第121話 ヤルサの知事公館にて2
守備隊長のおっさんは人のほとんどいない公館に入っていき、ホール正面の階段を上っていった。そのまま三階まで上っていったので俺たちもついていく。
「失礼します。守備隊長のマイヤーです」
「入れ」
中から年配のおっさん声がした。
守備隊長と一緒に俺たちも部屋に入っていく。
部屋の奥の執務机の後ろの椅子に中年太りのおっさんが葉巻をふかしながらふてぶてしく座っていた。
おっさんの両脇には、目つきの鋭い痩せた長身の男と、同じく目つきの鋭い小柄な男が立っていた。二人とも特徴的な鉤鼻をしている。この国の人間で鉤鼻をした人物にはお目にかかったことはない。
長身の男は先端を床につけた抜き身の大剣を両手で支えており、小柄な男は背丈ほどの杖を持っている。その杖の頭には髑髏が乗っかっていて、髑髏の両目のには水晶が嵌っている。
中年太りの座った椅子の後ろの壁は全面が作り付けの本棚になって、結構な数の分厚い本が並んでいた。
中年太りは俺たちを無視して、
「マイヤー。それでまだ門は破られないのか? 門が破られたら直ちに降伏するよう言っておいたが、降伏の準備はちゃんとできているんだろうな? 儂はハイデン軍を出迎えに行かなくてはならないからそろそろ西門まで行こうと思っていたところだ」
「門自体は壊れましたが敵に破られたわけではありません」
「何を言っている?」
「こちらのお三方の活躍で、前方に展開していましたハイデン軍は文字通り消滅いたしました」
「なに? いまハイデン軍が消滅したと聞こえたが?」
「はい。その通りです」
「なんだってー! そこの小娘たち三人がそんなことをしたというのか?」
おっさんが驚いたというより、苦虫を噛み潰したような顔をして俺たちを睨んできた。このおっさん、この街で一番偉いんだろうが、なんだか自軍が負けるのを待っているような言い草だ。
「その通りです。知事閣下。それと、そういった言葉遣いは女神さまに対する冒涜に当たりますのでご注意ください」
「女神?」
「はい。そちらの黒い鎧の方が『常闇の女神』さま、後ろのお二人が女神さまの眷属の方々です」
「マイヤー、お前は気が確かなのか?」
「もちろんです。先ほど空が真っ暗になったのはご存じでしょう? あれこそが神の御業です。あの中でハイデン軍が文字通り滅びました」
「もういい、お前は持ち場に帰れ。お前の今後の処遇については後で知らせる」
「女神さま。そういうことですので私は失礼させていただきます」
「わかった」
守備隊長のマイヤー君は最後まで礼儀正しいヤツだったな。実に好ましい人物だった。ヤルサに神殿を建てた暁には、任せてもいい人材だ。だが、俺の目の前にいる中年太り、こいつはダメだ。
「おい、そこの小娘たち。こっちに来てみろ。真ん中の女はいい女じゃないか。後ろの二人ももう二、三年したらいい女になりそうだ」
「……」
「早く来ないか。儂が可愛がってやろうと言っているんだ」
おっさんに好きにしゃべらせていたが、そろそろ不快になってきた。
『ダークンさん、あのバカどうします?』
『城門が破られたら、降伏するというのは真っ当な考えだとは思うが、どうもこいつの下卑た顔が気に入らんな。それに、あのハイデンの軍勢なら、総がかりで城壁にとりつけば、あっという間にこの城塞も陥ちたと思うが投石器だけしか使わずテレテレ攻撃していたのも今考えれば不自然ではあるよな。こいつ、ハイデンに通じていたんじゃないだろうな?』
『ありそうですね。おっさんの両脇の二人、鉤鼻だし、この国の人間にはどう見ても見えないところも怪しいし』
『そうだな』
「どうした? 早くこっちにこないか」
「おい、おっさん。さっきの守備隊長の話を聞いてなかったのか?」
「女神などと世迷い事を言いおって。あいつは、騒ぎが落ち着いたら首だ!」
こいつは、今何と言った? 落ち着いたら首? 降伏しても自分がここの知事を続けているつもりなのか? ますます怪しい。
「いまお前の耳に戦いの音が聞こえてるか? 何も聞こえないだろ? ハイデン軍は俺たちが皆殺しにしてやったんだよ。文字通り皆殺しだ。西の城壁の上に上って外を眺めてみろ、電撃で炭になったハイデン軍の連中が自分たちの陣地だったところをそれこそ埋め尽くしているぞ。
そういえば、ここから五十キロ北にある砦もハイデン軍に攻められるところだったが、俺たちで皆殺しにしてやった。さっき皆殺ししたのが一万五千。砦の前にいた五千を加えて、ハイデンからこの国に向かった二万の兵隊は皆殺しだ。いちおう遠征軍なんだからハイデンの精鋭なんだろ? ハイデンの周辺国はさぞ喜ぶだろうな」
今の言葉で、おっさんの両脇の二人の気配が変わった。
「両脇の二人。いまの話を聞いただろ? お前ら二人で俺たちがどうこうできるとでも思っているのか? 試しにその大剣で切りかかってみるか? 杖で魔法を撃ち込んでみるか? 言っておくが神に手を上げればただでは死ねんぞ」
俺の言葉を無視して、背の高い方が俺の前に飛び出してきて振りかぶった大剣を俺に叩きつけてきた。
俺は、ハエのとまりそうなその一撃を左手のガントレットで受け止め、右手で鞘から引き抜いたエクスキューショナーを一閃して男の首を刎ねてやった。
スポーン!
いっかーん、ただで殺してしまった。
トルシェのスッポーンは真上に上がるだけだが、俺のスッポーンは一味ちがう。男の頭は血をまき散らせながら、中年太りの机の上に着地して、首を下にしてうまいこと中年太りの方を睨む形に上向きに立ってくれた。ナイスショット! ゴルフは打ちっぱなししかやったことはないんだがな。
残った体の方はしばらくそのまま突っ立って心臓の動きに合わせて血を噴き上げていたが、そのうちゴロリと床に転がった。
その間、杖を持った男は賢明にも俺たちに手出しをしなかった。命拾いして良かったな。
中年太りは葉巻を置いて声もなく、切口から血がゆっくり机の上に流れ出ている生首とにらめっこを始めてしまった。
「おい。中年太りのおっさん。部下の不始末は上司が責任をとるのが世間さまの常識だが、お前はどう責任を取るつもりだ? お前の部下が俺さまに手を上げたんだぞ」
おっさんはにらめっこ継続中で何も返事をしないので、今度は杖を持った男に、
「おい、お前の同僚が俺に刃を向けたんだが、どうしてくれる?」
「……」
こっちも返事がない。




