72.「副会長はおかんむり」
数馬と過ごす初めての昼休憩が終了した。
午後、最初の授業が終了する。
いよいよ全国模試まで残りわずか。
来週の月曜日からいよいよ全国模試が実施される。
今日も家に帰ったら予習を全力で頑張るしか俺がこの高校で生き残るすべは無い。
成瀬情報によると、隣町の公立高校では全国模試は任意で土日に行われるらしい。
俺がいるのは県下随一の進学校。
天下の作新高校。
全国模試は平日実施。
しかも全校生徒が強制参加の授業扱い。
特別進学部の生徒にとっては、クラスの昇降格に関わる大事なテスト。
S1クラスの生徒はS2クラスへの転落に怯え。
S2クラスの生徒は総合普通科への転落に怯える。
上を目指す生徒にとっては大きなチャンスでもある全国模試。
俺にとって大きなテストである事は間違いない。
授業合間の短い休憩時間。
S2クラスの席で考え事をしている俺に声がかかる。
「ちょっとあんた」
「えっ?」
「またボーっとして……ケガ、大分良くなってきたじゃん」
「だろ岬?もう治りそうだし、俺の美しい顔がようやくオガめるな」
「本当、良かった」
「あ、ああ。なんか調子狂うな……」
いつもは厳しいツッコミが入るハリネズミからトゲが飛んでこない。
それもそのはず。
俺の額に残るアザは岬も一枚絡んでる。
気にしない方がおかしいだろう。
「ちょっとあなた」
「なんだよ岬」
「うちじゃねーし」
「へ?うわ!?えっと……」
「……一ノ瀬です」
「ああ、そうそう」
「その名前思い出したような言い方やめてもらえます?本当は分かってるくせに、白々しい」
「ほら美雪、怒らない怒らない」
いきなり美少女出現。
しかも俺の印象最悪。
顔メチャメチャ小さいし、急に目の前に現れるとさすがに驚きを隠せない。
そうそう、名前……。
一ノ瀬美雪だったな。
俺が昨日勝手に次期生徒会長に推薦した女の子。
隣にいるのは……たしか桐生とか言ったかな?
打ち上げもロクに参加せず、昨日はすぐに帰っちゃったから2人とはお話すらしてない。
「わたしは怒ってなどいません」
「もう~高木君の前では怒りプンプン丸なんだから~」
「桐生さん、ふざけないの」
S1クラスだよなこの子たち?
勝手にS2に入って来て何をしてる?
段々と昨日の事を思い出してきた。
この一ノ瀬って子を副生徒会長に推薦したら、本当に1年生で副生徒会長に抜擢されたから俺もビックリ。
待てよ……。
ここに来たのは叶美香の差し金の可能性も大いにある。
あの独裁政権の長、叶美香の事だ。
副生徒会長を派遣して、俺の息の根を止めに来たに違いない。
「あっ、俺ちょっと沖縄行くんで失礼します」
「ちょっと待ちなさい、何時の便で行くつもりですか!あなたに言いたい事があってきたんです」
沖縄行きはさっそく嘘だとバレた。
副生徒会長はダテじゃない。
「美雪~もしかして告白?」
「違います!」
隣で明るく振舞うのはたしか桐生沙羅とか言ったな。
凄くコミュ力ありそうな明るい性格。
性格が正反対な女子2人。
同じ生徒会ではあるが、俺はその生徒会を監査する立場のはず。
なにやるかまだよく分かってないけど……。
S2に入ってきた女子2人と話をしていると、クラスの入口から男が1人入ってくる。
「ここにいたのか一ノ瀬」
「郁人……」
「やあこんにちは。昨日は気づいたらいなくなってたね高木君」
「いなくなった?」
「ははは、生徒会室で新体制のお祝いをしてたのさ岬さん」
「なれなれしくうちの名前呼ばないで」
「おっと、それはすまない。失礼だったね」
「郁人、この子に謝らないで」
にらみ合う一ノ瀬美雪と岬れな。
この2人、目に見えて仲が悪い。
俺、怖いからあっち行きたい。
岬の存在で一瞬にして機嫌が最悪になった様子の一ノ瀬美雪。
美少女を怒らせると面倒。
俺の経験則が危険信号を発する。
眉をくの字にして俺を睨みつける。
「あなた……よくもわたしを副会長に祭り上げてくれたわね」
「ああその件ですか、良かったですね」
「良くないわよ!副会長には本当は郁人がなるべきだったの」
「一ノ瀬、僕は裏方の仕事に徹していたい」
「郁人」
「叶会長は今年で最後だ。来年は僕に君を支えさせて欲しい」
「郁人……」
「うざ」
岬ほどではないが、俺にとってもとんだ茶番。
全国模試間近。
全力予習も佳境に差し掛かる。
先ほど楓先輩との禁忌を侵してまで望む本気の全国模試。
この超が付くほど忙しい時に、青春をしている余裕は俺には無い
緊急脱出。
「あっ、俺トイレ行ってきます」
「最低」
「ちょっと我慢なさい!あなたに聞きたい事がたくさんあるの」
脱出失敗。
「早く聞いちゃいなよ美雪~休憩時間終わっちゃうよ~」
「桐生さんもお黙りなさい。あなたのその額の傷は何ですか?」
「あ~タッキーのその傷、それ私も昨日からずっと気になってたんだよね~」
タッキー?
俺の事か?
きっとこの桐生って子。
俺が高木だからタッキーと呼んでいるに違いない。
「あなた、わたしの質問に答えなさい」
キツイ言葉を発する一ノ瀬美雪。
岬とは違うタイプだが、始めて会った頃の岬れなにそっくりだな。
ただちょっとこの傷の秘密を漏らすのはマズい。
野球部の主将に殴られましたなんて、口が裂けても言えない。
「これは……ちょっと転んだだけだよ」
「はいウソ~」
「うるさいな桐生、打ち所が悪かっただけだよ」
「こいつはうちをかばって男に殴られたっしょ」
「えっ?」
「バカ岬、それここでしゃべるなって」
岬がいきなり真相に迫る発言。
なに考えてるんだ岬は?
「それ……うちのせいだし……」
「もう話すな岬、こいつらに話してもしょうがないだろ?」
岬が下を向く。
一ノ瀬も黙り込んでしまう。
桐生は俺に目をやり、何やらニヤニヤしながら俺の額の傷跡を覗き込む。
「タッキー男の子してるんだ~」
「うるせえよ桐生」
「怪しい~」
「うぐっ……近寄るなお前」
桐生沙羅。
俺に視線を合わせて眼前まで迫られる。
思わず目を背ける。
「ですって美雪」
「なんなのよそれ……」
「昨日詳しく聞こうと思ってたのに、タッキー勉強するからって打ち上げすぐに帰っちゃうんだもん~」
「すぐに帰った?」
岬も話に加わり俺に事情を聞いてくる。
「あんた……生徒会の打ち上げドロンしたわけ?」
「全国模試の予習で忙しかったんだよ俺は」
「またこのアホヅラから想像出来ない優等生発言」
「俺はお前と違って実力が無いから、何倍も勉強時間が必要なんだよ」
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
「さあ話はここまでだ。一ノ瀬、桐生、2人とも戻るよ」
「は~い」
「あなた……」
「一ノ瀬。話はまた今度だ」
「分かっています」
北条郁人、桐生沙羅が先にクラスを後にする。
一ノ瀬美雪は俺を睨みつけ、先生がS2クラスに入ってくるのを見るや、そそくさと教室を後にした。




