36.第4章最終話「不正発覚」
4月入学後実力テストが終了し、中間テストの勉強を開始してから1カ月の時が経過した。
太陽は前回の試合で負け投手となったものの、そのまま1軍のレギュラーとして野球部の練習で汗を流している。
成瀬は結局野球部のマネージャーとして、お姉さんと同じ野球部へと入部した。
姉さんが強く勧めた事もあったし、1軍でレギュラーを張る太陽が背中を押した事も大きかった。
真面目な成瀬は姉さんの成瀬真弓と一緒に、早朝から練習を開始する野球部に帯同。
勉強と部活の二足の草鞋を履く成瀬姉妹。
成瀬の姉さんから半ば強引に、毎週金曜日の夜は成瀬の家で度々食事をご馳走になっていた。
作新高校の入学式で一度会っていた成瀬の両親も同席する。
小学生からの馴染みであり、俺が作新高校で頑張っている事をとても喜んでくれていた。
成瀬姉妹が高校生活を満喫していると話す食卓の端で縮こまる俺。
隣町の公立高校へ進学していれば、こんな機会は訪れる事は無かっただろう。
作新高校の生徒という世間の評価と信用を感じる瞬間。
学歴という勲章は、この日本という国では俺が思っている以上に大きな影響力があるらしい。
太陽と成瀬。
2人が野球部に所属した事で、早朝俺がバイトするコンビニに顔を出す事は無くなった。
それでも俺は2人が目的と目標を持って頑張っている事を、とても嬉しく感じていた。
初めて神宮司の家に行って以来、度々妹の神宮司は俺に家に遊びに来ないかと誘うようになった。
『源氏物語』の続きを読む理由が無くなった事もあり、中間テストの勉強を理由にそれを断り続けている。
『う~ん、そっか。じゃあテスト終わってからだね』
『なにがだよ』
中間テストが終わったら、俺がすっかり遊びに行くものだと勘違いしている神宮司。
テストに向けてそれどころでは無いと言うのに、テストが終わった後の事を考え俺は戦々恐々としている。
ゴールデンウィーク。
太陽と成瀬は部活で時間を過ごし、俺はずっと勉強とアルバイトをして過ごした。
ゴールデンウィークの期間中、クラスメイトの岬はバイト先に来る事は無かった。
「おはよ」
「ああ。岬、おはよう」
岬れな。
ハリネズミだった女の子は、5月連休をあける頃から、最近朝あいさつを交わす仲になっていた。
『はいこれ』
『お土産とか嘘だろ岬……東京タワーかこれ?』
『エッフェル塔……馬鹿じゃん』
まったく期待していなかったお土産を持って帰って来てくれた岬。
塔の形をしたチョコレートは、口の中で一瞬にして溶けていった。
語群選択問題によって、満点こそ取れた実力テスト。
英語の長文問題、国語の筆記問題。
模範解答の無い未来ノート。
解答のポイントがズレていたのか、授業の小テストで次第に俺は満点を取る事が出来なくなっていった。
93点、91点、88点。
決して悪い点数では無い。
次第に迫るS2クラスの成績上位者の足音。
実力テストで満点を取れている、いわば貯金を俺は使い果たそうとしていた。
塾で現代文や英語の長文問題に対して、塾側が長年の作新高校の過去問を分析して作成したであろう類似問題を延々と学習しているクラスメイト。
小テストで俺を上回る高得点を取られた時に、俺はふたたび総合普通科への転落が頭によぎるようになっていた。
S1クラス昇格の条件は、S2クラスで最上位に入る事はもちろん、S1クラスの下位2位よりも高い点数を確保する必要がある。
地理や日本史のように、あらかじめ調べておけば得点に繋がる問題も、S2クラスの生徒たちには容易に答えられてしまう。
難問の多い中間テストの成績が、俺に取って重要な意味を持つようになっていた。
落とせない。
ここで成績を落としてしまえば、S1クラスへ昇格なんて言っている場合じゃなくなる。
不安と焦りが俺の心を支配する。
怯えるように俺は、未来ノートの問題を解き続けた。
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5月中旬。
対策を重ねてきた中間テストの日がやってきた。
ここまでの授業の小テスト。
予習が上手くいかず、点数をかなり落としてしまっていた。
この中間テストで点数が崩れるような事があれば、成瀬のいるS1クラスに上がる事は不可能だ。
俺は教室の後ろにあるロッカーにカバンを入れる。
四角い正方形のコインロッカーのような形。
カバンや教科書、副教材までしまえるよう、生徒1人1人に割り当てられている。
鍵もかかり、貴重品をしまう生徒も多い。
電子機器の取扱は校則でも決まっており、普段はこのロッカーに電源を切ってしまっておく事になっている。
「では、テストを始めて下さい」
中間テストが始まる。
現代文、第1問から難解な漢字問題が出題される。
そういえば次の全国模試、現代文漢字問題の第1問は「憂鬱」……いけないいけない、今は中間テストに集中しないと。
中間テストの現代文、第1問の漢字問題は「薔薇」。
何度も何度も、俺はノートに書く事を繰り返す。
いざ本番で書けなければ、未来ノートがいくら未来の問題を見せてくれても何の意味も無い。
未来ノートは未来の問題しか見せてくれない。
それを調べて解答する、とても回りくどい作業。
模範解答を調べた後、俺はひたすらその問題を本番でも解答できるように繰り返し暗記と解法の習熟にいそしむ。
すぐに記憶できる人間ならいい。
俺にはこの問題を解答するためにとてもたくさんの労力と時間を要する。
「はいそこまで。それでは答案を回収します」
解答用紙を回収していく先生と試験官。
おかしいな?
テストが始まった時には先生1人だったのに、テスト終了と共に教室の後ろに2人も試験官が現れる。
実力テストの時にはこんな事は無かったのに……。
試験官2人が突然俺の席の両脇に立つ。
まるで退路を塞がれたような扱い。
先生が一番前から俺の席に来てこう言い放った。
「手荷物を検査します。席を立ちなさい」
嘘……だろ……。
なんで……。
未来ノートがバレたのか?
S2の教室がザワつく。
まるで不正行為を疑われているような扱い。
「机の中を確認させてもらうよ」
現代文の先生と試験官2人が俺の机の中を確認する。
当然何も入っていない。
まるで犯罪者扱い。
何が。
何がどうなってる?
「ポケットの中の物を出しなさい」
「……はい」
この先生と試験官。
俺の手荷物を徹底的に調べるつもりのようだ。
なぜ……。
なぜ俺だけ調べられる?
やはり……。
未来ノートの存在がバレたのか?
ポケットの中にはハンカチが1枚。
試験官はハンカチを開き、中を確認して俺に戻す。
「次はロッカーの中だ」
「えっ?」
「なんだ、見せられないのかね?」
マズい。
未来ノートが見られる。
もし中身を見られれば、今受けた問題はおろか、次の数学の試験問題まで見られる。
終わったテスト問題は消えているかも知れない。
この後控える全国模試の問題だって印字されている。
なんで……。
なんで突然俺だけ……。
開けないわけにはいかない。
教室の俺のロッカーだけ確認される。
カバンも出され、中に入っているものを机の上にすべて出すよう命令される。
当然……黄色い未来ノートも机の上に出す。
教科書や副教材一式が俺の机の上に置かれた……。
先生と試験官が未来ノートの中身を見れば、俺は何て言い訳をすればいい?説明できない。
……試験官が。
………黄色いノートに向かって。
…………手を伸ばしている。
「スマホやパソコンをロッカーに仕舞っていないのはなぜだ?」
「えっ?」
思いがけない質問だった。
もう終わりだと、全身から冷や汗が噴き出していた。
最初聞かれている意図が分からず戸惑っていた俺。
業を煮やした試験官が、何度も同じ質問を繰り返し怒り始める。
電子機器はロッカーに仕舞う決まりになっている。
検査官はノートなど気にも止めていない。
電子機器の所在ばかりを質問される。
スマホか何かで問題を検索してないか確認してるフシが感じられる。
「スマホもパソコンも持ってません」
「そんな生徒がいるわけないだろ」
「高くて買えないんです。俺の家、お金無くて……」
「そんな嘘を今つくんじゃない」
こんなくだらない話をクラスメイトの前でしないといけないなんて……。
突然。
窓側の席から大きな音が聞こえる。
イスがひっくり返るほどの勢いで立ち上がった生徒が1人いた。
……岬れなだ。
「こいつだけ手荷物検査とか、私らも点数取れたらされるって事?」
「そういうわけでは」
「ほら、そうじゃん」
あんなに怒っている岬を俺は初めて見た。
彼女は、俺のために怒ってくれていた。
「そいつ金無いの知ってるし。私バイト先同じだから、連休中もずっとそいつバイト」
「君は少し黙っていなさい」
「何をしている?」
「理事長」
理事長?
このおじさん、どこかで見たな……。
理事長と言われた人の登場にS2クラスがシーンと静まり返る。
もう次の数学のテストの開始時間のはず。
廊下の外に数名の教師がS2クラスを覗き込む。
その他の生徒の姿は見られない。
試験官と理事長と呼ばれた人が何やら話をしている。
「――中学校の内申からはあり得ない成績でして」
「――私は何も聞いておらん」
なるほど、俺だけ手荷物検査されてる理由が分かった。
中学校の内申点、3年間のテスト結果、全部この高校に筒抜けになってるって事だな。
知ってる人から見れば、信じられない結果に不正行為の懸念を抱くのは当然。
職員室の中で何が話し合われていたのかは分からない。
検査官が2人もいるのは、俺の手荷物を検査するためだろう。
「――調査は正式なものです。抜き打ちでなければ意味がありません」
「――特定の生徒を調査する事が本当に必要だったのかね?」
先生は理事長と呼ばれる人と話を続ける。
俺はその間も検査官から色々な質問をされる。
結局未来ノートの存在には一切気づかれる事は無かった。
文具やノートには目もくれない検査官。
むしろ電子機器によるカンニング行為を疑われ続け、スマホやパソコンを家庭に保有していない事を再三疑われ続けた。
俺の心情は最悪だが、持っていないものをありますとも答えられない。
検査官が俺にその事を問い詰めていると、理事長が直接俺の席までやってきた。
「この子に何を聞いている?」
「はい理事長。高木君がスマホやパソコンは家庭にも一切無いと言い張るものでして。特別進学部の生徒に、今までそんな生徒は一人も」
「馬鹿もんが!」
俺は悔しさとやるせなさがつのり……涙を流してしまう。
電子機器によるカンニング行為を疑われていた以上に、そもそも電子機器を所有していなかった事をみんなにさらされた事が悔しくて仕方がなかった。
「この前は夜遅くまでよく勉強を頑張っていたね。私は君が図書館でしか勉強できない理由を知っている」
「……あまり聞かれたくありません」
「これでは平等の我が校の理念に反する。やってしまったものは仕方がない。やるなら全員確認しなさい」
「かしこまりました理事長」
臨時でテストの実施された特別進学部全生徒に対して抜き打ちの手荷物検査が実施される。
S2クラスの全生徒も、俺と同じく電子機器の不正所持が無いか確認が始まった。
S2クラス全員、スマホや電子辞書がロッカーに仕舞われている事が確認されると、理事長、2名の試験官がクラスの外へと出て行った。
先生はしばらく席での待機を命じる。
S1クラスとSAクラスの手荷物検査が終わるのを、俺たちS2クラスの生徒は待つ事となった。
俺がやましい事をしているから。
未来ノートという、とてもおかしな不正行為。
不正行為を疑われた時、俺はとっさに自分の不正行為発覚と勘違いし、頭が真っ白になった。
電子機器での検索行為なんて、思いもよらない疑いだった。
――未来ノート、その力の代償――
常に不正行為をやっている。
その感情に支配され、その発覚を恐れ続けなければいけない恐怖。
俺はあの黄色いノートを持ち続ける限り、その十字架を背負い続けなければいけない。
突然。
隣のクラスからどよめきが聞こえる。
そのどよめきにS2のクラスメイトたちも驚きの表情を浮かべている。
事件が起きた。
不正行為の発覚だった。
S1クラスの生徒に、教室への持ち込みが禁止されているはずのスマホをズボンの中に隠していた生徒が見つかった。
スマホを確認すると、漢字の問題を検索サイトで調べていたページが表示される。
そもそもスマホを持っていなかった事で、皮肉にも俺の潔白は証明された。
第4章<力の代償> ~完~
【登場人物】
《主人公 高木守道》
平均以下で生きる平凡な高校男子。あだ名はシュドウ。ある事がきっかけで未来に出題される問題が表示される不思議なノートを手に入れる。県下随一の進学校、作新高校特別進学部S2クラスへの入学を果たす。
《朝日太陽》
主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。スポーツ万能、成績優秀。活発で明るい性格の好青年。作新高校1年生、特別進学部SAクラスに所属。甲子園常連の名門野球部に1年生として唯一1軍に抜擢される実力者。
《成瀬結衣》
主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。作新高校1年生、特別進学部S1クラスに所属。
《岬れな》
作新高校1年生、特別進学部S2クラスに所属する。主人公のクラスメイトかつバイト先の同僚。
《成瀬真弓》
成瀬結衣の姉。作新高校3年生。野球部のマネージャー。幼い頃から主人公の天敵。神宮司楓の親友。
《神宮司葵》
主人公と図書館で偶然知り合う。作新高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。
《神宮司楓》
現代に現れた大和撫子。作新高校3年生。野球部のマネージャー。誰もが憧れる絶対的美少女。神宮司葵の姉。
 




