35.「ボディーガード」
あの図書館に、俺の周りにいる人で行く事が出来た人間。
野球部は練習している時間帯、野球部の関係者はここには来ない。
成瀬姉妹の成瀬真弓と成瀬結衣。
この2人、姉はマネージャーとして、成瀬は野球部の手伝いをしている時間のはず。
選手である太陽も同じ話。
クラスメイトの岬れな……彼女は検索できる立場の生徒。
いやいや、考え過ぎだって。
考える範囲が狭すぎる。
対象者はほぼ全学生生徒、総合普通科の生徒だって含まれる。
俺と一緒にいた神宮司姉妹だって……神宮司葵と神宮司楓……。
あの時間……図書館いたな……俺と一緒に。
黄色いノートをどちらかが持っていたし……いや、考え過ぎ。
あの2人に限って俺みたいなやましい事。
「顔キモ」
「え?誰がカッコいいって?」
「死ねし」
バイト先のレジの中。
俺と並んでレジに向かう、クラスメイトの岬れな。
図書館の共用パソコンで検索されていた全国模試の第一問目の解答が気になり、バイト中に集中力を切らしてしまっていたようだ。
「それよりお前……なんでこの時間にバイトしてる?」
「……」
「回答拒否かよ」
岬れな。
彼女は夜道が苦手なはず。
勝気な性格だが、そういうところはちょっと女の子らしい。
別に馬鹿にしているわけでもない。
俺がおかしいと思っているのは、夜にかかるこの夕方からの時間帯にわざわざシフトを入れた事。
「旅行……」
「えっ?」
「そろそろゴールデンウィーク」
「ああ、そうだったな……それが理由?」
旅行目的でバイトをしている。
普段クラスメイトとツルまない彼女が、何か目標金額を立ててバイトを始めていたようだ。
確かにそろそろ4月も終わる。
俺はゴールデンウィークの予定など無いが、彼女はそれを目標にして働いていたようだ。
ん?
ちょっと待て。
もう後2週間ちょっとしか無いから、それで夜のシフトも入れてきたのは分かった。
肝心の疑問が解消されない。
「お前、今日どうやって帰るつもりだ?」
「あんたいるし」
「俺はお前のボディーガードかよ。兄ちゃんいるんだろ?」
「あんなの知らないし」
やはり野球部の兄とは仲が悪いようだ。
「親に頼めよ、近いだろ?」
「……」
「あっ、お前。親に1人で大丈夫って説得してるから頼めないんだな」
「うるさいし」
どうやら図星のようだ。
このコンビニは岬の家から凄く近い。
日中普段は明るい中央通りをまっすぐ進めばこの子の住んでるマンション。
10分もかからない距離。
今日もハリネズミはトゲがピンピン立っている。
俺の心にグサグサとトゲが刺さりながら、あっという間に仕事の時間は終わる。
「外で……待ってる」
「お、おう……」
待ってるとか女の子に言われるとドキドキしてしまう。
夜道が苦手な彼女の事情を知っているし、クラスメイトなので断る選択肢はない。
身支度を整えて外に出ると、スマホをいじりながら待っていた彼女。
視線が合うと彼女の家の方向に向かって自然と並んで歩き始める。
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……
………近い
…………近すぎる。
岬は何とも思っていないかも知れないが、さすがに俺は耐えられない。
俺の制服の袖を掴んだまま、離れまいと並んで歩く岬。
成瀬や神宮司とは正反対の性格と言動。
いつもとげとげしい彼女が、夜道のこの時ばかりは凄く女の子してくる。
俺が一緒に歩く事はまずないタイプの女の子。
特別進学部という特殊なクラスのせいも手伝って、何かと会話する機会が発生した俺と彼女。
向かう先の図書館前で鉢合わせたり、塾とか行って無いのかこの子?
妙に行動パターンが被る事が多い。
俺と同じ行動パターンって、塾には通わず、図書館で勉強する理由……考え過ぎ。
最近未来ノートの第2所持者とか、変な事を考え始めていた。
自宅で通信教育だけ勉強している学生だって多いはず。
塾で勉強するだけが手段じゃない。
この子はただのクラスメイト。
ちょっと夜道が怖い女の子。
いつも俺の事を馬鹿にするような口調。
茶髪の髪に化粧も決めて、特別進学部では稀な女子力を発揮している。
「なあ岬」
「……なに?迷惑?」
「そうじゃない。無茶してシフト入れて、一体旅行どこ行く気だよ?」
「フランス」
「マジか……お土産頼むな」
「死ねし」
俺の袖をつかむ岬の震えていた手が、くだらない話で若干和らいだように感じる。
友達と行くのか、彼氏と行くのか。
聞いても彼女が答えないのは知っている。
ヤボな事は聞かず、話をそれ以上広げない事にする。
今日のバイト中に彼女の事が少し分かった。
岬にも目標や目的がある事も知れたし、兄とはあまり上手くいっていない事情も知れた。
嫌いな兄がいる野球部。
そう言えばこの子、この前太陽の投げる日だった日曜日に野球場来てたよな……。
お兄ちゃんじゃなくて、別の誰かを応援にでも来てたのか?
まあこんな可愛い女の子なら、彼氏の1人いても不思議ではないが、それなら彼氏が俺のやってる自宅への送迎をやっていて然るべき。
「彼氏は迎えに来ないのか?」
「死ねし」
今日俺は彼女に何度殺されただろうか?
口から毒を吐きながらも、俺の制服の袖はしっかりと握りしめている。
この前一緒に帰った時と同じ行動。
2回目で慣れていた事もあったが……隣にいる彼女の様子を見ていると、少し不自然な点に気づく。
……車道を挟んで反対側の歩道。
時には歩いてきた道を振り返るそぶりを見せる。
まるで……誰かいないか確認しているようなそぶり。
何を気になる事でもあるのだろうか?
バイト先から彼女の家までは近い。
あっという間に彼女のマンションまで着いてしまう。
「はい到着、今日もお疲れさん」
「……ありがと」
「おう」
昼間の彼女が嘘のように、夜の彼女はとても素直だ。
「迷惑……だよね」
「女の子と一緒に帰れる俺は超ラッキー」
「最低」
彼女と初めて会った時から、何度か会話を重ねているが、この子は口で言うほど悪い子ではない。
むしろいいやつ……だと思う。
根拠はない。
「あんたさ」
「ああ」
「……やっぱいいや」
「いいのかよ」
最後に何かを言いたげだった彼女。
結局何も言わないまま、マンション1階のエントランスからオートロックの扉をくぐって家へと小走りにかけて行った。
……さて、帰ったか。
それじゃあ俺も……。
マンションを出てすぐ。
パーカーのフードを頭に深くかぶった1人の男の姿。
俺と視線が合うか合わないか。
男は振り向き、点滅していた信号を急いで渡り向こう側へと消えて行く。
遅い時間。
ランニングにしては不自然な行動。
若干の違和感を感じながら、俺も家へと帰る事にした。




