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『けやきのき』はこんなサークルです。てへ。


「楓ちゃん。あれ、誰?」


滝先輩が、手に持っていた水中眼鏡を、すぐに使えるようにと額にセットしながら、聞いてきた。


滝先輩は、肩から斜めがけにした鉄砲を持ち、構えたり、持ち直してからもう一度構え直したりして、格好をつけている。


鉄砲といっても、オレンジ色や黄色のカラフルなプラスチックでできた、いわゆる水鉄砲だ。

その水鉄砲で、先ほど。

滝先輩は、水を一杯に張った大きなタライから水を横取りしている様子。鉄砲を構えてふふふん‼︎ というその満足そうな顔を見ると、どうやらすでに水は満タンにしてあるようだ。


「なんか、楓ちゃんのこと、じっと見てんよ」


ニヤニヤ顔で、興味津々に聞いてくる。

滝先輩は、サークル員の中でもかなり背の高い方で、チャラ男だけれど顔はイケメンと評されている、サークル中心人物だ。

ただ、私の評定からいくと、『残念なイケメン』の部類に入る。


「あーあれねー、ただのストーカーじゃないかなあ」

「ストーカー? まさか? 楓ちゃんの? またまた冗談言っちゃってー」

「いやいや私にだって、ファンの一人や二人くらい、いるわっ」


おどけたように言いながらしゃがみこむと、私は解けていたスニーカーの靴ひもを縛り直した。 靴ひもを直しつつ、視線を上げる。


するとあのアラブの石油王の王子さまが、大きな楡の木の根元に立ち、背中を太い幹にもたせかけている姿が、目に入った。両腕を胸の前で組み、それだけでもう偉そうな態度なんですけどいったいなんなの。


(なにやってんのよ、あの人)


すると、背後から声がして、さらにゲンナリする。

このサークルの長、今井部長だ。


「楓、あれザイード王国の第一王子だろ。ここに留学してるってヤツ」

「やっぱアレか⁉︎ あの石油王の息子か⁉︎ それしかねえかなって思ってたけどもっっ」


滝先輩が声を上げる。


「そうみたいだね。名前はさっぱり覚えてないけど」


私は不満げに言った。

てか、あんな呪文みたいな名前、一生涯覚えらんないし。


「それより、水風船用意できた?」


私が振り返って問うと、今井部長は、あとちょっとでできる、と言って、奥のサークル室へと戻っていく。


私がこのT大で所属するサークルの部室の中からは、楽しそうにキャッキャとはしゃぐ、甲高い笑い声が聞こえてきている。


靴ひもを結び直した私は、すくっと立ち上がり、ほいよ、と滝先輩が渡してきた水鉄砲を受け取った。


さあ、と見渡すと、王子さまが立っている楡の大木を中心に、すでに四方向四隅に、水を張ったタライが置いてある。よし。


「できたよっ、楓ちゃん」

「おおう、ごくろーさん‼︎」


サークル室から出てきたのは、小学五年生の女の子リンだ。


改めて。

私が所属しているこのT大のサークルは、子ども会活動を行うボランティアサークルだ。私たち学生は、近くの小学校の小学生達で結成されている子ども会『けやきのき』の運営を任されている。


昨今、責任の所在が厳しく問われる中、子ども会の委託をただの学生に任せているのを認めている大学なんて、たぶん珍しい。

たくさんのサークルがある中で、ここ『けやきのき』は異色のサークルなのだ。


そんなたくさんのサークルが入居しているサークル棟の横に、楡の大木を中心に据えた、こぢんまりとした広場がある。

私たちは主にこの広場で活動している。


しかしこの大木。『楡』なのだから、本来ならサークル名は『けやきのき』ではなく、『にれのき』にすべきだと、私が飲み会があるたびにそう主張を繰り返していたら、よくわからないうちにサークルの副部長になっていた、という。


「よっしゃ、じゃあタライに水風船浮かべてー」


副部長の私の声で、サークル室の中から、水風船を二十個ほど抱えて出てきた子どもたちが、わらわらと四方のタライへと走っていった。その中に、バシャバシャと水しぶきをあげながら、水風船を放り込む。


それにしても。


「あの人、んっとにジャマだなあ」


呟いてみたけれど、そんなんで、どくわけがない。


(なにやってんのかなあ。てか、なにをしたいのかなあ)


すると、低学年生の女の子、双子のように仲が良いタマとユイが、不安顔で駆けてくる。


「楓ちゃん、変なおじさんいるう。通報する⁇」

「怪しいおじちゃん、いるうう。楓ちゃん、通報する⁇」


タマ、ユイ……グッジョブ‼︎


そして、サークル室の中から、高学年の二人、六年生でしっかり者のタカシと、その相棒ヤンチャボーイのキミヒロがやってきて、タマの頭にポンポンと手を置く。


「大丈夫だ、心配すんな。俺らがついてる」


キミヒロおおお。あんた、なんていうオトコマエなの。


「なあ、あの人、誰?」


タカシの言葉に、まあそうだよね、ジャマだよねえと頷く。


「……仕方がない。どいてもらうように言ってくるから、みんな、配置についといで」

「わかった」


子どもたちが、楡の木の不審者を睨みつけながら、水鉄砲を持ち、四隅へと走っていく。


私は、大きな溜め息を吐きながら、楡の木へと向かおうとした。


「楓ちゃん、大丈夫? 俺が言ってきてやろうか? ヘイSiri、ファッツアップ」


背後から滝先輩の、オトコマエかつ、ちょっとなに言ってるのかわからないセリフ。

はいここ注目ー。残念イケメン生息確認の瞬間、あなたも見ましたねー。


「いえ、たぶんこれ。私の(国際)問題なんで」


まあ、せっかくの申し出だが、私もちょっとオトコマエ風に断る。


滝先輩、今井部長、そして後からサークル室から出てきたT大学生女子、いつもほわーっとしている舞衣子先輩、ぽっちゃり系なのに動きは俊敏なタメちゃん先輩、そして私と同学年の男子、工学部なのにやたら文系な松下と、理学部でマメな性格のマメ金こと金田、諸々のサークル員が、ぶらぶらしながら子どもたちの後を追った。


さあ、広場の四隅に水風船を持った子どもと水鉄砲を構えたサークル員の配置は完了だ。


王子よ、あんたは完全に包囲されている。


心のファイティングポーズで戦いを挑みながら、私はさっさとアラブの王子さまに近づいていった。


「王子さま、こんにちはー。ここでいったいなにしてるんですか?」


早口で問う。


王子は前で組んでいた腕を外し、もたれていた背中を、ゆっくりと直す。ふてぶてしい(としか見えない)表情は、ぴくりとも動かず、そのまま無愛想に王子は言った。


「別になにも」

「…………」


そんなわけあるかー。


「私ですか? 私を見にきたんですか?」


そう言うと、明らかにおかしい態度になった。


「な⁉︎ なにを言ってるんだ‼︎ そんなわけないだろう。おまえのようなブサイクに会いにくるバカがいると思うか?」


むうう、国際問題国際問題、二度、念仏のように繰り返す。


「それなら、ちょおっと向こうへ行ってもらえませんか? 今から、子どもたちとここで遊ぶんですよ」

「子どもと遊ぶだと? なんだ、おまえはそんなくだらないサークルに所属しているのか」


カチーン。


「そうですけどなにか?」

「せっかく大学に入ったというのに、もったいない。時間、金、勉学のイギ、全てを無駄にしているな」


さらにカッチーン。


「……とにかく、邪魔なんでどいてもらえませんかねえ」


アラブの王子は、再度腕組みをすると、楡の木に背をもたせかけた。


「バカめ、俺に指図するな。俺を誰だと思っているんだ。ザイード王国の第一王子だぞ」

「そんなエライ人が、こんなところにいたら危ないですよ。狙われますよ。SPはなにしてんですか? 警備はいったい?」

「そんなのは、連れてきてはおらん」

「あのいけ好かない運転手は?」

「い、いけ好かない? うむ、その単語の意味はよくわからんが、あの運転手はここの大学職員だ」


寄付金に目が眩んだか。まさか、大学職員が、運転手を兼務しているとは。


「……狙われますよ」


私は慎重に伝えた。その表情に少しだけビビったのか、王子さまは眉毛を曲げて、目を細めた。


「オロカモノめ、ここは日本だぞ」

「撃たれますよ」

「なにを言ってるんだ、日本は平和な国だ。銃なんか持っているやつはいない。おまえはそれでも本当に日本人か?」


嫌味は受け取った。けれど、意地でも引かない態度を見て、私は心を決めて右手を挙げた。


「……警告はしました。どうなっても知りませんからね」

「な、なにが、だ?」


真剣な私の目に、少しだけ動揺する王子。


そして。


「ようし、みんなあ」


振り返る。


「『ケヤキノキ』恒例行事、水風船戦争、開始いぃぃぃ」


挙げた右手を振り下ろした。


次の瞬間。

水風船がわあっと飛んでくる。


「わわ、なんだ、どうなってる、うがっ」


王子の頭に、赤色の水風船が命中っ‼︎


子どもたち、学生たちが、混ざり合って、水風船を投げ合っては、相手にぶつけていく。そして、水鉄砲を縦横無尽に、撃ちまくる。


「きゃあああ、冷たいいぃぃ」

「やだ、やられるうっっ‼︎」


あははは、わははは。

あちこちで、笑い声がこだまする。


あっという間に、子どもも学生も、全身びしょ濡れだ。


私もタライに走っていき、水に浮いた水風船をむんずと掴み、振り向きざまに投げる。当たらずに地面に落下した水風船は、パチンと割れて、水しぶきとなる。


「いっくぞー‼︎ 覚悟しろー‼︎ バババババ」


滝先輩が、水鉄砲を上向きに向けて、乱れ打ちし始める。すると、子どもたちがキャッキャと騒ぎながら、水風船を片手に掴み、滝先輩へと突進していった。


私はそれを横目で見ながら、さらに水風船を投げつける。

その一つが、楡の木の幹に当たって、砕け散った。


「あ、」


アラブの王子さまの頭上で弾けた水風船。

見事に、頭からバシャンっとかぶった。


「こ、こくさい、もんだ、い……」


呟いたが、遅かった。


「よくも……よくもやったなあぁぁ、この花屋の小娘めえええぇぇ」


王子さまはタライへと走ると、ありったけの水風船を腕に抱えると、私にめがけて投げつけてきた。


「うおおっっ、ちょ、待って待ってっってっっっ」


私が逃げると、背中にヒット。Tシャツもベチョベチョになり、私も持っていた水風船で反撃した。


「うわああっ」


今度は命中。王子が胸で抱えていた水風船の山に当たり、爆弾が爆発したように、割れた。


大惨事だ‼︎


全身濡れ鼠とはこのことか。国際問題、もういいや。


「滝先輩、水鉄砲貸してっっ」

「おうっっ」


私はもらった水鉄砲を乱れ打ちしながら、広場のあちこちを走り抜けた。


「楓ちゃん、やだやだ、冷たいいいいい」


子どもたちの笑い声が、広場を満たしていく。


「うわあ、こいつらっ」


いつのまにか、アラブの王子さまが子どもたちに集中攻撃され、水風船を散々に浴びている。


学生は、苦笑いでそれを見ているが、自分からは加勢しない。それは、日本の頭脳と呼ばれるT大生に相応しい判断だ。一国の王子さまに水風船を投げつけるなど、切腹に匹敵する行為だと、みな知っている。私を除いては。


ただ、子どもたちにしてみれば、そんなことは関係ない。

水風船戦争を楽しむ、一員に過ぎないのだから。


「やめ、おい、やめろお‼︎ やめんかあ‼︎」


いつのまにか子どもから水鉄砲を奪って、乱れ打ちを始めていた王子さまに反撃を食らって、子どもたちは蜘蛛の子を散らしたように、わあああっと逃げた。


それを必死になって追いかけていく。


「待てえっっ、」


あーあ、ムキになっちゃって。

遠い異国の王子さま。


なんだか少しだけ、その距離が近づいた気がした。


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