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32.「うち来る?」

 月曜日の授業が終了する。

 岬れなとはクラスメイトかつバイト先の同僚だが、クラスで話す事はほぼ皆無と言って良い。


 今日は岬の兄と思われる野球部の先輩を目撃。

 彼女が茶髪でいる事を、兄は妹にとがめているように聞こえた。


 家族の話はとやかく言うつもりはない。

 下手に話せば気に障る事もある。

 俺自身がそれを経験してきたからなおさら。


 S1クラスへ昇格するには、来月の中間テスト、2か月後の期末テストを少なくともS2クラスのトップ成績で通過する必要がある。

 S1クラスの下位2名も自動でこちらのS2に降格する。


 俺が良い点を取ろうが取るまいが、そのルール自体は変わらない。

 今の俺はヤル気に満ちていた。

 今日から未来ノートの5ページ目を解禁し、いち早く模範解答作りに取り掛かる。


 

「高木君、今日も図書館?」

「うん成瀬。なに?」

「私が一緒だと……勉強邪魔になるよね」

「……ごめん」

「う~~……やっぱり、気になるから?」

「しょうがないだろ、お前可愛いんだから」



 そう言うと成瀬は顔を真っ赤にしてS1クラスに戻っていったのが昼休憩の最後。

 顔を赤くするほど、何であんなに怒ってたんだろ成瀬……まあ良いか、勉強勉強。


 全力予習するためには、彼女の笑顔は最大の敵。

 彼女のために勉強するため、彼女の存在を否定する。


 今日の授業は終了、宿題だってたくさんある。

 矛盾に満ちた俺が、全力予習に向けて図書館へと旅立つ。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 宿題を先に終わらせて、ようやく中間テストの模範解答作りに取り掛かる。


 分かってはいたが、ボリュームはモリモリ。


 いち早く模範解答を完成させて、解法・解答の暗記作業に入らないと頭がパンクしてとても覚えきれない。


 作新高校の入試レベルのボリューム。

 特別進学部の中間テスト、恐るべし。


 このボリュームを素で解く俺のクラスメイト達。

 ほとんどの生徒は塾で勉強する。

 塾は過去の作新高校のテストから、未来問題を講師たちが何パターンも予測し、類似問題を徹底的に教え込んでいるに違いない。


 一字一句、間違いない問題は分からなくても、正解に辿り着く方法やテクニックを教えてくれているはず。


 俺は一字一句まったく同じテストの問題を、はるか1カ月前から知りその対策に乗り出す。


 もしこの未来ノートの存在が、秘密裏に学習塾などに知れれば、このノートはどれだけの価値を生むことができるだろうか?


 今の俺にはそれを口外し、そんな事をするようなつもりは毛頭ない。


 図書館に入り、自習席に座る。


 成瀬や太陽の期待を裏切れない。

 成瀬や太陽の笑顔が見たい。


 未来ノートの中間テストの予習を開始する俺。

 進めていくうちにまた古文の問題に差し掛かる。


 パソコン検索。

 またしても『源氏物語』。

 ちょうど古文の授業では『源氏物語』の真っ最中。


 この調子で授業が進めば、当然『源氏物語』は中間テストの出題範囲筆頭候補。

 語群問題に差し掛かると、パソコンの検索でも一切解答を導き出せなくなる。


 著作権の関係で、原文そのままを載せる事が出来ない事情がありそうだ。

 理由は分からないが、こと古文に限っては原文をそのまま図書館の本を見つけて探した方が正答を導く一番早い方法に変わりはない。


 目的の本は『源氏物語』の第4巻。


 ウィキぺの情報によれば、『光源氏』の最初の奥さん、『葵の上』が登場する一幕が存在する。


 『葵の上』が最初の奥さんとか、あの子の名前が自然と思い浮かぶ。


 申し訳ないが『紫の上』が『源氏物語』における俺の推しメン、『葵の上』とは縁はない。


 たくさんの本に囲まれた図書室の中を歩く。


 図書館の古典コーナーにやってくる。


 


 ―――1冊の本を手にたたずむ、誰もが見惚れるような美少女の横顔。

 



 ―――本を手に開き、時折髪を耳にかける女の子らしい仕草。


 


 ―――無表情だった顔。俺の方を振り向き、その表情から笑顔がこぼれる。




 ―――持っていた本を閉じ、俺に小走りで近づいてくる。




 ―――神宮司葵だ。




「シュドウ君」

「神宮司、いたのかここに」

「えへへ」



 無邪気に笑う笑顔にドキリとさせられる。

 大人びた彼女の雰囲気とのギャップを激しく感じる。


 

「『源氏物語』?」

「えっ?あ、ああ」



 図星の指摘にまた胸がドキリと鼓動する。





 ―――俺が中間テストの答えを調べに来たと気づかれた―――





 神宮司に会って、最初と今の胸の鼓動はまったく違う。

 俺がやましい事をしているから。

 気づくはずが無い、神宮司が俺の行動に気づく事は絶対にあり得ない。


 彼女はただ俺の事を、同じ『源氏物語』が好きな友達だと勝手に思ってるだけ。

 俺の胸がドキリとしたのは、彼女にやましい事がバレたと一瞬でも考えがよぎったから……。



「この前の続き?」

「あ、ああ……そうそう」



 こちらからテストの答え探しをしているなんて、口が裂けても話せない。

 はた目に見れば、ただ『源氏物語』の続きが気になり、本を借りに来たと思うだけのはず。


 俺は神宮司にやましい気持ちを抱えたまま、『源氏物語』が置かれているコーナーに歩み寄る。





 ……





 ………





 …………あれ!?




 無い!?


 第4巻どころか、第1巻から第5巻までない。


 全部で50近くある超ロング小説の『源氏物語』。

 

 俺の『葵の上』がいない……光源氏の最初の嫁さんどこ行った!?


 誰かに先に借りられたか……。



「『源氏物語』なら5巻まで無いよ」

「嘘だろ……」

「うちにあるから」

「あるのかよ、神宮司の家に」

「うん」



 なんだ。

 この子が借りてたから無かったのか……。



「お姉ちゃんが今借りてるの」

「お姉ちゃんって……楓先輩が?」

「うん。この前一緒にお話したでしょ?」

「お話?あのお茶会の事?」

「そう。また見たくなったからって、金曜日に5巻まで借りていったの」

「そういう事か」



 楓先輩が第1巻から『源氏物語』を読み直しているらしい。

 中間テストまで時間もあるし、今日は諦めるしかなさそうだ。



「あっお姉ちゃんだ。お姉ちゃん~」

「あら葵ちゃん、ここに居たの?」




 ―――突然図書館の死角から現れた美少女―――

 



 ―――思わずその制服姿に喉でゴクリとツバを飲む―――




 ―――現代に現れた大和撫子―――




 ―――この人の美しい姿に言葉を失う―――




 ―――神宮司の姉さん、神宮司楓だ―――





「うん。シュドウ君と一緒にいたの」

「あらそう。シュドウ君……私までごめんなさい」

「いえ、いつも太陽にそう呼ばれて慣れてますんで」



 楓先輩まで、妹の神宮司につられて俺の事をシュドウと呼んだ。

 当然悪い気はしない。



「あのねお姉ちゃん。シュドウ君、『源氏物語』探してたの。この前の続きが見たいって」

「あらそうなの……ごめんなさい守道君。私が全部お借りしてて」

「いえ、全然大丈夫です」



 守道君……俺は完全に先輩の中で子供扱い。

 先輩にそう呼ばれるのは、もちろん悪い気はしない。



「うち来て読むシュドウ君?」

「そこまでしなくて良いって」

「近いから読んでいけば?」

「近い?」

「うん、うちすぐそこ」



 大きなガラスのサッシ。

 図書館の外の景色はこの古典コーナーからもよく見える。


 なんでこの子、図書館の外、指差してる?

 学校の敷地内。

 図書館のすぐ外は敷地の外にある住宅街が見える。


 神宮司が指差す視線の先。

 木々の間に大きな家が見える。



「……あのデッカイ家がお前んち?」

「そだよ」



 信じられないほどデカい家。

 ちょっとじゃなくて、かなりそう思ってたけど。

 もしかしてこの子の家、お金持ちなのかも知れない。



「お前の家、学校から徒歩0分だったのか」

「守道君、図書館の中はお静かに」

「ああ、す、すいません先輩……えっ、え!?ちょっと……」



 俺は楓先輩に右手の制服の袖を掴まれる。



「行くお姉ちゃん?」

「ふふ、葵ちゃんも静かにね」

「は~い……」



 戸惑っていた俺の左手の制服の袖を、妹の神宮司に掴まれる。



「ちょ……」

「ダメだよシュドウ君。し~」

「な……」

「し~」



 俺……



 今……



 どうなってる?



 自習席に置いた俺のカバンを発見した妹の神宮司が、勝手に俺のカバンを取りに席へと向かう。


 楓先輩に袖を掴まれたまま、図書館の外へと連行されてしまった。

 

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