第19話 追跡2、『白い粉』
目立たないよう袋小路の手前の路地まで戻って様子を見ていたら、その袋小路からさきほどの二人組の覆面男たちが荷車を引いて出てきた。荷車の上の荷物には厚手の布が掛けられていているため気付くことは難しいが、その荷物はかすかに動いていた。
アズランがその荷車を追っているはずで、近くにいることも分かるのだが、俺では目視はできなかった。
やっぱプロは違うねー。
男たちの荷車が視界から消えて、
「トルシェ、俺たちもさっきの建物に入って中を見てこよう」
「えー、あんなぼろっちい建物の中には金目の物なんかありませんよー」
「俺もそうだろうと思うが、何かの手がかりがあるかもしれない。アズランが荷車を追っているからいい線はいくだろうが、それが本命とは限らないからな。少しでも手がかりがあった方がいいだろう?」
「もう、仕方がないなー」
ぶー垂れるトルシェを連れて袋小路にもどり、先ほどの小汚い建物の中に入っていく。
外の光もあまり入らない薄暗い建物の中に入ると、何か甘い匂いが漂ってきた。
「トルシェ、この匂いは何の匂いだと思う?」
「昨日の白い粉の匂いじゃありませんか?」
「そういえば昨日あの粉を少し舐めてみた時、わずかに甘い香りがしたな。ということは、ここで誰かがあの白い粉を使っているってことか?」
「きっとそうだと思う」
一階にはゴミだらけの部屋が何個もあったが中には誰もいなかった。
後ろについて来ているトルシェは明らかにやる気がないようで、普段なら勝手にそこらの物を漁るのだが、干しブドウを食べながら俺について来るだけだった。
管理職としては不良社員を叱責しなければいけないのだろうが、ブラックだ、パワハラだとか言われたらいやなので放っておいた。
廊下の奥に階段があったのでそこを上って二階へ。廊下もそうだったが階段でもいたるところにゴミが散乱している。
二階は一階と同じでゴミだらけで誰もいなかったが、甘い匂いは強くなってきた。
最上階の三階に上ると、死人のような蒼い顔をして、目元が落ちくぼみ頬が痩せこけた四、五人の男女が車座になって廊下を塞ぐようにしゃがみこんで無言でぼーとしていた。服から露出した手足はやせ細り皮膚はたるんでシワシワになっている。
廊下の上にはろうそくが一本立っていて、男女はその周りを囲んでいる格好だ。ろうそくの脇には白い粉が山盛りになった小皿と新しいろうそくが数本、それに封の開いた紙袋が置いてあった。
男が金属製のキセルのようなものを、真ん中で一本立っているろうそくの火にかざしていた。
その男はキセルが熱くなって煙が出始めると急いでそのキセルから煙を吸って隣に渡し、順繰りに仲間うちでキセルを回して煙を吸い込んでいた。吸い終わるとキセルに少量の白い粉を入れてまたろうそくの火であぶる。これの繰り返しだ。甘い香りが俺たちのいるところまで漂ってくる。
こいつらは『パルマの白い粉』の廃人たちだった。俺たちのことは気付いているのかいないのか分からないが、全く気にせず延々とキセルで煙を回し飲みを続けている。
「『闇の使徒』の連中は廃人を連れて行ってどうするつもりだろうな?」
「この連中はどう見てもおいしそうにはとてもみえませんから、食べるってことはないですよね」
「見当がつかんな」
「ダークンさん、この連中どうします? キモいから取りあえず殺しときましょうか?」
「もう長くはなさそうだから放っといてやれ」
「ダークンさんは女神さまになって慈悲深くなっちゃいました?」
「そうでもないと思うが、トルシェから見て俺が慈悲深くなったと思えるようならそうなのかもしれないな。何せ俺は『常闇の女神』さまだし」
「そういえば、ダークンさん。ダークンさんの権能って何なんですか?」
「俺の権能な。トルシェもたまに本質的な問いを発するよな」
「えへへ」
「俺の権能は俺も知らん」
「うーん。そこは意地でも適当なことをでっちあげておけば、そのうちそれが本当になると思うんですよ」
「トルシェ、おまえすごいな。その考え方はたぶん正しいような気がするぞ」
「だとすると、ダークンさんは『闇』と『慈悲』の女神さまで売り出しませんか?」
「神さまというのは売り出すものなのか?」
「だって、これから信者を集めて大神殿を建てるんだったら、自分自身をアピールしなくちゃいけないでしょう」
おっと、トルシェがどっかのプロデューサーみたいなことを言い始めた。こいつ、やることはいつもメチャクチャだけど、何気に頭がいいな。俺も自分の権能については追々《おいおい》考えていこう。




