54.第7章<表と裏>「2冊目の所持者?」
降りしきる雨の中、自宅に戻る。
成瀬の作ってくれた食事をご馳走になり、空腹は満たされていた。
満腹感とは裏腹に、頭の中はゴチャゴチャしていた。
先ほど成瀬に中間テストの問題を聞かれたが、なんて答えたかあまり覚えていなかった。
成瀬が持っていた黄色いノート……。
あれはもしかして未来ノートなのだろうか?
あのよく使われるA4サイズの大学ノート。
中学時代から愛用しており、購買部や学校指定の文房具店で売っている事もあり、他の生徒もほぼ同じシリーズを使っているはず。
今書店で流通しているその大学ノートのほとんどが、色はほぼ赤か青しか見た事が無い。
黄色いノートを使っている生徒を俺は知る限り見た事はない。
あまり注視して見る事はない、他人が使っているノートの色。
それでもお店で買うという動作においては、その黄色を見る機会は少なくとも一度も無かった。
そう……。
俺が書店で偶然手にした時と同じように……。
俺は以前成瀬の家のリビングで自習をした事がある。
その時俺は、まさか成瀬が未来ノートの所持者の可能性があるなんて思いもせず、すでに俺の持つ未来ノートを机の上にさらした記憶がある。
ノートの色が共通している確証は無い。
すべて俺の思い込みかも知れない。
相談があると言っていた成瀬……最後には口ごもってしまい、結局何を相談したかったのか分からなかった。
タイミング良く持参してきた未来ノート。
そしてそこに書かれていたであろう、中間テストの数学の問題。
ダメだ……。
疑い出すとどこまでも考えてしまう……。
成瀬も未来ノートを持っていて、相談したかった事とは自分も未来ノートを持っているという告白だったのかも知れないと……。
だから答えが載っていない未来ノートの模範解答作りに失敗し、満点を取って確実に正答に行き着いた俺に答えを聞いてきた……いや、馬鹿馬鹿しい。
たまたま黄色いノート持ってただけの話。
俺のこんな身近に未来ノートの2冊目を持ってる人間がいるわけ……。
……じゃあ。
……もしかして。
あれも……なのか?
俺はとっさにスマホを取り出す。
一瞬だけ気になり、すぐに馬鹿馬鹿しいと気にも留めなかった写真が1枚俺のスマホのデータに残っていた。
……あった。
……この写真。
先週の日曜日。
パン研の4人で上野動物園へ向かった。
メンバーは部長の南先輩、岬れな、神宮司葵、それに俺。
午後になり、パンダの前から離れない部長と岬を置いて、俺と神宮司は鳥獣戯画の特別展を見に国立博物館へ向かった。
あの前後。
俺のスマホにあるデータが送られていた。
―――神宮司葵が撮影した画像データ―――
あの子。
スマホの待ち受け画面に設定する『源氏物語』のキャラクターが描かれた画像データを俺のスマホにデータ通信で送ってくれた。
操作を間違えたのか、わざと送ってきたのか理由は分からないが。
なぜかあの子が撮影したと思われるスマホの写真データまで俺に転送されていた。
とても俺が見ていいような内容の画像では無かったので、俺の撮影した写真と混ざっていた事もあり、目を通して送られた画像はすぐに削除する事にした。
鳥獣戯画展で神宮司が羽織る十二ひとえの写真。
あれだけは残しておきたいと思ったのもこの時。
送られたデータと自分で撮った写真のデータを削除しながら仕訳けている時……ある写真のデータが俺の目に留まる。
その写真はおそらく神宮司と楓先輩の部屋の写真。
普段なら速攻で消すべき俺のスマホにあってはいけない写真。
その写真に恐ろしいものが映り込んでいた。
―――机の上に広げられたノートに「憂鬱」が何度も書かれた画像―――
何も情報がなければ、ノートにその文字ばかりが書かれているのは何かの勉強と感じる程度。
写真に移り込んだこのノートは、楓先輩と妹の神宮司が映り込んだとてもプライベートな写真。
写真全体から姉妹のどちらが持っているのかは分からないノート。
当然ノートの表紙の色も分からない。
普通のノートなのかも知れない。
そして俺だけが、未来ノートの所持者だけが気づく情報があった。
―――6月の全国模試。科目現代文、第1問の漢字の問題は「憂鬱」―――
新図書館のパソコンの履歴に、この「憂鬱」というキーワードを検索した誰かが間違い無く作新高校の生徒の中に必ず1人は存在するはず。
あの時は未来ノートに全国模試の問題が1ページ目に表示されたのと同じタイミング。
毎日ノートをチェックする所持者なら、気になってすぐに調べる特有の行動を取る。
所持者である俺にしか分からない行動パターン。
……ちょっと待て。
もう疑い出すとキリが無い。
じゃあ成瀬が持ってた黄色いノートは何だ?
あれも未来ノートなら、全国模試の問題が表示された初日、別れて行動していた成瀬だって新図書館のパソコンで検索出来た事になる。
当然作新高校の全生徒がそれを検索しようと思えば出来たはず。
成瀬や神宮司たちはたまたま黄色いノートを持っていただけ?
「憂鬱」の漢字を練習していた理由……たまたまだと言えばそれまでの話……。
2冊目の所持者が存在する可能性が、ここにきて俺の頭の中を支配するようになっていた。




