マフ王子、女子どもに転がされるの巻。
あのドツボにはまった水風船戦争の日以来、土曜日の午後から始まる子ども会活動に時々顔を出すようになった、マフ王子。
顔を出すやいなや、「今日はなにして遊ぶのだ?」なんて。
今井部長なんかは、もうこの際このサークルに入っちゃったらどうですか⁇ そんでサークル室に冷蔵庫なぞをご寄付いただけませんかねえ⁉︎ などと、昔の商人のように手をモミモミしながら、近寄っていく。
「ふん、結局は王族のお遊びってやつだろ。あーーー、セレブってヤツの気が知れねえ」
滝先輩が、毒づく。滝先輩は、チャラい(何度も言うが残念なイケメンである)くせに、結構な毒舌家だ。
「まあ、楽しそうだし、いいんじゃねえ」
こんな風に、それをうまく今井部長が緩和している。
私は現在、大学二年生。こうして子どもたちと遊んではいるけれど、ちゃんと花屋の店番もするし、勉強だってそれなりに。二年ともなると、大学の講義もぴっちり入ってきて、遊んでいる暇はないのだ。……いや、まあ遊んでいるけど、な。
「マフうー、遊ぼうよ」
「ああ、今日はなにをして遊ぶのだ?」
「マフマフ、肩車してー」
「カタグルマ⁉︎ なんだそれはっっ‼︎」
「ちょっと、しゃがんで……」
「こうか?」
「乗るよー。ちゃんと足持ってっ‼︎」
「おう」
「で、立つ」
「おう」
「わあい、高いー‼︎」
マフ王子は、男性にしてはそう背は高くないが、ガタイはガッシリしていて、土台にはうってつけ。子どもたちに代わる代わる肩車をせびられて、もうフラフラだ。
「ちょっと、あんたたちっ‼︎ いい加減にしないと、マッフーが倒れちゃうでしょ」
「楓ちゃん、やっさしー‼︎」
高学年女子に、このこのーっカップルか⁉︎ と囃されて、私はめんどくさって思いつつ。けれど、マッフーってば。
「かかカップルなどではないっっ。断じて、カップルなどではっっ」
なんというわかりやすさだ、こいつ。顔を真っ赤にして全力で否定する。それも傷つくな、おい。
私も呆れながら、援護射撃をかます。
「アラブの王子さまは、お金持ちのお姫さまと結婚するんだから、あんたたち、マッフーの恋路を混乱させるんじゃないよ」
あはははと口を開けて、みんなで大笑いする。
けれど、まだこの時は、のちに笑い事じゃあなくなるなんて、思いもよらなかった。
✳︎✳︎✳︎
「じゃあ私、今日はもう帰るね」
すると、サークル室で子どもとトランプのババ抜きをしていたマフ王子が、私を見上げて問うてきた。
「なんだバイトか?」
「……ううん、違うけど」
「花屋の手伝いか?」
「はは、」
私が苦く笑うと、ババ抜きのババカードを一枚だけ上にあげ、ババですよと主張させたトランプをフリフリしながら、リンが言った。
「楓ちゃん、デートでしょ」
まったく、高学年にもなるとお年頃の女子は口を開けば、デートだラブホだ、なんだかんだと、もうこっちが恥ずかしくなるようなことを堂々と‼︎
「違うわっっ」
即答が虚しい。けれど、「今から良いところに行くんですう」と唇を尖らせて言えば、「ああ、あそこね」とみなが口を揃えて言う。
「なんだ、どこへ行くのだ」
マッフーが、頭が飛び出しているババカードを引かされながら、私の方をチラチラと見る。
「楓ちゃんのお気に入りの場所があるんだよねー」
「今が一番、良い頃合いだもんな」
「そうそう」
「なんだ、それはどこだ?」
まったくこの人は、好奇心の塊だなあと半ば呆れながら、私は荷物置き場から自分のリュックを取り上げた。
「じゃあ、またね」
靴を履き、サークル室のドアを開けて出る。スニーカーのつま先を数度、トントンと地面で小突くと、南西方面に歩き出す。
大きな交差点を渡り、小道を抜ける。川沿いをてくてくと歩いていくと、川にかかる橋が見えてきた。
(もうすぐだ)
心が軽いと、足取りも軽くなる。足に羽根でも生えたように、私は歩みを速めた。すると、そこに。
「おい、どこに行くんだ?」
見覚えのある黒い車、窓から顔を出すヒゲ面に、私はちょっとだけげんなりした。
「……なんでここ通るってわかったの?」
「ブチョーがこの川沿いの道で先回りすれば、追いつくだろうって」
(あの裏切り者めっ)
心で毒づく。
「どこに行くのかと訊いているだろう。素直に答えんかっ」
「別にどこだって良いじゃないですか。私の勝手でしょ」
マンガでよく聞くセリフを、事もなげに言い放つ。私はそのまま歩みを進めた。が⁉︎ 車が、そろそろとついてくる謎展開。なんなのもー‼︎
「ちょっと、ついてこないでくれます?」
ドアがばんっと開いた。
「なんでダメなんだ……わ、わかったぞっっ。男だなっっ‼︎」
ははあ、なんでそーなる。
「男だろう、男だな、彼氏か。そいつと結婚するのかっっ」
「もーーー めんどくさっっ。私に彼氏がいると思いますう⁇」
マッフーは、じーっと私の顔を見つめてくる。頭のてっぺんから、つま先まで、舐めるように視線を這わせる。
ぞわっと背筋が凍る思いだったが、私は我慢して、それをやり過ごした。
「……お、お、思う、いやっ‼︎ 断じて思わない‼︎」
「はい、終了ー。じゃあねっ」
そして、私は川にかかる小さな橋を足早に渡ると、公園の入口へと入っていった。