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5.「未来の問題が分かるノート?」

 火曜日の朝。

 昨日も夜遅くまで作新の過去問題を解いていた。

 太陽に言われて、得点源になる英語の勉強に今日から重点を置く事にしていた。


 英語の単語を覚えなおす事から始める。

 中学3年間、まともに覚えようとしてこなかったツケが今更ながら重くのしかかる。


 学校に登校。

 クラスに入るとまだ太陽の姿は無い。

 きっとグラウンドでギリギリまで朝練をこなしているに違いない。


 学校の通路側に座り本を読んでいる可愛い女の子。

 姿勢正しく上品に座る姿に俺で無くても他の男子も思わず見惚れてしまうはず。



「おはよう成瀬」

「おはよう……高木君」



 昨日スルーして挨拶しなかった成瀬の席に一度寄って挨拶を交わす。

 俺が挨拶してくるのを予想していなかったのか、驚いた表情を浮かべる成瀬。

 すぐに返してくれる言葉と笑顔は、どこかぎこちなく感じた。


 礼儀は済ませた。

 窓側の一番後ろから1つ前の席に座る。



「おはようさん」

「おはよう朝日」



 太陽も続けてクラスに入ってきた。

 今日は太陽も成瀬に笑顔で挨拶している。

 いつまでも過去の事を引きずるようなヤツじゃない。

 太陽はそういうヤツ……そう……俺と違って。


 3時限目。

 今日も授業は午前中で終わる。

 その最後の授業は社会のGTO。

 なんでこうも連日社会が続くんだ?



「昨日の小テストを返します」



 クラスがざわつく。

 受験組にとって直近の自分の実力を図るテストに神経質にならない方がおかしい。

 いくらそれが社会の小テストとはいえ、悪い点数を取ればそれが入試に直結する時期。



「佐藤さん」

「はい」



 1人ずつ前に呼ばれてテストの結果を渡される。

 皆一喜一憂するのは、推薦組も受験組も変わりはない。



「次、高木君」

「はい」



 俺の番か。

 初めてと言って良いほど自信がある。

 こんな気持ちでテストの解答用紙を受け取るのは初めてだ。



「はい高木君。昨日は難しい問題だったけど、100点を取れたのはクラスで高木君だけだったよ」

「えっ?」

「おお~」

「凄いな高木」



 100点が俺だけ?

 嘘だろ?

 満点を取れたのが俺一人だけという事実がクラスに周知されると、クラスからどよめきのような声が響いてくる。


 テストで良い点が1人だけ取れる。

 こんな高揚感に浸れたのは初めての経験だ……。


 ただ……どうして?

 テストの類いで100点なんて1回も取れたことないのに……。

 成瀬や太陽もいるこのクラスで……何で俺だけ100点……。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「やったなシュドウ、いきなり100点とかヤバいぜマジで」

「太陽の特訓の成果が出たんだよ」

「でも本当凄いよ高木君」



 学校の屋上。

 今日も授業は午前中までだったが、今日は成瀬と太陽の3人で屋上で昼食を取ってから解散する事にした。

 太陽はこの後、学校のグラウンドで野球の自主練をみっちりこなすつもりだ。


 受験を控えてのテストの好結果。

 それも秀才の2人以上の結果を俺が出した。

 普段テストの結果が悪い俺だからこそ、成瀬も太陽も素で喜んでくれる。


 俺自身も今日のこの結果で、気持ちが少し高揚しているのは間違いない。

 喧嘩では無いが、ギクシャクしていた3人の口調も自然と軽くなっていた。

 


「あの第1問、私『三世一身法』って書いちゃった」

「俺も、だよな成瀬。あの問題文で『墾田永年私財法』は出ないって、よく分かったなシュドウ」

「えっ?ああ、たまたま……」



 2人とも第1問だけ間違えていた。

 たしかに問題文を見直してみると、むしろ『三世一身法』の方が解答に近いような紛らわしい設問に思えてならない。

 しっかりと勉強をしてきた2人だからこそ本物の正答に近い解答をしている……話を聞いていてそうも感じた。


 だが俺は絶対の自信を持って『墾田永年私財法』を解答用紙に記載した。

 『三世一身法』は心の片隅にも思い浮かばなかった。

 その解答を……過去の社会の授業を……覚えていなかったからだ。


 そういえば俺はなんで100点を取る事が出来た?

 まともに勉強を続けてきた秀才の2人が同じ間違いに辿り着いている。

 まともに勉強をしてこなかった俺は……黄色いノートに印字されていた問題を作新高校の入試の特訓ついでに事前に学習していた。


 偶然にしては出来過ぎてる……。

 でも問題がこんなにも瓜二つに丸被りする事なんて起こりえるのか?

 あの黄色いノートは一体……。



「どうしたシュドウ?」

「えっ?いや、ごめん。ちょっとボーっとしてた」

「ははは、ちょっと勉強のし過ぎじゃないのか?まあ受験まで短期決戦だし、それくらいで丁度良いのかもな」

「ちょっと太陽君、それ言い過ぎ。高木君無理し過ぎは良くないよ」

「ごめん、ありがと」



 もしかしてあの黄色いノート……。

 まさか……いや、そんなはずあるわけ無い……。


 ただの結果論に過ぎないかも知れない。

 それでも一字一句。

 すべての問題がまったく同じ問題だった……。

 


 ――どうしてもこの考えに至る。



 ――あの黄色いノートには、俺が昨日受けるはずだった社会の小テストの問題が事前に書かれていた。



 ……はは、馬鹿馬鹿しい。


 そんな事本当にあったら、誰だって100点取れちゃうじゃないか。


 それに偶然は他にも重なっていた。


 あの黄色いノートに仮に未来で出題されるはずの社会の小テストが載っていたとしても。

 あのノートには模範解答が書かれてはいなかった。


 だから俺はおとといの夜9時の時点で問題を解き始めたが解答が自力では分からず、結局1時間近くを費やして教科書を読み漁り解答に行き着いた。


 さっきの成瀬と太陽の話では、もしかすると本当の解答は『三世一身法』が正答なのではないかと疑いすら持ち始めた。


 あのGTOがいい加減な小テストを作ったんじゃないのか?

 たまたま正答できた俺が1人いたから、わざわざクラスのみんなに聞こえるように100点取れる問題だとわざわざ周知した可能性もある。


 俺は教科書から正答と思われる解答を拾った……。

 その結果が100点。

 

 やり方も。

 答えの行きつき方も。

 成瀬や太陽ともまったく違う。


 それでもこれまで勉強してこなかった俺が100点取れたのは。

 間違いなく……あの黄色いノートのおかげだ。



「じゃあ成瀬、シュドウ。悪いけど今日は俺が先に抜けるわ」

「えっ?あ、ああ。頑張ってこいよ太陽」

「太陽君……頑張ってね」

「……ああ、成瀬。じゃあなシュドウ」

「おう」



 購買で買ったパンを食べ終えると、太陽はそのまま屋上から姿を消してしまった。


 ……しまった。


 ボーっとしてる間にいつの間にか太陽だけいなくなっちゃったよ。


 俺の隣に成瀬しかいなくなってしまった。

 気まず過ぎる。



「高木君、今勉強頑張ってるんだよね」

「うん……」

「そっか」



 マズい。

 マズすぎる。


 いつもだったら飛び跳ねるほど喜ぶべき時間なのに、こと今ここに至っては気まずさしか感じない。


 つい先日太陽に想いを告白した隣にいる成瀬と、俺がどのツラ下げて楽しくおしゃべりしろって言うんだ。


 ……会話が続かない。



「……高木君。私もさ」

「う、うん」

「あんまり力にはなれないかも知れないけど……勉強で分からない事とかあったら、遠慮なく聞いて」

「あ、ありがと。本当、それ助かる」



 成瀬は超が付くほど真面目な性格だ。

 よく気が利くし、相手を押しのけてまで自分を主張したのは、後にも先にも先日の告白の一件あの日限りだ。



「本当ごめんね、私のせいでギクシャクしちゃって……」

「いや、もう謝らないでよ成瀬。太陽だってそう思ってる」

「うん……そうかな……」



 成瀬は3人の関係を壊してしまった事をとても後悔しているはず。

 それはあの告白をする前に、十分過ぎるほど思い悩んだはずだ。



「成瀬……あの……さ」

「うん、なに高木君?」



 ……駄目だ。

 思わず聞こうとしてしまった。

 今でも太陽に対する想いは変わらないのか……と。



「いや、その……俺も勉強するわ。もう行かないと」

「うん……分かった」


 思わず聞きかけて、すぐに受験勉強という太陽がひいてくれた逃げ道にへと逃げ込んだ。

 危ないところだった。

 太陽との仲を聞きかけてしまった……。



「じゃあ成瀬、また明日」

「うん、高木君も頑張ってね」

「お、おう」


 

 昨日に比べて、笑顔で返す成瀬の表情から硬さがほぐれている感じがした。

 いつだって、どんな関係になっても、彼女の優しい笑顔に思わず惹かれそうになってしまう。


 彼女の笑顔から目を背け、先に屋上から去る自分がいる。

 俺は一体何がしたい?

 

 今一番分からないのは、成瀬の気持ちでも、太陽の気持ちでもない。

 一番分かっていないのは、俺自身が何をどうしたいかだ。


 

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