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距離感

 その日最後の講義が終わった後に弓道場へ行くと、そこには、既に、自主練習を始めている先輩たちと、ゴム弓を引いている西川さんがいた。

 私は、挨拶をしてから、邪魔にならなさそうな場所で、エア弓道、すなわち射法八節の動作を繰り返す練習を始めた。

 どこかのタイミングで、日程を聞いておかないといけなかったのだが、安全上のため、射場で弓を引く人がいる時には、声を出さないルールというのがあって、さらに、静まり返った弓道場の独特の雰囲気が、誰にそういったことを訊ねたらいいのか、迷わせた。


 公式練習は、平日、16時からであったが、それぞれの学部、学年によって、講義や実習の時間に多少のズレがあったり、またバイトなど個人の都合で、弓道場へ来る時間は結構バラバラなのだ。16時に、一旦、その場に揃っているものが道場内に入って、公式練習開始の挨拶をするのだが、その時に、申し送り事項が伝えられることが多い。逆に、そのタイミングを逃してしまうと、重要事項が伝わってこない恐れもあった。


 私は、もっぱら倉科さん頼りのところがあったが、その日、倉科さんは16時の挨拶の時刻になっても、弓道場には現れなかった。


 皆が、道場内の床に正座して、挨拶を済ませると、副部長の小野さんがその日の立ち順を発表した。小野さんは経済学部の3年生だ。立ち、というのは、弓を引く際のグループのようなもので、日によって変えられていた。教本によれば、3人、もしくは5人の組みが一立ちとなるようなのだが、なぜか、我が大学の弓道部では6人で一立ちだった。


 後で知ったのだが、ここは本来は、3人立ち2組として設計された弓道場らしい。が、どの時点でか、6人立ちで公式練習を行うようになって、ずっと続いているようなのだ。

 もともと弓道は、歴史的に神道とのかかわりが強く、陰陽思想的な部分も濃いので、奇数を貴ぶ傾向がある。そういう意味で、6人立ちは特殊ではあるらしいが、なぜ、そういう変更がなされたのか、もはや誰も知らないのだった。

 ただ、大学のサークル活動で行われている弓道は、教本に書かれている内容とは違うルールを採用している部分があるらしく、立ちの人数なんかも、4人立ちや6人立ちという偶数を採用することも珍しくないのだと聞いた。


 とにかく、ここでは、6人一組となって、射場で順番に弓を引く。毎日、組み直しが行われ、それは、たいてい、16時の時点で揃った顔ぶれを見て、小野さんが決めていた。遅れてきた人は、その都度、途中から既に組まれた立ちに入るか、新しい立ちを追加するかしているようだ。

 こうした流れも、ようやく、ちょっとずつ分かってきたところだが、やっぱり、倉科さんがいないと、なんだか場違いな場所に取り残された感じで心細さを覚える自分は、まだ、慣れていないのだと思われたし、情けなかった。


 どのタイミングで、声をかけたらいいのだろうか? たぶん、小野さんに訊ねれば、日程などは確実に分かるはずなのだが、的中表に何か書き込んでいる様子の小野さんに、声をかけるのも、躊躇われ、私は、もたもたとその場に所在なく立っているしかなかった。


「どうしたの? そこ、立っていると、邪魔になっちゃうから。」

佐々木さんに声をかけられて、私は、既に、弓を持って並んでいた先輩方に気付いた。


「ごめんなさい。」

 私は慌てて、その場から端に寄り、そのまま速足で道場から外へ出た。日程は、また後で聞こう。

 再びエア弓道をすべく、空きスペースへと移動した。


「頑張ってるね。だいぶスムーズになってきたじゃない。」 

 最初の4射が終わった後と思われるタイミングで、道場の外へ出てきた佐々木さんは、そのまま私のところまで来て、そう声をかけてくれた。


「小野さんに何か用だったの?」

「小野さんに、というか、今後の日程のことで。今日、倉科さんがいらしてたら、倉科さんに訊いたのですが……。実は、夏休み中に合宿免許に参加しようと思ってるんですが、何か大会とかサークルの予定が入るようだったら、早めに知りたいんです。」

「ああ、なるほどね。そういうの、書いてあるノートがあるんだわ。普段、全員揃うことって中々ないしね。サークル内の行事に、大会とか、交流戦とか、そういう予定は、ノート見て確認して。あ、とりあえず歓迎コンパは絶対出てね。連休明けだから。そこは、ちゃんと確認しておいてね。鈴木さんは主役の1人なんだから、絶対だよ。」

 佐々木さんは、そう強調した。そして、少し間を置いてから、再び口を開いた。

「さっき、言い方きつかった? その、邪魔とか言っちゃったけど。」


 何か、気を遣わせてしまったらしい。

「いえ。こっちがぼ~っとしてたので。すみませんでした。」

「ごめんね。慣れてないと、分かりにくいよね。まいったなあ。鈴木さん、やりにくい? しばらく来なかったし、公式練習終わったら、すぐ帰っちゃうし。」

「えっと、しばらく来なかったって、臨時のアルバイトが入ったからで、倉科さんに連絡もしましたよ。公式練習終わった後も、残ってなきゃいけなかったんですか?」

  

 どうも、私たちはお互いに勘違いをしていたようだった。

 つまり、サークルの先輩たちは、私が強引に勧誘されたので、なかなか打ち解けないと思っていたらしく、私の方は、なんとなく距離を置かれていて話しかけにくさを感じていた。強引さを、まったく感じなかったと言ったら嘘になるが、そこまで不快には思っていなかったのに。


 つくづく、他人との距離感って難しいと思う。

 私は、公式練習後の方が、ゆっくり教えてもらえること、さらには、その後一緒に食事に行くことが多く、1年生はしばらく、先輩たちから奢ってもらうことが普通だったりすると知った。


「新生活に慣れるまでってことでね。でも、今だけだし、良かったら、今日ご飯食べに行こうよ。」

 佐々木さんは、なんだかホッとしたというような表情で、食事に誘ってくれたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人見知りあるあるみたいなお話ですが、主人公は周囲に恵まれていますよね。
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