34.「第2の所持者の影」
予想だにしなかった神宮司家への訪問。
しかも神宮司葵はおろか、楓先輩もいる女子のお部屋に立ち入ってしまった。
これはもう太陽にはとても言えない……。
行きよりも重たくなったカバンを手に図書館へと戻ってくる。
バイトまでもう少し時間がある。
中間テストに出題される問題は、当然古文だけでは無い。
自習席に座り、未来ノートをカバンから取り出す。
……なんでこれと同じ色のノート、さっき神宮司の部屋にあったんだろ。
俺最近、未来ノートの使い過ぎで頭がおかしくなってるな。
黄色い色の街中にあるノートが、全部未来ノートに見えてきてしまった。
ダメダメ。
集中集中。
中間テスト、ちゃんと良い点取らないと。
S1クラス昇格どころか、総合普通科へ降格になっちゃうよ。
俺は気持ちを切り替えて、未来ノートの問題に取り掛かる。
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……疲れた。
中間テストの問題、超難問。
まだまだ先は長い。
未来ノートに印字されてる問題、5ページ目以降からまだまだたっぷりとある。
何気なくページをめくりながら、出題が終わるはずのページを開いて愕然とする。
……嘘だろ。
……何だよこれ。
未来ノートの未来に出題されるはずの中間テストで埋め尽くされていたページ。
それはノートの半分まで印字されていたはず……いつ出てきたこの追加の問題?
これって……なんで英語問題が連続して別のページに出題される?
……そうか、元々印字されていたのは来月5月にある中間テストの問題。
その先、7月には期末テストが控える。
きっとその問題に違いない……ん?
これって……この出題範囲……。
いやいやいやいや。
待て待て待て。
特に数学の問題が中間テストからいきなり宇宙の果てまで難易度がぶっ飛んでいる。
数学の三角関数……微分積分?なんだよこれ、なんだよこれ、おかしいよ。
俺は慌てて図書館に多数常備されている数学の参考書を取りに行く。
……
………
…………あった!嘘だろ、高校2年後半の範囲。
いくら作新高校の特別進学部とはいえ、大学入試レベルの問題がいきなり1年生の7月に実施される期末テストで登場するのは不可解だ。
それとこれまでの経験上、この4月の段階で7月の期末テストの問題がいきなりノートに印字されていた事に違和感があった。
これまでの経験……作新高校の入試は2月実施……受験まで2カ月を切っていた1月に未来ノートに問題が印字されていた。
若干の誤差だし、たった1カ月の違いだけど、早めに中間テストの次の期末テストの対策まで取れるという感覚は、実際この未来ノートを使い続けている俺にとっては違和感のあるほどの先読み表示。
……ちょっと待てよ。
……もしかして。
……1年生のテスト範囲を大幅に超える範囲の総合問題。
……まるでセンター試験のような大学入試レベルの問題。
カバンの中から、学校の年間スケジュールが書かれた学校支給の予定付きメモ帳を取り出す。
……
………
…………あった。きっとこれだ。
……………1年生から3年生。総合普通科から特別進学部まですべての学生が受けるテスト。
―――――― 全国模試 ――――――
5月の中間テストが終わって、7月の期末テストが始まるまでの間。
実施は……6月か。
こんなにテストの連続なんて、億劫になってくる。
ただ今の俺には目標がある。
―――成瀬の待ってるS1クラスに昇格する―――
この未来ノートに印字された以上、問題を解く事に意味を感じる。
S1クラスへの昇格条件は、S2クラスで上位2位までの成績を取る事。
これには細かい条件がいくつもあった。
①S1クラス下位2人の成績を上回る事②中間テスト、期末テスト、授業で行われる小テストなどを総合的に判断。
この②の小テストなどの「など」という単語1つに、入学早々実施された実力テストが含まれていたのは容易に想像できる。
つまり……来月5月に実施される中間テスト、7月に実施される期末テストだけじゃない。
―――全国模試の結果も、当然S1クラス昇格の条件に含まれたテストの1つ―――
俺はS2クラスの岬れな達クラスメイトだけでなく、S1クラスの下位2人の足切りラインに見え隠れするS1クラスの生徒、そして在校生全員とも競争している事になる。
常時戦場。
俺は常に戦い続けなければいけない。
常にクラス内の成績順位は入れ替わる。
今S2クラスでトップかも知れない俺も、1回のテストですぐに最下位まで転落してしまうかも知れない。
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夕方。
もうすぐバイトに向かう時間。
宿題は終わっているし、神宮司の家に半ば強制的に連れて行かれたハプニングも発生した。
来月の中間テスト。
ボリュームモリモリで全ての模範解答を作るのは今日1日では絶対に不可能。
しかも俺は満点を絶対に取れないある未来ノートの弱点に直面した。
それは記述式問題。
選択問題オンリーだった入学してすぐの実力テストと違い、中間テストから記述式の問題が多数出題されている。
例えばこの現代文。
100文字以内で記入せよ系の問題は、もはや学習塾に通う生徒の方が模範解答に近い解答を得られやすい出題形式。
独学でやっている俺が、この手の記述式で満点の解答を用意するのはかなり難しい準備。
出題される事が分かっていて覚えるだけの設問を早めに調べて、こうした長文問題で高得点を得るための模範解答を準備しておく必要がある。
現代文の単元1つでこの騒ぎ。
先が思いやられるな……はぁ~……俺……成瀬になんであんな約束しちゃったんだろ……。
女の子に良いところ見せたいとか、大風呂敷を広げてしまった馬鹿な男だよまったく。
未来ノートに印字された中間テストのボリュームを確認しながら、ノートのページをパラパラとめくる。
ノートをめくり終わった先には、さらに全国模試の問題と思われる現代文の漢字の問題が第1問目に表示されていた。
全国模試……これは中間テストと違って、上級生も同じ問題を受けるやつだな。
……うわ。
漢字問題超難しい……。
「憂鬱」とか書かせるの本当勘弁して下さい。
俺が憂鬱になってくるよまったく……。
今日はもう中間テストの問題を調べ始める時間は残されてない。
図書館出るまであと15分といったところ。
何気なく俺は。
中間テストの後に実施される全国模試の最初の第1問目。
最後にこの1問だけ調べて今日の模範解答作りを終わらせる事にした。
国語辞典のコーナーは、広い図書館のこの場所から遠い。
往復する時間は無いし……パソコンで調べるか……。
俺は自習席の近くにある共用パソコンのイスに座る。
イスに座る時、机の上にあるマウスが動く。
カーソルが『履歴検索』のタブにたまたま止まる。
―――憂鬱―――
―――は?
―――俺、まだパソコン入力して無いよな?
―――履歴の最新に憂鬱と検索された履歴が残っている。
―――憂鬱の1つ前に検索されたのは、まったく関係ないであろうアイドルの名前……。
憂鬱を検索したやつ……一体どこの誰だ?
俺はとっさに辺りを見渡す……。
シーンと静まり返る自習席には、何人かの見知らぬ生徒が勉強をしている。
偶然検索された……にしては……タイミングがドンピシャ過ぎる……。
そのタイミングとは……未来ノートに全国模試の問題が表示された今日というタイミング……。
未来ノートの中間テストの問題を調べ始めたのは今日の話。
検索履歴は生徒たちによって、次々と新しいものが履歴となって更新され埋もれていくはず……。
中間テストの問題と思われる問題が表示されたノートの5ページ目以降を俺は先週ちゃんと確認していなかったし、プライベートを優先しようとあえて確認しなかった。
ノートの5ページ目以降をちゃんと見たのは今日の話……。
ただの偶然。
ただの思い込み。
それでも……。
……もし。
……もし仮に。
……可能性として考えられる、まったく予想していなかった事態。
―――未来ノートの所持者が俺以外にもいる―――
そんなまさか……いや、俺だから気づけた……。
なんの予備情報も無い人間は、この「憂鬱」という検索履歴を見て何も感じない。
まさか全国模試の第1問目に、この漢字が出題されるなんて夢にも思わない。
ただ俺にだけ……。
ドンピシャで当てはまる事前情報……。
―――全国模試の第1問目、漢字問題の答えは「憂鬱」―――
この図書館を利用できる人間は、職員の人以外には作新高校の生徒だけ。
俺の知る周りの人間だけでも、今頃野球部で練習をしている太陽以外、すべての人間が対象になる。
―――「憂鬱」を検索してここで調べた人間が確実にいる―――
―――しかも未来ノートに全国模試の問題が表示された直後―――
未来ノートを所持する俺だけに分かるその表示されるタイミング。
あまりにも出来過ぎたそのタイミングと検索されていた事実に、俺は未来ノートを所持するものが俺以外に誰かいる疑いを考えずにはいられなくなっていた。




