21.「スケジュール合わせ」
朝から俺は運気が最悪。
クラスメイトからヒソヒソ話をされ、周囲の視線を常に感じる。
これも未来ノートの呪いなのか?
使用者は永続的に幸せになれないよう呪いがかかる悪魔のノートに違いない。
ただでさえ2日連続でS1クラスの女子生徒をいじめてボロ泣きさせ、完全に学年のお尋ね者だった俺。
その俺の名前が全校生徒にさらされる事態に発展。
いじめられたはずの神宮寺が笑顔で手を繋いできたことで、クラスメイトから俺に好奇のまなざしが注がれる。
県下随一、伝統の進学校、作新高校。
その栄えある高校、S2クラスに突如として現れた実力テスト満点男。
ひっそりと学校の片隅で生きていきたいはずの俺。
作新高校入学早々、これでもかと言わんばかりに目立ちまくり、やる事成す事すべてが上手くいかない。
呪われてる。
呪いのアイテムを持っているから?
今年厄年だったか俺?
今の俺は大殺界の真っただ中。
とどまる事を知らない不幸の連続。
幸運をもたらすと思われた未来ノートの力によって、俺は今不幸しか感じていない。
その悪い流れが今日の午前中授業で連続する。
―――1限目の数学の授業。前回小テストの結果返却。
「次、高木君。よく頑張ったね、満点です」
「そうですか……」
―――2限目の英語の授業。前回小テストの結果返却、2発目。
「高木君100点満点です。その調子で頑張って下さい」
「はい……」
―――3限目の化学の授業。前回小テストの結果返却、3発目。
「高木君、君だけ満点」
「どうも……」
クラスのみんなが俺のテスト結果に注目する。
俺はカラオケには行かず、図書館に行って勉強してただけ。
ちゃんと予習した。
その結果満点取れた。
ただそれだけの事。
それだけの事……。
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お昼休憩。
この高校には大きな学食と購買があるようだが、そんな青春咲き乱れる場所でお金を払い立ち寄る必要は無い。
今月の家賃、食費、光熱費もかかる。
今日もローソンの店長からもらった、賞味期限切れのカレーパンを朝のバイト先から持参。
俺の体の半分はローソンでできている。
残り半分は家の蛇口から汲んできた水筒に入った水道水。
これでもギリギリの生活。
「ようシュドウ、調子はどうだ?」
「最悪」
「マジか」
少し遅れて成瀬もS1クラスから合流してくる。
S2クラスのほとんどの生徒は食堂へ向かった。
教室に残るのは数名の生徒だけ。
その中には俺にガンを飛ばしてくるあの茶髪の女子もいた。
隣の席のイスを拝借して、俺の狭い机の上に成瀬と太陽も囲んで座る。
俺たちにとっては普通かも知れないが、S1の生徒とSAの生徒が混ざってS2で食べる。
教室に残る数名の生徒たちは、その光景を不思議がって見ている。
「俺の席で食べるのか?狭すぎだろ」
「置ければ十分。さあ飯、飯」
「太陽そんなに食べるのかよ?てか成瀬、お前食べるのそれだけ?」
「うん、最近いつもこんなかな」
「餓死するぞ成瀬、お前絶対カロリー足りてないって」
「それは高木君も一緒です。私の少し食べる?」
「お前はアンパンマンかよ成瀬。俺はカレーパンあるから十分」
「俺のパン1つやるぜシュドウ」
「サンキュー」
S2の生徒が戻ってくる前に食事を3人で終わらせる。
成瀬の弁当、小さな小さなお弁当箱におにぎり1つしか入ってない。
信じられない小食。
「成瀬、ダイエットでもしてるのか?」
「してません」
「痩せすぎだって」
「もう~なんで本当最近思った事全部口にするようになったのよ高木君は!」
「あははは、違いねえ」
「そうか?」
「そうだよシュドウ。お前……最近自信付いてきただろ?」
「全然。いつも赤点取らないかビクビクしてんだよ」
「本当高木君?」
話題の中心は俺の事ばかり。
それでも俺は3人でいられる事がとても嬉しく感じる。
本当は中3の今年の1月で終わっていたはずの関係。
それを紡いでこの教室に3人で食事を取れている事が何よりも嬉しかった。
「……楽しいかも」
「どうしたシュドウ?」
「何が楽しいの高木君?」
「作新高校来て良かったなって、俺、今やっと感じられたわ」
「高木君……」
(バシッ!)
「痛い!何すんだよ太陽」
「何嬉しい事言ってんだよシュドウ。お前本当最高だな」
「意味分かんねえし。あっ、今ので思い出した。成瀬さ」
「うん、なに?」
「お前の姉さんに学校で会う度にいじめられるんだって。何とか言ってといてよ、高木君が困ってますって」
「もう~お姉ちゃんったら。分かりました、もっといじめるようにお願いしときます」
「逆だろ逆」
「ふふふ」
たわいもない話。
俺たち3人はずっとこうして生きてきた。
食事が終わり隣の席のイスを戻しておく。
教室に帰ってきたS2の生徒に不快な思いをさせまいという2人の配慮だと感じる。
だが太陽と成瀬は立ったまま、俺の席のそばから離れようとしない。
それどころか、朝の話の続きがあると言う太陽。
朝の話ってなんだっけ?
「――だからなシュドウ。お前頑張り過ぎてるから、今みたいにちょっと息抜きしようぜって話」
「俺、今2人のおかげでもう十分息抜き出来たって」
「少しだけで良いから外出ようよ。最近ずっと図書館ばっかりでしょ?」
「そりゃまあ、そうだけど……」
俺が勉強すると言えばそれで2人も納得して解散。
今日に限って、話はそうはならなかった。
「シュドウ。真面目な話、さっき成瀬と少し話したんだがよ」
「うん……」
「高木君無理し過ぎ。アルバイトもしてるのに勉強も詰め込んで……実力テストだって満点取れたのは凄い事だけど、図書館も含めてお勉強どれくらいしたの?」
「言わないとダメ?」
「ダメです」
俺に詰め寄る成瀬。
少し怒っているようにも見える。
成瀬がこの顔になった時は、俺が正直に答えるまで絶対逃がしてくれない時だ。
「……14時間くらい」
「ダメだよそれ……」
「おいシュドウ、お前絶対オーバーペースだ。俺も勉強はするし野球も練習する。知ってるかシュドウ?故障したら試合で投げれなくなる。休憩も練習の一つなんだよ」
「そうか……確かにそうかも……ちょっと思ってた」
俺は2人に今の心境を話す。
実力テストレベルのテスト。
俺がしている勉強は未来ノートの模範解答作りと解答・解法の暗記作業だ。
それをストレートには2人に話せない。
それも含めて。
実力が無い俺はこのままのオーバーペースで今の勉強時間を維持する事に不安を抱いていた事も話した。
「シュドウ、よく言ってくれたな。じゃあ今日1日くらい休憩しようぜ。どうだ今日?俺野球部夕方までだから、今日は夜バイトか?」
「今日はシフト入れてない、一応空いてる」
「ちょうど良いじゃねえかよ。なあ成瀬、お前も言ってやってくれよ」
「高木君。今日1日くらい休んで、お願い」
「しかしだな……」
2人が俺の体の心配をしてくれている。
それが十分に伝わってくるのだが……俺は知っていた。
次なる未来のテストを予告する、未来ノートに記された問題の数々。
実力テストほどで無いにしても、2科目4ページ分。
これに加えて昨日からは各授業科目の宿題だって普通に出るようになった。
俺が二つ返事で今日は休むと言わない事で、成瀬の顔が段々と険しくなってきた。
ついに一線を越えたのか、これまで我慢していたはずの成瀬が爆発したように声を荒げる。
「高木君、最近全然一緒に遊んでくれないし」
「しょうがないだろ?バイトあるし、テストあるし」
「自習だって一緒は嫌だって先に行っちゃうし」
「しょうがないだろ?俺は成瀬と違って頭が悪いから勉強しないとテストで良い点取れないんだよ」
「別に自習なら成瀬と一緒にすれば良いだろシュドウ?」
「成瀬が気になって勉強に集中できないんだよ俺は」
「も~またそればっかり」
S2クラスで喧嘩を始める俺と成瀬。
食堂で食事を終えて戻り始めたS2のクラスメイトなどお構いなしに話はヒートアップする。
今日の成瀬は自己主張をとてもするように感じる。
俺が我慢させ過ぎて、温厚な成瀬もついに爆発してしまったのかもしれない。
「私たちと遊ぶのと勉強とどっちが大事なの?」
「まあまあ結衣、それ以上シュドウを責めるなって。だがまあ分かるかシュドウ?結衣の言う事ももっともだぞ」
「2人が言いたい事は分かるけど……」
太陽は成瀬の言う事に肩を持つ気でいる。
俺の体の事を心配してくれて言っている。
それは分かってる。
分かってるんだけど……。
「お前は結衣と勉強のどっちが大事なんだ?」
「ちょっと太陽君それおかしいから」
集中力を切らしていた俺は、太陽の話をよく聞いていなかった。
俺は2人と遊びに行くという名の誘惑と、迫りくるテストの対策に当てる時間を天秤にかける事で頭が一杯になっていた。
太陽の問いかけをちゃんと聞いていなかった俺。
頭が悪い俺はまた、言いたい事を口走ってしまった。
「俺だって大事に思ってる。ずっと一緒にいたいから、だからこうして死ぬ気で毎日勉強してるんだろ」
「シュドウお前……」
成瀬が顔を真っ赤にして両手で顔を隠している。
俺は太陽が聞いてきたので、太陽が勉強と俺とどっちが大事なのかと聞いてきたものだと勝手に思い込んでいた。
何で成瀬が顔を隠す?
状況が飲み込めない俺は、すこぶる冷静に席に座り続ける。
「よし分かった。おい結衣、スケジュール合わせるぞ」
「何だよ太陽、スケジュールって?」
「ほら結衣も照れてないで始めるぞ。シュドウ、お前色々予定詰め込み過ぎてるから一度整理しろ。スマホねえんだろ?良いから紙に書け、紙に」
「何を?」
「スケジュールだよスケジュール。俺がいつもやってる練習スケジュール作成の応用。お前の行動を全部洗い出して仕訳けてやる」
「分かった……とりあえずやる」
俺は太陽に指示されて、今日から向こう一週間分のスケジュールを紙に書き起こした。
物差しで縦線と横線を適当に七分割し、横軸の上から朝5時、下は夜12時までの予定を書き込む。
平日は残り2日。
まず授業でシートの半分が埋まる。
未来ノートの問題告知は日々変化するので、授業が無い学校にいる時間が図書館。
暗記の時間に、おっと今日の授業の宿題もやんないとな。
土日はほぼバイト、飯は5分。
まあこんなもんだな。
「高木君……ダメ……」
「おいシュドウ、お前バイトと自習ばっかじゃねえかよ」
「これでもバイト減らしたんだよ」
「いつ寝るんだよいつ」
俺はバイトと自習に埋めつくされたスケジュールを2人に見せる。
そのスケジュール表を見て、成瀬が死体でも見るかのような悲鳴をあげ始める。
「ダメだよこれ高木君……体壊れちゃうよ」
「おいシュドウ。バイトがこれ以上減らせないのは分かった。この前の実力テストあんな高得点叩き出したお前だろ?ほら、ここの自習消してマック行こうぜ」
「そこ駄目だって太陽、図書館閉館したら俺の人生も閉館しちまうから」
「大丈夫だって今のお前ならテストの一つや二つ」
「俺は太陽や成瀬と違って勉強しないと点がとれないんだよ」
S2クラスで喧嘩を続ける謎の3人。
S2のクラスメイトが半分以上戻ってきた。
途中から話を聞いている生徒には何を喧嘩しているのか検討もついていない。
迷惑この上ない3人組。
話がヒートアップする中、俺たち3人の輪に首だけ突っ込んでくる生徒が1人。
茶髪の女子が席を立ち上がると、太陽と成瀬の体の間から首だけ突っ込んでくる。
俺の席に置かれた俺が書いた手書きのスケジュールをマジマジとのぞいてくる。
「なんだよお前……」
「……馬鹿じゃん」
そう言い残し立ち去る彼女。
あっけに取られ、3人が言葉を失っていたところに、教室の後ろから昼休憩最後の刺客が現れた。
「あっ、シュドウ君いた」




