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28.第4章<力の代償>「男子飯」

(ピンポ~ン)



 来てしまった……。

 着いてしまった……。

 土曜日、時刻は15時過ぎ。


 あまり乗り気でない俺。

 それでも俺は成瀬の家の前に立っていた。

 成瀬真弓の誘いを断れず、俺は今この場に立っている。


 当然だがここは姉さんの家であり、妹であるあの子も当然ここに住んでいる。

 チャイムを鳴らし、しばらくすると家の玄関のドアが開く。



「な……成瀬」

「高木君、バイトお疲れ様」

「ああ……」



 初撃で撃沈。

 彼女の可愛らしい声にすべてが一気に満たされる。

 殺人的な言葉……お疲れ様……。

 もう駄目だ、耐えられない。



「どうぞ、入って」

「ど、どうも」



 ヤバい……成瀬の私服……。

 しかもエプロン姿とか嘘だろ?直視できない……。

 エプロンの下、白のワンピとか、彼女の可愛さに胸が張り裂けそうになる。


 昔からテレビやゲームの類いは俺の家に皆無。

 親友の太陽は小学1年の時からの古い付き合い。

 成瀬を加えて3人で遊び始めたのは、それから2年ほどした小学3年生くらいからだった。


 小学生の時は何の気兼ねもなく太陽と一緒にこの家に遊びに来ていた。

 時が経ち中学生に上がる頃には、さすがに場所を外に変え遊ぶようになっていた。


 女の子の家は気が引ける。

 最初にそう言い始めたのは太陽の方だった。


 俺は特に何も感じず、3人で遊べるなら場所はどこでも良かった。

 今から思えば太陽も成瀬も、俺より心の成長が早かったのかも知れない。


 玄関に入ったところで、左手のリビングから成瀬の姉さんもエプロン姿であらわれる。



「よう高木、ちゃんと逃げずに来たな」

「あなたに呼ばれたら来ないわけに行かないでしょ姉さん」

「分かってる~」



 2つ上の成瀬の姉さん。

 同じ小学校に通っていた成瀬姉妹。

 昔から上の学年の成瀬の姉さんを、俺は常に恐れていた。


 学校で俺が成瀬にちょっかいを出すと、姉である姉さんが決まって俺に襲い掛かってきた。

 体格差も小さい時ほど女子の方が成長が早い。


 2つも上の成瀬の姉さんに追いかけ回され、俺は何度も泣かされた。

 俺にも非があったのは認める。

 でもあれはやり過ぎ。

 マジでこの人、限度と言うものを知らない……。 



「あのイタズラ坊主が、作新の制服来て同じ高校通うとはね~」

「あんたは俺の母さんですか?」

「どう?うちの結衣ちゃん、今日バッチリ気合入れてるから可愛いでしょ?」

「ちょっとお姉ちゃんうるさい」



 屈託のない、裏表のないその性格に俺は小学生の時から振り回されてきた。

 高校3年になった成瀬の姉さんは、もう遥かに上の大人の女性に感じる。


 頭が上がらないのは他にも理由がある。

 太陽にとっては野球部マネージャーを1年生の時からやってる上級生。

 下級生の太陽は真弓先輩に絶対服従の立場。


 そして成瀬の姉さん、作新高校特別進学部、S1クラスの3年生。

 つまり3年間、テストの結果いかんではS2、総合普通科への転落もあり得る競争を勝ち抜き、3年間学内における成績ピラミッドの頂点であるS1クラスに在籍し続けた秀才。


 おまけに学内の華、神宮司楓とは同じ野球部のマネージャーかつ親友の立場。

 もうどう背伸びしても成瀬の姉さんには敵わない。


 そして俺には加えてもう1つ弱みが……。



「あっなんか思い出しちゃった。ねえ結衣ちゃん聞いてよ、小学生の頃の高木ったらさ~」

「ちょっと姉さん、それダメ、ストップ!どんだけ俺の株下げれば気が済むんですか」

「ふふふ、冗談冗談」

「勘弁して下さいよ姉さん、時効ですって時効」



 この人に呼ばれたら来ないわけには行かなかった。

 誰にも言えない俺の黒歴史。

 この成瀬真弓にはすべて筒抜けになっている。



「まあ玄関いるのも何だから上がって。ちゃんと手洗ってうがいして、場所分かってるでしょ?」

「覚えてますよ。昔の俺じゃないんですから、手の甲も手首も時間かけて洗いますって」

「よしよし、関心関心」



 成瀬の家は一軒家。

 2階建てで1階にリビングがある。

 成瀬と姉さん、部屋が別々だったよな……。


 玄関を入ってすぐ目に入る2階への階段。

 俺には用のない階段。


 洗面所は玄関真っすぐ右手に曲がる。

 成瀬の姉さんが手洗いの話題に触れたのは、俺が小学生の時に遊びに来て手を洗わずにリビングに入ろうとした事を言っている。


 俺はもう小学生じゃないって……。

 ここ数年顔を合わせていなかった成瀬の姉さん。

 ……姉さんの中で俺は小学生のまま時が止まっていたんだろうなきっと。


 その時計がまた動き出した……。

 訪れる事の無かった、未来ノートが俺に見せる、経験する事が無いはずの時間を俺は今過ごしているのかも知れない。


 手洗いを済ませてリビングに入る。


 すぐに気が付く……。


 カレーの匂い……これ絶対美味しいやつ。


 さすがにこれは俺でも分かる……。


 視界にはエプロンを脱いで白のワンピを着た成瀬が、リビングのソファーに座ってこちらに笑みを浮かべる。


 ヤバい。


 可愛い……。

 

 もう何も言えない……。



「じゃあ高木君、する?」

「ああ……そうだな」

「なになに?チューするの?」

「馬鹿でしょお姉ちゃん!勉強するに決まってる」

「ふふ、そんな動揺しないの。可愛いんだから結衣ちゃんは」



 この姉さん一体何を考えてるんだ?

 金曜日、成瀬の姉さんが俺に今日この時間来るように言った後。

 俺は成瀬と話をして、食事の時間まで勉強する約束をしていた。


 成瀬の姉さんはエプロンを着たまま台所に立っている。

 野球部の試合は明日日曜日。

 今日は2人にとっても貴重な休日のはず。

 わざわざ俺を家に呼んで、こんな事してて良いのか?


 リビングにあるテレビの前に置かれた透明なコーヒーテーブルの前に移動する。

 少し小ぶりな机の上に問題集を広げる成瀬。


 俺も持参した教科書やノートを取り出す。

 未来ノートも一緒に……。



「おい高木」

「なんすか姉さん」

「女の子の家に来るっていうのに、そのジーパン姿ダサいでしょ?」

「俺にそんなスペック求めないで下さいよ姉さん」



 台所から俺のボサボサ頭とダサい服装に激しいツッコミが入る。

 晩御飯をご馳走になる身。

 反論できない。



「高木君、中間テスト来月だね」

「入学したばっかりなのにもうそれなんだよな……」



 成瀬もすでに来月の中間テストに向けて標準を定めていた。

 料理が一段落したのか、成瀬の姉さんが俺たち2人のいるコーヒーテーブルのところまで来て地べたに座る。



「2人とも真面目ね」

「姉さんがそれ言います?偉いくせに」

「私は全然。1年の中間テストか~私も焦ったな~」



 先輩上級生ですでに経験している成瀬の姉さんの意見はとても貴重。

 作新高校の特別進学部。

 俺も分かっているようで分かっていない。



「4月の実力テストでしょ?5月は中間、6月に期末テスト。小テストとの総合成績を加味してS1とS2の入れ替えもあるし」

「成績の結果次第で入れ替えですか?じゃあS2と総合普通科とも当然……」

「この前の実力テストで満点取ってるあんたが言うな。小テストの成績も良いんでしょ?聞いてるよ結衣ちゃんから」

「成瀬、お前なに全部姉さんにバラしてるんだよ」

「それくらいは良いと思って」



 姉さんの話では、クラスの下位2名は自動的に降格。

 赤点を連続3回取ればそれも降格の厳しいルール。



「高木、あなたその調子で頑張んなさいよ」

「何がです姉さん」

「中間と期末でS2の上位2番までに入れば、うちの結衣ちゃんと同じクラスよ」

「それって……S1に上がれるって事ですか?」

「そうそう。あっ、その顔だと考えた事無かったでしょ?どうヤル気出た?」

「無理ですって俺の実力じゃあ」

「満点取ったあんたが言うな」



 目の前のテストに必死で考えた事も無かった。


 S2の成績2番までに入れれば、成瀬と同じクラス、S1に上がれる……。


 総合普通科へ降格する事ばかり恐れていた俺にとって、頭の片隅にも無かった選択肢……。



「体調の維持もそうだけど、小テストだって割と多いでしょここ?」

「高木君のクラスとうちのクラス、問題一緒だもんね」

「そうだったのか?」

「高木、あなた本当何にも知らな過ぎ」



 実力テストの問題がS1クラスとSAクラスで一緒だった。

 各授業の小テストも同じ問題。

 当たり前と言えば当たり前の話。



「さて、晩御飯の続き続き。2人の邪魔しちゃ悪いしね」

「そう言えばお母さんたちいないですね?」

「高木が来るって言ったら、夫婦揃って旅行に行った。一泊してく?」

「平然とそんな事言わないで下さいよ」

「うそうそ、結衣ちゃんに手出したら殺しちゃうよ~」



 そう言って姉さんは晩御飯作りの続きを始める。

 玄関で出迎えた成瀬も最初はエプロンを付けていた。

 俺が来るまで食事の準備を手伝っていたのかも知れない。


 俺は笑みを浮かべる成瀬と2人で、リビングにある小さなコーヒーテーブルの上で勉強を始める。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






  ……






  ……







  ……無理。




  


  全然……。



  ぜっっっっっんぜん、教科書の内容が頭に入ってこない……。





「ふふ」

「……」





 すぐ目の前に、白のワンピ着た天使が笑ってる……。

 

 机に問題集を広げて悩んでいる成瀬。


 彼女の呼吸を近くで感じ、胸のドキドキが止まらなくなる。


 たまに視線が合うと笑みを浮かべる。


 俺の邪魔をすまいとまた机に向かって下を向く。


 可愛い成瀬が気になり、俺の集中力はまったくと言っていいほど持続しない。


 これじゃただ座っているだけと一緒。


 駄目だ、やっぱり集中できない。


 女の子らしい仕草が気になってしょうがない……。


 成瀬……髪をよく耳にかけるんだよな。


 何でそれだけでこんなに胸が苦しくなる?



「あちゃ~やっちゃった」

「どうしたのお姉ちゃん?」

「サラダのドレッシング切らしてるし。しょうがない、買って来るか」



 台所から突然姉さんの声がする。

 それに気づいて、俺も成瀬も台所を向く。



「私行くよお姉ちゃん」

「もう少しで作り終わるからいいよ結衣ちゃん」

「ううん、近いし。私行ってくる」



 そう言うと成瀬はリビングに置かれた棚の引き出しから財布を取り出すと、そのまま買い物へと出かけて行ってしまった。



「まったく結衣ちゃんは……」



 姉さんが深くため息をつく。

 俺には普通のやりとりに見えたが、何かあったのだろうか?


 しばらく料理を続けていた姉さんが台所から俺のいるコーヒーテーブルまで来て向かいに座る。

 まだ成瀬は帰って来ていない。



「あのさ……高木君。ちょっと良いかな」

「ええ、大丈夫ですよ」

「ごめんね勉強中に」



 どの道集中力を切らしていた俺は、教科書を閉じて成瀬の姉さんと視線を合わせた。



「これからちょっと好き勝手な事言っちゃうけど、聞いてもらえるかな?」

「姉さんいつも好き勝手言ってるじゃないですか?晩御飯ご馳走になりますから、いくらでも聞きますよ」

「ありがと……実は、結衣ちゃんなんだけどさ」

「ええ……」



 話題はやはり成瀬の話だった。

 成瀬のいないこのタイミングで、一体何の話だろうか?


 



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