マフか?マフマフか?
「いやもうほんとにごめんなさい」
「もういい、何度も謝るな」
サークル室の中。滝先輩が着替えを一式貸したら、王子さまは素直に濡れた服を脱ぎ始めた。もちろん人払いをしてからだ。けれど、私はそれに含まれないようだ。とても潔く服を脱いでいくので、私はちょっと焦って、慌てて後ろを向いた。
「ずぶ濡れになっちゃったね」
「本当だ。まったく、どうしてくれるんだ、これ」
着替えたぞ、というので振り向いたら、ヒゲ面にス◯ーピーのTシャツがミスマッチで、思わず吹きそうになった。そんでまた滝先輩のこの残念なセンス。どうにかならんかのう。
はい、と手渡した乾いたタオルで、王子さまは頭をガシガシと拭く。白い被り物の布『クゥトラ』を取った王子さま。
黒髪のくるくる、天然パーマだっとはねえ。毛先があちこちに、ぴょんぴょん跳ねており、男の人にしては長髪だ。そうは言っても、髪の先が肩に届くか届かないかくらいだけれど。
23歳かあ。やっぱ見えん。
「問題は、ヒゲだよね」
「なんの話だ」
「老けて見えるんだよ、そのヒゲ」
「これは、代々受け継がれているユイショあるヒゲで……」
私は、ぷっと小さく吹き出した。
「先祖代々のヒゲって⁉︎」
「なんだ、なにがおかしい」
「ううん、おかしくない」
「いや、おかしいのだろう。日本人は、あまりヒゲを生やさないのだな。あのサークルの男たちも、ヒゲがなかった」
「ああ、今井部長や滝先輩ね。確かに、日本人はヒゲに馴染みがないかも」
「俺の国の男はみな、ヒゲが男の威厳のショウチョウだ」
「そうなんだ」
拭いたタオルをそのまま頭に巻きつける。今度はインド人みたくなる。なにをしてもミスマッチで、さらに笑いそうになった。
濡れた王子さまの洋服を、ビニール袋に入れてあげると、その袋を受け取るやいなや、彼は問うた。
「あれは、なんという遊びなのだ?」
「あーーあれはねえ、水風船戦争って言って、まあびしょ濡れになる遊びだよ」
「いつもあんなことをしているのか? 他には? 他の遊びはあるのか?」
「いつもじゃないよ。あれは春から夏に向けての遊びね。びしょ濡れになるからそれで風邪引いちゃうと困るから、今日みたく暖かい日じゃないとね。あとはまあ、鬼ごっことか色オニ、氷オニ、大縄とかしっぽとりとかかなあ」
「なんだそれは。どういう遊びだ」
王子さまがえらい真面目な顔して覗き込んでくる。あれれ、瞳は、濃いグレーなんだなあ。その瞳が、なぜか見たことのない宝石のように思えて、私は少しだけ気後れして、目を逸らした。
「しっぽとりっていうのはねえ、2チームに分かれてやるんだけども、背中っていうかお尻ね、ズボンのベルト通しにハチマキをくっつけて、しっぽに見立てて、そんでそれを相手チームの人が奪い取るの。まあ一本でも多くしっぽを取ったチームが勝ちっていうね。単純明快な遊び」
「ふうん、当たり前といえば当たり前だが、それはより足が速い者が勝つんじゃないか?」
「実はそうでもないんだなあ。足が速いっていうより、動きが俊敏な人が勝つかな。それでも戦略を練れば、格下のチームでも格上に勝つことができるよ」
「ジャイアントキリングだな。遊びに頭を使うのか?」
「うちの子どもたちはそういうの、得意だからねえ」
私が自慢げに言うと、王子さまはずいっと近づいてきて、私の顔をじっと見つめてきた。
うわあうわあ、……濃い。
「それやりたい」
「えっっ⁉︎ しっぽとり⁇」
うむ、と頷く。その真剣な眼差し。うーん。濃い。
「女、やらせてくれ」
うわあ、この絵面っっ⁉︎
「わ、わかったわかったわかったから、ちょっ……と離れて」
「お、おお」
ようやく離れてくれた。
なんだか胸が、ドキドキする。これはあまりに王子さまの顔が濃いから、くど過ぎて胸焼けしてしまったかな。私は右手で、心臓の辺りをぎゅっと押さえた。
「王子さま、私は楓。殿倉楓っていうの」
「カエデ。俺はナーシルッディーン・マフムードだ」
「待て待て待て待って‼︎ えっと、ナルシー……フムド」
「ナーシルッディーン・マフムード」
「ナル、……マフ……まあいいや、マフ王子で」
「マフ、だと⁉︎」
「マフマフ王子とどっちがいい?」
「⁉︎」
「どっちがいい?」
「マフ……」
「オッケー。マフ王子、じゃあ今度の土曜日の午前、ここに集合ね」
私はありったけの笑顔で言った。すると、マフ王子も顔を真っ赤にして胸の辺りを押さえている。
あああ、それはもう、完全に私と一緒。いわゆる、胸焼けってやつなんだなあ。