14.「私なりに考えた事」
S2クラスのホームルームが終了する。
今日のメインは実力テスト、これで今日の授業は終了となる。
明日からの本格的な授業に戦々恐々とする。
ホームルームで告げられた明日からの時間割……現代文から英語までみっちり6限目まで授業が詰め込まれている。
これをこなして予習してバイトして自習して……背伸びして進学校なんかに入学してしまった。
段々と後悔し始めている……いや待て俺、もうすでに30万円払い込んでしまった。
お金の話じゃないという奴がいたら、1カ月で30万円1回でも良いから稼いでみれば分かる。
毎日夜勤のバイトは当然。
30日で30万円だから、毎日1万円稼げば良いだけの話。
作新高校に合格して、気持ちがハイになっていた。
簡単にいけると考えていた俺。
人生はそんなに甘くは無かった。
俺は今バイトしているローソンと、もう1つの某コンビニを掛け持ちしてバイトを始めた。
今は掛け持ちをやめてホワイト企業のローソン1本に絞っているのは、何もからあげ君が好きだからという理由だけではない。
あの超ブラック店長がいた某コンビニ……。
『高木君。そんなに稼ぎたいなら良い方法があるよ』
『本当ですか!お願いします。何でもします』
そう、俺はなんでもしてしまった。
それがすべての間違いだった。
月に30万円稼ぐ。
1日1万円、そのカラクリはこうだ。
某コンビニ。
まずA・B・Cの異なるアルバイトの社員名義を準備する。
実際に出勤するのはA君である俺だけだ。
労働基準法で6時間以上働くと、30分の休憩時間が必要となる。
つまりこうだ、まずAというバイトが某コンビニに出勤しタイムカードを押す、これが俺。
5時間後にAはタイムカードを押して帰る、休憩時間が発生しない、これは俺。
次のシフトでBが出勤しタイムカードを押す、これも俺。
5時間後にBはタイムカードを押して帰る、休憩時間が発生しない、これも俺。
最後の仕上げでCという名の俺が出勤し、そして帰る。
これで1日15時間も働ける。
BとCは帳簿上働いているが、お給料はブラック店長が手渡しですべて俺にくれる。
俺ことAは帳簿上税金が発生しないギリギリ上限まで働いた事になっている。
もちろん違法。
単純にこの期間、某コンビニのバイト社員BとCがコツゼンと姿を消した事が発端。
次のバイトが見つかるまでの緊急募集していた店側に、俺と言う格好のカモ社員が現れた。
働き続けられるメリットがあった俺、あの時はブラック店長が神様にすら感じられた。
今思えばBとCがコツゼンと消えたのは、あのブラック店長の下で働いていた事が原因に違いない。
俺は1日24時間しか無いなかで、15時間この某コンビニにこもり続ける。
そして何を狂ったのか、さらに朝晩短時間でもシフトが自由に入れられるホワイト企業のローソンも掛け持ちし、合わせて1日18時間という国連もビックリの児童労働に自ら飛び込んでいった。
当然成瀬や太陽たちと遊んでいる時間などあるわけがない。
俺は作新高校合格というハイテンションだけを心の支えに死に物狂いで働き続けた。
そして気づいた。
ブラック店長の元を卒業する時が来たと。
俺はこうしてホワイト企業であるローソンに身を寄せる事にした。
人生で初めて働き、社会で生きていく事の厳しさを学んだ貴重な経験となった。
入学金は手に入ったが、太陽と3人で遊びに行くと言う約束を果たせず、成瀬は泣いた。
未来ノートで薄汚れた手に染まってしまった。
俺では彼女を幸せにする事は出来ない。
そうそう、こんな事思い出してる場合じゃない。
えっと、なにか大事な事を忘れて……俺が汚れた事じゃなくって……違う、未来ノートだよ。
あんなに毎日18時間以上バイトを繰り返していたせいで、未来ノートを作新高校合格以来、まったく見なかったから昨日のような事態に至った。
図書館で慌てて今日の実力問題の模範解答を調べるハメになった。
おかげで変な女の子に絡まれてしまう原因を作ってしまった。
未来ノートをちゃんとチェックだ。
あの長時間のバイトの中で、たった1秒でもノートを開いていればもっと早く予習が出来たはず。
実力問題が印字された1ページ目からはすでに白紙になっているはず。
これまでの経験でテストが終わった問題は跡形も無く消えているはず。
それをちゃんとチェックして、新しい問題が出ていないか確認して……。
……確認して。
……確認。
……待て待て待て待て。
嘘だろ嘘だろ。
ちょっと待て。
なんだよこれ、なんだよこれ。
未来ノートの1ページ目、昨日までの古典の問題は確かに消えて無くなってる。
だからなんなんだこれ。
国語?じゃない、高校では現代文って単元だよな。
新しい小テストの問題だと?
うちのS2の先生、そんな事1言も言ってない……。
言ってない……抜け打ちテスト……。
実力テストが終わった翌日……俺みたいに安心したところを抜け打ちテスト……。
未来ノートをさらにめくる。
ある。
英語……これは化学か?……ちょっと待て、この小テスト……やっぱり!
明日から始まる6限目まである授業と、未来ノート1ページ目から印字されてる小テストの並びが完全に一致してる。
だから……これは……あれだ。
あるんだよ全部、抜け打ちテスト。
……もう疲れた。
こんな毎日予習なんてやってられない……。
実力テストは頑張ったから、ちょっとくらい手抜きしても……。
……いや、無理だ。
現代文……また語群問題だ。
全然分からない。
化学……なんで習ってもない元素記号がいきなりテストに出るんだよ。
あらかじめ調べておかないと、こんなの本番で分かるわけがない。
クラスメイトの全員がすべて満点取れるわけない。
だから点数で比較される。
点の低いやつから……総合普通科へ降格していく……。
クラスメイトたちに目をやる。
各々小さな集団を形成し、そのリーダーらしきやつらがクラスメイトたちに声をかけている。
「あのね、実力テストも終わったし、S1とSAクラスの人達とカラオケに行くの」
「やった!行きたい」
「わたしも!」
カラオケだと?
……ふざけるな。
本当にクラスメイトたちはいつ勉強してる?
俺がバイトをしている最中か?
余暇時間があるから遊ぶのか?
「あなたも来ない?」
「一緒に行こうよ。あっそうだ、あなたSAクラスの朝日君と友達でしょ?」
「本当そうだよ!朝日君も一緒に誘ってよ」
「太陽は今日野球部のレギュラー発表があるから部活」
「嘘、凄い!」
「私見たよ、この前やってた入部テスト。あの時朝日君さ~」
……駄目だ。
俺はこいつらと一緒にいたらダメになる。
話が盛り上がっているクラスメイトたち。
俺は話が途切れたタイミングで未来ノートをカバンに仕舞うと席を立ちあがる。
S2クラスを教室の後ろから無言で立ち去る。
俺には……遊んでいる暇は無い。
「高木君」
「成瀬」
教室を出たところで、待っていたかのような成瀬と鉢合わせになる。
「太陽は?」
「先に野球部」
「そうか、今日だもんなレギュラー発表」
「うん」
「なれると良いよな1軍。あんなに頑張ってたから、俺も気になってしょうがないよ」
「うん……」
「成瀬……なんかあったのか?」
成瀬はモジモジしながら言いにくそうな表情をしている。
絶対俺に何か言いたいが言えないような事を考えているに違いない。
自己主張をするのは決まって太陽がいる時だけ。
最近思うが、俺と2人の時はあまり自己主張せず我慢ばっかりしてるようにも見える。
我慢ばっかり……するようにさせたのは……。
俺がバイトばっかりして……遊びに行くのを誘ってくれても……断ってばかりで。
それで1回泣かせてしまったし……成瀬が我慢するようになったのは……もしかして俺のせいか?
「あ、あのね」
「お、おう。どうした?」
「さっきさ」
「うん」
「ホームルームの前に、ここで話してた子、いるでしょ?」
「ホームルーム?誰かいたっけ、そんなの」
「いたでしょ!」
……誰だっけ。
テストの答えもすぐに忘れるから全力で予習している俺。
つい1時間前に話をしていた人すら完全に忘れてる。
えっと誰だ?
ホームルーム、ホームルーム……あっ。
「ああ、あの成瀬みたいな変なやつの事」
「私みたいに変ってどういう意味よ!……知り合い?」
「あいつ謎なんだよ。いきなり俺の事友達だとか言い始めてさ」
「ええ!?ど、どうしてそうなったの!」
「俺に聞かれても知らないよ。今日もS2に勝手に入ってきたし……そう言えばチャイム鳴ってS1に入って行ったけど、成瀬あいつの事知ってるか?」
「知ってるけど……」
成瀬はあの子の事を知ってるようだが……なんでこんなに会話がタドタドしくなる?
「綺麗な人だよね……可愛いし……あの子」
「そうか?」
「……違うの?」
「成瀬の方が可愛いし綺麗だって」
「た、た、高木君。どうして最近そんな事平気で言うようになったのよ!」
「そんな事ってなんの事だよ」
「知らない」
成瀬は顔を真っ赤にする。
最近何度目だ?
成瀬が言ってるあの謎の女の子と、成瀬の2人は俺の中で不思議ちゃんレベルが拮抗している。
何を言っているのか何を考えているのか、最近分からなくなってきた。
「う~」
「何怒ってるんだよ成瀬」
「もういい!……高木君……この後また図書館?」
「う、うん……」
「私がいたら……やっぱり邪魔?」
「うっ……」
聞かれたくなかった質問。
俺だって本当は成瀬と一緒に図書館へ行きたい。
一緒に居たいし、一緒に勉強したい。
だが俺は同時に成瀬を拒絶している。
彼女がいれば未来ノートに手が付かなくなる。
解答を調べている姿を見られるわけにはいかない。
早く図書館に行きたいが、成瀬の事を無視もできない。
俺はまた、彼女に我慢させてしまうしかないのか……。
「それでね」
「……なに?」
「……私なりにね」
「お、おう」
「昨日、すごく考えたの」
「……とりあえず聞く」
何を言い始めた成瀬は?
何を言っているこの子?
図書館に突如現れたあの美少女と同じで、成瀬も訳分かんない事を突然言ってくるようになった。
S1クラスでも成瀬は相当上位の成績の女の子のはず。
あの『源氏物語』大好き少女も、行動も口調もちょっとあれな感じが半端なくする。
それでいてS1クラスにいる。
この作新高校の特別進学部、本来俺がどんなに背伸びをしても来る事がなかったはずの場所。
いざ来てみて実感したのは、頭の良い才女たちの奇行と言動の数々。
頼むぞ成瀬。
俺にS1クラス所属の実力を見せてくれ。
これ以上俺を困惑させるような発言を俺はノーセンキュ―だ。
「図書館の自習……やっぱり1人が良いんだよね?」
「……うん」
「でね。私が正面にいるとお勉強の邪魔になるんでしょ?」
「そうだよ、気になってしょうがない」
「う~……だから、ね」
「なんだよ」
「並んで座るのは……ダメ?」
「ダメ」
「う~~……そう言うと思ったから、ね」
「なんだよ」
「後ろに座るの」
「……ん?」
「ちょっと書くね」
「……とりあえず見る」
成瀬は突然、紙に席らしきものを書き始めた。
これは図書館の自習席の配置を表している図らしい。
成瀬の示す地図には、横に4席、その向かいに4席。
合計8席の自習スペース。
図書館の自習席を調べ尽くしたと豪語する才女成瀬。
その4×4の一列が2つ前後に並ぶ大きな自習スペースが存在するらしい。
4×4の一列を1つの島と言い始める成瀬。
その島は2つ存在する。
地図に2つの大きな丸を書き込む。
北側が窓、南側が通路を向く。
成瀬が言いたいのは、見えないように俺が窓の外を向く1つめの島の席に座り、俺の席の後ろ、つまり通路側を向く席に成瀬が座り、俺と成瀬が背中合わせに別々の島に座る事を指している。
「ほら、これなら右、左、前の180度前方、完全に高木君の視界に私入らないでしょ?」
「……確かに見えないな」
「でしょでしょ?ほら、これなら絶対高木君の邪魔にならないし、私は高木君に呼ばれた時だけ振り向けば……」
「……成瀬、ちょっと良いか?」
「うん」
「……馬鹿だろお前」
「……酷いよ!」
「ああ何度だって言ってやる。馬鹿だろ成瀬、お前絶対馬鹿だろ」
「酷いよ酷いよ」
この子は馬鹿だ。
なぜ、いつ、どうしてこうなった?
太陽、もうお前が責任もって成瀬の面倒見てくれ。
知ってはいたがここまで馬鹿だったとは驚きを通り越してもはや国宝級のレベル。
ユネスコ世界遺産に認定するようすぐさま勧告すべき由々しき事態だ。




