表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/92

3.「壊れ始めた3人の関係」

 月曜日の朝。

 昨日は日付を跨ぐまで勉強した。

 これだけ勉強したのは本当に初めての事。


 成瀬の事が何度も頭をよぎり、その度に問題と向き合う事を繰り返した。

 昨晩は自分の中で無意識に、成瀬の事を考えていたに違いない。

 彼女が困った事があれば、いつだって俺と太陽はすぐに相談に乗り助け合ってきた。


 制服に着替えて家を出る。

 中学までの道のりは徒歩。

 隣町の公立高校に進学すれば自転車通学になるだろう。


 本当に作新高校に合格出来れば、徒歩で自宅から通う事が出来る。

 考えてもいなかった受験先。

 2か月後には結果も出ているだろう。


 中学までの道のり。

 1つの歩道橋が目に留まる。


 小学6年の時。

 学校からの帰り道、大通りをまたぐ歩道橋を渡って集団下校していた。

 集団下校では6年生がリーダーになり、下級生を引率して帰っていた。


 事件は成瀬がリーダーをする班で起こった。

 下校中、下級生がふざけて給食袋を歩道橋の上で投げ合っていた。

 成瀬が注意したのも束の間、あらぬ方向へ飛んで行った給食袋。

 大通りの中央分離帯にある茂みに落ちて行った。


 歩道橋の上で泣き出す下級生。

 成瀬の班が歩道橋で止まっている所を、俺と太陽の班が出くわした。


 泣きそうな成瀬を落ち着かせて事情を2人で聞いた。

 俺は歩道橋の上から下を見て、茂みの中にある給食袋を見つけ太陽に伝えた。


 それを聞いた太陽はすぐに歩道橋を降り、横断歩道が青になっている僅かな時間で給食袋を中央分離帯の茂みの中から回収して戻ってきた。

 

 下級生にもう2度と投げるなと注意して成瀬の班も下校を再開した。

 次の日に俺と太陽の2人分、成瀬がクッキーを焼いて持って来てくれた。


 あれから3年経つ。

 成瀬はあの時も俺じゃなくて、きっと太陽に感謝していたのかも知れない。

 どんどんと思考がマイナスになっていく。


 はぁ~……今日はため息ばかり付く。

 彼女の事を考えていると億劫になってくる。



「ようシュドウ、おはようさん」

「おはよう太陽」



 今日も元気な太陽の声。

 おはようさんのさんは、太陽のサンを掛けた朝日独自の願掛けのような挨拶だ。

 野球部のそれに鍛えられた男らしい響き。

 いつもは朝練で先に学校へ行っている時間の太陽。

 中学3年はすでに引退扱いなので、彼と朝通学するのは中3の1月になってから初めてと言っていい。



「どうだシュドウ、勉強やってるか?」

「やったよやった。夜の12時くらいまで」

「おっ、偉いぞシュドウ。今日も授業午前終わりだから、終わったらまた図書館行こうぜ」

「オッケー、頼むよ太陽」



 まるで2人で勉強する事が既定路線のように話す太陽。

 こいつは一度やると言ったら必ずやる男。

 来月の受験日まで徹底的に俺の勉強に付き合う気だ。


 改めて太陽の人柄を尊敬する。

 俺が太陽だったら、同じ事が出来るかまったく自信が無い。


 中学に到着し教室へ向かう。

 今日最初にして最大の難所と言っていい。

 登校中お互い口にすらしなかった。

 正確には出来なかった。

 同じクラスには……彼女がいる。



「おはようさん」

「おはよう朝日君」



 クラスに入ると無言で座る彼女の姿があった。

 目を合わせる事は無い。

 普段なら笑顔で毎朝挨拶をする。


 さすがに今日は太陽も声をかけない。

 いつもと違いそのままスルーした事で、クラスの女子が彼女に近づき小声で何やらやりとりをしている。


 俺の席は窓側の一番後ろから1つ前の席。

 俺の後ろの席には太陽が座る。

 いつもなら笑顔で俺たちに近づいてくる彼女の姿は、今日は見られない。



「良いのかシュドウ?」

「何だよ太陽」

「何だよじゃないだろ?成瀬に声かけなくて良いのかって聞いてんだよ」

「お前はどうなんだよ太陽」

「俺が今日どのツラ下げて挨拶すんだよ」



 小声で言い合っている間にチャイムが鳴る。

 ホームルームが終了し、1限目の社会の時間が始まる。

 作新高校の入試も『国語・数学・英語・理科・社会』の5科目受験。

 受験を控える入試組がクラス全体の7・8割はいる。


 春先には話し声が聞こえていたGTOの授業ですら、今はシンと静まりかえり受験モードになる我がクラス。

 推薦入学で進学先が決まっている成瀬や太陽たちはクラスでは少数派。

 俺に限らず、誰だって気が張っているに違いない。



「今日は事前に言った通りテストをします」



 小テストの用紙が前から配られる。

 今日テストがあるのを覚えていたのは、俺以外全員かも知れない。

 幸いな事に太陽が昨日図書館で思い出させてくれた。


 だがテストがあるからと分かったところで、突然点数が取れるわけも無く。

 そんな俺がまともな点数を取れるはず……あれ……。



「それでは始めて下さい」



 GTOが開始の合図をする。


 おかしい……。

 おかしいぞ。

 なんだよこれ?


 この問題。

 昨日やったばかりの問題にそっくり。


 そっくりどころの話じゃない。

 まったく一緒。

 うりふたつの問題。


 昨日あの黄色い大学ノートに印字されていた問題とまったく同じ。

 どうなってる?

 てか一体どういう事なんだ?


 考えているうちに小テストの時間が過ぎる。

 とりあえず目の前に書かれている問題が今日の小テストで間違いない。

 答えなければ0点。

 問題が一緒なのはまったくの偶然という事だってありえる。

 これはチャンスであり、ラッキーだとも言える。


 昨日たまたま予習していた問題と同じ問題が出た。

 ただそれだけの事。

 冷静に問題文を読んで、第1問目を解く。



――『墾田永年私財法』――



 この問題。

 普段の俺がパッと答えられたかはハナハナ疑問だ。

 ただ俺は昨日昼間も合わせて10時間以上勉強した。


 あの黄色いノートに書かれた問題の答えを教科書で探すのに1時間は費やしている。

 その成果が今、小テストで発揮出来ている。


 第2問……分かる。

 てかやっぱり昨日やった問題と全く同じ。


 全部……全部分かる。

 見える……俺にも答えが見える。



「はいそこまで。後ろから解答用紙を裏にして前に回して下さい」


「どうだシュドウ?」

「バッチリ」

「マジか?やったな」



 後ろの席にいる太陽と小声で交わす。

 解答に自信がある。

 というか全問正解しているに違いない。


 これが昨日10時間以上勉強した成果。

 きっとそう。

 そうに違いない。


 今までまともに勉強してこなかった俺だけど、勉強すればこれだけ自信を持ってテストに臨める。

 いつもは自信無くテストに臨んでいたけど、これが本当に勉強した人間の心境なのかも知れない。

 それを事いまここに至って初めて感じる事が出来た。

 俺はそのまま上機嫌のまま、何か大事な事を忘れたまま午前中の授業を過ごしていた。



(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)



 授業終了を知らせる合図。

 3年生は午前中で授業が終了する。

 クラスのみんなもお互い挨拶を交わし、少しずつ下校を始める。 



「行くかシュドウ」

「うん。どうした太……陽」

「あの……その……ちょっと……いいかな」



 太陽が視線を向けるその先を振り向くと、そこには成瀬が立っていた。

 今にも泣きだしそう。

 というよりも、もうすでに半べそかき始めていた。


 普段笑顔をクラスで振りまく成瀬が泣いている。

 この事態にクラスが騒然となる。

 戸惑っていた俺をよそに、太陽は冷静に成瀬に話しかける。



「屋上行くか」

「……うん」

「シュドウ、お前も来い」

「……分かった」



 太陽は成瀬の手を引いてクラスを飛び出す。

 3年生は校舎一番上階の3階にクラスがある。

 この校舎の屋上へ続く通路は3階の中央。

 太陽が手を引く成瀬の後を、俺も黙って付いて行く。


 屋上に上がるとそこに他の生徒の姿はなかった。

 すでにボロ泣きの成瀬を立たせる太陽。

 太陽が成瀬に話しかける。



「結衣。話があるんだろ?言ってみろ」

「ううっ」



 成瀬は泣き続けていた。

 落ち着くまでしばらくの間、俺と太陽は黙って待つ。

 

 これは太陽と成瀬の問題だと言い切れないもどかしさがある。

 本当かどうか分からないが、太陽が成瀬の告白にオッケーを出さなかったのは俺のせいかも知れないからだ。


 成瀬がようやく落ち着く。

 意を決したように目を開くと、たくさんの涙が地面にこぼれ落ちていく。

 次に成瀬は突然、俺と太陽に向かって頭を下げてきた。



「私のせいで……ごめんなさい」



 成瀬が深く頭を下げてくる。

 その光景を見て動けなくなる。

 今までだって、どんな事があってもお互い許し合えてきた。

 どんなにひどい失敗をしても、俺たち3人は分かり合えてきた。


 俺がそう勝手に思い込んでいた。

 今の俺は、成瀬にかけてやる言葉が何1つ見当たらない。

 成瀬がこんなに泣いているのに、何て酷い男なんだ俺は……。



「結衣、もう良いから頭を上げてくれ」

「でも……でも……」



 何も言えない俺の隣で、太陽は成瀬に話を続ける。



「俺の方こそ悪いと思ってる。でもお前の気持ちには答えられない」

「……うん」



 やはり太陽は、成瀬の告白を受ける気は本当に無いようだ。

 だとしたら、やっぱり太陽がオッケーしないのは俺のせいじゃないのか……。



「結衣、何で俺が怒ってるのか分かるか?」

「……うん」



 えっ?

 怒ってる?

 何言い始めてるんだこの2人?



「お前……俺を呼び出す勇気が無くて、シュドウを使っただろ」

「……ごめんなさい」

「……分かってるならもう良い」

「ごめんなさい」



 ……太陽は俺のために怒ってくれている。

 俺たち3人は、いつだって信頼し合っていた。

 当然お互い言えない事だってあった。

 それでも嘘だけは付かなかった。

 誰かを利用するような事もした事は無かった。


 太陽は俺のために成瀬に怒ってくれている。

 太陽を呼び出すために俺にお願いさせた事を何よりも……。

 あるいは3人の関係を壊してしまう行為に怒っているのかも知れない。


 考えても分からない。

 俺はあまりにも鈍感過ぎる。


 それでも……成瀬にも事情があったはずだ。

 きっと自分から言い出せなかったに違いない。

 だからお願いできる人が俺しかいなかった。

 ただそれだけの話……そう……ただそれだけの話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ