事言ってんじゃないよ数馬」

「あんたらそんな関係?」

「んなわけ無いだろ!」



 作新高校に到着。


 正門には告知を行っていた横断幕に加えて、たくさんの装飾が施されていた。

 それは校舎内外、学校の敷地内一杯に文化祭の雰囲気を漂わせる魅力を放っている。


 外部から来賓するたくさんの人を楽しませるべく、色とりどりの風船たちが、今か今かと来場者を待ち構えていた。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 『作新祭』当日の朝がスタートした。

 時刻は9時。

 本来であればまったりと楽しむべき文化祭の1日。


 今日は6月30日。

 明日は7月に入る。

 朝から照り付ける太陽の日差し。

 気温もグングン上昇する。


 成瀬に言われてダウンロードしたお天気アプリ。

 今日の予報は晴れ。

 

 降水確率0%。

 お昼には最高気温28度の予報。

 気象庁の基準では真夏日に定義される。


 正門からまっすぐ校舎へ向かう道は200メートルほど。

 その白い石畳の両脇にはたくさんの桜の木が生い茂る。


 紫穂が中学校の文化祭で出展した風景画。

 春に描いた光景を俺と成瀬が歩みを進める。

 

 校舎近くに到着。

 校舎は左の1年生と2年生が入る第一校舎。

 右に3年生と生徒会の入る第二校舎が並ぶ。


 その校舎の中央は、ガラスのアーチがかかった中広場。

 右と左の校舎の間には、ガラスの天井がある珍しい設計の校舎。


 そのガラスのアーチをくぐって、まっすぐ進むとグラウンドに至る。

 忘れかけてはいるものの、かすかに記憶にある幼い頃に連れて行ってもらったディズニーランドを思い出させる。


 ガラスの天井があるおかげで、中広場の大きなスペースでは雨でも塗れずにブースを出店できる。


 太陽の日差しも和らげるこのガラスの天井の下は作新高校の一等地。

 野球部総勢50名を超える人数で運営するお食事ブースには、「綿あめ」「フランクフルト」「ポテトフライ」「アメリカンドック」「焼きそば」の垂れ幕が並ぶ。


 机と席もたくさん確保されたフードコート。

 この一等地前に、なんと我がパンダ研究部のブースが出展している。


 しかもしかも、旧図書館では南夕子秘蔵パンダコレクションが展示されるまさかのダブル出展。

 そちらの来場者は皆無に等しいだろうが、こちらの一等地前パンダブースには双子パンダネーム募集のフリースペースを確保。


 パンダストラップの購入場所として用意された長机。

 そこはいわば動物園や水族館の出口に設置されたお土産販売コーナーというわけだ。

 

 建前と本音。

 こんな仕掛けは、日本中どこの施設にも存在する。


 双子パンダのネーム募集をする旗まで、生徒会が準備。

 その旗にはこう書かれていた。



『祝!双子パンダ誕生。パンダストラップ販売中!』



 ギリギリの広報ライン。

 涙ぐましいこの『作新祭』当日を迎えるに当たって、出来うる限りの準備をしてきた事が伺える。


 太陽たち野球部の運営するお食事ブースでは、『作新祭』開場と共に多くの家族連れでにぎわっていた。

 成瀬姉妹。

 そして神宮司姉妹もブースで笑顔を振りまいている。



「お兄ちゃん~」

「紫穂」

「えへへ~」


 

 紫穂が中学校の同級生と遊びに来てくれた。

 本当に可愛い、俺の自慢の妹。


 パンダストラップの件もあるので、キリがいい時にラインで連絡する約束をする。


 その笑顔につられて、次々と訪れる人の波が絶えない。


 そして狙い通り、綿あめや焼きそばを購入し食べ終わった家族連れが、双子パンダのネーム募集をするパンダ研究部のブースに足を運ぶ。



「パパ~パンダさんの名前~」

「ははは」



 パン研のブースの入りは悪くない。

 旧図書館では岬が留守番中。

 南部長と俺は、パン研部員として家族連れに紙とペンを渡す。


 後でまとめて上野動物園のHPに応募する流れ。

 必要最低限の個人情報を紙に記入し、パンダの好きな竹を立てた笹の葉に、七夕のように吊るしていくナウい仕様が好評なようだ。


 お土産物に気づいた人が、パンダストラップの販売をする机にも流れる。

 そこに立つのは一ノ瀬美雪と桐生沙羅。


 2人の志願。

 叶会長もその行動を認めた。

 1年生で超が付くほど可愛い2人が、真剣な表情でパンダストラップを机に並べている。



「ストラップはいかがですか?」

「あら可愛いパンダ、いくら?」

「1000円です」

「結構です」



 やはり来賓者の反応は鈍い。

 2人の表情も曇っている。


 生徒会のメンバーが代わる代わるやってきて、必死にパン研ブースへの来訪を誘導する。


 直接販売はNG。

 路上販売などもっての他。


 双子パンダのネーム募集に参加して、ついでに買ってもらう方向へ誘導するのがギリギリの対応。

 

 出来うる限りの対応はすべてやっている。


 それでも売れない。


 どうする生徒会?

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