表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/92

61.第7章最終話「第1の所持者」

「ようシュドウ」

「悪い太陽、急に呼び出して」

「おいどうしたその顔!?メチャクチャ腫れてるじゃないかよ」

「ちょっと野獣に襲われた」

「マジか……何かはあったみたいだな」



 最後に岬と会ってから、俺のわだかまりは消えるわけも無く。

 心にモヤモヤを抱えたまま、自然と相談に向かったのが親友の太陽だった。


 夜。

 いつも男同士の話をする時には、決まって集まる太陽の家の近くにある小さな公園。

 街灯が薄暗い夜を照らす。


 俺の深い悩みを察したのか、キャッチボールを勧めてくる太陽。


 いつものように遅く緩い玉を投げてくる。

 俺が受け取りやすいように投げてくれる太陽の優しいボール。


 キャッチボールはするつもりだったのだろう。

 新調する以前まで太陽が使っていた古いグラブで受け止める。


 今日色々な事があった。

 神宮寺葵の話……太陽にはまだ話せない。

 ここだけの話と楓先輩から約束されている。

 

 成瀬のノート……あれはますます話せない。

 ここで俺が太陽に話すわけにはいかない。

 あれはヤバ過ぎる。

 早く忘れよう。


 俺が最も気にやむ事。

 そう、未来ノートの2人目の所持者の存在。



「その様子だと、相当まいってるな」

「ああ……」

「話しにくいよな」

「悪い……」

「はは、しょうがないよな。なあシュドウ、それは誰かの悪い事に気付いちまったとかなのか?」

「さすが太陽、そんな感じ……」

「そうか……」



 キャッチボールが終わり、ベンチに並んで座わる。

 何も話せない俺に太陽が優しく語りかける。


 太陽との付き合いは小学生の時からもう10年。

 良い事も悪い事も言い合ってきた旧知の仲。

 俺の事を、本当によく分かってくれている。



「なあシュドウ。もし俺が何か罪を犯したとしたら、お前どうする?」

「お前が犯罪とかしないだろ?」

「もしもだよ、もしも」



 例え話……。

 未来ノートを使う俺には、まるで自分の事のようにも感じる。



「ああ……罪にもよるけど、まず話を聞く。事情は知りたいと思う、なんで悪い事したのか……」

「そうだな……なんでお前は俺に話を聞こうとするんだ?」

「見捨てられないからだろ?これまでのお前の事、誰よりも知ってるから」

「だな、そういう事だと俺は思う」

「……まず事情を確認しろって事か?」

「そうだな。そうしないと次には進めないだろ?」



 いつも太陽は俺の進む道に光を当ててくれる。


 身近に存在したノートの第2の所持者。


 いや……時系列から言って、俺が後で彼女が先。


 第2の所持者じゃない……俺より先にノートを手にした、第1の所持者と言っていい。



「ありがと太陽……あのさ……」

「何でも聞け。答えられる事と答えられない事も正直あるがな」

「それ昼間、岬に言われてビンタもされた」

「その傷はそれでか?お前、なに余計な事聞いたんだ?」

「普通に質問したらいきなりブタれた」

「はは、またどうせ何かヤッちまったんだろ」

「女は何考えてるか俺にはサッパリ分かんないよ」

「だな」



 俺は太陽に確かめておきたい事があった。


 俺が事情を聞きたい人。


 それは太陽にも関係する、太陽が大事に思っている人。



「今日さ、神宮司の家に呼ばれてさ」

「マジか」

「生徒会長に連行された。神宮司も姉妹で着物着てるわ、お抹茶出されるわ」

「凄い1日じゃねえかよ」

「あの会長ヤバいぜ。作法がなって無いって俺の太ももバシバシ叩いてきてよ」

「はは、面白いなそれ」




 神宮司の家での話。

 生徒会長との話も、俺と太陽にとっては笑い話。



「楓先輩超美人だったぞ」

「写真無いのかそれ?」

「ねえよ……今でも好きか?楓先輩の事……」

「ああ、もちろんだ。日曜の試合で絶対アピールしてみせるぜ」

「そうか……太陽、俺マジお前応援してるからな」

「おう。良いのか話は?」

「スッキリした。もう帰るわ」

「じゃあなシュドウ、また明日」

「太陽も今日はサンキュー、じゃあな」



 俺はもう……迷わない。

 もう1人の所持者はすでに判明している。


 全力予習に手がつかないほど、俺はその事で頭が一杯になっている。

 







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 

 

 次の日。

 学校へ登校する。

 S2クラスに到着。



(バーーン!!)



「ひっ!?」

「お・は・よ・う」

「お、おはよう岬。可愛いな今日も」

「し・ね」



 考え事をしてボッーっとしていた俺。

 机をパーで叩きつける岬の一撃。

 俺と俺のクラスに激震が走る。


 岬……。

 間違いなく……怒ってる。

 なんで?

 

 今は岬の事を考えている余裕は無い。

 休憩時間に勝負をつける。

 もう勉強に手がつかない。

 今日決着を必ずつける。


 あの人を連れ出すにはどうすれば良い?

 ……古典的だが手紙を書くか。


 インパクトのあるやつ。

 あの成瀬真弓のような強烈なやつ。

 絶対来ないといけないやつ……。

 なんて書けばいい?


 時間だけが過ぎていく。

 午前中の授業が次々と終わっていく。


 適当な白紙の紙に呼び出しの手紙を書く。

 女子に手紙とか俺、書いた事ないからな……。


 次の授業が終われば昼休憩の時間になる。

 早く書かないと。



「高木君」

「早く……ん?ああ、成瀬か、おはようさん」

「……高木君、あのね」

「どうした成瀬?」

「昨日の事……ね」

「昨日?ああ、突然家行って悪かったな。真弓姉さんから会計ソフトもらった、あれ超助かる」

「そっちじゃなくて……ね」

「他になんかあったっけ?」

「う~……もういい!」



 成瀬は怒ってS2クラスを出て行ってしまった。

 なに怒ってんだ成瀬?


 おっと、それどころじゃない。

 今は手紙に集中しろ手紙。

 もう時間がない。

 なんでもいい、呼び出せればどんな内容でも。





『あなたに会いたい。昼、屋上で待ってます』





 よし。

 もうこれでいこう。

 相変わらず文書のセンス無いな俺。


 この手紙……どう渡す?



「シュドウ君」

「おお、神宮司か」


 短い休憩時間に隣のS1クラスから2人目の訪問者。

 今日はやたらと尋ねて来る人が多いな……妹の神宮司か。



「神宮司、大事な話がある」

「大事な話?なに?」

「この手紙を……」

「これって……」



 神宮司が胸に手を当て驚いた表情を浮かべる。

 俺が神宮司に手紙を渡している光景を見てザワつくS2クラス。


 そんな小さな事、今の俺は気にしない。

 神宮司に事情を説明する。

 コクリと小さくうなずく。


 渡す相手への要件を合わせて伝える。



「……お願いできるか?」

「うん、分かった。わたし頑張る」



 手紙を神宮司に託す。

 小走りにクラスを飛び出して行く葵。


 頑張れ葵。

 頼むから迷子にならないでくれ。

 ちゃんと俺の届けたい人のところへ、その手紙を運んでくれ。


 





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 昼休憩の時間。

 

 屋上へ上がる。


 風が吹き抜け、太陽の光が注ぐ。


 屋上の入口ドアが開く音がする。


 入口の方を振り向く。





 ……







 ………







 …………楓先輩。








「守道君」

「すいません楓先輩、突然呼び出したりして」

「守道君わたし……どうしましょう」



 先輩は何やら困ったような表情。

 呼び出し方が悪かったか? 

 そんな事よりも本題に……。



「楓先輩。俺、どうしても先輩に聞きたい事があるんです」

「まあ……」

「どうしても俺……先輩に伝えたい事があるんです」

「まあ……どうしましょう……」



 ここにきて俺も緊張してきた。

 全部俺の勘違いだったらどうする?

 そうだとしたら俺は……。


 いや、もう今聞くしかない。

 違うと言われればそれまで。

 聞けば分かる。

 

 きっと俺はこの事を聞けなければ、ずっとモヤモヤしたまま生き続けなければいけない。

 聞いてしまえばスッキリする。



「そ、その……先輩は……その」

「わたし?特定にお付き合いしている方は特にいないのですが……」

「は?そ、そういう事では無くてですね」

「あら……どうしましょう……」



 ダメだ、やっぱり緊張して上手く伝えられない。

 楓先輩も変な事言い出した。

 俺も何言いたいのか分からなくなってきた。

 早く俺の聞きたい事を伝えないと……。


 そうだ。

 こうなる事を予想して準備していたアレがある。

 こういう時アナログだけど、手紙の力は本当に凄いと思う。

 伝えたい事がすぐに伝えられる。

 

 俺が思っている事を書いた紙を渡す。



「先輩……これを見て下さい」

「はい……」



 事前に書いていたもう1つの紙を先輩に渡す。

 その紙にはこう書いておいた。






 ―――全国模試 現代文 第1問 正答「憂鬱」―――













 ……楓先輩が










 ……その場に









 ……座り込んでしまった。

 






「……楓先輩。実は俺、葵から偶然もらったある写真を見てしまいました」

「写真?」




 屋上の床に座り込んでしまった楓先輩。


 俺はスマホの画像から、葵から送られた画像データの画面を先輩に見せる。



「それって……」

「『憂鬱』の漢字を練習していたのは、楓先輩、あなただったんですね」

「……そう。それは……わたしのノート」



 ……認めた。

 素直に……。

 という事は、そういう事……。



「楓先輩……」

「なに?」

「あなた……全国模試の問題……知ってますよね」

「……ええ」



 すべて……認めた。

 俺がもし楓先輩なら……こんなに素直に認める勇気があるだろうか?



「昨日、見てしまいました。あなたと葵の部屋で、全国模試の問題が載っているノートを」

「そう……不用心ね、わたし……またボロが出ちゃったみたい」



 会計監査で過去、生徒会の1人として適正意見を出した事を言ってる。

 完全な人間はいない。

 表の顔が完全であればあるほど、裏の顔は……。


 素直に未来の問題が分かっていた事を認めた楓先輩。

 素直に話してくれる今、俺は昨日太陽が話してくれた事を思い出す。



「……事情、話してくれませんか?」

「ええ……全部葵ちゃんのため。ふふ、嘘ね。だって自分のテストの点をこんな事して取ってるんですもの、全部自分のためよね」



 まさか……未来ノートの第2の所持者が楓先輩だったなんて。

 俺にはまだ信じられない。


 俺はこの未来ノートの力に気づいていたからこそ、その存在を知っていたからこそ、第1の所持者である楓先輩の存在に気づいてしまった。


 楓先輩は自責の念にとらわれたのか、その場で泣き崩れてしまう。


 葵のため……。

 先輩はいつからこのノートを使っていたのだろうか?


 もしかすると大分以前から……。

 そうであるなら、今年使い始めた俺の方こそ第2の所持者であり、先輩の方が第1の所持者と言える。


 表と裏の顔。

 先輩は俺と同じように、そのどちらも行き来しながら、これまでずっと生きてきたに違いない。

 

 この人は未来ノートを使い続けてきた人間。

 楓先輩の泣き崩れる姿は、間違いなく俺が到達するはずの未来の俺自身の姿そのもの。


 先輩が今苦しんでいるであろう自責の念。


 それは俺自身が痛いほど知っている、未来ノートの代償に他ならない。







第7章<表と裏> ~完~


【登場人物】


《主人公 高木守道かたぎもりみち

 平均以下で生きる平凡な高校男子。あだ名はシュドウ。ある事がきっかけで未来に出題される問題が表示される不思議なノートを手に入れる。県下随一の進学校、作新高校特別進学部S2クラスへの入学を果たす。謎の部活、パンダ研究部に入部。


高木紫穂たかぎしほ

 主人公の実の妹。現在は主人公と別れて暮らす。別居してからも兄を気遣う心優しき妹。中学2年生。


朝日太陽あさひたいよう

 主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。スポーツ万能、成績優秀。活発で明るい性格の好青年。作新高校1年生、特別進学部SAクラスに所属。甲子園常連の名門野球部に1年生として唯一1軍に抜擢される実力者。


成瀬結衣なるせゆい

 主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。作新高校1年生、特別進学部S1クラスに所属。野球部に所属、姉と共に女子マネージャーとなる。


岬れな(みさきれな)

 作新高校1年生、特別進学部S2クラスに所属する。主人公のクラスメイトかつバイト先の同僚。パンダ研究部に入部。


成瀬真弓なるせまゆみ

 成瀬結衣の姉。作新高校3年生。野球部のマネージャー。幼い頃から主人公の天敵。神宮司楓の親友。


神宮司葵じんぐうじあおい

 主人公と図書館で偶然知り合う。作新高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。


神宮司楓じんぐうじかえで

 現代に現れた大和撫子。作新高校3年生。野球部のマネージャー。誰もが憧れる絶対的美少女。神宮司葵の姉。


南夕子みなみゆうこ

 作新高校3年生。神宮司楓、成瀬真弓の親友。作新高校パンダ研究部部長。


叶美香かのうみか

 作新高校3年生。作新高校の生徒会長を務める。神宮司楓との関係は?


北条郁人ほうじょういくと

 作新高校1年生。特別進学部S1クラス所属。生徒会のメンバー。


《一ノ瀬美雪いちのせみゆき

 作新高校1年生。特別進学部S1クラス所属。生徒会の会計担当。


桐生沙羅きりゅうさら

 作新高校1年生。特別進学部S1クラス所属。生徒会の会計担当。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ