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53.第6章最終話「幻の優等生」

 平日、授業が終了し部活動の時間を迎える。

 今日は朝から曇り空。

 街の空を厚い雲が覆う。


 3年生の入る校舎。

 その3階の一番奥な部屋。

 その入口には漆に塗られ、光沢ある看板が掲げられる。

 そこにはこう書かれていた。






 ――――「作新高校生徒会」――――







「郁人、報告を」

(かのう)会長。彼はここには来ません」

「あらいけない子。あなたが言って駄目なら……そういう事ね。一ノ瀬さん、桐生さん」

「はい会長」

「彼を徹底的にマークして頂戴。もしその気が無ければ……おほほほ」

「かしこまりました」

「では私はこれで、アデュー」



 生徒会室の窓の外。

 厚い曇に覆われた空から、次第にポツポツと雨が降り始めた。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 5月も終わりに差し掛かる。

 俺の生活は良くも悪くも安定してきた。


 今日は成瀬の家に寄る約束。

 理由は単純、真弓姉さんのお呼び出し。


 ……やば。

 なんか雨がポツポツ降り始めたな。


 パン研に寄ってから成瀬の家に向かっている。

 先に帰ってるかなあいつ……。


 成瀬の家の近く。

 傘を差した女の子。

 顔は傘で隠れて見えないが、作新高校の制服が見える。

 その子がこちらを振り向く。



「高木君」

「成瀬」

「はい傘。やっぱり持ってなかった」

「さすが成瀬。俺の事よく分かってる」



 成瀬の家に向かう途中、必ず通る道で成瀬は俺の事を迎えに来てくれた。

 雨がたくさん降り始める。

 成瀬が傘を持ってきてくれなかったらズブ濡れになるところだった。



「明日は4人でマックだったな」

「また晩ご飯ポテトとかやめて下さい」

「分かったよ、うるさいな」

「ふふ」



 成瀬と傘をさして並んで歩く。

 2人きりになるのは久しぶりな気がする。



「紫穂ちゃん?」

「ああ、最近よく来る。勝手に家いたから最初泥棒かと思ってさ」

「ふふ、そうだね」

「あいつこの前肉じゃが作ってくれた」

「偉い紫穂ちゃん」

「だろ?俺と違って優秀」

「高木君も頭良いのに、そういうところずっとダラしないんだから」

「うるさいな~」

「ふふ」



 成瀬は終始笑っていた。

 俺の妹と成瀬は昔からの知り合い。

 妹の紫穂の話で盛り上がる。


 しばらく歩くと成瀬の家につく。

 最近作新高校の合格祝いとか言われて、度々真弓姉さんから晩ご飯をご馳走になっている。



「ただいま~。お姉ちゃん~高木君来たよ~」 



 成瀬が家に入るなり真弓姉さんを呼ぶ。

 家の中はシーンと静まり帰る。

 誰かいるような気配がない。



「嘘でしょ」

「どうした成瀬?」

「急用できたから帰れないってライン……」

「はは、真弓姉さんらしいな。じゃあ俺帰るわ」

「今日紫穂ちゃん来るの?」

「来る時はラインよこすように言ってるから、今日は来ないな」

「じゃあ食べて帰って。適当に作るから」

「いいよ成瀬、そこまでしてくれなくて」

「お姉ちゃんが誘ったんだから、妹の私が責任取ります」

「相変わらず頑固だなお前。じゃあ頼むよ」



 1階のリビングで待っていると、私服に着替えた成瀬が2階から降りてくる。

 相変わらず可愛い成瀬。

 私服姿に思わず見とれてしまう。



「高木君、どうしたの?」

「いや、別に」

「おかしいの。スパゲッティーで良いでしょ?」

「超好き」

「よし」



 台所で食事を作り始める成瀬。

 料理が上手な女の子は男子の永遠の憧れ。

 

 野球部では成瀬に対して好意を持つ男子は多いらしい。

 俺と成瀬は幼なじみの腐れ縁。

 太陽への気持ちも知った以上、俺から成瀬にどうこう言える立場じゃないと俺は勝手に思ってる。



「はい出来ました」

「さすが奥さん、今日も素敵な出来ばえで」

「おだてても何も出ません。私も食べよ~」

「いただきます」



 夕方。

 ちょっと早い夕食を2人で食べる。

 スパゲッティーにサラダのセット。

 単身の俺には見に余る豪華な夕食だ。



「紫穂ちゃんスマホ買ってもらったんだ」

「成瀬は紫穂と同じ部活だったもんな」

「懐かしいな~美術部。ねえ高木君、紫穂ちゃんのライン交換した?」

「したした」

「後で教えて。最近美術部どうなってるか知りたい」

「了解。変なとこ見るなよ」

「変なとこ?」

「なんでもないよ」



 俺のスマホには色々見られては都合が悪いものがたくさんある。

 食事を終えて、せめて何かしようと洗い物を一緒に手伝う。



「ふふ。何だか高木君が一緒にいるの、おかしな感じ」

「俺は昔からずっとおかしいやつだぞ」

「そうだね」

「そうなのかよ」



 気兼ねなく話し、言い合える。

 友達であれ親友であれ、成瀬との仲は悪くないと俺は勝手に思ってる。

 


「高木君が満点かぁ~ちょっと焼きもち焼いちゃうな」

「成瀬が?俺に?」

「うん。ねえ高木君。まだ中間テストの解答、全部戻ってきてないでしょ?」

「そうだな」

「数学で分からない問題あったの。教えてくれる?」

「全部覚えてるから良いぞ」

「全部覚えてるの!?」

「ああ、その、なんだ……はは」



 危ない。

 初めて見るテストの問題を、一字一句すべて暗記していたらおかしな話。

 俺だけ1ヶ月前から全力予習をしていたために、成瀬と認識の違う発言をしてしまった。


 

「ごめんね、あれだけ凄く気になってたの。クラスだと誰にも聞けなくて」

「俺なんかで良ければいくらでも聞いてやるよ」

「ありがと。じゃあ……ちょっと待ってね」



 そう言うと成瀬は小走りにリビングを出て行く。


 1階のリビング。

 テレビの前にある小さなコーヒーテーブルで成瀬を待つ事にする。



 成瀬が自分の部屋がある2階から荷物を持って1階に降りてくる。

 教科書やノートがいくつか手に握られている。


 リビングの前にある小さなコーヒーテーブルに座る俺。

 その俺の前に成瀬が座る。


 胸に本を両手で抱きしめたまま、何やらモジモジした様子。



「えっとね……」

「どうした?」

「実は……ちょっと相談もあって……」

「何でも言えよ。今日は食事もごちそうになったしな」

「うん……」



 成瀬はウジウジしながら何も話そうとしない。

 よほど言いにくい事なのだろうか?



「う~ん」

「……どうした?」

「う~ん……やっぱり……今日はやめとく」

「やめとくのかよ」

「ごめん……」

「まったく……優柔不断は相変わらずだな……よくそれで野球部の入部即決できたよな」

「あれは……生徒会誘われて……入りたくなくて」

「そうだったのか……」



 成瀬が結局なにを相談したかったのかは分からないまま。

 ただ一つ分かった事が、突然野球部に入部した理由は生徒会に誘われていた事と何か関係があったようだ。



「ごめんね高木君。そうそう、気になる問題なんだけどね……」



 普通に喋り出す成瀬。

 どうやらいつもの成瀬に戻ったようだ。

 

 胸にずっと抱きかかえていた教科書をコーヒーテーブルの上に乗せる。

 1カ月前から全力予習して同じ問題を解き続けてきた俺。

 数学の設問は完全に記憶している。


 成瀬は解けなかった問題をノートに記憶をたどって書き始める。


 いつもは眩しい成瀬の顔ばかり見てきた。


 今日の俺の視線の先は彼女の顔ではない。






 ――コーヒーテーブルに置かれたノート。




 ――テーブルに乗せられた1冊のノートに、俺の視線が釘付けになる




 ――黄色いノート。




 ――しかも俺が偶然手にした、同じ出版社のまったく同じデザイン。




 ――成瀬が黄色いノートを持っていた?





 ……馬鹿な。


 ……いや、何かの間違い。




「ここが分からないの」





 ……もし。



 ……もしこの黄色いノートが。



 ……2冊目の未来ノートだとしたら。


 




 ――自分が調べた模範解答が間違っていたから俺に聞いている?――





 あの日。

 作新高校の入試問題。


 太陽も解けない英語の長文問題。

 俺が最後に頼ったのは、他ならない目の前にいる彼女。




「高木君、またボーっとして。私の顔そんなに気になる?」




 黄色いノートを見て、俺は訳が分からなくなる。


 俺は成瀬が持っていたノートを見て、とっさに自分の未来ノートだとさえ錯覚した。

 それほど瓜二つのノート。

 こんな事……あり得るのか?



 目の前にいる彼女は、俺の昔から知っている成瀬結衣。



 俺も……



 彼女も……



 お互いに……


 

 もしも2冊目のノートが本当に存在するのなら……。


 

 勝手に想像している優等生の幻想を、お互い見つめ合っているだけだったのかも知れない。






第6章<幻想> ~完~


【登場人物】


《主人公 高木守道かたぎもりみち

 平均以下で生きる平凡な高校男子。あだ名はシュドウ。ある事がきっかけで未来に出題される問題が表示される不思議なノートを手に入れる。県下随一の進学校、作新高校特別進学部S2クラスへの入学を果たす。謎の部活、パンダ研究部に入部。


高木紫穂たかぎしほ

 主人公の実の妹。ある理由により現在は主人公と別れて暮らす。別居してからも兄を気遣う心優しき妹。中学2年生。


朝日太陽あさひたいよう

 主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。スポーツ万能、成績優秀。活発で明るい性格の好青年。作新高校1年生、特別進学部SAクラスに所属。甲子園常連の名門野球部に1年生として唯一1軍に抜擢される実力者。


成瀬結衣なるせゆい

 主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。作新高校1年生、特別進学部S1クラスに所属。野球部に所属、姉と共に女子マネージャーとなる。


岬れな(みさきれな)

 作新高校1年生、特別進学部S2クラスに所属する。主人公のクラスメイトかつバイト先の同僚。パンダ研究部に入部。


成瀬真弓なるせまゆみ

 成瀬結衣の姉。作新高校3年生。野球部のマネージャー。幼い頃から主人公の天敵。神宮司楓の親友。


神宮司葵じんぐうじあおい

 主人公と図書館で偶然知り合う。作新高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。


神宮司楓じんぐうじかえで

 現代に現れた大和撫子。作新高校3年生。野球部のマネージャー。誰もが憧れる絶対的美少女。神宮司葵の姉。


南夕子みなみゆうこ

 作新高校3年生。神宮司楓、成瀬真弓の親友。作新高校パンダ研究部部長。


北条郁人ほうじょういくと

 作新高校1年生。特別進学部S1クラス所属。生徒会との関係は?




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