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23.「4949」

(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)


「バイバイ~」

「またね~」



 今日の6限目の授業が終了する。

 時刻は14時。


 今日はとんでもない一日を過ごしている。

 未だに楓先輩たちから、お茶会と言う名の拷問で受けた深い傷を引きずる俺。

 女子に囲まれた初のメモリアルエピソードは、楓先輩の笑顔と共に俺の闇歴史へと変貌した。


 まあ。

 俺の高校生活ならこんなもんさ……。


 俺はカバンから昼間太陽と成瀬によって大幅に修正された、むこう1週間分の手書きスケジュールを取り出す。


 今日の予定では、この後17時まで図書館で予習。

 学校の門の前で3人で待ち合わせ。

 17時15分にマクドナルドに到着して45分間のマックフライポテトタイム。

 18時に解散して、夜まで勉強。


 分刻みの俺のスケジュール。

 今日の曜日は木曜日。

 未来ノートに記されたのは明日金曜日のテスト問題2科目4ページの分量。


 問題検索のプロになりつつある俺。

 最も多くの分量が割かれるのが化学のテスト。


 前回のテストからレベルアップし、元素記号のオンパレード。

 テストの告知など一切無し。

 授業開始と共に冒頭間違い無く試験が初めて告知されるはず。


 しかし学校側の対策もここに至っては関心すらする。

 ある授業によっては連続して小テスト。

 ある授業では連続3回テスト無し。


 つまり抜け打ちと告知を織り交ぜながら、常に特別進学部の生徒を戦闘状態にモチベーションを保たせる。

 その証拠に初日こそカラオケに行っていたクラスのガリ勉女子の集団が、皆爽やかな表情を浮かべてサヨナラしクラスを後にする。

 クラスの大半の生徒は高いお金を払って塾に通っているはず。

 自らの行いを実力テストの結果で猛省し、振り落とされないように必死に勉強しているに違いない。


 焦る俺に太陽は言った。

 人間メリハリが大事だと。


 サッカー選手も前半45分、後半45分を全力疾走で走り続ける事は出来ない。

 ここぞと言う時のメリハリあるプレーが明日の勝利に繋がる。


 俺は今日45分のマックフライポテトタイムを捻出すべく、これから明日のテストに向けて全力で予習する決断をした。


 単に未来ノートの1ページ目に印字された化学の問題が分からなかったから。

 笑いたければ笑うがいい。


 俺が元素記号をすべて暗記出来ているわけがない。

 これからすぐに図書館に行って、全力で予習しなければいけない。



「あんた、今日マック行くわけ?」

「え?ああ、お前か。だったら何だよ」

「45分だけ計画的にマックとか、あんたら馬鹿?」

「ああそうだよ。お前も来るか?俺、金無いから割り勘な」

「死ねし」



 彼女が来るわけないのは百も承知。

 クラスメイトの茶髪の女子は捨て台詞を残し、教室から去って行った。


 今日あいつも図書館行くのだろうか?

 俺も早く予習に行かないと。


 この計画的マックには俺たち3人にとってとても大きな意味がある。

 太陽も成瀬も言い出さなかったが、俺はそれを強く感じていた。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「おっ来たぞ結衣。お~いシュドウ」

「高木君、こっちこっち」



 作新高校入口の正門。

 その近くの木の下で太陽と成瀬が手を振っている。


 俺は図書館で全力予習して明日のテストに向けた準備を整えた。

 調べる系の問題は短時間で調べがつくが、覚える系の問題は家に帰ってから必死に覚える事にする。


 今日最も時間を割いたのは化学の元素記号。


 水素H、ヘリウムHe、リチウムLi、ベリリウムBe……BCNOFNe……NaMgSiAlPSCIAr……KCaScTiVCrMn……鉄FeコバルトCoニッケルNi銅Cu亜鉛ZnガリウムGa……。


 水平リーベ僕の船……ナ、生ガールシップスクラー……クカスコッチ暴露マン……黒柳徹子にはどうせ会えんがな……完璧だな。



「どうだシュドウ、勉強できたか?」

「バッチリ」

「マジか」

「高木君、今日は何の勉強?」

「化学だよ、化学」


 

 俺は化学にまったく興味がない。

 ただテストの点数を取る事が俺の目的。


 神宮司葵(じんぐうじあおい)……『源氏物語』をこよなく愛し、部屋にある地球儀を見てあの実力問題で高得点を叩き出した秀才女子。


 興味を持って調べて得点した彼女と、ただ点を取るためだけに勉強した俺。


 口ではあんな事を昼間言ってしまったが、俺は彼女の実力を知り尊敬の念すら抱くようになった。



「何シケた面してんだよシュドウ」

「早く行こうよ高木君。時間、無いんでしょ?」

「そうだった、もう3分押してる。早くマック行かないと」



 分刻みの俺のスケジュールを知っている太陽と成瀬。

 笑いながらマクドナルドに歩を進める。


 空は真っ赤に染まり、地平線に太陽が沈み始める。


 3人でマックの2階の席へ向かう。

 良かった。

 いつもの窓側の席が空いていた。


 マックフライポテトを手に3人でいつもの並びで座る。

 太陽と成瀬が隣同士に座る。

 俺が2人の向かいに1人で座る。


 俺はどうしても2人に言いたい事があった。

 最初に言わないと伝えられない気がして、食べ始める前に2人に告げる。



「太陽、成瀬、ごめん……」

「どうしたシュドウ?」

「高木君?」

「作新高校合格したら3人で遊びに行くって約束。俺、すぐ守れなくて……」


 

 入試に合格してから1カ月。

 まともに3人で集まったのは今日この時間が初めてと言って良い。


 だからさっきまで図書館で頑張ってきた。

 お詫び程度の今日の45分。

 2人は笑って俺の顔を見ている。



「事情は分かってる、謝る必要はないぞシュドウ」

「そうよ高木君。今日ちゃんと一緒に来てくれたでしょ?」



 短い時間ではあるが、入試の前の約束を果たせた。

 それを無理矢理果たさせてくれたのは、2人がスケジュール合わせをしてくれたおかげ。


 2人は俺にテストよりも大切な事を果たさせてくれたのかも知れない。

 テストと2人との関係を俺は天秤にかけ続けてきた。

 その自分の考え方を少し反省する。


 楽しく3人の会話を楽しむ。

 このかけがえのない時間がある事に、何で俺はもっと早く気づく事が出来なかったのだろうか?


 今日の時間を与えてくれた2人に感謝したい。


 夕日が店内に差し込む。

 成瀬は俺と目が合うと何やら怒っている表情を浮かべる。

 顔が赤く見えるのは、夕日のせいに違いない。


 3人で会う時は話題の中心は最近いつも俺。

 2人の質問は当然昼間の楓先輩とのお茶会に話がおよぶ。



「――で、何話してたんだ4人で?」

「実力テストの結果で持ち切り。妹の方がずっと喋っててさ」

「何て言ってたんだ、何て?」



 太陽も成瀬も前のめりになり、俺からお茶会の情報を引き出そうと質問してくる。



「お姉ちゃん、私の事何か言ってた?」

「なんで来ないのか聞かれたから」

「なんて答えたの高木君」

「成瀬は逃げたって言っといた」

「もう少し言い方があるでしょ?信じられないも~」

「ははは」



 太陽が抱く楓先輩への想いを聞いてなお、奇妙なバランスで俺たち3人は集っている。

 その中心にいるのが今は俺だと言う太陽の言っている事が段々と分かってきたような気がする。



「南スーダンだろ?俺ディリって書いた」

「太陽君それ東ティモールだよ。南スーダンの首都はジュバ、ねえ高木君」

「そうだぞ太陽、ジュバだぞジュバ。かすっても無いぞ」

「ジュバなんて分からないって結衣」



 あれだけ必死に暗記してると、脳みそに刻み込まれる。

 化学の問題もそうだったけど、俺も最近毎日勉強してるせいか暗記に強くなってきた気がするような……はは、まさかね。



 向かいの席に並んで座る太陽と成瀬。

 お互い横に向き合い、実力問題の話をする。

 

 成瀬の横顔、俺ずっと見てきたんだよな。

 いつ見ても可愛い笑顔に、昔の自分を思い出す。


 話が終わったのか、こちらを向く成瀬と目が合う。

 夕日がすっかり沈んでしまい、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 夕日はすっかり沈んだはずなのに、成瀬の顔は赤いまま。

 きっと気のせいに……違いない。



「高木君……」

「ん?どうした成瀬」

「私の顔見てて、何か楽しい?」

「え?」

「ボっーと見てたぞシュドウ、どうなんだ?」

「別になんでも……」



(ピピピピピピピ)



 太陽と成瀬の向かいに1人で座る俺の隣の空いた席。

 そこに置いたカバンの中から電子音が鳴る。



「あっ店長からだ」

「高木君?」

「どうしたシュドウ、お前いつの間にスマホ買ったんだよ?」



 俺はカバンの中から機械を取り出し2人に見せる。



「そんなの無いよ、ポケベルだって」

「ポケベル?」

「何だよそれシュドウ」



 ポケベルの番号には『4949』と表示されていた。



「ポケベルって、大昔の連絡手段でしょ?」

「バイト先の店長から渡されてる。俺スマホ無いから、店長が連絡を店に欲しい時これ鳴るんだよ」

「お前は何時代の人間だシュドウ?」

「知らないよ」



 俺は店長から渡されたポケベルの暗号表をカバンから取り出す。

 様々な数字が色々な意味を持つ。

 全部で240も暗号があるらしい。

 そんなにあっても使う事が無い。



「暗号表?」

「4949ってなんだ?」

「えっと……シキューだってシキューシキュー」

「急いで店に電話よこせって事か」

「ここら辺、公衆電話あったっけ?」

「おいシュドウ、お前時代が一世代遅れてるぞ」

「私のスマホ使う高木君?」

「通信費は店の経費で落とすから現金しか使えないんだよ」



 ビジネスマンと化した謎の高校生。

 ポケベルには4949(シキューシキュー)と表示される。


 窓側の席に座る成瀬が駅前の通りを見渡し、絶滅危惧種、緑色の電話BOXを発見する。

 駅前のマックの前に公衆電話が1つ。


 2階の席に2人を残し、急いで公衆電話に急行。

 スマホが無い俺は10円玉を3枚入れて、ローソンにいる店長に連絡を入れる。



(プルプルプル~カチャ!この電話は、20秒ごとに、10円の通話料がかかります……)



(「もしもし高木です、店長ですか?」)

(「おお、すまないね高木君。ちょっと悪いんだけど私この後用事があってお店出ないといけなくて」)

(「大丈夫ですよ少しくらいなら」)

(「助かるよ高木君。今日新しいバイトの子が入ったから、3時間だけ面倒見てやってくれない?」)

(「了解しました、すぐに向かいます」)



 電話終了。

 これは店に寄らないわけにはいかないな。


 マックの2階で待つ太陽と成瀬のところに戻る。

 事情を説明して、解散する事になった。



「悪いなシュドウ。スケジュールどころじゃ無くなってよ」

「ごめんね高木君」

「いいよ2人とも。太陽、暗いから帰り成瀬頼んだぞ」

「おう、任せとけ」

「じゃあ、また明日」



 マクドナルドの前で2人と別れる。

 今日寝るのは結局遅くなりそうだ。


 水平リーベ、僕の船と……。


 昼間太陽と成瀬が作ってくれた俺のスケジュール表。

 初日から早速上手くいかなかった。


 それでも俺は満足していた。

 人間メリハリは大事。


 ずっとテストの事ばかり毎日考えてきた俺は、体の疲労感以上に感じる、言い知れぬ充実感に浸っていた。


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