22.「先輩に誘われて」
昼休憩。
残り時間が半分以上経過したところで、S2教室の後ろから顔をのぞかせる女子生徒。
斜めに顔を傾かせ、人懐っこい無邪気な笑顔を浮かべる美少女。
サラサラとした黒髪に白い肌がひときわ目立つ。
S2クラスの男子生徒がその姿に見惚れる中、彼女の出現に警戒態勢に入る生徒が1人。
「おいシュドウ。神宮司さんと何か約束でもあるのか?」
「あるわけないだろ」
笑みを浮かべる神宮司が、おかまいなしにS2クラスに入ってくる。
教室の一番後ろの席にいる俺の隣に、飛び跳ねるように近づいてきた。
「シュドウ君」
「シュドウ君?そんな外人どこにもいないよ。てか、いつからお前そのあだ名覚えた?」
「俺が教えた」
「何話してんだよ太陽。俺の個人情報漏らすなよ」
「シュドウ君シュドウ君」
「高木君、呼んでるよ」
成瀬が突然口調が大人しくなる。
神宮司に対して遠慮してるようにも感じる。
「どうした?」
「お姉ちゃんがお話したいって」
「誰がだって?」
「楓お姉ちゃん」
とんでもない名前が出てきた。
俺の直感と警戒信号は見事に的中する。
楓先輩が俺に一体何の用だ?
それに1つ気になる事があった。
「神宮司。ここにいる成瀬の姉さんも一緒か?」
「うん」
「俺は沖縄に旅立ったと伝えてくれ」
「ちょっと高木君、楓先輩からお呼び出し。お姉ちゃんも待ってる、早く行ってあげて」
「くっ……成瀬の姉さんも一緒かよ。行くしかないだろ」
俺がこの話をバックレた瞬間。
授業終わりに成瀬の姉さんが絶対報復にやってくる。
俺の天敵、成瀬真弓。
この依頼、断れない。
「太陽、俺についてこい」
「俺がどのツラ下げて行くんだよ」
「成瀬、一生の頼みだ。俺についてきて」
「私先輩たちとはちょっと……」
「成瀬の姉さんもいるのになんでだよ」
太陽も成瀬も俺を生贄に捧げて自分たちだけ助かるつもりだ。
神宮司が早く早くと胸の前で小さく手招きする。
可愛い子は何をやっても可愛い。
違う。
今はそんな事考えてる場合じゃない。
「じゃあなシュドウ。さっきのスケジュール忘れんなよ」
「今日の夕方、門の前で待ってるね」
さっきまで必要に俺の近くにいた太陽と成瀬。
楓先輩の名前を聞いた瞬間、逃げるようにS2クラスを立ち去る。
去り際があざやか過ぎる。
神宮司がこっちこっち手招きしてる。
地獄への誘い。
どうする、沖縄か?
駄目だ、逃げたらミサイルが飛んでくる。
もう行くしかない、行くしか。
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「おい引っ張るなよ神宮司」
「早く。休憩時間終わっちゃう」
「良いんだよそれで」
俺の牛歩戦術はあえなく失敗。
タイムオーバー解散を狙ったが、突然神宮司に手を握られ構内を引き回される。
どこへ行くつもりだこの子?
1階の渡り廊下を抜け、校舎と校舎の間にある木蔭と芝生のエリアに入る。
こっちは3年生がいる校舎の方角のはず。
渡り廊下からそのまま分岐して進むと、そこには1年生の校舎付近には無い、リッチな屋根付きの白い石段通路。
近くには噴水まで見える。
上履きのまま綺麗な石段を進んで行くと、木の下にある木蔭、その芝生の上にシートを広げ、絵に書いたようにお茶会をしてる美女2人がこっちに向かって手を振っている。
元気な笑顔に今日はポニーテールの黙ってれば絶世の美女。
俺の天敵、成瀬真弓のすぐ隣。
現代に現れた大和撫子。
木蔭にチラチラと光る太陽が彼女の髪を鮮やかに照らす。
上品に胸の前で小さく手を振る女性らしい仕草。
楓先輩、いつ見ても美人の一言。
「葵ちゃん、そんなに慌てなくても」
「お昼休憩終わっちゃう」
「はいはい」
仲の良い姉妹の会話。
子供っぽさが残る妹がより幼く見えてくる。
お姉ちゃん事、楓先輩が、妹の頭をいい子いい子して撫でている。
ここに同席する俺の場違い感は半端ない。
成瀬の姉さんとは悪い意味で顔なじみ。
まるで俺の事を弟みたいに話しかけてくる。
「高木君、結衣ちゃんは?」
「逃げられました」
「はぁ~だよね~」
成瀬の姉さんは悟っていたかのように深くため息をつく。
成瀬が来ないって、なんで姉さん分かってたんだ?
白い石段の渡り廊下の延長。
そこに上履きを脱いで、芝生に敷かれたシートに座る。
木蔭で魔法瓶に入れていたであろう紅茶を囲む。
シートの上にクッキーのような洋菓子。
絵に書いたようなお茶会。
女性の横座り、人魚座りと言うべきか?
学校で制服でとか、この3人がしているのは犯罪行為に等しい。
目のやり場に困る。
「どこ見てるの高木君。結衣ちゃんに言うわよ」
「こんな場所に連れてきた姉さんがそれ言わないで下さいよ」
「ふふふ」
楓先輩が笑っている。
俺の顔を見て一体何がおかしい?
「逃げずにちゃんと来たのは褒めてあげます」
「そりゃどうも」
「シュドウ君、沖縄行くって言ってた」
「それ言うな神宮司。言葉のあやだ」
「ちょっと高木君」
「本当何でもないです姉さん、何でも」
「ふふふ」
話題は当然だが実力テストの話になった。
俺は終わった事だと話を切ろうとしたが、上級生のお姉様方は興味深々のご様子。
それ実力で取れた点数じゃないんです。
そんな事、口が裂けても言えるわけがない。
楓先輩、お姉さんの前で妹の神宮司は滑舌だった。
ニコニコしながら古典の問題がどうだった、ああだったと言い始める。
この子の興味は古典文学。
生まれる時代をこの子は間違ったのかも知れない。
「――でね。あそこは『光源氏』が想いを告げる難しい表現だから、普通のとはちょっと違う表現だったの。分かってないと絶対選べないの」
「あらそうなの、凄いわね2人とも」
「ね、シュドウ君」
「そうですね……」
光源氏先生に言わせると、そういう事らしい。
表現がどうとか、文法的にどうとか、俺にはそんな事一切分かっていない。
――『出題された本を読めば答えは簡単に分かる』――
この子は『源氏物語』を何度も読み、『光源氏』の言葉を1つ1つ覚えていたに違いない。
それに比べて俺は最低。
第1巻と第2巻は少し読んだ、ちょっとだけ古典文学の世界に足を踏み入れた。
第3巻に至ってはもはや作業。
『源氏物語』早読み競争を仕掛けてきた神宮司が悪い。
この子のせいにして気持ちを落ち着かせる。
差し出された洋菓子を口に入れると、まぶされた砂糖が口の中で甘く溶けた。
妹の神宮司はさらに別の話を続ける。
長すぎるぞ昼休憩。
上級生とお茶会とか、俺の人生では起こりえないメモリアルエピソード。
しかも相手に超美人の楓先輩がご同席。
太陽のやつ何で逃げた?
きっと甲子園までヘマしないように現状を維持しようとしたなあいつ。
ホームラン打たれるのが怖くて、ノーランナーでいきなり敬遠。
エースピッチャーの風上にも置けない弱腰選手め。
俺だけ生贄に差し出され、楓先輩に笑われ放題。
良いから早く終わってくれ。
俺はこの場を一刻も早く立ち去りたい。
「テストの地理の問題よく分かったねシュドウ君」
「えっ?ああ、あれか……南スーダンの首都」
「そんな問題が出てたの?」
「俺は……たまたま調べた事があって、それを覚えてて」
嘘です。
本当は出るの知ってて事前に調べました。
「ジュバですよジュバ」
「覚えてたのが凄いわ高木君」
「シュドウ君、私もそれ分かった」
「さすがだな神宮司」
「ジュバ」
可愛い子は何を言っても可愛く聞こえる。
子供っぽく言葉を発する神宮司。
それを優しく上品に笑う楓先輩。
「でもよく分かったな神宮司」
「えへへ。部屋に地球儀あってね、気になって調べた事あるの」
「お前暇さえあれば地球儀見てるのかよ……世界征服でもするつもりか?」
「う~ん……そだよ」
「達成できたら世界の半分を俺にくれ」
「ふふ、ふふふ」
「楓、そんなに高木君の話楽しい?」
「ふふふ、もうおかしくって」
お上品な昼下がりの校庭の庭で、下品な俺の会話がこだまする。
楓先輩、さっきから笑いっぱなし。
俺は先輩を笑わせる天才なのかも知れない。
会話が弾んで気分を良くしたのか、妹の神宮司がとんでもない話を言い始める。
「でねシュドウ君。2日前にお父様がお家でね、実力テストで満点取れるような男の子なら嫁にやっても良いっておっしゃられてたの」
「ふ~ん、そうか……ん?」
「葵ちゃん、そのお話はお姉ちゃんちょっと恥ずかしいかも」
「何それ楓、私それ聞きたい」
今時、お父様とかどんな家だよ神宮司は……。
あれ?
俺、なんかとっても大事な事忘れてるような……。
「それでね、そしたらね。今日本当に満点取った子がいて、さっきお父様のお部屋に行ったらお父様もビックリされててね」
「ちょっと待て。お父様のお部屋?ここ学校だぞ」
「いるよお父様、嘘じゃないよ」
「高木君、まさかあなた知らないの?」
「何をです姉さん?」
「あちゃ~」
「ふふふ」
俺が何を話しても笑っている楓先輩。
無邪気に話し続ける妹。
「それでね」
「まだあるのかよ」
「聞きたいでしょ?」
「聞きたくないよ」
なんかヤバい事言ってるような気がする。
誰だよお父様って、どこにいるんだ神宮司のパパは?
楓お姉さんが興奮して話す妹をたしなめているが、妹は聞く耳を持たない。
何を言ってる。
何を楽しそうに話しているんだこの子は?
変なタイプの不思議ちゃんくらいにしか思っていなかったが、今朝の実力テストの点数を見て印象が変わった。
この子は成瀬と並んであの全範囲超難問の実力テストで8割の解答率を叩き出した隠れ才女。
俺というイレギュラーがいなければ、本来学年成績トップの天才女子。
子供みたいな口調をして軽く聞こえるが、裏では俺以上に過酷な勉強時間をこなしてきた俺の到達できない次元にいる女の子だ。
俺は未来ノートの力を使ってたまたまこの場に座っているだけ。
本来出会う事が無かった女の子たち。
この子は俺の事、自分と同じくらいの努力をして、『源氏物語』まで好きな読み友達だと勝手に勘違いしているはず。
神宮司が何を考えているのか全然分からない。
天才過ぎる子は逆に馬鹿みたいに感じてしまうのか?
……あっ。
俺今まで……。
本当は俺の何百倍も頭が良い女の子、成瀬の事をめっちゃ馬鹿にしてしまっていた……。
「お父様にね、満点取った子、私のお友達なのってさっき言ってきたの」
「言っちゃったのかよ」
「うん」
無邪気に俺に死刑宣告を告げる女の子。
もはや彼女の中で俺とこの子はお友達。
いつ友達になった?
全力で否定したいが、めちゃくちゃ可愛い笑顔で友達だよね?とか言われて、楓お姉さんの前で否定する勇気が俺には無い。
「お父様に男の子なのかって聞かれたから」
「なんて言ったんだお前」
「男の子だよって言ったの」
「マジか、なんて事してくれたんだよ」
「なにが?」
「お前は俺を社会的に抹殺するつもりだろ」
「ふふふ」
ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て。
まだ全然よく状況が分かってないが、絶対、ぜ~~~ったいにとんでもなくマズい状況がこいつの家の中で起こっている事だけは伝わってくる。
「今度お家に連れてくるかもって言ったらね」
「そういう重大な決定、俺の許可を取ってから言えよ!で?どうなった?」
「お父様すっごく慌てちゃってね。コップが床に落ちちゃって割れちゃってもう私もビックリ」
「そんな事になってるの聞いた俺がビックリだよ。なんて事してくれたんだよお前」
「ふふふ」
「笑い事じゃないですよ先輩」
お茶会は盛大な盛り上がりと共に幕を閉じていった。




