表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/40

私どうしたらいいんですかあー⁇

「うそ……」


これは夢じゃないのだろうか。思いもよらぬ事態が起こっている。


サークル室の一角に置いてある19インチのテレビ。このサークル室で、一番高価な電化製品。OBからのありがたき、置き土産だ。

そんなテレビの番組に、私は釘づけになっていた。


今から、ドロケイ(泥棒と警察という鬼ごっこ)をやろうとしているのに、マフ王子の姿がないなあなんて、思っていたら、なんとそのテレビの中にいる‼︎


『ザイード王国の王位継承者であるナーシルッディーン・マフムード王子、熱愛発覚』


あわわわ。


『お相手は、王子が留学中のT大文学部所属の才女、Tさんです』


そして、バンッと写真が出る。


「⁉︎ まさかこの写真ーーー‼︎」


私は足元から、力がするすると抜けていくような気持ちになった。


「こ、これ、日本庭園でマッフーに押さえつけられて撮ったやつだ……」


最後の最後に、マッフー本人も、さっと自撮りで入ったヤツ。いわゆる、遠と近だけれど、まごうことなき王子とのツーショット写真。


それが、流出している。


「うそうそうそうそうそ」

「カワウソー」


滝先輩が、茶々を入れてくる。それを無視して、画面を食い入るように見る。顔にはボカシが入っているが、私を知る人にはバレるだろう。


冷や汗が、背中を流れていく。


ピリリリリ。


その時、スマホのけたたましい音に思わずのけぞった。震える指で着信ボタンを押し、もしもしもしもしと慌てて電話に出る。


『ちょっと楓っっ、あん、あんたなにやってんのっ‼︎ て、テレビ、て、テレ、』


動揺爆発のママからだ。


「ちょっと待って待って‼︎ これ冗談だから、フェイクだから、エイプリルフールだからああ‼︎」


『楓っっ、とにかく帰ってきなさい‼︎ そんでどーしてこーなったか説明してっ』


これはマズイ。ママがおかしくなっている。ここはいつも冷静沈着なおじいちゃんに……。


「ママ、ちょっと落ち着いて。おじいちゃんに代わって代わって‼︎」


ブチっっ。

切れた。


すると、後ろで「じゃあ、活動始めるぞー」と今井部長の冷めたひと声。


ここでいう『活動』とは、子供会活動、ひいては遊びのことを指す。


みんな、私を無視して、行くつもりだな‼︎


「……ま、待ってよ、待ってえええ。どうしたらいいの、私どうしたらいいのおお」


悶絶する私を置いてきぼりにし、わらわらと蜘蛛の子を散らすように子どもたちとサークル員が出ていってしまった。


「……あ、アイツめーーー‼︎」


『国際問題ぃぃーーー』と最近までは、散々言っていたのに。


この瞬間、『個人情報ー‼︎ 怒‼︎』に代わった。


✳︎✳︎✳︎


「ねえ、これ一体どういうことっっ‼︎」

「こら、しー‼︎ 静かにしろっっ‼︎ もっと声のボリュームを下げろ」


マフ王子のその真剣さに私は口を手で塞いだが、すぐに言葉を繋いだ。


「どういうことか説明してっっ」

「こらっ、頭をあげるなっ。見つかるだろう‼︎」

「うをっ」


次には、頭を押さえつけられ、もう少しで顔が地面につきそうになる。


T大、お洒落なカフェ併設の管理棟の脇。たこ焼きの形に丸くカットされた植木が並ぶ、その裏側で。


私たちは二人で猫のように丸まった格好で、頭を低く下げている。


「あの写真、どうしてバラしたのよっ」

「あれはだな、色々とジジョウがあってだな」

「事情ってなんなのよ。早く話してっ」

「待てっ、まずいぞ。追っ手がこっちにくる」


植木と植木の隙間から、キョロキョロと辺り周辺を見回りながら、警察官が歩いてくる姿が見える。


「どうする? 移動する?」


私はマッフーの頭の白い布に付いている枯葉を指先でぴっぴっと弾くと、神妙な顔つきで言った。


「いや、今動くのはトクサクではないな」

「でも管理棟から、サークル室へ戻る時、絶対ここ通るよ」

「そうか、……じゃあ移動だ」


こそこそと、なるべく植木から頭が出ないように、四つん這いになって進む。目の前にマッフーのお尻が。アラブ独特の白い『カンドゥーラ』が、どうにも目立って仕方がない。


「ねえ、なんでそんな目立つ格好をしてくんのよ」

「さっきまで、記者会見だったんだから仕方がないだろ」

「それ正装なんだよね?」

「もちろんだ」


ほふく前進っぽく進む。そして植木の一番フチまで辿り着くと。


私はマッフーを見た。白い民族衣装の裾やヒザ部分が土や砂で真っ黒になっている。当たり前か、四つん這いになってるからね。


「せっかくの正装、汚れちゃうよ。いいの?」

「ああ、これくらい構わん。今はとにかく逃げないといけないからな」

「待って‼︎」


声を落として言う。そっと外を覗くと、立ち止まった警察官が、あちこち目で探っている。


「やばい見つかる、こっちに来そう」

「よし、俺がオトリになるから、おまえは逃げろ」

「なに言ってるの、そんなのダメ。一緒に逃げようよ」

「いいんだ、おまえが逃げのびてくれればそれで……」

「……マッフー」


マフ王子が、陸上でよく見るやつ、クラウチングスタートの体勢を取った。その拍子に、枯葉や枯枝を踏む音が響く。普段なら何気ない音だが、こうして追われる身になってしまうと、やけに大きく聞こえる。


心臓がドキドキと打ち始めた。


「いくぞ」


その背中が大きく見える。


「う、うん」


私はなるべく身体を小さくして、植木の陰に身を落とした。


「おまえは俺が守るからな」

「マッフー、」


そう言った瞬間、マフ王子はバッと飛び出していった。足は速い方なのか、スポーツは得意だと言っていた。一足飛びに彼方へと走っていく。


「いたぞっ、こっちだっっ‼︎」

「早く‼︎」


立ち止まっていた警察官が、近くにいた警察官を手招きして呼び、そしてマフ王子の背中を追いかける。


(マッフー……)


私はその様子を見届けると、植木の茂みから飛び出して、マフ王子を追いかけていった警察官とは反対方向へと走った。振り返ってみても、誰も追いかけてこない。


(あんな、カッコイイとこもあるんだ……)


私は自分が、ぽわーとなっていることにも気づかず、管理棟の中庭を走り抜けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ