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37.第5章<奇妙な関係>「訪問者」

 臨時に実施される事となった特別進学部に在籍する全生徒への手荷物検査。

 校則で定められた正当な抜き打ち検査。

 学校側の正規の事務であり、それに従うのは生徒の義務。


 学校サイドに悪意は無い。

 不正行為の蔓延防止は、構内の風紀と秩序を維持する必要な行為。


 意思決定の過程を不服に思う一部の生徒の気持ちとは裏腹に、当然あるべき白い結果は覆され、S1クラスの1名からスマートフォンによる問題検索の不正行為が発覚した。


 中断していた中間テストは、午後から時間をズラして再開される事が決まる。

 それと合わせて午前中の残り時間、特別進学部の各教室では、担任の先生による今回の抜き打ち検査の経過と不正防止の指導が行われた。


 抜き打ち検査が行われた今回の事態。

 去年の作新高校で、ある問題が発生した。


 電子機器によるテスト中の検索行為。

 それが去年、S2クラスの生徒によって行われていた事実。


 再発防止策として今年から学校では、臨時で手荷物検査を実施する事が決められていた。

 今回の手荷物検査がその初めての実施。

 真っ先に実施されたのが、S2クラスの生徒の俺だった。


 結果は誰しも予想していなかった、推薦入学を果たしていたS1クラスからの不正行為者の発覚。

 名前も顔も知らない誰かが、午後からの中間テストを受ける資格を失ったようだ。


 担任の先生からは、臨時で行った事への謝罪が行われた。

 実際に不正行為者が生徒側から出た事で、岬れなも含め、S2クラスの生徒から反論をのべる者は誰1人いなかった。



 窓側の席から俺の席に近づく生徒。 

 怒ったような表情を浮かべる岬れなの姿があった。



「あんたさ」

「なんだよ……」

「いつものあんたなら、もっと言い返してたじゃん」

「いつもの俺?」

「言いたい放題言われて、いつものデカい口どこいった?」



 やましい事をしている自分には反論する事が出来なかった。

 最初はそうだったが、検査官からは電子機器の所持にまで話がおよんだ。


 彼女は俺の事情を知って先生に意見してくれた。

 その一言で俺はどれほど救われたか分からない。



「ありがと岬」

「なに」

「お前が俺だけ疑われてるの助けてくれて、俺凄く救われた」

「うるさいし」

「岬、お前いいやつだよな」

「馬鹿じゃん!」


 

 岬に対する印象が少し変わった。

 彼女は本当にいいやつだと本心で思う。 


 担任の話が終わり、お昼休憩が始まる。

 この後午後から中断していた中間テストが再開される。 


 特別進学部、S1やS2クラスもピリピリとした空気に包まれていた。

 俺が最初に疑われた事実を知らないであろう太陽や成瀬。

 今日2人もその雰囲気を察して、俺のいるS2クラスに足を運ぶ事は無かった。



「高木、おい高木」



 教室の後ろの入口から俺の名前を呼ぶ声がする。

 声がする方を振り向くと、成瀬の姉、成瀬真弓の姿があった。



「大変だね1年生、みんな凄いピリピリしてる」

「そうなんですよ姉さん……」

「どうした高木、何か嫌な事でもあった?」

「え、ええ。でもこの後テストありますから、切り替えて頑張ります」

「そうね……はい、これ食べて頑張れ。もちろん作ったのは、私じゃなくて結衣ちゃんだからね」



 その手には使い捨てパックに入った弁当。

 いつも成瀬の作ってくれる俺の弁当。


 成瀬の姉さんと話して、少し気持ちも楽になる。

 お弁当を受け取り席に戻ろうとすると……岬が俺の席にいた。

 イスまで持ってきて……何を始めたこの子?



「あんたに説教」

「俺に?何の罪だよ」

「もう少し男らしくしろし」

「服がダサいって事?」

「あんた馬鹿でしょ!」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 中間テストの1日目が終了する。

 テストは2日間行われるため、今日と明日はバイトのシフトを入れていない。

 テストに集中したい事もあったし、来週には申請していた奨学金の振込が銀行口座に振り込まれる。


 作新高校の生徒が利用できる奨学金制度。

 無償の給付型、家庭の経済事情によって上乗せされた金額が付与される。

 とてもありがたい制度の反面、初回支給が5月と連休明けになる事から、制度の使い勝手が悪い。


 合格が決まってからの5月中旬までのこの期間、親族からお金を借りて生活する生徒も多いと聞く。


 家に帰り、誰もいないアパート。

 俺はアパートに1人暮らし。

 まだ昼間に家に帰ってくるのは珍しい。

 バイトも無いし、図書館に寄る事も無かった。


 病気を患っていた俺の母親は、俺が小学生低学年の時に他界した。

 物心ついた時から入院生活を送っていた俺の母親。

 そんな事を知らない子供の俺は、母親が自分の家にだけいない事をただただ寂しく感じていた。


 母が他界した後、中学に上がる頃には父親は別の女性と再婚。

 父親と妹は再婚相手と市内の別の家に住んでいる。

 新しい母親を受け入れられなかった俺だけ、元々いたこのアパートに1人で暮らす事にした。


 父親は悪い人ではない。

 机の上に置かれた通帳。

 今でも父親から毎月ちゃんとお金は振り込まれてくる。


 たまに様子を見に来る父に、俺は元気だと毎回答えている。

 お互いに干渉しない。

 それが今の俺と親との関係。


 再婚した女性と子供をもうけた事は知っている。

 父親にとっての家族は、もうあちらの新しい家庭のはず。

 この前会ったのは去年の冬。

 作新高校に合格した事を、父親はまだ知らない。



(ピンポ~ン)



 俺の家には珍しい訪問者。

 一体誰だ?



「ようシュドウ」

「太陽か。部活は?」

「今日はミーティングだけ。ほら結衣」

「高木君、ごめんね突然」



 太陽と成瀬が俺の家を訪ねてきた。

 テスト期間中の2日間は野球部も休みのようだ。

 お互い明日は中間テスト2日目が控えている。



「ちょっとだけ良いか?」

「ああいいよ、2人とも上がって。本当何もないけど」



 2人が俺の家を訪ねるのは珍しい。

 当然今日の特進部での騒動について話になる。



「シュドウ大丈夫かお前?」

「大丈夫って……」

「聞いたよ高木君、最初に検査の人に机の中とか見られたんでしょ?」

「結局全員見られたから、別に俺だけ特別ってわけじゃないよ」



 最初に疑われたのは事実。

 いい気もしないし、実際に不正行為をおこない連れて行かれた生徒もいる。


 成瀬もショックを受けている様子。

 S1クラスの様子を聞く事を、俺と太陽は控えた。

 もしかすると俺がその子になっていたかも知れない。

 未来ノートの存在は、それだけ俺に危うい危険をはらませている。


 

(ピンポ~ン)



「えっ?」

「誰か来たぞシュドウ」


 

 重ねて俺の家に訪問者は珍しい。

 太陽と成瀬は幼馴染。

 俺が住んでいるこのアパートの場所は当然知ってる。

 

 逆にこのアパートを知っている人間は少ない。

 俺の家に訪問者は限られる。

 ドアを開ける。



「お兄ちゃん」

「げっ!?紫穂(しほ)





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「本当久しぶりだね紫穂(しほ)ちゃん」

「成瀬先輩お久しぶりです。その、朝日先輩も……」

「おい紫穂。ここ来るなって言ってるだろ?」

「お兄ちゃんがこっち来てくれないからでしょ?」



 高木紫穂(たかぎしほ)

 中学2年生の俺の実の妹。


 

「なんでお兄ちゃんが朝日先輩と同じ制服着てるの?」

「コスプレしてる風に見えるか?作新高校の生徒だからに決まってるだろ」

「嘘でしょ!?それ私聞いてない」

「おいシュドウ。お前紫穂ちゃんに言ってなかったのか?」

「言うも何も、最近会って無かったし」

「それダメだよ高木君」



 父親が再婚した母と一緒に住む俺の妹。

 スマホをもっていない俺の家に、度々訪ねてきていた。

 

 しばらく会っていなかった事もあり、進学先すら言う機会が無かった。

 再婚した父親と疎遠になったのも影響し、実の妹との関係も薄れていた。



「嘘ですよね成瀬先輩。お兄ちゃんの成績で作新高校合格なんて」

「それがね……本当なの」

「なんでそんな切なそうに言うんだよ成瀬」



 突然の妹の来訪。

 思い立ったようにいつも突然家を訪ねて来る。

 来るとは言っても年に何度か。

 特に紫穂が中学生になってからは、その頻度は少なくなっていた。



「大丈夫かなって来てみたら、いつの間にか偉い高校通ってるとか信じられないよ」

「紫穂、俺が作新高校行ってるなんて夢にも思わなかっただろ」

「うん」

「即答かよ」

「ははは」



 太陽を交えて妹と話をしていると、成瀬が立ち上がり台所にある冷蔵庫を勝手に開ける。



「高木君、大変」

「どうした成瀬」

「冷蔵庫空っぽだよ」

「大きなお世話だよ」

「ははは」


 

 お茶でも入れようとしたのか、台所をあさる成瀬。

 俺の家の台所に何も無い事に絶望している様子。



「本当に何も無いなんて……」

「成瀬先輩。お兄ちゃんの家ですからこんなもんですよ」

「そうね……」

「お前ら、俺の事、絶対馬鹿にしに来ただろ」



 妹が訪ねてきて、昼間の不正行為問題で沈んでいた部屋の空気が明るくなる。



「ちょっと買い物してくるね」

「成瀬先輩、私も行きます」



 女子2人が俺のアパートを出て行く。

 お菓子でも買いに行ったのかも知れない。

 太陽と2人になる。



「今日はとんだ騒ぎだったな」

「ああ……」

「どうしたシュドウ?何かあったか?」

「実は……」



 未来ノートの話は当然できない。

 俺は電子機器の所持を疑われ、検査官に質問攻めにあった事を太陽に話した。



「信じられねえ事聞くな」

「まあ……な」

「納得はできねえが……今時スマホも持ってない高校生はかなりレアかも知れないな」

「たしかに……来週には奨学金も入るし、格安スマホとか探してみようかな」

「良いかもなそれ」




(ピンポ~ン)



「おっ、成瀬たち早かったな」

「なんでわざわざチャイム鳴らすかなあいつら」



 いちいち帰る度にチャイムを鳴らすとか、面倒な事を……。

 ドアを開く。

 扉を開けた先に待っていたのは、黒髪の姉妹の姿だった。



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