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2.「不思議な黄色いノート」

 作新高校の特別進学部。

 高額な施設費が発生する総合普通科と違い学費が3年間免除になるうえ、学業やスポーツの成績優秀者には付与型の奨学金まで支給される。

 そのうえ3年後に希望すれば、付属の大学への特別推薦枠まで約束されている。


 恵まれた条件であると同時に、当然それなりの学力や能力が求められる。

 俺の大親友、朝日太陽(あさひたいよう)はその選ばれた1人。

 太陽のようにスポーツ推薦で入学出来る学生は特別な存在。

 国体やインターハイに出場できる一握りのスポーツマンに限られる。


 ましてや入試になるとさらに次元が変わる。

 特別進学部にはS1クラスとS2クラス、そしてスポーツ推薦で集められた生徒のSAクラスの3つのクラスが存在する。


 作新高校の総合普通科というだけでも偏差値が高いのに、特別進学部はそのさらに上のクラスを指す。

 太陽が話をしているのは一般入試を受験してS2クラスを目指す話。

 スポーツ推薦によるSAクラスは中学3年のこの1月の時点でほぼすべての新入生が確定しているはず。


 中学の3年間、内申もテストの成績もトップクラスだった成瀬結衣(なるせゆい)

 彼女もすでに推薦枠でS1クラスへの進学が決まっている。

 これから2か月後に俺が受験するS2クラスの一般入試は弱肉強食の世界。

 

 作新高校の特別進学部。

 太陽が進学するSAクラス。

 成瀬が進学するS1クラス。

 そして最後の一般入試枠、S2クラス。 


 入学試験の成績によってランク付けもされ、全国から選抜された30名だけが入れる狭き門。

 そこに毎年5000人を超える全国からの受験生が特別進学部のS2を目指して殺到する。

 総合普通科と特別進学部は同時に受験が可能なため、元々レベルの高い生徒がダメもとで同時に受験するケースが大半だ。


 一応俺も今年受験生なのでその程度の情報はググっていた。

 調べるだけ調べて、進学は偏差値のより低い隣町の公立高校を受けるつもりだった。

 そう、今日この日までは。



「おいシュドウ、今日はそっちじゃないだろ」

「分かってるって」



 駅前の落合書店。

 いつもの書店と言えば聞こえがいい。

 ここの書店は俺と太陽が常連をする貴重なお店。

 2人で入店する時のいつものコーナーには向かわず、今日は真面目に参考書のコーナーを目指す。

 人には言えない、特に成瀬には絶対に言えない俺たち2人だけの秘密基地だ。


 最近のコンビニは書籍にヒモやテープが巻かれて中を確認する事が出来ない。

 その点この落合書店は良い意味で昭和。

 すべての書籍をマルマル閲覧する事が出来る学校の図書館状態。

 俺たち中学男子の心のオアシスだ。

 


「あったぞシュドウ」

「やっぱり本気なのか太陽?」

「シュドウ、もう腹をくくれって」

「分かった、分かったから」



 高木守道(たかぎもりみち)、俺の本名。

 小学生の頃からのあだ名で、俺は太陽からシュドウと言われている。

 今では太陽以外、その名で俺を呼ぶ人は他にはいない。


 小学生の時から幸か不幸かずっと同じクラスだった太陽。

 ランドセルにぶら下げたネームプレートを見て、太陽は俺の下の名前の読み方が分からなかったと言った事がある。


 太陽に何度も下の名前は守道(もりみち)だと言った。

 俺はその習慣を無視して、成瀬結衣の事は女なので名字で成瀬、朝日太陽(あさひたいよう)の事は男なので下の名前で太陽と言っていた。

 小学生の俺なりの基準が当時はあったのだと思う。


 小学生時代、お互いをあだ名で呼び合う習慣があった。

 太陽はあだ名で呼ぶ習慣の好んだうえ、俺の名前を間違って守道(もりみち)じゃなくシュドウとある女の子が間違って言った事をきっかけに、小学3年生からシュドウ、シュドウと言い始めた。


 間違って最初に呼んだのが成瀬結衣(なるせゆい)

 何度もシュドウと言い始めた太陽を叱かり始めた成瀬。

 それ以来3人で話す事も多くなり、自然と3人だけで遊ぶ機会が増えていった気がする。


 それももう昔の話。

 作新高校の特別進学部。

 一般入試の過去問を太陽から渡される。



「シュドウ、これからみっちり書き込むからノートも買っとけ」

「了解」



 成瀬ほどでは無いにせよ、野球部を3年やってきたはずの太陽もとにかく勉強が出来る。

 2人の解答用紙を見せてもらった事があるが、90点未満の点数を見た事が1度として無い。

 対して俺は……2人に見せるのが恥ずかしくて、すぐにカバンに解答用紙をしまい込んでいた。


 落合書店の文具コーナーに向かう。

 店の奥の角に大小様々なノートが並べられていた。


 いつものA4サイズの大学ノートを探して棚を確認する。

 赤と青のノートが陳列されているが、A4サイズがすぐに見つからない。


 A4サイズ、A4サイズ……あった、あった。

 あれ?おかしいな?


 いつも学校用に購入していた青いノートの隣に、見慣れない黄色いノートが1冊並んで陳列されていた。

 この大学ノートのシリーズ、色は青と赤しか見た事がないんだけどな……。



「決まったか?」

「ああ、すぐ行く」



 太陽はこの後勉強する気満々の様子。

 あまり待たせるわけにはいかない。

 1冊だけ黄色いノートが売れ残っていたんだろう。

 2冊購入するつもりだったので、青いノートと黄色いノートを1冊ずつ購入し落合書店を後にした。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 つ、疲れた。

 時間は夜の8時。

 鍵を開け、誰もいない部屋に入り電気を付ける。


 落合書店で過去問を買い、すぐに2人で近くの中央図書館へ向かった。

 今日は日曜日にもかかわらず、図書館は夜まで開いていた。

 中央図書館が閉まる時間一杯まで過去問を解き続けた。

 

 成瀬の一件で自暴自棄になってたのもあった。

 それは間違いない。

 間違いないにせよ、8時間以上勉強したのは俺史上初めての経験だ。


 太陽いわく、出題の傾向は過去問にあり……らしい。

 入学を決めている進学生の言う事はもっともだが、想像していたよりも遥かにレベルの高い問題ばかりだ。


 今の俺のレベルでは、この過去問を所見で5割解答出来るか出来ないか程度のレベル。

 良く出来て6割。

 総合普通科の問題と違い、難易度の高いこの特別進学部の一般入試は合格ラインが9割以上は必要。

 こんな問題、各科目で9割も取れる奴がいるとすればよほど勉強した受験生に違いない。


 太陽に間違った問題や計算式をノートに何度も書くように命令された。

 おかげで落合書店で買った青いノート、1冊マルマル書き潰してしまった。


 シャワーを浴びて、台所で湯を沸かす。

 今日も備蓄しておいたカップラーメンのフタを開ける。

 金に余裕は無いので、そこまで大きな買い物は出来ない。


 今朝、小学校へ成瀬と2人で向かう時は嬉しさすら感じていた。

 小学生の時から可愛かった成瀬は、中学になるとより女性らしくなっていった。

 2人で並んで歩ける。

 ただそれだけで嬉しかった。


 そんな俺を待っていたのは、成瀬が太陽へ告白する瞬間。

 もう絶望でしか無かった。

 そんな俺を救ってくれたのは、間違いなく太陽だ。


 あいつ。

 本当に心の中で思ってる事は分からない。

 分からないけど、成瀬に興味が無いわけが無い。


 それでもあいつは、太陽は今日1日俺の傍に居てくれた。

 昼間から8時間、みっちり作新の過去問解き続けるのに付き合ってくれた。

 公式も文法もまるで分かっていない俺に、丁寧に何度も教えてくれた。


 作新高校の総合普通科なら手が届くかも知れないが、俺の家庭環境では経済的に私立高校には通えない。

 基本は隣り町の公立高校、あわよくば学費が免除になる作新の特進。

 目標を見失いかけている俺を、太陽は背中を押してくれている。



 ――俺はこれ以上、太陽を失望させたくない。



 もう成瀬の事は一度忘れよう。

 いくら考えていても、進学先すら決まっていない俺には彼女の事を考えている余裕はない。


 食事を終えて、過去問の続きをするために机に向かう。


 えっと、ノートノート……ああ、そっか。

 青いノートは今日全部書き潰したか。


 太陽に教えてもらった公式も書いてあるからしばらく持っておくか。


 たしか今日もう1冊ノート買ってたよな……あったあった。

 この売れ残りの黄色いノート。

 表紙は青いノートと一緒だし、何年か前の同じシリーズの絶版だったりするのか?


 まあいいや。

 さて、続き続き……あれ?


 なんだよこれ……。

 俺もしかして間違ったやつ買ったのか?


 しまった。

 中をちゃんと確認して買えば良かった。



 ――黄色いノートには最初のページから印字された問題文が記されていた。


 失敗した。

 何も書かれていないはずの、白紙であるはずの普通の大学ノート。

 

 これ誰かのイタズラに違いない。

 なんだよせっかくお金払って買ったのに……。


 黄色いノートの最初の1ページ。

 何やら歴史の問題らしき文書が書かれていた。


 しかもこの1ページにまとめられた問題量。

 歴史の問題で問われている範囲。



 ――思い当たる事があった。



 さっきまで図書館で太陽と一緒に作新の過去問の勉強をしていた。

 夕方6時過ぎくらいになって、太陽が言っていた事を思い出す。



『おいシュドウ、明日社会の小テストあるだろ?』

『なにそれ?』

『お前ちゃんと聞いてたのか?GTOがやるって言ってただろ?』

『GTOそんな事言ってたか?』



 太陽の言っているGTOとは、グレートティーチャー大葉、社会の講師大葉先生の事を指す。

 ただの中年のおじさん先生。

 そう言えば明日の月曜日、社会の小テストやるって言ってたのすっかり忘れてた。


 こんなレベルで作新合格なんて夢のまた夢。

 矛盾しているかも知れないが、後寝る時間までは作新高校入試の過去問を解く時間に当てたい。

 

 この黄色いノートに書かれた社会の問題。

 パッと見てちょうど明日の小テストの範囲の問題。

 どうせ今から小テスト100点連発したところで、推薦入学が終わっているこの1月から何をどうする事も出来ない。

 俺の中学生活はすでに終わっている、色んな意味で。


 気分転換。

 この黄色いノートに印字された問題解いて、社会の勉強を終わらせる事にする。

 何か1問くらい明日のテストでカスりもすれば儲けものだろう。

 後は作新の過去問だけやろう。


 こんな事考えてる時点で何もかも失敗するんだろうな。

 どうせ俺は、その程度の人間……か。


 もう成瀬の事で、進学が決まってる2人とそうでない自分。

 比較するだけで惨めにしか考えられない。

 忘れろ。

 勉強しろ、俺。


 えっと、なになに。

 第1問……あれ、これなんだっけ。

 

 分からない……もうちょっとで出そうで出ない。

 教科書見るか……あったあった。

 


 ――『墾田永年私財法』――



 まったく。

 社会の授業でこんなの覚えて、現実の日本社会に出て一体なんの役に立つって言うんだよ。

 第2問は……うーん……教科書見るか。


 時刻は夜の9時。

 すぐに終わると思ったA4、1ページ分の問題。

 肩慣らしどころか、教科書の隅々を見回さないと答えに辿り着けず、ただ時間だけが過ぎて行った。


 

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