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33.「未来ノートと同じ色」

 神宮司姉妹に捕まった。

 本当は中間テストの問題を調べるために立ち寄った図書館の古典コーナー。


 俺のお目当ての『源氏物語』第4巻は、すでに(かえで)先輩の手によって借りられていた。


 図書館の古典コーナーにいた妹の神宮司葵。

 彼女にテスト問題を調べに来たなどと言えるはずもなく、この前30分という時間制限で読まされた『源氏物語』第3巻の続きである第4巻を読みたかったと彼女に伝えてしまう。


 読みたいのは間違いないが、それは問題を解くためであって。

 正直古典文学にそこまで興味があるわけでもない。


 俺の頭は今、パニックにおちいっている。

 それもそのはず。


 俺の両脇に神宮司姉妹。

 右に楓先輩、左に妹のサンドイッチにされている。

 俺の制服の袖を掴まれ、前へ前へと引っ張られる。




 俺……。




 今……。




 なんでこうなった?




「本は今度で結構ですから、僕図書館に戻りますから」

「探してたんでしょ『源氏物語』の4巻?あるよ、うちに」

「だから今度で良いって神宮司。楓先輩も冗談ですよね?」

「葵ちゃんが守道君来るの楽しみにしてたの」

「なんすかそれ」



 作新高校の正門から出て左に曲がる。

 学校周辺にはちょっとした住宅街が広がる。



「あそこだよ」

「早や!?もう家?神宮司お前、朝何時に学校出てんだ?」

「う~ん、ギリギリ……かも」

「葵ちゃん、朝弱いの……」

「楓先輩、そんな切なそうに言わないで下さいよ」 

 


 考えている暇も無く、学校から徒歩0分の神宮司姉妹の家についてしまった。

 立派なお屋敷の周りは鉄格子に囲まれる。


 入口の大きな門。

 姉妹が近づくとオートロックなのか、勝手に入口の門が開く。


 妹の神宮司が手をかざしている。

 なんのつもりだこの子……。



「シュドウ君、シュドウ君。ほらほら、私の魔法」

「神宮司、お前魔法使いだったのか?」

「う~ん……そだよ」

「お前いつからホグワーツの生徒になったんだよ」

「ふふふ」



 楓先輩は、俺と神宮司のやりとりがよほど面白いらしい。

 口に上品に手を当て、こちらを見ながら笑っていた。


 門が勝手に開いたのは当然魔法であるはずが無い。

 カバンにノンタッチのセキュリティーキーでも入っているに違いない。

 彼女たちが近づくと門が勝手に開くのは、最近流行りのマンションによくある人感センサーというやつだろう。


 先週のお茶会の時もそうだったが、なぜか神宮司は俺の話を肯定ばかりするクセがある。

 世界征服計画すらあっさり認める謎の魔法使い。


 家の敷地に入る事をためらう俺を、神宮司は俺の腕を引っ張って無理矢理中に引き込む。



「いいからいいから」

「マジかお前、おかしいだろ」



 無邪気に笑う妹の神宮司。

 楓先輩は妹の行動を止めようとはしない。

 なんで、どうして止めないんだ?


 家の敷地に入ってしまう。

 玄関までの石畳の脇に、青々とした芝生が生えている。

 絶対この家、お金持ちの家だ。


 もうここまで来たら『源氏物語』を見て帰らないわけにはいかなくなった。

 2人は好意で図書館から借りて見られない俺のために『源氏物語』を見せようとしてくれている。


 中間テストの問題を調べていた事を悟られたくもない事情もある。

 俺は興味を持っていた『源氏物語』の続きがふと読みたくなったから図書館の古典コーナーに立ち寄った。


 もう何を聞かれても、これで言い切るしかない。



 神宮司の家の玄関に到着する。

 扉が開くと中から人が出てくる。



「お帰りなさいませお嬢様」

「ただいま」

「ただいま戻りました」



 お嬢様とか、どこの国の単語だよ。

 こんなに大きな屋敷。

 いわゆるお手伝いさんがいても不思議ではない。


 メイド服を着た女性が神宮司姉妹にあいさつしてる。

 俺を不審者として探知したのか、メイドのお姉さんが俺の前に歩み寄る。



「失礼ですが、お嬢様とはどのようなご関係ですか?」

「どのようなと言われても……」

「この人、私の大事な人」

「そうそう……大事なって、何言ってんだよお前!」

「葵ちゃん、大事なお友達でしょ?」

「うん、そう。大事なお友達」



 子供のように無邪気に答える。

 一言一言俺がドキドキしてしまう。

 神宮司は本当に体と心の精神年齢のギャップが激しすぎる。

 

 黙ってたら信じられない美少女顔。

 顔も小さいし、目はお姉さんと一緒で大きい本当に可愛い女の子。



「お嬢様。お父様にお話をされてからでないとお屋敷には」

「お父様にはちゃんと言ったの。今度お友達連れて来るって」

「わたくしは聞いておりませんでした」



 何やらもめている。

 これはチャンスだ。



「すいません突然押しかけたりしまして。僕はまたの機会に改めさせていただきますので、これで……」

「私が一緒についています。心配なさらないで」

「楓お嬢様がそうおっしゃられるのでしたら……」



 作戦失敗。

 俺の話は議題にも上がらずスルーされた。


 お姉さんの一言でお手伝いさんも引き下がる。

 楓先輩の言葉で納得するあたり、先輩の影響力の大きさを感じさせる。



「シュドウ君行こ。私のお部屋」

「嘘だろ!?こういう時は客室とかリビングとか」

「申し訳ありません守道君。『源氏物語』はわたしたちのお部屋にありまして」



 何だ?

 わたしたちのお部屋って……。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「コーヒーです。守道君、お砂糖は?」

「ブ、ブラックでいただきます……」

「まあ大人ね」



 俺はいま……。



 テラス席というやつにいる……。



 神宮司の家に門から入る時に見えた、2階にある部屋から突き出たバルコニー席……。


 

 4月の昼間、ポカポカ陽気。



「シュドウ君。はいこれ、『源氏物語』の4巻」

「ありがとよ……」


 神宮司から作新高校図書館のバーコードが付いた『源氏物語』第4巻を渡される。

 テラス席には白くて丸いテーブル机と小さなイスが3つ。

 天気の良い今日は、2階のここから作新高校の校舎や図書館が良く見える。



「葵ちゃん、私たちもいただきましょう」

「は~い」



 丸いテーブル席に楓先輩と妹の神宮司も座る。

 2人は紅茶を入れたようで、テーブルには洋菓子も置かれている。



「これ美味しいよ、シュドウ君もどうぞ」

「お、おう」



 チョコレートクッキー。

 口に入れると口の中に甘いチョコの味が広がる。


 こんな場所で俺。

 一体何やってんだろ……。


 妹の神宮司が俺の席の隣に座る。

 不意に俺が机の上に開いた『源氏物語』を覗き込んでくる。


 顔が近すぎる……。

 しかもなんかいいにおいがする。

 勘弁してくれ、ドキドキする。



「ここ、面白いよね」

「葵ちゃん。まだ守道君読んでないでしょ?先にお話したら面白くないものよ」

「う~ん……そうだねお姉ちゃん。いつものお勉強、お姉ちゃんのも取ってくる」

「お願いね葵ちゃん。いってらっしゃい」



 お姉さんである楓先輩と話をしていた妹の神宮司。

 どうやら姉妹もここで勉強を始めるらしく、テラス席を出た妹の神宮司が部屋の中へと向かう。



「同じ部屋なんですね」

「あら、気になる?」

「ああ、ごめんなさい」

「ふふ、良いのよ。ここでお勉強するの、私たちの日課なの」



 姉妹で同じ部屋。

 このテラス席に向かう途中、2つのベッドと2つの机が並んで置かれていた。


 神宮司が向かった方の席、いつしか話をしていた地球儀らしきものが置かれている。

 この前言ってた地球儀が部屋にあるって話は本当の話。

 神宮司はいつも俺に本当の事を言っていたんだと感じさせる。


 彼女の話に嘘はない?

 いつも変な事を言っているのは、本心で話をしていると言う事だろうか……考えれば考えるほど、あの子の事が分からなくなってくる。


 神宮司姉妹はここで日々を過ごしている。

 いきなり2人のプライベートを覗いているようで、男の俺には刺激が強すぎる場所。


 テラス席で紅茶を飲みながら本を読む楓先輩。

 春の暖かい風が吹き抜け、ポカポカした陽気が心地よい。


 絵に書いたような優雅な光景。

 紅茶を口にする楓先輩の姿にドキリとさせられる。



「何か気になる?」

「いえ、別に……」

「ふふふ。本当、守道君には感謝してるの」

「えっ?何がです?」

「葵ちゃんと友達になってくれて、私本当に嬉しいの」



 友達になったつもりは無いが、いつの間にか読書仲間にされていた。

 それを嬉しいと話す姉の楓先輩。

 妹は部屋の奥でまだゴソゴソしているのか、テラス席に戻ってこない。



「葵ちゃん……中学の時までおうちに引きこもりがちで……」

「そうだったんですね。今じゃ、とてもそんな風に見えませんけど」

「あなたのおかげ」

「俺の?」



 中学生の時、妹の神宮司は友達に恵まれなかったと話す姉の楓先輩。

 同じ世代の女子と打ち解けるのが難しい性格だったと話す。



「お勉強は凄く頑張ったの、私と同じ高校に入りたいって言ってくれて」

「S1クラスで推薦入学ですし、実力テストの結果も一番良かったですしね」

「あら、守道君が一番でしょ?」

「えっ?あ、ああそうでした」

「守道君、時々おかしい事言うのね」



 俺が言いたかったのは、未来ノートの力を借りていない本当の実力は神宮司葵が一番だという事。

 それをおかしい、あなたが一番という楓先輩の話が普通の感想。



「まるで……ふふ、何でもない。守道君はテストで満点取れちゃう魔法でも使えるのかなって」

「あはは、楓先輩。冗談上手いですね……」



 楓先輩の話にドキリとさせられる。

 先輩の大きな瞳に見つめられたせいもある。

 そして俺が未来ノートと言う魔法を使って満点を取れた……あの大きな瞳にすべてを見抜かれているようで恐怖する。


 そんな事。

 あるわけ……ない。



「あのね守道君」

「はい先輩」

「これからも葵ちゃんと仲良くしてあげて欲しいの」

「僕がですか?」

「最近あの子、お話する時はあなたの事ばかりだもの」



 妹の神宮司が俺の話を家でしているらしい。

 突然現れた『源氏物語』の読み友達が、実力テストで満点取った。

 俺自身はあまり感じてはいないが、太陽が言っていたように俺は、自分では気づいていないほど周りに大きな影響を与えていたようだ。

 彼女の中で、俺の存在はインパクトがあったのかも知れない。



「高校生活に葵ちゃんが馴染めるのか不安だったの。そんな時にあなたがお友達になってくれて、私もとても嬉しかったの」

「もて遊ばれてるだけですよ先輩?」

「ふふ、そうね」

「それ知っててお願いしてるとかヒドイですって先輩」



 妹の事を心配しているのは、何も成瀬の姉さんばかりでは無かった。

 この家に入る時はどんなお金持ちの家なのかと心配ばかりしていたが、神宮司姉妹も歳相応の俺たちと同じような悩みを抱えているようだ。



「あの子、今日は守道君がどうだったとか、何が好きなのか悩んだりして楽しそうで」

「何が好きって……あっ先輩思い出しました。この前のサンドイッチ凄く美味しかったです、ありがとうございました」

「お礼なら葵ちゃんに言ってあげて。同じクラスの成瀬さんに、守道君何が好きなのかあの子なりに頑張って聞いてたみたい」

「成瀬に……」



 そう言えばサンドイッチ受け取った時に、そんなやりとりしてたような……。

 というか、ただの友達にそこまでするか?

 まあ俺は果てしなく嬉しいから断る理由は無いけど。



「お姉ちゃん、お勉強のやつ持ってきた」

「ありがとう葵ちゃん」

「おい神宮司」

「なにシュドウ君?」

「言い忘れてた。この前のサンドイッチ、最高に美味しかった」

「本当?やった。また作ろっか?」



 ヤバい。


 この子の言い方、無邪気過ぎて可愛い。

 女子にお弁当作ろうかとか言われて嬉しくない男子はいない。


 でもさすがにそんな事、毎度この子にさせる理由がない。



「いいよまた今度で」

「う~ん……そっか、そうする」



 神宮司姉妹も勉強を始める。


 俺も目的であった『源氏物語』の第4巻を開く。

 古典の読本は今の俺ではハードルが高い。


 マジマジと見るが、古文の単語しか拾っては読めない。

 分からないながらも、中間テストの問題も探しつつ『源氏物語』のページを開いていく。




 ……それでもウィキペをググっていたので、ある程度のストーリーは事前に頭に入っている。



 ……母親そっくりの幼い『紫の上』。すでに光源氏の家の敷地に住んでいる。


 

 ……ここに出てくる『葵の上』は最初の光源氏の奥さんらしい。




「私と同じ名前……」

「うわっ!?近いって神宮司」

「ん?」



 分かっているのかいないのか。

 顔が超可愛い神宮司。

 男子に免疫無いのかこの子?


 『源氏物語』を読んでいる俺の顔のすぐ近くに迫り、一緒に本を覗き込んでくる。



「葵ちゃん」

「だってお姉ちゃん。シュドウ君は『紫の上』が好きなんだよ」

「そうそう、俺の推しメン」

「『紫の上』6歳だし」

「そうそう、俺の……って違う!俺にそんな趣味はない」

「ふふふ」


 

 また楓先輩が笑い始める。

 俺は断じてロリコンじゃない。



「『葵の上』が最初の奥さんだろ?今俺は『葵の上』を探してた」

「凄い!もうそこまで読めたのシュドウ君?」

「やっぱり守道君は凄いのね」

「違いますって。俺もほとんど読めてなくて、ちょっとしか分かってないんですって」

「凄い」



 パソコンで事前にストーリー調べてましたなんて不自然過ぎるので言えない。

 俺はそれ以上反論する事無く、『源氏物語』のページをめくり続けた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「葵ちゃん、ちょっとお姉ちゃん席外すわね」

「分かったお姉ちゃん」



 少し時間が経った頃、楓先輩がテラス席から席を離れる。

 俺と神宮司の2人だけ。


 神宮司は勉強を突然やめると、両ヒジをテーブルについて両の手のひらをあごに当てる。

 可愛い仕草をしたままこちらをジッと見て、話しを始める。



「あのねシュドウ君」

「おう、どうした?」

「シュドウ君は、私の光源氏なの」

「えっ?なにそれ。親父臭いって事?」

「う~ん……そうかも」

「そうなのかよ」



 突然何を言い出すんだ神宮司はまったく……。


 おっ?

 いたいた、見つけた。


 中間テストに出てくる問題の箇所発見。

 神宮司にバレないように自然に目を通す。


 なるほど。

 記憶した。


 これで語群問題は問題なさそうだ。



「ねえ」

「どうした神宮司?」

「シュドウ君は」

「俺がどうした?」

「私を……迎えに来てくれたの?」

「えっ?」



 ……俺は彼女何を言っているのか分からなかった。


 神宮司が無理矢理家に連れてきた。


 俺が彼女を迎えに来たわけじゃ……違うことを言ってるのか?



「葵ちゃん」

「お姉ちゃん」

「ごめんなさい守道君。明日来る予定だった先生が今から来られるみたいで、私たち用事が出来てしまいまして」

「ああそれでしたら僕、おいとまさせていただきます」

「本当、呼んでおいてごめんなさい。その本しばらく守道君が持ってて」

「ああ、それならもう……分かりました!じゃあ読み終わったら先輩に返しに行きます」



 危ないところだった。

 中間テストの問題はもう見つかったと告白するようなもの。

 とっさに読んでいる途中だという事にして、『源氏物語』の第4巻を預かる事にする。


 カバンに『源氏物語』の第4巻をしまう。


 テラス席の丸いテーブル席から離れようとした……その時。


 1つの特徴的なノートに目が止まる。








―――黄色いノート―――








 神宮司葵と、神宮司楓。


 どちらのノートか分からない。


 下を向いて本を読んでいて、どちらが使ったのか気づいていなかった。


 






―――未来ノートと同じ色のノート―――





 


 黄色いノートは世の中にたくさんある。

 ただ……このシリーズの大学ノートは、書店で見るのは赤か青の表紙しか見た事が無かった。


 俺が最初に未来ノートを手にしたのは、A4サイズの大学ノートの在庫が黄色いノートしか残っていなかったから。


 黄色いノートは嫌でも目立つ。

 俺が気になるのは、俺がやましい事をしていると感じているから。


 黄色い色と言うだけで世の中のノートがすべて、未来ノートであるはずが無い。

 神宮司姉妹に見送られ、家の玄関から敷地の外へ向かう。


 学校までは徒歩0分。

 夕方のバイトまでにはまだ時間がある。

 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、俺はふたたび作新高校の図書館へと歩みを進める。

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