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49.「心のキャッチボール」

「今日はお疲れ様でした~」


 

 作新高校のある最寄駅に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 部長の掛け声で解散。

 先輩の家は作新高校に近い事もあり、高校から徒歩0分の家にある神宮司は南先輩と一緒に帰る事になる。


 岬の事情を知ってる俺は、自宅のマンションまで送る事にする。



「ごめんね」

「良いよ別に。まさかこんなに遅くなると思わなかったからな」

「ふふ、そうだね」



 今日は私服の岬。

 夜道は不安なのか、いつも通り俺の服の袖を掴んで離さない。

 最近女の子と並んで歩く機会がとても増えた気がする。

 人畜無害のパンダな俺に、女の子たちは警戒心を抱かないらしい。



「岬があそこまでパンダ好きだったとは知らなかったよ」

「うるさいし」



 余計な事を言うとハリネズミのトゲがすぐにピンと突き刺さる。



「岬はパンダのストラップどこ付ける?」

「スマホ……」

「マジか……あれ微妙にデカいし、ズボン入れにくいんだよな」

「はは、たしかに」



 南先輩の独断と偏見で購入されたパン研部員共通ストラップ。

 スマホに付けたら最後、ズボンに入れたスマホを出し入れしづらい事この上ない。



「あんた順番待ちの時まで勉強してるし」

「いいんだよ俺は、頭悪いんだから」

「そういうとこストイックよね」

「別にそんなんじゃないよ。楽しむ時は楽しめたし」

「ふ~ん」



 夜の駅前から中央通りを進む。

 行き交う車のヘッドライトが辺りを照らしては遠ざかっていく。



「部活?まあ、図書館で自習も出来るし……しばらく続ける」

「ふ~ん……じゃあ私も」

「お前部長とフィーリング合うよな。いつも何話してんだ?」

「秘密」

「へいへい」



 基本パンダの話しかしない部長。

 南先輩と岬がパンダの話をしているのは容易に想像がつく。

 きっと1日に食べる竹の量でも議論しているに違いない。



「あのさ……」

「おう、どうした?」

「私さ……昔付き合ってた彼氏、何人かいて……」

「あ、ああ……お前可愛いから、いそうだなたくさん」

「うるさいし」

「悪かったって。それでどうした?」

「……つきまとってるの……多分昔の彼氏」

「そう……か……。最近はどうだ?」

「あんま見ないかも。あんたのおかげ」

「そうか」



 こうして家に送っていくだけで役に立てているならそれで十分だと思う。

 この子とは高校に入学してから何かと縁がある。

 時には俺の事を助けてくれた本当にいいヤツだ。


 彼女が俺に本心を話してくれるのは、少しは信用できる奴だと思ってもらえているのかも知れない。


 岬の自宅マンションに到着する。

 いつものように1階で別れる。

 別れる際に手を小さく振る岬の姿を見送り、俺は次の約束へと向かう事にした。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 

「ようシュドウ」

「太陽」



 太陽の家の近くにある小さな公園。

 公園に1つだけある街灯が辺りを照らす。

 ベンチに腰掛け、近況を報告する。



「ははは、今日は部活で動物園か。楽しそうだな」

「目の前でパンダ2時間眺めてから言ってみろって。さすがに飽きるぞ」

「ははは、違いねえ」



 太陽は今日、野球部の紅白戦に汗を流したようだ。

 夏の甲子園の地区予選まで残り2カ月。

 主力となるピッチャーは学年を通じて3人に絞られる。



「――残り1枠か」

「まあな。3年生で2枠すでに決まってる。残りを俺と2年の先輩のどちらかってところだな」

「また試合とかあるのか?」

「来週。俺も投げる」

「厳しいな」

「まあな」



 実力主義の体育会系。

 太陽の今の立ち位置は、ピッチャーとして残された1枠に選ばれる事。

 甲子園に向けた地区予選で投げさせてもらえなければ、楓先輩を甲子園に連れて行くどころの話ではなくなる。



「グラブ?新しいやつかそれ」

「おう。甲子園用に新調した。ほら、ここに刺しゅう頼んでてさ」

「克己心か……お前らしいな。ピンチの時とか見るやつだろ?」

「まあな。シュドウ、ちょっとキャッチボールしようぜ」

「無理だよ俺」

「はは、そんな速く投げねえよ」


 

 新しくグラブを買った太陽。

 以前まで使っていたグローブを俺に渡す。

 夜の公園でキャッチボールを始める俺たち2人。



「どうなってんだ楓先輩とは?」

「今日話せた。約束ちゃんと覚えててくれた」

「マジか。後2カ月か」



 緩い球を俺に投げてくれる太陽。

 キャッチボールなんて小学生以来だ。



「シュドウ、お前と同じ高校通ってこんな事出来るなんて思わなかったよ」

「俺もだよ」



 見る事が無かった夢の続き。

 それを今俺は見る事が出来ている。

 未来ノートの力を使って。



「シュドウ、お前はどうなんだ?」

「何が?」

「結衣だよ結衣、な・る・せ」

「ああ……」



 未来の問題を解くために、俺は1日の大半をこれまで費やしてきた。

 突然勉強を始め、心に余裕がまったく無くなっていた。

 俺は今、未来ノートの力を使う罪悪感にも支配されている。



「正直分からない」

「好きじゃなくなったのか?」

「そうじゃないけど……付き合いたいとか、そういうのとは違う気がする」

「そうか……結衣のやつ、野球部で結構人気だぞ」

「そう……なのか」



 部活が違う事もあり、野球部で太陽と成瀬がどうしているのか知る由もない。



「告白?甲子園行ったら付き合えって……それお前と一緒じゃないかよ」

「ははは、何か最近流行りだしちゃってよ」

「どんな流行りだよ……知らなかった」



 成瀬は男子たちから人気があるようだ。

 すでに何人か告白したやつもいるらしい。

 決まって決めゼリフが太陽と同じセリフ。

 楓先輩がその条件にオッケーを出した事がすでに野球部内で伝説的に語られマネする人間がいるようだ。


 キャッチボールをやめて再びベンチに2人で座る。

 太陽は言葉を選びながら、俺に優しく語り掛ける。



「シュドウ、俺は後悔のない生き方をしたい」

「いつもやる時は全力だろ?」

「ああそうだ。だから俺は成瀬のあれは断った。あいつには悪い事をしたが、楓先輩は俺の目標そのものだ」

「そこまで言い切れるのが凄いよお前は……その方が結果がどうなっても納得できそうだな」

「そうだ。だからな」



 ベンチから立ち上がる太陽。

 甲子園用の新しいグローブを手に、力強い視線で俺を見る。



「お前も後悔のないように生きろ。俺たちまだ高1だろ?いくらでも失敗は出来る」

「先生みたいな事言うな……俺は……」

「作新に入れたお前は凄いぞシュドウ。次は行くんだろ、S1に」

「ああ、成瀬と約束したからな」

「そこまで上がれたらお前は本物の男だよ。いいんじゃないのか?少しは自分を主張しても」

「そう……かな」



 太陽はいつも裏が無い。

 まっすぐ前だけ見つめて毎日を過ごしている。

 俺とは本当に正反対の性格。

 

 太陽は俺が未来ノートを使っている事を知らない。

 それは成瀬も同じ。


 作新高校の生徒という周りから評価される俺の偶像が独り歩きする。

 周りから見られる表の自分の姿と、内側にいる裏の自分。

 どっちが本当の自分なのか、次第に分からなくなってきた。


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