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60.「パンドラの箱」

 楓先輩から初めて聞かされた妹の病気の事情。

 大きな手術を受けなければいけない。

 その時期が決まっていないと話す姉の楓先輩。


 これまで通り仲良く接してあげて欲しい。

 それが姉である先輩から言われた俺への願いだった。


 楓先輩と部屋を出ると、叶美香と妹の葵が待っていた。



「お姉ちゃん」

「葵ちゃん、お待たせ」



 仲の良い神宮司姉妹。

 成瀬姉妹もそうだが、姉妹で仲良くしている姿を見ているのはとても微笑ましい。

 葵と一緒にいた叶美香。

 この後生徒会の仕事に向かうべく、学校へ戻ると話す。



「終わったの楓?」

「ええ、ありがとう美香さん」

「ちょっとあなた」

「俺ですか?」

「楓のお願い、聞いてくれたかしら?」

「とりあえず聞きました」

「そう……男なら行動で示しなさい。もし楓を泣かせるような事したら」

「ひっ」

「私が全力であなたの事……おーほほほほ」



 なんて恐ろしい女なんだ。

 親友の悩みを権力で解決しようなんて許されない。

 生徒会長は笑いながらその場から立ち去っていった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 姉妹から部屋に招かれ、神宮司の部屋に入る。

 ただお話するだけでも楽しいと思ってもらえる。

 俺も悪い気はしない。

 友達とはそういうものだろう。

 

 姉妹で共有する大きな部屋。

 2人の机とベッドが並ぶ。

 バルコニーには白い机とイス。

 あそこで『源氏物語』を読んだ事もあったな。


 姉の楓が席を外す。

 葵と2人きりになる。



「ねえシュドウ君知ってる?『源氏物語』の続き」

「まだ見てないから知らないよ」

「ちょっとだけお話して良い?」

「いいよ別に。あれ今の現代語で書かれてないから、ちょっとストーリー知ってた方が読みやすいしな」

「うん……『葵の上』のお話」

「光源氏の最初の奥さんだろその人?」



 『葵の上』……『源氏物語』では光源氏と最初に結婚して、夕霧という女の子を産んだ人。



「すぐにいなくなっちゃうの」

「葵の上?結婚してすぐか?」

「うん」

「そうか……それは寂しいな」

「うん……」



 昔のお話。

 どんなストーリーか分からないが、葵の上が光源氏の前から姿を消してしまうようだ。



「シュドウ君、こっち」

「お、おう。どうした?」

「見せたい物があるの」



 そう言って神宮司が俺を自分の机のある場所まで連れてくる。

 ここにある2つの机……。



 ……あの光景がフラッシュバックする。


 




 ―――机の上に広げられたノートに「憂鬱(ゆううつ)」が何度も書かれた画像―――






 ここにきて思い出してしまう。

 気になり始めると、ある色のノートを目で探してしまう。


 右側の机……ない、黄色いノートはどこにもない。


 左側の机……





 ……






 ………






 …………あった。黄色いノート。





 

 確かめるしかない……。


 俺が持ち続ける第2の所持者の偶像を否定するには、このノートが普通のノートである事を確かめるしか方法はない。


 葵の話を聞いた後だが、俺の頭の半分は未来ノートで支配されている。


 神宮司姉妹。


 どちらも成績優秀の才女。


 どちらがこのノートの所有者だ?


 神宮司に聞けばハッキリする。


 彼女はきっと、俺の質問に素直に答えてくれるに違いない。





「なあ神宮司」

「なにシュドウ君?」

「あの黄色いノート……お前のか?」

「これ?これはお姉ちゃんのだよ」

「楓先輩のノート……」



 神宮司は姉の楓先輩の物と言われた黄色いノートを机の棚から取り出し手渡してくる。

 この子が俺にノートを手渡したのは、なにも意図など無いに決まっている。

 俺がノートを気にしたから手渡してくれた。

 ただそれだけの事。


 ……以前神宮司から間違って送られたと思われるスマホの画像データ。

 妹の神宮司が撮影したと思われる画像には、もうすぐ実施される全国模試の試験問題第1問の答え、「憂鬱」が何度もノートに書かれた画像が映し出されていた。


 俺の疑いはただ1つだった。

 神宮司の姉妹、そのどちらかが、全国模試の試験問題を知っていたという疑い。


 未来ノートの所持者同士にしか分からないこの疑い……。








 ―――もう開いてみるしか選択肢はない。確かめる方法がそれだけだとしたら。




 ―――全国模試の試験問題が表示されていれば、それが答え。




 ―――俺の勘違いだったと証明したい。




 ―――第2の所持者の影。




 ―――学校の新図書館のパソコンで、この問題の解答を検索していたと思われるノートの所持者。








 

 ……








 ………







 …………マジか。






「神宮司……」

「なにシュドウ君?」

「俺、ちょっと用事ができた。先、帰るわ」

「う~ん……分かった」

「お前、今度手術あるんだってな?」

「うん、そだよ」

「治ると良いな、病気」

「う~ん……」

「どうした?」

「ちょっと……怖い」



 突然俺の胸に抱きついてくる神宮司。

 いきなり手術の話をして驚かせてしまったか?



「ビビるなって手術くらい」

「だって……怖いもん」



 着物を着たままだが、キャシャな体が震えているのが分かる。

 彼女は自分の病気に恐れを感じているに違いない。


 同情はする。

 当然俺だって助けてやりたいが、多少の力になる程度しか助けてやれない。


 病気を治すには手術を受けないといけないと言っていた楓先輩の話を思い出す。

 手術の時期が決まっていないのは……葵自身がその決断が出来ていないからかも知れない。


 無責任かも知れないが、放っておいてもどうにもならないだろう。

 はた目には健康そうで、有り余るほど元気があるようにしか俺には見えない。

 嫌な事は先にやってしまう。

 リスクがあっても、もっとヒドクなるなら先にやるべき事をやった方が良いと俺は思う。



「弱虫だなお前。病気治さないと、『源氏物語』もう読めなくなるぞ」

「う~ん……それは……嫌」

「病気治さないと、もうメリーゴーランドも乗れなくなるぞ」

「う~ん……それは嫌」

「病気治さないと……もう一緒に遊んでやれないからな」

「それはもっと嫌」

「じゃあ頑張れ」

「う~ん……うん」

「よし、良い子だ。じゃあな神宮司、また明日学校でな」

「約束」

「はいはい約束な」



 俺には彼女の病気は治せない。

 どんな病気かも分からない。


 唯一治せるとするなら、彼女は手術を受けなければいけない。

 それは彼女自身が頑張るしかない。

 

 最後はちゃんと病気を治すために手術を頑張ると約束した神宮司。

 今はそれで十分だし、俺に出来る事はその気持ちを応援してやる事だけだ。


 友達として接してやるくらいなら、これまで通りいくらでも付き合ってやる。

 

今の俺には……それ以上に確かめたい事があった。


 未来ノートの所持者。

 俺の身近な人間にいないか、それをどうしても確かめたかった。


 神宮司の家を出て、走って成瀬の家に向かう。


 彼女の家を以前訪れた時、俺は成瀬が持つ黄色いノートに視線が釘付けになったのを思い出す。


 もう他の事は考えられない。


 真実を知らないと何も他の事は考えられない。


 パンドラの箱はもう開いてしまった。


 俺はすべての真実を知りたい。


 その衝動に駆られてしまった。




(ピンポ~ン)



「は~い。あら~高木じゃん。今日は楓のとこ行ったんでしょ?」

「行きました。でも今はそれよりも成瀬に会いたいんです」

「結衣ちゃんに会いたい……ついに野生の本能が目覚めたのかしら」

「なに馬鹿な事言ってんですか真弓姉さん、成瀬は?」

「結衣ちゃんまだ帰って来てないよ。まあ上がりな」

「失礼します」



 成瀬の家には今は真弓姉さんしかいなかった。

 成瀬はまだ野球部から帰って来ていない。

 姉さんに案内されて、1階のリビングに通される。



「はいこれ。ついでだから持って行って」

「これ……この前言ってた会計ソフトですか?」

「そうそう」

「ありがとうございます……あの、姉さん」

「なに?」

「実は……ノートを探してまして。成瀬が持ってる黄色いノート、見たいんです、今すぐに」

「結衣ちゃんの持ってるノート?黄色いのとかあったかしらね……急ぎ?」

「大至急」

「まあ……告白とかじゃないわけね」

「なんすかそれ?」

「はいはい、ちょっと待ってて。結衣ちゃんのお部屋見てくるから」

「お願いします」



 成瀬はいなかったが、楓先輩が成瀬の部屋をアサってくれるようだ。

 間違いなくこの前来た時、成瀬は黄色いノートを持っていた。

 成瀬はまだ帰ってこない。

 



「あったよ~」



 2階の成瀬の部屋から1階のリビングに降りてくる姉さん。

 真弓姉さんにしては優秀。

 ちゃんとこの前見た、俺の未来ノートに瓜二つの黄色いノートを持って降りてきた。

 

 なにをこんなに焦ってるんだ俺?

 もしこのノートが未来ノートなら成瀬は……。


 

「どうした高木?」

「いえ、その……」



 ノートを開く手が震える……。

 いや、もう見るしかない。


 真実はここにある。

 今しか見れない……。

 ノートを開く……。








 ……








 ………








 …………マジか。






「ただいま~」

「あっ、結衣ちゃん帰ってきたよ」

「高木君?」

「成瀬……」

「どうしたの高木君……それ……私のノート……」



 成瀬が手に持っていたカバンを床に落とす。

 両手を顔に当て、顔が真っ赤になっている……。



「嘘でしょ……どうしてそれ……」

「すまん成瀬。俺は何も見なかった」

「ウソ、ウソウソ」

「これはお前に返す」

「いまさらそれ返されても手遅れだよ」

「大丈夫だって。俺今日いろいろあり過ぎて全部忘れられる自信あるから」

「やっぱり見たんでしょ」

「じゃあな成瀬、また明日学校でな」

「嘘でしょ」



 半泣きになりつつある成瀬を家において、俺は次の場所へ飛んでいく。

 成瀬のノート……もう気にするな。


 ここまで来たら俺の知ってる怪しいやつ全員確認する。

 そうしないと俺の心のわだかまりが収まらない。

 とにかく怪しいやつ全員だ、全員。


 そうだあいつ。

 あの茶髪で頭良いとか、いかにも怪しいとずっと思ってたあの子。

 最後の容疑者。


 今日はあいつ、バイトのシフト入ってないはず。

 いるのか家に?

 なにか呼び出す方法ないかな……ポケベル……違う、あった、ラインだよライン、スマホ持ってんじゃん俺。


 岬れな。

 あいつも怪しい。

 未来ノート持ってましたなんてもう絶対言わせない。


 ラインだ。

 ラインを送れ、今すぐ。





『岬、お前に会いたい。今すぐ』





 送った。

 既読?

 読んでくれたようだ、返事は?





 ……こない。





 ……こないよ。





 おかしいな……いつもはすぐに返信してくれるのに。







『いま家』






 よし。


 所在判明。


 逃げるなよ岬。


 俺はお前に聞きたい事が山ほどある。






『すぐに行くからそこで待ってろ』






 ライン送った。

 

 岬の家までダッシュ。


 中央通りを全力疾走。


 俺のスマホブルブル、岬か?






『待ってる』





 よし良い子だ、そこで待ってろ容疑者3号。


 岬の自宅マンションに到着。


 1階のエントランスで待っていた岬。


 私服マジ可愛い……なんかいつもより可愛くないか岬?


 違う、今はそんな時じゃない。


 事情聴取だよ、事情聴取。



「はぁはぁ……み、みさき……」

「そんな慌ててどうした?あのラインなに?」

「はぁはぁ……お、俺……お前にどうしても……聞きたい事があって……」

「……なに?」



 全力で走り抜けて息が切れる……。


 どうした岬のやつ?


 髪の毛指でクルクル回してるし、なんか可愛い感じ……違う、今はそんな時じゃない。


 尋問だよ、尋問。



「岬、正直に話して欲しい」

「答えられる事と、答えられない事とかあるじゃん……」

「全部吐くんだ!」



(壁ド~ン!)



「なにするっしょ!?」

「真面目に聞け岬」

「あんたのキャラじゃないしこれ……」

「正直に答えろ」

「う、うん……」

「持ってないか?黄色いノート」

「……は?」



 恥じらうように赤くなっていた顔がみるみる変わっていく。

 いつもの粗大ゴミのように俺を見る岬の目。

 いつもの岬。

 正直に答える気になったようだ。



「ノートだよノート。黄色いノート、無いのかお前?」

「あんた……そんなクダらない事わざわざ聞きに来たわけ?」

「そうだけど?」

「……あるわけないっしょ!」



(ビシッ!!)



「痛てぇ!?」

「死ね」



 俺のほっぺたは真っ赤に腫れる。

 パーでビンタされた、パーで。


 未来ノートの所持は解明できないまま、第3の容疑者への接触が終了した。

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