鎧
正しさが気持ち悪くなると
世代が違うから
時代が違うからと
周りは高らかに云うが
それは緩やかな排除になっているとは
全く思わないらしい
「みんな」という単語に
純粋無垢な心情で
老若男女を当てはめれる人間は
居ないのかもしれない
何処か
自己都合なのである
利用できるかどうかなのだ
どんなに綺麗事を述べていようとも
どんなに論理的であろうとも
それだけが欲しいように見えてならない
仕方のない世界は
これまでと、これからも
変わらないのか
変えようとは
誰も思っていないだろう
空に流れる雲みたいに
自らの人生を過ごして終わる
それだけに終始して
後のことは話し半分にしていく
繰り返されたことだから
どの世代も間違いなく行うし
どの世代も間違いなく
それを見て嫌悪してしまう行動だ
だからといって
詐欺と同じように
自分は違うと思いながら
周りに流されて
同じことをしているに違いない
そういう時代も来るということだ
違うと云うことが
既に同じである
命の重さや大切さも
全く変わらないし
ハラスメントのようなものも
嫌な思いは同じである
ただ、言うべき時というのを
しっかりと決めていたかどうかであるし
どう扱うのかが違っているだけで
前は厳しかったというだけだ
甘くなればどうなるかを
分かっていたからかもしれない
今のクレーマーや
傍迷惑な人間を見れば
なんとなく思い描けるだろう
生まれれば
ゼロから初まる人間の形に
そんなに差は無いのだ
昔の人間を乱暴だと感じるなら
君にも
そう成れる素質がある
要らないものであろうと
備わっているのだ
君が
同じようにならない理由は何だろうか
何処かで
自らに対して
厳しくしているからだろう
それが
自分の形というものであり
脱ぎ捨ててはいけない鎧なのだ




