80.「秘密の1ページ目」
俺は今、悩んでいた。
全国模試の結果は俺の中ではほぼ満点。
未来ノートを使い続ければ、得られる果実はとても大きい。
だが半面。
俺が本心ではホッとした事がある。
――実力で臨んだ数学小テストの結果――
テスト前半から中盤まで、簡単な問題にペンは進んだ。
後半に差し掛かり、解法に行き詰まる。
数学の演習量が少ないのが原因と自己分析。
応用問題に少しひねられただけで、対策を行っていなかった難問を解答する事ができなかった。
それでも基礎問題はくまなく得点。
76点は世間の平均点。
今俺にできる精一杯だった。
7月中旬、S1クラスへの昇格をかけた期末テストを控えている。
このまま未来ノートの力を使って高得点を叩き出せば、成瀬のいるS1クラスに上がる事は容易なはず。
以前成瀬の家に行った時。
俺は作新高校に入って新しい目標を定めていた。
その時の。
自分自身が成瀬に言った事を思い出す。
『お前が俺をS2まで導いてくれた』
『大げさだよ……』
『今度は俺。自分の力で、S1目指して勉強頑張るよ』
今でもその気持ちに変わりはない。
ただ……あの時の俺は、未来ノートの力を含めた自分の力と言った。
自分の力で頑張ってS1にいく。
実力でという話では無かった。
未来ノートを使い続けたうえでS1に行って、俺は本当に満足できるのだろうか?
自信を持って成瀬の前で、努力したと胸を張る事ができるのだろうか?
「アホヅラ。ボーっとすんな」
「え?」
「……お悩み?あんた最近調子悪いじゃん」
「ま、まあな」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夜9時前。
バイトが終わり、岬を自宅マンションまで送っていく。
相変わらず夜道の時は、俺の服の袖をつまんで離さない岬。
これが俺たちの普通。
俺は勝手にそう思ってる。
「あんたの悩み、この前の数学の小テストが原因?」
「な、なんでだよ」
「図星っしょ……98。わたしは1問間違えた」
「すげえな岬……おれ……76……」
「は?全国模試900オーバーのあんたが……なるほどね」
S2クラスで実質トップの成績を誇る岬れな。
彼女の実力では、あの2次関数の小テストは容易に高得点をマークできる問題だったようだ。
突然。
岬が俺の服を強くつかむ。
2人同時に歩みを止める。
夜。
木々が立ち並ぶ中央通りの木の下。
わずかに行き交う車のヘッドライトが、1台、また1台と夜道を照らしては消えていく。
「1回くらい失敗したからって、なにヘコんでんだよこのへなちょこ」
「うるさいな。俺にとっては大きな事だったんだよ」
(ペチ)
「痛て……なにすんだよ」
「気合入れろ」
「なに?」
「次は満点取ってみせろっつってんの」
「……いつもその気で頑張ってるよ」
「じゃあ下ばかり見てないで、前だけ見て頑張るっしょ」
「あ、ああ……」
「……恥ずかしい事言わせんなこのへなちょこ男!」
「うるせえよ!じゃあ言うなよ」
岬のビンタ。
今日はやけに優しいビンタ。
ふたたび2人で家まで歩き始める。
怒ってた割りには、いつしかのように先には帰らない岬。
「律儀な事で。成瀬さん、朝日の事好きなんでしょ?」
「お前……どこでそれ聞いた?」
「あんたとあの2人、古い付き合いなんでしょ?」
「まあ、腐れ縁だよ……」
「それでもその荷物、届けにいくわけ?」
「約束してたからな」
「はぁ~お人好し。もうあんたの勝手にしな」
「余計なお世話だよ」
バイト先から近い岬の家に到着。
今日もいつも通り、1階のエントランスで別れる。
「いつも……ありがと」
「あ、ああ……」
最近の岬。
たまにこんな可愛い一面を見せる。
ジト目で俺を見下す事がほとんど。
たまにお礼とか言われると、胸がドキリとさせられる。
「あのさ」
「おう」
「この前、兄貴が言ってたやつ」
「兄貴?お兄さんなんか言ってたっけ」
「う~~~」
「なんだよ。成瀬みたいにうなるなって」
「今そっちは関係ないっしょ」
「へいへい」
「……今度暇なら、うち寄って……」
「え?」
「……暇なら来いっつってんの。そっちはこれから行って、こっちは来れないわけ?」
「いや、まあ……暇なら」
「そう……じゃね」
「おう」
なんかあいつ。
最近、変わったな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
成瀬の家に到着。
岬に絡まれて、もう9時半を回ってる。
怒られるかな、こんな時間に女の子の家に来て。
とりあえずチャイムを鳴らしてみるか……。
(ガチャ)
あれ?
玄関のドアが勝手に開く。
「高木君?」
「おう、成瀬か。自動ドアかと思ったよ」
「ふふっ、違います。そろそろかな~っと思って待ってたの」
「悪い。ちょっとバイト長引いた」
「全然。入って」
「ここで良いよ」
「いいの、ちょっと上がって行って」
「分かった……」
渡したい物があっただけなのに、成瀬に言われて家に上がらせてもらう事にする。
私服の成瀬。
玄関に上がると、リビングのドアは閉まって成瀬の母さんたちの声がする。
リビングのドアが開く。
「あら~高木君久しぶり~入学式以来ね」
「ご無沙汰してますお母さん」
「本当、若い子はすぐ大きくなるわね~背少し伸びたでしょ?」
「はは、そうですかね」
「お母さん邪魔しないって言ったでしょ」
「あら~ごめんなさいね。わたし高木君のファンだから、どうしても会いたくて」
「ちょっとお母さん~」
成瀬の母さんと会ったのは、3月の始業式の日。
あの日会ったのは正門前だったかな?
「じゃあ高木君。こっち」
「え?」
「リビングはお父さんいるから。わたしの部屋来て」
……
………
……………え?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヤバい。
成瀬の部屋とか何年ぶりだ?
太陽と小学生の時に遊びに来た時以来。
もう大昔の話。
「今日のお昼もらった横浜ハーバー。お父さんもお母さんも美味しかったって」
「ああ、たくさんあったし。それは良かった」
数馬に言われてたくさん入ってるの割り勘でお土産にした。
お土産を人に渡すと、さらに次の人へと渡っていくんだな。
あんまりというか、今までもらってばかりの人間だったから。
これからどこかへ行ったら、お土産は大事にしたい。
それはそうと。
成瀬の部屋とかマジヤバい。
まあ1階にお母さんたちいるし。
真弓姉さんはここの2階の別の部屋だったよな。
すぐに突入してくるかも知れない。
不用意な事は絶対にNG。
落ち着け俺。
「ふふっ。こんな夜中だと何だか恥ずかしいね」
「そ、そうだな」
可愛い……違う。
余計な事は考えるな。
渡す物を渡して、さっさとドロンするぞ俺。
長時間の滞在は、成瀬真弓の突入をうながす危険な行為。
この部屋のどこかに盗聴器が隠されているはず。
聞き耳どころかダイレクトに俺の発言の一字一句を聴取。
俺が変態だと判断された段階で突入されるのは間違い無い。
「ほらこれ」
「うわ~なんだろ~」
くそ、可愛い。
マジ可愛い反応。
正直成瀬からクッキーは毎度毎度もらうわ。
あげくに弁当まで作ってもらうわ。
成瀬からもらいっぱなしの俺の人生。
成瀬にまともにプレゼントとか皆無に等しい。
バレンタインデーの義理チョコのお返しで、ホワイトデーでチロルチョコを渡した時以来だな。
まあ、あんなんでも、成瀬のやつ超喜んでくれてたけど。
「わあ!?やった!これ欲しかった子」
「だろ?ようやく入荷したんだよ。約束どおり、真弓姉さんの分と2つな」
「ふふふ、凄く嬉しい」
「はいどうも」
俺がコンビニから直接持ってきたのは雑誌。
バカデカい冊子には、ある引換券が付いていた。
「今この子たちのCM、新しいの始まったの」
「おれんちテレビないから知らないよそれ」
「そうだよね」
「でもユーチューブで検索して帰ったら見るわ。新しいCM出たら教えて」
「ふふ、分かった」
キウイブラザーズ。
異世界からやってきた謎の人型キウイ人形の兄弟。
この愛敬のある顔が全国の奥様マダムを中心に大人気らしい。
成瀬もまたしかり。
俺もにくめないこのキャラクターを愛する心には共感できる。
渡す物を渡せたので、そろそろ、おいとましようと思う。
「あのね高木君」
「おう」
立ち上がろうとした時、成瀬に呼び止められる。
「この前……見たでしょ?私のノート……」
「え?……あっ……」
思い出した。
あの日。
俺……。
楓先輩がノートの第1所持者だって知って、超パニックで……。
あわてて成瀬が黄色いノートを持ってるのが気になって、真弓姉さんに頼んでこの部屋から成瀬のノートをのぞき見してしまった。
「いや、見たの1ページ目だけ」
「うそ」
「いや本当、マジ、ごめん。俺が全部悪かった」
「本当そうだよ~」
「ごめん。それで勘弁、な?」
「う~~~」
キウイブラザーズの引換券が入った雑誌を指差す。
それでも成瀬は赤面し、うなりを上げ始める。
あの日。
俺は成瀬の黄色いノートの1ページ目を開いてしまった。
「女の子なんだよわたし?」
「ごめん、あの日はさすがに俺も悪かった」
「ヒドい」
「ごめん、この通り」
ついに泣き虫の成瀬が半泣きになってしまった。
あの日。
ノートの1ページ目には、ある写真が貼られていた。
そして……。
(ガチャ!)
「しっつれ~い」
「グスっ、お姉ちゃん!?」
「ああ!?結衣ちゃん泣いてる……高木土下座……やったな貴様、ついにやってしまったのか!」
「ええ!?違います、何もしてません、本当です、信じて下さい」
「お触りしたな貴様!ちょっとそのツラ貸せや」
「違います、違いますって」
引換券に印字されたキウイブラザーズたちもビックリ。
血に染まる晩。
成瀬の部屋、時計の時刻は。
すでに夜中の10時を回っていた。




