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8.第1章最終話「運命の入試」

 成瀬に中央図書館で家庭教師をしてもらったあの日から1カ月が過ぎた。

 あの日以降も太陽と成瀬は、事あるごとに勉強に付き合うと申し出てくれた。


 その申し出をあの日から俺は断り続けていた。

 ここからは俺1人で勉強したい。

 受験に失敗しても、2人のせいにしたくないからと、それらしい理由を言って断り続けた。


 太陽は分かったと二つ返事で了解してくれた。

 成瀬は少し戸惑ったような表情を浮かべ、断りを入れた翌日も困った事があれば小さな事でも聞いて欲しいとありがたい申し出をしてくれた。


 未来ノートの1ページ目には、あれ以来同じ現象が起き続けた。

 それは次に俺が未来で受ける予定のテスト問題が1ページ目から刻々と表示され続ける現象。


 先週英語の小テストがあった。

 当然のように未来ノートの1ページ目に英語の小テストの問題が印字されていた。


 今週返ってきた答案用紙の点数は98点。

 100点で無かったのは、あらかじめ予習して調べておいた単語のスペルを俺が書き間違えたからだ。


 未来の問題が分かると言っても、それをそのまま点数に結び付けるにはある一定の努力が必要になる。

 答えが載っているわけではないこの未来ノートの弱点。

 

 問題を教えてくれているだけで、弱点というのもおこがましいかも知れない。

 それでも学力という実力が元々無い俺にとっては、問題が分かっているだけでは点数に簡単に結びつける事は難しい。


 英語の小テストで98点を取れた日。

 成瀬はまるで自分の事のように学校の屋上で飛び跳ねて喜んでくれた。


 あの英語の小テスト。

 成瀬にも太陽にもとても言えないが、あらかじめ知っていた問題の答えを導き出すだけで5時間以上もあの問題たちとニラめっこを続けていた。


 俺の家庭環境。

 英語の電子辞書なんてとても高価で買えたものじゃない。

 街の中央図書館にある、すっごく古いジーニアス辞書で、単語の1つ1つを日本語化する作業から小テストの対策は始まった。


 作新の過去問対策は、すでに度重なる小テストの未来ノートによる告知に自信を持ち、すでに出題されるであろう未来ノートに記載された入試問題一本に絞り解答と解法の暗記を繰り返す事を毎日続けている最中だ。


 そこにきて小テストの対策に意味があるとも思えなかったが、作新高校受験に失敗した時に備えて勉強するのも無駄ではないと考え小テストにも本気で臨んでいた。

 もちろん臨み方、取り組み方は、大方のクラスメイトの努力のそれとはまったく違う方向に努力していたのは間違いない。


 それでも結果がすべてを潤おしていった。

 いつものように英語の小テストで100点を取る成瀬に続いて、98点はその次点であり、クラスで2番目の成績だった。



「おいおいシュドウ。これなら本当いけるんじゃないのか?」

「まぐれだって、絶対まぐれ」

「でもあの問題で98点も取れるなんて凄いよ高木君」

「成瀬の家庭教師が優秀だったからだよ」

「おいシュドウ。俺の努力は無視するのかよ?」

「あははは」



 俺がテストの点数で高得点をたたき出す度、太陽と成瀬の顔から笑顔が溢れた。

 俺はそれが嬉しくて……どうしても未来ノートを……手放せなくなってしまった。


 壊れかけていた3人の関係も、成瀬の告白から1カ月も経つとまるで無かった事かのように戻りつつあった。

 その3人の中心に、不思議といつも俺がいる気がした。


 今まで話題の中心は、いつも野球部でエースだった太陽が試合で勝った時。

 あるいは成瀬がテストで良い点を取った時、美術部で作品が受賞した時。

 いつも話の中心は、2人の努力が実を結んだ時だった。


 それがこの1カ月。

 3人の話題はいつも俺のテストの点数ばかりで盛り上がる。

 もしかすると今の俺たちは、もうその事でしか繋がる事が出来ない関係なのかも知れない……。


 たとえそうであったとしても。

 3人で馬鹿みたいな話をしているこの時間に。

 少しでも長く。

 浸っていたかった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「いよいよ明日だなシュドウ」

「本当頑張ったから、高木君ならきっと大丈夫だよ」

「2人ともハードルあげるなって。絶対無理だと思ってるんだから」



 2月。

 いよいよ明日は作新高校入試の日。

 明日は午前中に特別進学部S2クラスと、午後に総合普通科の試験が同日行われる。


 全国から集まる5000名の受験生。

 特別進学部のS2クラス、その枠は僅か30名。


 ほとんどの受験生が、同日に異なる問題の特別進学部と総合普通科を両方受験する。

 俺は出願したのは学費免除の対象になる特別進学部のS2クラスだけ。

 こんな受験の仕方をする受験生は、俺を含めて少数派だろう。


 太陽と成瀬。

 いつも勉強している中央図書館の閉館時間に合わせて、わざわざ2人して外で待ってくれていた。


 成瀬が太陽に告白した日から2カ月近く経過した。

 正直あの日にはもう、この関係が完全に壊れてもう戻らなくなるものだと覚悟した。


 俺が作新高校を受験する。

 ただそれだけの事で、この関係を2カ月だけ伸ばす事が出来たのかも知れない。



「おいシュドウ、約束覚えてるよな?」

「約束?なんだっけそれ」

「ひどいよ高木君。私それずっと楽しみにしてたのに」

「うそ、うそ。冗談だよ。でも作新落ちたら、やっぱりその約束は無し」

「作新駄目だったら、3月どこか受かってから行こうぜシュドウ」



 俺は本当に良い仲間を手に出来た気がする。

 高校が別々になれば、自然とこの関係も解消されるかも知れない。


 たとえそうなったとしても、この2カ月3人で過ごせた時間。

 これは何にも代えがたい思い出だったと諦めがつく。



「はい高木君、これ」

「これって……成瀬のクッキー?」

「おい成瀬、俺のは無いのか?」

「あるわけないでしょ。高木君、それ食べたら今日は早く寝て明日に備えて」

「サンキュー成瀬。太陽もありがとう。俺、明日頑張って来るよ」

「頑張れよシュドウ」

「頑張って」



 2人と別れて家に帰る。

 誰もいない、家族のいない俺1人が住むアパート。


 家の中に入り、電気を付ける。

 机の上に成瀬の焼いてくれたクッキーを置く。

 彼女は俺たち2人の勝負所で、必ずと言って良いほど用意してくれる手作りのクッキー。


 太陽は試合の前日。

 試合がある度にクッキーをプレゼントしてもらっていた。


 毎度毎度、太陽にだけ渡される手作りのクッキー。

 とても羨ましく思っていたクッキー。

 それを今日俺が手にするのも、これで最後になるかも知れない。


 クッキーの袋を開けて、1つだけ取り出し口に含む。

 甘い味が口一杯に広がる。

 触感がサクッとしていて、とても柔らかい。


 成瀬が俺のために作ってくれた。

 ただそれだけの事がとても嬉しかった。


 ……未来ノートに手をかける。

 1ページ目を開く。


 実はこの数日、俺は言い知れぬ恐怖におびえていた。

 それは……このノートに書かれた問題が消えて無くなってしまう事。


 俺をその気にさせるため。

 ただ神様が俺にイタズラをしているだけなんじゃないか?


 明日の今日になって突然。

 このページが消えてしまう事に恐怖した。


 昼間も、そして図書館でも。

 事ある事に何度も未来ノートのページをめくっては安心する。

 それを何度も繰り返した。


 目的も手段もやり方も、何から何まで本当に間違っている。

 本当に明日ここに書かれている問題が、作新高校の入試会場で配布される保証など何処にもない。


 受験倍率が何倍か?

 5000人受けて合格できるのはたったの30人。


 書店で購入した過去問の問題を解く事も、とっくの昔に諦めていた。

 この1カ月近く。

 5科目、この未来ノートに書かれている問題の解答と解法を暗記する事にすべての力を注いできた。


 学校の小テストと、未来ノートにあらかじめ表示された問題が合っている事に胸をなでおろす日々を重ね続けてきた。

 俺の精神状態も、もう限界を迎えている。


 本当に同じ問題でも、結果入試問題に関しては一致していなくても、とにかく答えが早く知りたい衝動に駆られていた。

 こんな手段で合格してもしょうがないといった感情は湧かない。

 たった30人の狭き門に、全国から優秀な学生が受験しにくる。


 たとえ問題が一致していたとしても、俺が入試会場で解答を思い出せず、先日の英語の小テストのように単語のスペルを書き間違える可能性だってある。



 ……無意識に成瀬にもらったクッキーを食べ続けていた。

 気づけば最後の1つ。

 その1つを口に運ぼうとしたが、それをやめて入っていた袋に戻す。



『今日は早く寝て明日に備えろ』



 食べたら寝ろって、成瀬が言ってたっけ。

 俺はこれまで人の忠告をちゃんと聞かずに、自分勝手に生き続け過ぎた。


 明日ですべてが終わるかもしれない。

 今日の最後くらい、他人の忠告を受け入れる事にする。


 それが他ならぬ成瀬の言う事であればなおさら。

 いつも日付を跨ぐ時間まで恐怖におびえ、ひたすら未来ノートの問題に向き合ってきた。


 部屋の電気を消す。

 明日は遅れないよう早めに起きて、朝ギリギリまで勉強してから試験に行こう。


 いつもは不安になり、なかなか寝付けない日々が続いていたはずなのに。

 成瀬がクッキーを焼いてくれた。

 ただそれだけの嬉しい出来事で、俺は心を満たされたまま、深い眠りにつく事が出来た。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 作新高校。

 一般入試当日の朝が来た。


 今日俺のいる街には、珍しく雪が降っている。

 受験当日のあるあるにしては、あまりにもひどい天候。


 目が覚めたのは朝の5時。

 試験開始は朝の8時30分。


 雪が積もっている路面状況。

 早めに向かうにしても、7時に家を出れば十分間に合う距離。


 朝食を済ませ、すぐに未来ノートのページを開く。

 良かった。

 まだ問題は消えていない。


 その事にひどく安心する。

 すぐに問題の振り返り、悪く言えば答えの暗記に取り掛かる。


 何度も何度も繰り返し同じ問題を解いては暗記を繰り返した。

 ただ答えを暗記するだけでは、なぜその答えに辿り着いたのか絶対に忘れてしまう。


 俺は太陽が教えてくれた数式の解法を書いたノートを見ては、何度も何度も紙に書き写してその問題が解答に至る経過までこの1カ月必死に覚え込んだ。


 本当にこの努力が報われるのか分からない。

 今日この後実際の入試を迎えた時、違う問題が出た瞬間すべての努力は水の泡になるかも知れない恐怖に日々追われていた。


 特に英語の問題は、パッと見てもすぐに同じ問題だと気づけない。

 答えを覚えようにも、単語を正確に覚える事から結局始めざるを得なかった。


 6時30分。

 少し早いが雪も降り続けている。

 早めに受験会場を目指し、身支度を整える事にする。


 食欲は無い。

 試験はお昼までには終了する。

 家を出ようとした時、机にある可愛いリボンが付いた入れ物に目が止まる。


 ……成瀬が焼いてくれた手作りのクッキー。


 家を出ようと一度消した電気を再び付け直す。

 履いた靴を一度脱ぎ、部屋の机まで戻る。


 昨日の夜。

 最後の1つ、残しておいたクッキー。


 その最後の1つを口に入れて、受験会場へと向かった。




第1章<未来ノート> ~完~


【登場人物】


《主人公 高木守道かたぎもりみち

 平均以下で生きる平凡な中学生男子。ある事がきっかけで未来に出題される問題が表示される不思議なノートを手に入れる。


朝日太陽あさひたいよう

 主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。スポーツ万能、成績優秀。中学では野球部に所属し、3年間エースとして活躍。活発で明るい性格の好青年。スポーツ推薦で作新高校SAクラスへの推薦入学を決めている。


成瀬結衣なるせゆい

 主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。美術部に所属するも、主人公たちとの交友を続けてきた。成績優秀による推薦枠で作新高校S1クラスへの推薦入学を決めている。

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