20.「嘘つき」
実力テストの結果発表ボードの前で立ち尽くして俺。
太陽、成瀬、神宮司の4人でいるところに合流してくる2人の人影。
周囲がその2人の登場にざわつく。
その周囲のざわつきすら耳に入らなくなっていた俺。
……どうする俺?
……不正行為に手を染めた上、500点満点を叩き出してしまった馬鹿な学生とは俺の事。
……解答は見ていない、間違いなく俺自身の手で調べて得た模範解答。
……いや、一問で良いから間違えとけって。習ってもいない範囲の下手したら大学入試レベルの問題を満点取る馬鹿がどこにいるんだよ……
「葵ちゃんここにいたのね」
「お姉ちゃんお姉ちゃん。凄いの、守道君凄いの」
「はいはい、もうこの子ったらこんなに喜んで」
「高木君……お~い高木……こら高木!」
「痛たたたたたた!?痛い!痛いですよ姉さん」
唐突にほっぺたをツネられる。
放心状態の俺が一瞬で我に返る。
こんな事をするのは成瀬の姉さんしかいない。
しかも楓先輩まで一緒にいる!?
この高校の2大美人がどうして俺の目の前にいる?
……なるほど。
……妹の神宮司が傍にいると、もれなく楓お姉さんが来る。
楓先輩と同じ野球部のマネージャーをしている成瀬の姉さんも、もれなくついてくる
はりつけ公開処刑されているボードに書かれた俺の名前。
成瀬の姉さんと楓先輩が特別進学部1年生の実力テストの結果ボードに目をやる。
「あらあら……」
「あのイタズラ坊主が満点……」
「お姉ちゃん間違えてた。高木君『源氏物語』ちゃんと読めてた」
「勘違いするな神宮司。お前はちょっと黙ってろって」
「ふふふ」
「何がおかしいんだよ」
朝から校舎前で拷問はりつけの刑に処される俺の名前。
罪状はS2クラスの生徒のくせに、S1クラスの生徒をぶっちぎり500点満点を叩き出した前代未聞の大罪。
俺はそれ以上実力テストの結果ボードを直視できず、逃げるように校舎へ向かう。
だが1人でひっそりに……とはいかなかった。
俺の隣を離れようとしない神宮司。
無邪気な表情で俺を見ている。
俺はいつからお前の友達になったんだよ?
ニコニコして、何がそんなに楽しい?
俺たち2人に付いてくるように、太陽、成瀬が後に続く。
そしてもれなく姉さんたちも一緒に校舎へと歩き出す。
3年生は1年生とは別の校舎になる。
共同の入口から下駄箱を経た広いエントランス。
上靴に履き替えると一度集まり、3年生の姉さんたちとはここで別れる事になる。
成瀬の姉さんが成瀬に何やらヒソヒソと話しかけている。
成瀬は何やら首を横に振っている。
一体何を話してるんだ?
「じゃあ葵ちゃんまたね」
「バイバイお姉ちゃん」
神宮司姉妹もここで別れる。
成瀬姉妹もそうだが、姉妹同士本当にどちらも仲が良い。
俺は一人っ子だから、そういう兄弟とか姉妹に少し憧れる。
はりつけの刑から少し時間が経ち、段々と落ち着いてきた。
特別進学部1年生の4人は、隣同士に3つ並ぶS1、S2、SAクラスのある3階へと歩き出す。
「おいシュドウ。神宮司さんといつ知り合いになってたんだよ」
「図書館で勉強してたら偶然会っただけだよ」
「高木君……図書館でいつも何してるの?」
「勉強以外にする事ないだろ成瀬」
「ふ~ん」
「ねえねえ、シュドウってなに?」
妹の神宮司が太陽の言葉に反応した。
初めてシュドウと聞く人間に、まさか俺のあだ名だとは分からないだろう。
「じ、じ、神宮司さん。俺と成瀬、高木の幼馴染でさ。あだ名なんだよ、高木守道の」
「守道って、高木君の名前?守る道で……シュドウ?」
「そ、そ、そうです」
「……何動揺してんだよ太陽」
「してねえよ」
太陽は昨日想いを告げた楓先輩の妹に対してタドタドしく話かけている。
妹の神宮司と会話をするのが初めてなのか、野球の試合でも見せた事がないこの焦った表情。
お前の中でノーアウト満塁のピンチかよ。
激しく動揺しているのが俺にも見て取れる。
特別進学部のクラスがある3階まで4人で上がる。
一緒に上がってきた神宮司が、先にS1クラスに向かおうとする。
少し歩いて立ち止まり、振り返ると胸の前で小さく手を振る神宮司。
「守道君またね」
「お、おう」
「バイバイ」
彼女の中で、俺はどういう扱いなんだ?
あの子は俺が実力テストで満点取れた事を喜んでいるのは間違いない。
あの嬉しそうに話しかけているのは、テストの結果が原因じゃない。
俺だけは分かっていた。
あの子と俺を繋ぐ接点は、後にも先にも『源氏物語』だけだ。
あの子が喜んでいるのは、俺が『源氏物語』の第3巻を僅か30分で読破したと勘違いしている点。
完全に勘違い。
だが彼女にそう思わせたのが、俺が実力テストの第1問から出た『源氏物語』第3巻の末尾に登場する文章を正答する事が出来たという事実。
俺が満点取った事実が、彼女にその誤解を生じさせているのは間違いない。
「そ、それにしてもシュドウ。お前本当良くやったな」
「え?何が?」
「実力テストの結果だよ。あの超難問で満点取るやつがあるかよ」
「それは私も凄く思う。本当凄いよ高木君」
「はは、まぐれだよ」
「まぐれじゃあんな問題解けないよ。勉強……本当に頑張ってるんだね」
「……」
確かに俺は必死に勉強した。
実力テストの前日は、14時間の時間をかけて必死に勉強し続けた。
「お前あんまり自慢しないよな。俺なんか野球部の1軍取れたの超言いふらしてるぞ」
「1年生でそれ凄すぎるから好きなだけ言えって」
「私最初の古文問題でペン止まっちゃった。あれも正解してるなんて凄いね高木君」
「成瀬、お前はどうせ英語は全部出来たんだろ?」
「う、うん。どうかな……でもそれは高木君も一緒でしょ?」
「あ……」
俺は確かに勉強し努力した。
必死にもがいた14時間。
ただそれは……未来ノートで把握していた実力テストの問題の模範解答作り。
そしてその解答と解法を暗記するための時間。
とても褒められた行動じゃない。
良い点数を取れたのに暗い俺を見かねたのか、太陽は俺に話しかけてくる。
「なあシュドウ、お前ちょっと疲れてるだろ?」
「べ、別に……」
「絶対そうだって。なあどうだ?俺も1軍になれたし、お前も実力テストあの結果だろ?ちょっと息抜きしないか?」
「太陽……」
「あと高木君、また目が赤いよ。バイト少なくするって言ってたの、ちゃんとセーブしてる?」
「……あんまり」
「ほらやっぱり無理してる」
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
「あっ」
「ヤバ。じゃあなシュドウ、また後で行くな。結衣も急げ」
「う、うん」
朝のホームルーム開始のチャイムが鳴る。
俺たち3人は慌てて自分たちの教室へと散っていく。
息抜き……か。
確かに太陽の言うように、最近色々疲れている。
この疲れは最近嵐のように降りかかったテストの連続が影響している。
そして嵐のようにやってくる思いもよらない人との出会い。
普段こんなに色々な人と話す事が無かった俺。
神宮司の事をコミュ症とか言いつつ、太陽と成瀬の関係だけでも最近大きな疲れを感じる。
朝から普段話さない成瀬の姉さんや楓先輩にまで会う事になった。
俺のテスト結果をその2人にも見られてしまった。
俺にとってかりそめの実力テストの結果……もう忘れよう。
言い方はどうあれ、他の子が知りえない情報を使って挑んだ俺。
あの結果の事を考えていると、とても億劫になってくる、
本当は飛び跳ねて喜ぶべき結果。
称賛する親友からの言葉が、逆に俺を罪悪感で押しつぶす。
もう忘れよう……終わったテストの結果が何になる。
……終わったテスト。
次のテストは!?
俺はこんな状況でも恐怖に襲われる。
とっさにカバンに仕舞う未来ノートを取り出し、1ページ目を確認する。
……新しい問題。
そこそこあるな……また小テストがあるなこれは。
終わる事のないテストの連続。
今日俺は過去にやったテストを反省する。
――不用意な満点は俺を苦しめる――
お前は何様だと俺自身に言いたい。
だがこの胸の苦しみ。
もう2度と味わいたくない。
ただ良い事もあった。
ここ数日顔を合わせていなかった成瀬。
その成瀬も自然と輪に加わり、俺と太陽とも自然に会話が弾んだ。
3人で話すのは……最近決まって好成績を上げた俺のテストの結果の時だけ。
この前入団テストの結果を聞きに太陽の家に行った日の夜。
あの時も3人で太陽をお祝いような事は無かった。
『俺たち3人の中心はお前なんだよシュドウ』
太陽の言っていた事。
それはこういう事だったのか?
(バンッ!)
「アホ面、ボっーとしちゃって」
「な、なんだよいきなり」
俺の事をいつも馬鹿にしているクラスメイトの茶髪の女子。
俺の机を激しく手で叩く。
真正面に立って座ったままの俺をジッと見下ろす。
しばらく黙っていた彼女が口を開く。
「あんた……私に嘘付いたでしょ」
「は?俺は嘘なんか何も……」
「実力テスト……できなかったとか言っといて満点取るとかあり得ないし」
「あれは本当に自信が無かったんだって」
「嘘ばっか」
そう言うと彼女は教室を出て行った。
俺も急いで移動しないと。
彼女が気づかせてくれなかったら……俺はそのままここで座っていた。
それほど今の俺は集中力が切れている。
考え事をしている間に、いつの間にか朝のホームルームは終わっていた。
S2クラスの生徒たちが、次々と次の授業がある別の教室へと移動していく。




