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LOVEだLOVEだと混乱中。


「わおー⁉︎ やっぱすっげー‼︎」


言葉遣いが悪くなってしまうけれど、どうかお許しください。


だって、きっとこの風景を見たら、きっとみんなもおおおおってなるから。


ここは私が小さい頃からのお気に入りの公園だ。


メインは日本庭園なのだけれど、周りを囲む外周の小径には、桜の木がたくさん植えてあって、この春の季節になると、桜並木が堪能できる。


けれど、それだけじゃない。

その桜並木の根元には、たくさんの雪柳が植わっている。


すなわち。

桜と雪柳が両方、堪能できるというわけだ。


私は外周の小径へと躍り出た。さすがに桜の名所だし、もちろん雪柳のことも知れ渡っているので、人はたくさん行き交っている。

普段は、静かな日本庭園。それが、この季節だけ、観光客で賑わうのだ。


「うわ、綺麗ーーーー」


桜色の綺麗。

真白の綺麗。


それが相まって、息を呑む美しさだ。


一歩一歩、ゆっくりと歩く。時折、ちらちらと花びらが舞って、地面へと落ちていく。

こんな穏やかな日は。風に流されることもなく。


外周の小径に沿って、小規模ではあるが池もある。

その水面にも花びらがそおっと無音で落ちていく。


鯉がそれをエサと間違えて、パクッと口を開ける、暖かい午後。水面に小さなさざ波が、あちらこちらと咲いている。


「はああ、気持ちいい……」


腕を広げて、花の香りを胸いっぱいに吸い込むと。そうなのだ。気持ちもいいし、気持ちもいいのだけれど、なにより幸せなのだ。


桜には、そう思わせる魅力がある。


こんなところに住みたいなあ。なんて、考えていると。


「これは、すごい、すごいぞ」


聞き覚えのある声に、恐る恐る振り返って見ると、異国情緒あふれるマフ王子が、興奮の様子で歩いてくる。


白の『カンドゥーラ』、頭から白の布『クゥトラ』を被っていて、一目でアラブ人だとわかる。

浅黒い肌、黒髪に黒い豊かなヒゲ。瞳は濃いグレーね。


「おおカエデ、これはすごいではないか」


あああ、もう和の景色が台無しに。ここだけ、異国。それにどっからどう見ても、大道芸人にしか見えないっっ‼︎ 完璧に浮いてるよ、この人。


「すごく綺麗だ。ビューティフォー‼︎」


けれど、喜ぶマッフーの顔を見て、私はまあいいか、ってなったわけで。


「綺麗でしょ。私の宝物の場所なの」

「だが、日本の桜とはすぐに散ってしまうものだと聞いているが?」

「そうなの。桜って春、一年に一度しかチャンスがないから、私は必ずここに来てる」

「それも寂しいもんだな」

「ん、でも」


肩を並べて歩き出す。


「また来年まで見られないって思うとね、今、こうしてちゃんと目に焼きつけておかなくちゃって思うんだ」

「写真を撮ればいいのに」


マッフーがどこかからスマホを取り出した。ん? この民族衣装、ポケットあったんだ?


「アラブにもスマホあるんだ」

「⁉︎ あるわっ‼︎ っていうか、むしろ日本よりテクノロジーは進んでるのだからなっっ」

「お、おう⁉︎ そうなんだ」


スマホを横向きにし、カシャと写真を撮る。5、6枚撮ったら満足したのか、スマホを仕舞おうとして手を止める。


「カエデっっ、そこに立て」

「んえ、写真⁇ 写真撮るの⁇」


そうだ、と言いながら、スマホを構える。そこだそこだと指をさしているけれど、私はこっぱずかしくなって、手で遮って、ヤダヤダを繰り返した。


「いいよ、映さなくて。やめてよ」

「いいだろう、一枚くらい」

「嫌なんだって、写真に残るの」

「でも、桜だって……日本の思い出だ」

「じゃあ、桜撮ればいいじゃんっ。私なんて、思い出の一つにもなりゃしないんだからさ」

「そんなことはないっっ‼︎ これは、おまえが俺をカレー屋のおっさんと言った証拠写真にする」


その言葉に呆れると、私は踵を返して、歩きを速めた。


「カエデっ」


追ってくる気配があったが、歩を止めず脇目も振らずに、ずんずんと歩く。


そこで、腕をぐんっと引っ張られ、ぐいっと抱き締められた。


(え、なに、うそ……)


「逃げるな」


耳元で囁かれ、うわあああと顔が爆発しそうになる。ぼぼぼっと赤く上気していくのが、自分でもわかった。


男の人の腕が、私の背中に回されている。

こんなシチュエーション、免疫ないってー‼︎


私の混乱した頭の中に、小さなコビトが湧いて出てきて、LOVEだLOVEだと騒ぎ立てる。


あわわとしているうちに、いきなり今度は、私のお尻の下に腕を回した。よいしょと抱き上げると、マッフーは元来た道を戻る。

うそーーー‼︎


「ね、え、ちょ、ちょっと、ちょっと待っ、」


抱え上げられて、足がブラブラしそうになるのを、下半身にぐっと力を込めて、シャキンと伸ばす。


「やだやだやだ、」


私の両腕は、つっかえ棒のようにピンと伸ばされて、マッフーを押し退けようと、必死になった。


「ねえ、おろしてよっっ」


周りの人が、うわって顔をしているのを見て、私は恥ずかしさいっぱいで居たたまれなくなった。


「マッフー、おろしてよっっ」


そこで。ストン。

ようやくおろされたけれど、私は恥ずかしくて目線を落とす。


けれど、これにはまだ続きがあった。


両肩をぐいっと掴まれ、マッフーの顔が近づいてくる。マッフーは男の人にしてみれば背はそう高くはないが、もちろん私よりずっと高い。覆いかぶさってくるようで、圧倒される。


(わあ、なになになになにっっ)


肩を持つ手に、ぎゅっと力が入ったのがわかる。


心臓がドクンと、鳴った。これは胸の高鳴りってやつだ。早鐘のように打っていき、内なる私を右往左往と翻弄する。


頭の中に湧いた、LOVEだLOVEだと騒ぎ立てていたコビトもパニックになって、脳内を縦横無尽に走り回っている……なんて、自分でもわけのわからんことを思っていたら。


ぐっと身体を押されて、その拍子に二、三歩後ずさった。


うわっっ、や(キス)られるっっ‼︎


目をぎゅっとつぶった。

けれど。


「いいか、ここだ」


へ⁉︎


「動くな‼︎」


パシャパシャ。


「おい、目をつぶるな。うすら目もやめろ」


しゃ、写真かーーー‼︎


うん、よし、わかった……私の純情を返せ、このヤロ。


心の中で絶叫し、内なるLOVEなコビトを片っ端から殴ってぶっ飛ばしてやった。

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