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71.「微笑がえし」

 昨日の生徒会役員選挙。

 天下分け目の関ヶ原の合戦で西軍の結城数馬に投票した俺はあえなく惨敗。


 落ち武者となって生徒会室に連行されるわ。

 訳分かってないのにいつの間にか生徒会役員にされてるわ。


 しまいには昨日の今日で掲示板に俺の名前はさらし首。

 S2クラスに入ると幻想の俺のにわかファンから声がかかる。



「高木君凄いね!S2クラスで生徒会役員なんて高木君だけだよ」

「そ、そうなんだ」

「憧れるわ~テストも満点だし。S1クラス、高木君なら絶対上がれそうだね」

「そ、それはどうかな?はは……」



 俺の中で来週の全国模試に黄色信号が点灯中。

 未来ノートの模範解答を作るには作ったが、やり直しの調べる時間も確保できないまま、すでに解法・解答の暗記時間を迎えている。


 未来に出題される問題は分かっているが、その答えが載っていない未来ノートの欠点。

 導き出した模範解答が間違っていれば、いくら暗記したところで元も子もない無駄な作業。


 そもそも問題を理解できていないので、合ってるかも間違ってるかも分からない。

 英語の長文問題など結果ですべてを判断するしかないのは普通の生徒と同じ立場。


 基本、何も訳分かっていない俺が悪い。

 実力が無いのがすべての元凶。


 そういえば今日の昼、楓先輩に呼ばれてたんだった……。

 もしかして楓先輩。

 俺と同じ事、考えてるのかな?



「アホヅラ」

「えっ?誰がタッキーだって?」

「うるさいし……ちょっとあんた、今朝からわたしに言う事あったんじゃないの?」

「なにが?」

「なにがじゃねーし。生徒会の話しだっつーの。朝から散々一緒に居たのに、ちょっとそれはないっしょ」

「なんだよグチグチと、その話かよ。俺もいつの間にかああなってて今ビックリ仰天なんだって」

「知らないし」 



 俺も自分自身どうなってるか理解できていなかった。

 岬のやつ……茶髪が校則違反とか一ノ瀬美雪とやり合ってたな。


 生徒会に対して良いイメージを持っていないはず。



「岬」

「なに?」

「俺は生徒会の監査人として、お前の茶髪を容認するぞ」

「は?なんで?」

「超似合ってる」

「その可愛ければ何でも良いみたいに言ってるいい加減なあんたが、どうやって生徒会に入れたのかをさっきから聞いてるっしょ」

「それは俺にも良く分からん」

「死ねし」



 午前中の授業があっという間に終了。

 岬もそうだが、どうして俺が生徒会に入れたのかクラスメイトから何度も聞かれる。


 一番理由を分かっていない俺。

 もはや未来ノートの呪いとすら感じている。

 当然そんな理由は答えられない。


 昼休憩の時間が来る。

 今日は楓先輩と屋上で待ち合わせ。


 階段の踊り場。

 俺は屋上へ。

 岬は旧図書館のある1階へと別れる。



「屋上?」

「ああ、ちょっと行ってくる岬」

「あんた、先輩と屋上でいつもなにしてるっしょ?」

「危険な任務だ、部室にはもう戻れないかも知れない」

「はいはい、たいした用事じゃないわけね」

「もし俺がパン研に戻らなかったら、成瀬のやつに愛してたって伝えておいてくれ」

「それ自分で言えし」



 岬の表情に変化はない。

 いつも通り俺の事を粗大ごみのようにジト目で見下す。

 岬はパン研に向かって校舎1階へと降りていく。


 おっと。

 冗談言ってる場合じゃない。

 これから今日最大の山場、神宮司楓先輩の元に向かう。


 正直中間テストより緊張してきた。


 楓先輩から会いたいと言ってきた……。

 意図は特にないはず。

 お互い未来の問題の模範解答に不安を抱えているのは確実。

 

 不安な問題があると言っていた楓先輩。

 正直俺の方が不安だらけ。


 特に今回の全国模試は超ヤバい。

 下手したら実力テストと中間テストの得点が吹き飛んでしまうかも知れないヤバい点数を取ってしまうかも知れない。


 手を抜けば即地獄行き。

 永遠に終わらないマラソンを強いられている俺と楓先輩。

 身の丈以上の偏差値の高校に入ってしまったツケが、まさに今到来している。


 校舎屋上のドアを開ける。



(ガチャ!)



「守道君」

「お待たせしました楓先輩」

「ごめんなさいね呼び出したりして」

「いえ、先輩に呼ばれて光栄です」

「ふふっ」

「先輩?」

「ごめんなさい。じゃあ……お願いしていいかしら?」

「はい」



 風が吹き抜ける校舎屋上。

 梅雨前線は北日本付近まで北上。

 もうすぐ梅雨が明けるらしい。


 たくさんの雲から青空ものぞかせる。

 今日は晴れのち曇り。

 割りと良い天気。


 楓先輩と並んで座る。

 先輩はさっき俺が先輩に呼ばれて光栄だと話した時、クスりと笑った。


 それもそのはず。

 俺と楓先輩。

 お互い黄色いノートを手に持っていた。


 という事は。

 そういう事……。



「お願いできる?」

「はい」


 

 今日の楓先輩。

 人魚座りをしてノートを膝の上に置いて開く。


 吹き抜ける屋上の風。

 楓先輩のサラサラとした髪をなびかせる。


 時折耳に髪をかける先輩にドキリとさせられる。

 この人に抱く幻想の神宮司楓の姿に、俺も一瞬とらわれそうになってしまう。


 だがすぐに現実に戻る。

 俺たち2人は平均点の男と女。

 

 全国模試の答え合わせ。

 本当は来週行われる試験問題。

 禁断の行為。



「ズルいですよね、俺たち……」

「本当ね……ねえ、守道君」

「なんです先輩?」

「わたしたちね……このノートを使ったせいで……いま、とても苦しんでるでしょ?」

「そうですね……心は痛いです」

「それはね守道君。もうわたしたち、本当の幸せを感じる事は出来ないって事だと思うの」

「本当の幸せ?努力して得られる達成感みたいな感じです?」

「そうね……そう」



 ざっとお互いの未来ノートに書き起こした模範解答を付け合わせる。

 現代文が得意な先輩、俺の用意した模範解答のミスを見事に指摘される。


 逆に英語の翻訳ミスで俺は楓先輩の模範解答の間違いを指摘した。

 まだ翻訳アプリを知らなかった先輩。

 明らかな長文問題のミスだった。



「はは、結構間違ってました」

「わたしも。ごめんなさい、こんな事に付き合わせて」

「いえ、僕も助かりました……助かりましたなんて、本当は言っちゃいけないんですよね」

「そうね……でもね守道君」

「はい」



 今日の先輩はとてもしんみりした表情。

 ここに来るまでに、こんな事するの結構悩んだに違いない。 


 

「わたしはそれでも……葵ちゃんのそばに居たいの」

「先輩……」



 やはり先輩の口からは、2言目には葵の話が出てくる。

 妹が大好きなだけの普通の女の子。

 俺だけが抱く、本当の楓先輩に対する印象だ。



「だって……行きたい学校が目の前にあるのに、隣町の高校なんて嫌じゃない」

「その理由、僕は責められません。俺先輩と一緒です。隣町の公立高校行きたくなくて、このノート使って必死にここで生きてますから」

「そう言ってくれるのは、この世界で守道君だけね」

「そう言って理解してくれるのは、この世界で楓先輩だけですよ」

「ふふ、ありがとう。じゅあ……」

「戻りましょうか」



 楓先輩が切なそうに微笑む。

 その微笑みを、俺も笑顔で返す。


 お互いの居たい場所へ戻る事にする。

 こんな風に生きているのは、この世界で俺と楓先輩だけ……か。


 すぐに戻るとしよう。

 お互いに。


 本当の幸せを感じられなくても。

 それでも浸っていたい俺が居たい場所へ。



 あれ?

 そういえば俺、先輩に何か相談したい事があったような……。

 俺……なにか大事な事を忘れてる気がする……。



「守道く~ん。早く戻らないと、お昼休憩終わっちゃいますよ~」

「あっ、はい!ありがとうございます楓先輩」



 なにか大事な事。

 なにか……大事な事を。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 校舎屋上で楓先輩と別れる。

 未来ノートの答え合わせに大分時間を取ってしまった。


 校舎1階、旧図書館に急いで向かう。

  

 部室に入ると、いつも通り南先輩の姿。



「南先輩、お疲れ様です」

「おお後輩君。真弓ちゃんから聞いたぞ、生徒会の役員になったそうだな?」

「ええ、知らない間にいつの間にか。どうされました?」



 成瀬真弓。

 南先輩とは親友。

 俺の生徒会個人情報をさっそく漏らしてるな。



「生徒会長の美香ちゃんにうちの部よろしく言っといて」

「その便宜を図るような言い方止めて下さいって部長」

「頭も良いし、後輩君だけが頼り」

「調子良い事言わないで下さいよ。それに俺、生徒会がちゃんと機能してるかチェックする役みたいですから」

「生徒会のチェック?」

「そうですよ先輩。それで無くてもうちの部、この前の会計監査で不適切意見出されてますからちゃんとして下さいよ」

「ふみ~ん」



 大丈夫かうちの部長?

 あれ?

 そう言えば俺、いつの間にか生徒会とパン研の掛け持ちになっちゃってるけど大丈夫かこれ?



「ようシュドウ、早くこっち来いよ」

「太陽……あれ!?数馬!なんでお前までここにいるんだよ!」

「ははは、ツレないな~高木守道君」

「どうした数馬?うちの部の会計帳簿なら存在しないぞ」

「ふみ~ん、それ黙ってて後輩君~」

「ははは、ここ面白いね。同じS1の成瀬さんに教えてもらってね」

「おい成瀬、俺の個人情報そいつに漏らすなって」

「だって同じクラスだし教えるでしょ普通?」



 超爽やかボーイ、S1クラスの結城数馬がなぜかパンダ研究部の部室で太陽たちと同席している。

 成瀬と岬。

 太陽と4人でなにやら談笑していた雰囲気。



「あんた、先輩とのイチャラブは終わったわけ?」

「そんなのあるわけないだろ?危険な任務だって言っただろ岬」

「高木君……」

「どうした成瀬?顔赤いぞ、熱でもあるんじゃないのか?」

「う~~」

「ははは、本当面白いね君たち。さっきから守道君の話でもちきりだよ」



 超イケメンの数馬が、さも自然にパン研に溶け込んでいる。

 コミュ症の俺と違って一瞬で俺たちの輪の中に自然と入っている。

 俺とはまったく違う種族の人間だ。



「数馬、お前なにしゃべった?」

「昨日の君の武勇伝をみんなに教えていたのさ」

「密室の生徒会室の話し全部バラしたのかよお前?監査人にあるまじき失態だぞ」

「おっと、これはいけない。みんなさっきのは全部ここだけの話」

「今さら遅せーよそれ」

「ははは」



 俺が楓先輩といけない事をしている間に、パン研の部室で俺の個人情報がもて遊ばれていたようだ。



「好き勝手言うなよ数馬」

「ほら高木君。お昼休憩終わっちゃうよ?食べないのが一番いけないから、ローソンでも良いから早く食べて下さい」

「はいはい。今日はちゃんと廃棄寸前のサンドイッチにしたから。ほら成瀬、レタス入ってるだろ?」

「それおかしいからも~ちゃんと自炊してよ~」

「ごめん、無理」

「ははは」



 俺の体の半分はローソンで出来ている。

 残り2分の1が成瀬家で、最後が紫穂の料理。

 それで全部だ。


 どうやらいない間に、俺の食生活やら性格やら言いたい放題言われていた様子。

 ツネにいじられ役の俺。



「俺の好きな女子のタイプ?変な事話すのやめろってみんなで」

「守道君は好きな女の子のタイプとかあるのかい?」

「俺はみきちゃんより断然すーちゃん派だな」

「いつのアイドルの話しっしょ?」

「おいシュドウ。キャンディーズの話、俺にしか伝わってないぞ」

「キャンディーズってなに?」

「ははは、やっぱり面白いね君たち」



 平和なお昼休憩が過ぎていく。

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