第8話 事件のニオイ
翌日。
駅舎で馬車に乗ったが、その時の御者は今までの御者とは別の御者だった。交代制なのかもしれないな。よくは知らん。
そのうち時間になったのか馬車が動き始めた。
結局、駅馬車の乗客は今日も俺たちだけで、貸し切り状態は今まで通り。こんなので経営が成り立つのか心配だが、俺がどうこう言う筋合いではないし、正直貸し切りはありがたい。
さっそくトルシェさん、
「今日も出ないかなー」
「そうそう山賊なんぞが街道に出たら、ほんとに流通が止まってしまうだろうから、国の兵隊が出てきて退治するんじゃないか?」
「ダークンさん、山賊が希少種でも、わたしたちが大金持ちだってことを大声で叫んでたら寄ってきませんか?」
「いや、いくら大声でも声の届くあたりに都合よく山賊なんぞいないだろうし、そもそも大金持ちは乗合馬車じゃなくて自分の馬車で、しかも護衛を付けて移動するんじゃないか?」
「それもそうですね。山賊は諦めたとして、なにか他に面白そうなことがあればいいのになー」
「それなら、馬車の後ろから魔法で花火でも打ち上げたらどうだ。花火って知ってるだろ?」
「花火は知ってます。ファイヤー・ボールのことですよね!」
「いや、それとはちょっと違うと思うが、昼間だったらそれでいいかもな。本当の花火は夜空に打ち上げて、爆発するときれいな花が咲いたようにいろいろな色の光が広がるんだ」
「それは面白そうですから、王都で殴り込みをかけるときに試してみましょう。殴り込みは当然夜間ですよね」
「無関係な人間が出歩いている真昼間に殴り込むのも迷惑だろうから、人さまが寝静まったあたりがいいだろうが、それも時と場合によるな」
「真夜中だと、誰も花火を見てくれませんよ」
「それは仕方ないだろ。俺たちだけで楽しめばいいじゃないか」
「それじゃあ暇つぶしに、いろいろな色の爆発というのを考えてみます」
「そういえば、以前トルシェは罠魔法を考えてたじゃないか」
「忘れてました。夢で考えて、うっかり発動させたらマズいと思って、カッコいいエフェクトだけでしたね」
「あれも完成させておくと面白いかもしれないぞ」
「それもそうですね。そっちも考えておきましょう」
馬車の中で『ヒマヒマ踊り』を踊られるよりよほど前向きなことなので、
「頑張ってくれよ」とか軽く言っておいたら、トルシェから
「はい!」
力いっぱいの元気な答えが返ってきた。そのあと、真剣な顔をして何やら口の中でぶつぶつ言い始めた。手の先から変なスパークが走っているわけでもないのでトルシェの方は今のところは問題ないだろう。
今度は、いつも変わらずおとなしくしているアズランの方を見ると、肩にとまったフェアと一緒にピスタチオのような木の実をパリポリ食べていた。
食べた殻をポイっと馬車の床に捨てると、俺の腰に回したベルト状態のコロから触手が目にもとまらぬ速さで伸びて、その殻を食べてしまう。散らかしているわけでもないので、『散らかさないようにしろよ』とも言えないが、行儀の悪いことは注意しなければ、管理職としての資質を疑われるからな。
「アズラン。木の実の殻を床に捨てるのは行儀が悪いだろ。乙女がそんなことしちゃだめだ」
「はい。気を付けます」
アズランは素直でいい子だ。
いい子なんだが、今度は食べた木の実の殻を俺の方に指で弾き飛ばし始めた。その殻をコロが空中でキャッチして食べていく。フェアもアズランを真似て殻を俺に向かって投げつけてくる。
確かに床に投げ散らかしているわけではないが、なんか、注意されて逆切れした反抗期の娘のようだ。
そして、馬車は俺たち3人を乗せてゴトゴトと街道を何度か休憩を挟んで進んでいった。
それから、五日ほど代わり映えの無い馬車旅が続き、旅程の真ん中あたり。
いまは休憩のため、街道の脇に設けられた駐車場に馬車が停まっている。
別に腰が痛くなったわけでもないが、とりあえず馬車を降りて腰を伸ばし、ストレッチとして前屈したり、手足も伸ばしておく。
そんなことをしていたら、トルシェとアズランも俺を真似てストレッチを始めた。
駐車場には他に二台ほど馬車が停まっていた。一台は俺たちと同じ乗合の幌馬車でもう一台はかなり高級そうな箱馬車だった。
その乗合馬車からも乗客が車外に降りて、体を伸ばしたりして、硬くなった体をほぐしたりしていた。つながれていた二頭の馬は、馬車から外されて駐車場の脇にある水場まで連れていかれ、そこで桶に汲まれた水を飲んでいた。
俺たちの馬車につながれていた二頭の馬も御者に連れられて水場の近くで桶に入れられた水を飲んでいる。
箱馬車の方は、馬車に馬が繋がれたままで、御者の姿は見あたらない。
「ダークンさん、あそこの箱馬車から血の臭いがします」
アズランが血の臭いを嗅いだようだ。じつは俺もさっきから気づいてはいたが、面倒そうなので無視していた。
アズランが気付いて口に出したので、うるさいのが騒ぎ出してしまった。
「ダークンさん、行って見ましょう!」
トルシェに急かされて、その箱馬車に近づいてみると、箱馬車のドアの下から、駐車場の地面に血が流れ落ちていた。
馬車の中からは、女のすすり泣く声が聞こえている。何だか非常に面倒臭そうな状況だ。
で、横に立つトルシェを見ると、目を輝かせている。こいつはちょうどいい暇つぶしと思って首を突っ込むよな。
俺にとっては『事件の臭い』、トルシェにとっては『事件の匂い』だからな。
事件のニオイを嗅ぎつけてしまったトルシェが俺の方を向いて嬉々《きき》として、
「ダークンさん、真っ赤な血が滴ってますよ。これは事件ですよー。じ・け・ん」
トルシェのニコニコ顔が眩しいのだが、喜んでいる内容はどう見てもサイコがかっている。
「面倒だが、様子を見てみるか。まだ休憩時間は十分くらい残っているだろ?」
「十分あれば事件は解決できると思います」
何で十分で事件を解決できるとアズランが思うのかはわからないが、その言葉で、トルシェが、俺の袖を引きながら、
「ダークンさん、いくらわたしたちでも時間がギリギリです、とにかく急ぎましょう」
「分かった分かった」