70.第9章<境界線>「未来予想図」
生徒会長を決める全校生徒参加の選挙が終了した作新高校。
生徒会は新体制が発足。
今月6月末に開催が予定される『作新祭』という名の文化祭成功に向けた初仕事が控えるらしい。
正直、文化祭どころでは無い俺。
生徒会室で開かれていた選挙の打ち上げ。
全国模試の勉強を理由に早々に脱出。
時刻は夕方17時。
全国模試まで残り1週間。
もはや時間の猶予は一刻も残されていない。
学校から足早で家まで帰ってくる。
全国模試までの1週間に関してはバイトのシフトも極力減らしてもらった。
朝早く起きるのは苦では無いので、早朝バイトは続ける予定。
お昼ご飯も調達して学校に来られるし一石二鳥。
相変わらずの昼食に、成瀬のお叱りで耳が痛い。
自宅アパートに到着。
あれ?
なんか電気ついてるし……。
(ガチャ!)
「紫穂!?」
「お帰りなさいませお兄様~」
「スマホ……見てなかった」
「え~ちゃんと来るって送ってたでしょ~」
「忙しくてそれどころじゃ無かったんだって」
「なにかあったの?」
「おお有りだよ」
スマホのラインに妹の紫穂から今日来るって連絡来てた。
生徒会に捕まって、とても確認している余裕が無かった。
「お兄ちゃんどうしたのその傷?」
「えっ?ああ、これか……ちょっと転んだ」
「絶対嘘!なにした?」
「ちょっと殴られただけだよ」
「ほら~浮気したからでしょきっと?」
「どうしてそうなるんだよ」
紫穂が俺の額の傷を心配してくれる。
もうシップ貼ってるだけだから大分治ってきている。
鏡で見ると多少肌の色が青くなってる程度。
そのうち治るだろう。
それにしても部屋の中に良い匂いが漂っている。
美味しそうな匂い。
「紫穂、今日なに作ってる?」
「肉豆腐、好きでしょ?」
「もち、サンキュー紫穂」
バラ肉と豆腐を麺つゆで煮た料理。
肉豆腐は紫穂の18番。
ご飯と最高に合う一品。
「お前、最近女子力付いてきたな」
「え~やだ~今のポイント高いかも」
「マジか」
紫穂が料理を作ってくれている間、机で未来ノートに目を通す。
正直今回対策して俺が用意した模範解答。
ちょっとどころか、かなり自信がない。
この前、楓先輩にマゼランとコロンブスの間違いも指摘されてる。
そういえば全国模試だから、当然1年生も3年生も同じ問題解くんだよな……いやいや、まさか楓先輩と模範解答の答え合わせとか、最低も最低過ぎる行為。
こんな事言ってたら、楓先輩から嫌われ……。
(ブルブル)
ん?
俺のスマホがブルブル。
……ラインだ。
誰?
嘘だろ?
まさかの楓先輩……。
『こんばんわ守道君。美香から話は聞きました。生徒会役員への選出、おめでとうございます』
いやいやいや。
全然おめでたくないですそれ先輩。
俺の任命されたあの何とかって役。
本当に生徒会役員の肩書だったのか?
校則第24条が何とかって言ってたやつ。
もう何とかしか覚えてない。
そもそも今の状況、俺全然理解してないし。
契約書請求しないとな。
クーリングオフとかできないのか?
今時、口頭で契約とか理不尽この上ない。
(ブルブル)
ん?
また楓先輩。
暇なのかな……。
『明日また屋上で会いませんか?分からない問題があって……少し困っています』
「う~ん……」
「また屋上で会いませんか?」
「そうなんだよ……って!?なに見てんだよ紫穂!」
「また新しい女!?ケダモノ!最低!この浮気者!」
「俺のスマホ勝手にのぞいてんじゃねえよ」
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次の日の早朝。
朝の5時からコンビニに出勤。
貧乏高校生の朝は早い。
額の傷も大分良くなってきた。
今日からもうシップを張るのも大丈夫そうだ。
「おはよ」
「おう岬、おはようさん」
「傷……大分治ったね」
「ああ、おかげさんでな」
「本当、良かった」
「お、おう」
心配されるのは嬉しいが、いつもツンツンしている岬に優しく言われるとドキリとさせられる。
コンビニの朝は早い。
朝からお弁当や雑誌の搬入作業。
新聞や週刊誌を業者から受け取り雑誌コーナーにセットする自称準正社員の俺。
キウイブラザーズの付録が付いた雑誌の搬入は今日も無かった。
いつか成瀬に2つ届ける約束も果たしたい。
成瀬との約束……S1クラスに上がるのも約束だったな。
ちゃんと昇格出来たら成瀬のクッキーくらい期待したい。
成瀬の方は、俺との約束覚えてるかな……。
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「今日の昼も遅れて部室行くわ」
「また先輩から呼び出し?」
「そうなんだよ。俺の事、パシリか何かだと思われてるし」
「実際そうっしょ」
「そうなんだけどさ」
朝8時。
バイトが終わって岬と一緒に高校まで登校する。
学校の正門に到着。
白い石畳の先、校舎の前。
昨日の生徒会役員選挙に続いて、今日も校舎前に人だかりができている。
嫌な予感しかしない。
「やあ高木守道君」
「え?ああ、数馬か。おはようさん」
「ははは、おはようさん。それ面白い挨拶だね。そっちの君は守道君の彼女かな?」
「誰が彼女だ!」
「おや、これは失礼」
「こいつは岬れな。俺と同じS2のクラスメイト。バイト先も一緒でさっきまで働いてから登校」
「へ~それは面白い事してるね」
「全然面白くないよ」
正門をくぐったところで、昨日生徒会室に一緒に連行されたS1クラスの結城数馬が俺と岬に声をかけてくる。
爽やかな好青年。
そして何より俺よりちゃんとした滑舌。
しかもルックス最高のイケメン男子。
「こいつ昨日生徒会長に立候補してたやつじゃん……」
「ははは、覚えていてくれて光栄。結城数馬、高木守道君とは同じ生徒会の同志」
「生徒会?ちょっとあんた、わたしに説明全然なかったっしょ!」
「お前は俺の奥さんかよ。いらないだろ余計な説明」
「ちゃんとしゃべれし」
「はははは、君たち本当面白いね」
3人で歩いて校舎の方へ向かう。
たくさんの生徒たちが何やら大きく張り出された掲示板の前に集まっている。
「あっ、あの人たちだよ」
「昨日生徒会長に立候補してた子でしょ?ハンサム~」
俺たち3人が掲示板の前に近づくと、女子たちから歓声が上がる。
もちろん傷だらけのアホヅラ男子では無く、昨日生徒会長に立候補して超有名になった特別進学部S1クラスの優等生、結城数馬の登場にだ。
「いや~まいったねこれ」
「お前人気だな数馬。まあハンサムだし、当然だよな」
「あんたとは月とすっぽんね」
「だな」
「だからあっさり認めるなし」
「ははは、君たちお似合いのカップルだね」
「そう見えるか?こいつすぐに噛みつくから大変だぞ……痛ててててて!?痛い、痛いって岬」
「あんたはいつも一言余計っしょ」
「ははは」
くだらない話をしながら掲示板前に到着。
相変わらず結城数馬への歓声が鳴りやまない。
「おっと守道君。僕たちもう有名人みたいだよ」
「え?なんだよそれ?」
「あれ見ろし」
「あれって?」
―――作新高校生徒会 新体制のお知らせ―――
生徒会長 叶美香
副生徒会長 一ノ瀬美雪
……
……
……
……
会計担当 北条郁人
会計担当 桐生沙羅
生徒会長付 生徒会監査人 高木守道
生徒会長付 生徒会監査人 結城数馬
「シュドウ君シュドウ君」
「げっ!?光源氏」
「神宮司だっつーの」
「高木守道君。きみ、神宮司さんとも知り合いだったのかい?」
「あ、ああ。なんだよあれ……」
「凄い凄い!またシュドウ君の名前あった。シュドウ君偉い人」
「シュドウ君?なんだいそれ?」
「なんで俺の名前が……」
デカデカと掲げられた掲示板に、平均男子のはずの俺の名前が張り出されている。
また俺の名前がさらし首にされている。
高木守道という幻想の男が、また1段上の世界に上がってしまったようだ……。
実力テストも満点。
中間テストも満点。
おまけに生徒会役員。
誰だよそんなスーパーマン。
俺だよ俺。
本当の実力の俺じゃない、みんなが見てる幻想の高木守道君だよ。
俺の隣で無邪気にはしゃいでいる、本当の実力、学年1位の神宮司葵。
未来ノートが突きつける幻想の未来予想図。
未来の問題は見せてくるのに、その問題を正答した先に待っている俺の未来の姿は、ノートには一切描かれてはいなかった。
 




